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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

『少年ケニヤ』(1984)

角川映画のアニメーション作品第2弾。
前作『幻魔大戦』は選抜チームで製作して東宝系で公開したが、今回は老舗の東映動画(現・東映アニメーション)と組んで東映邦画系で公開(ちなみに同時期に洋画系に掛かったのは『風の谷のナウシカ』)。また前作はリアルタイムで進行中の作品だったが(もっとも過去作品のリメイクではあるが)、こちらは戦前・戦後に活躍した山川惣治の作品、という具合に対照的。まぁ横溝正史などを復活させたのと同じ、角川文庫御馴染みの手法である。もっとも『少年ケニヤ』そのものは昭和26年から連載された作品とのこと。過去にTVドラマ化されたこともある(勿論未見だ)。
そして監督はアニメ初挑戦の大林宣彦。この頃は『ねらわれた学園』、『転校生』、『時をかける少女』などで飛ぶ鳥を落とす勢いを持っていたっけなぁ。
で、何故かこの作品、『スヌーピーとチャーリーブラウン』という、かなり古ぼけた作品と二本立て興行になっていた。

e0033570_931241.jpgお話はアフリカの奥地で親とはぐれた日本人の少年が、サバンナの中で逞しく成長するという冒険物で、簡単にいえば「ターザン」の亜流。
このアフリカにはライオンやサイ、カバ、シマウマといった誰でも知ってる動物だけでなく、とてつもなくでっかい大蛇や大蛙、得体の知れないトカゲの化け物(?)なども生息する”ロストワールド”。怪しげな儀式を行う原住民も当然のように出てくるという何でもありの世界であり、この中で主人公の村上ワタルくんと、彼をサポートしてくれるマサイ族の酋長ゼガ、途中で出逢った白人の美少女ケートらが大活躍。これにワタルを探すお父さんのドラマも盛り込まれるという構成である。今回二十数年ぶりに観直したけど、結構お話忘れてた・・・。

余談だけれども、このケートという少女が実に良い。今で言うツンデレ系の女の子だけれども、ジャングル・ルックで露出度が高いのも然ることながら、胸元を強調したり、太股というよりも股間をアップにしたりと妙に艶かしいショットが盛り込まれているのでドキドキする。設定上は12歳の女の子(!)なんだがなぁ、流石は大林監督である。演じているのは原田知世で、一年前の『幻魔大戦』に比べると格段に進歩していた。
余談ついでに書いておくと、問題なのはワタルを演じた高柳良一の方だなぁ。原田知世が上手いのと、脇が井上真樹夫、増山江威子、大塚周夫、柴田秀勝、内海賢二、永井一郎、八奈見乗児らベテラン揃いなので余計際立ってしまっていた(何が?)。主題歌を歌っているのは渡辺典子だから、エースの薬師丸ひろ子を欠いているものの、角川春樹事務所ほぼオールスターズということになる。
主題歌といえば、更に脱線するけれど音楽を担当しているのは宇崎竜童。「アニメに音楽を付けるのは初めて」などといけしゃあしゃあと宣うていらっしゃいますが、遡ること三年ほど前、TVシリーズ『新竹取物語1000年女王』の音楽を担当なさっていたことをよもやお忘れになっていたわけではございませんよね?劇場用作品としては初めて、という意味ですよね?それともあっちは下請けにでも出していたんですかい?

物語内時間は1941年冬に始まり、最後は1945年夏で終る。
戦争中のお話だからなのか、やたらと日本人を礼賛する台詞が多い。「日本人なら勇気があるだろう」とか、「日本人か、どうりで・・・」とか、「日本男児たるものは・・・」といった類のものが連発される。日本人という種族は、世界に冠たる正直で偉い人ということにこの世界ではなっているようだが、何だか気恥ずかしいというかこそばゆいというか。でもこれ、戦前戦中の作品じゃないんだよね。

そして第二次大戦は物語にも色濃い影を落としているが、最たるものはクライマックスに登場する原子爆弾。これは世界最初の、という触れ込みのナチス製で、善いドイツ人が悪いドイツ人に嫌々ながら作らされているというのはお約束。
で、こいつが出てくるまでは突っ込みどころ満載の秘境探検物の様相を呈していたのが、ここで一気に現実世界に引き戻される。
ところがどっこい、この原爆が爆発すると一転して時空間が歪み、突如太古の世界から恐竜さんや翼竜たちが大挙して復活!! 完全な”ロストワールド”物へと舵が切られるのだから恐るべし恐るべし。
製作サイドは、”脱SF”を目指して『幻魔大戦』の次にこの『少年ケニヤ』を選んだと言っていたが、これじゃあSFと考えるしかないじゃないの?!

アニメーション作品としては、様々な実験的手法が取り入れられているのが見ていて楽しい(と今なら思える)。
全て色トレスで表現したシーンがあったり、原作の絵物語(マンガじゃないんです!)タッチを活かすためか線画で表現してみたり、クライマックスではまだまだ試行錯誤段階のコンピュータグラフィックを多用したりとやりたい放題。”映像の魔術師”大林監督の本領発揮というところだが、やりすぎれば効果半減どころか逆効果。CGはまだまだ粒子が荒れちゃったりで大画面に耐えうるものにはなっていないし、アニメーターの苦労が一般の観客には画面を通じて伝わってこないのだ。実験をやりたいなら、少なくても商業映画でやって欲しくはないもんである。
まぁ大林監督ファンならば受けるんだろうけれど、当時はまだ一本も大林監督作品を観ていなかっただけに余計憤りを感じたものだ。今でも他所から来た人がいらんことをやってくれると、ただただ迷惑に感じるんだけどねぇ。
またこの作品、「大林宣彦監督作品」ということがやたらと強調されてるが、実はしっかりと「共同監督:今沢哲男」との連名である。
アニメに不慣れな大林監督に代わって、実際に現場で指揮を執っていたのはこの今沢監督のはずで、もっとその功績は評価すべきだと思う。

そういや、オープニングとエンディングには実写で山川惣治自身が出てくるんだけれども、これも作品全体からえらく浮き上がっていて不要だと思うんだけどどうなんでしょ。それに最後に「1984年夏」と出るのも意味不明。この映画、3月公開だったんですが・・・。
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by odin2099 | 2008-05-05 09:37 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
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