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『アリオン異伝』 川又千秋

安彦良和が自作『アリオン』を映画化するにあたり、原作者とは違う立場から作品を見てくれる人、ということで白羽の矢を立てたのがSF作家の川又千秋。
切っ掛けは、川又千秋が受け持っていたコミックの書評コーナーで、たまたま作品を好意的に受け止めていたのを覚えていたから、というものだったが、コミック本5冊分の長大な原作を二時間にまとめるにあたっては、「構成」という肩書きで作品に参加した川又千秋の力も大きかったのではないかと思う。
その川又千秋が映画のノベライズに挑んだのが、この『アリオン異伝』。
「異伝」というだけあって、その雰囲気はかなり違う。

『アリオン異伝』 川又千秋_e0033570_21304314.jpgまず、物語が徹頭徹尾アリオンの視点で語られている。
アリオンが見聞きしたこと以外は、作品世界の根幹をなす部分でも描写が省かれている。
アリオンをとりまく人々――母デメテル、叔父ハデス、父ポセイドン、アテネ、ゼウス、ガイア、アポロン、それにヒロインのレスフィーナにせよ、殆ど登場しない。
また、獅子王と呼ばれる謎の人物とアリオンの関係、そしてその正体に関してもかなり早い段階から読者に提示されている。
そして時間経過が非常に短い。
原作でも映画でも、幼い頃にデメテルの許から連れ去られたアリオンは、ハデスによって鍛えられ成長していくのだが、この「異伝」では<ゼロスの剣>という謂れのあるアイテムを手にすることにより、超人的な働きをすることが出来る、とされている。
映画ではアリオンの成長に数年、もしくは十年近い歳月を間においているが、「異伝」では物語の最初から最後までおそらく数日、せいぜい数週間程度しか経過していないのではないか。

結果的にこの「異伝」は、神話世界に材を採った”ヒロイック・ファンタジー”へと変貌を遂げた。
出番が少なく、その魅力を発揮することなく終った多くの”重要人物”たち。
端的に『アリオン』という作品世界を識るには格好のテキストかも知れないが、「異伝」を読んで『アリオン』を観た(読んだ)気になってはいけない。
あくまでも道標でしかないのだから・・・・・・。
by odin2099 | 2008-12-04 21:32 | | Trackback | Comments(0)

「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”


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