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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」  (森鴎外『舞姫』)                          HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<ナ行>

  • 『忍者ハットリくん+パーマン/忍者怪獣ジッポウVSミラクル卵』(1985)
    [ 2012-03-15 22:35 ]
  • 『2012』(2009)
    [ 2012-01-01 18:47 ]
  • 『ながぐつ三銃士』(1972)
    [ 2011-11-29 23:36 ]
  • 『忍者ハットリくん+パーマン/超能力ウォーズ』(1984)
    [ 2011-11-24 23:22 ]
  • 『ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島』(2010)
    [ 2011-02-27 11:27 ]
  • 『ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛』 おさらい
    [ 2011-02-24 23:26 ]
  • 『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』 おさらい
    [ 2011-02-21 22:15 ]
  • 『忍者キャプター』(1976)
    [ 2010-12-21 22:18 ]
  • 『長靴をはいた猫』(1969)
    [ 2010-07-27 21:23 ]
  • 『ナショナル・コード/陰謀の国家』(2002)
    [ 2010-06-28 06:43 ]
伊賀の里から、ハットリくんの幼馴染のジッポウがやってきた。街が怪物に襲われる夢を見たので、というのがその理由だったが、おりしも謎の隕石が・・・!
主体は『忍者ハットリくん』にあって、『パーマン』はゲスト扱いでちょっと残念。『怪物くん』もチラっと出ているが、こういう競演作品は大好きだ。『ハットリくん』と『パーマン』のジョイントは二回目。
ミラクル卵が正統派侵略怪獣しており、都心が侵略・破壊されていくスケール感は並みの怪獣映画には負けない迫力。そしてミラクル卵の巨大感も上手く表現しており、なおかつ『ハットリくん』や『パーマン』の世界観は損なわない出来だ。「緑を大切に」という教訓もイヤミにならない程度で好感が持てる仕上り。
なお、ジッポウはTVシリーズに先駆けての登場。


「しねま宝島」から感想を引っ張ってきましたが、これもDVD化されていない幻の作品で見るのは2度目かな、3度目かな。
A先生の「ハットリくん」とF先生の「パーマン」との共演作なので、やはり権利関係が難しいらしいですね。もしレンタルビデオ店や中古ビデオ店でVHSを見つけたら、迷わずGETすることをお勧めします。

「パーマン」ファンには物足りないかも知れませんが、「ハットリくん」側はレギュラー、準レギュラーメンバーが勢揃い。1時間弱の中編ですけれど、なかなかよくまとまっております。
本当は「パーマン」と世界感が繋がっているのは「ドラえもん」なんですけどね。どっちもF先生だし、星野スミレちゃん、出てくるし。

あー、こうなると『ドラ・Q・パーマン』がもう一度見たいですねー。
これは確か一度もソフト化されていない、本当の幻の作品じゃないかと思うんですが。
by odin2099 | 2012-03-15 22:35 |  映画感想<ナ行> | Trackback | Comments(0)
題名が題名なだけに早いとこ見ておかないと、と焦って鑑賞した一本。

物語は映画公開時の2009年にスタート。
世界に滅亡の時が迫っていることに気付いた科学者が警鐘を鳴らし、米大統領だけでなく世界各国の首脳も交え、大規模なプロジェクトがスタート。それは選ばれた人類を乗せる箱舟を作るというものだった。
そして運命の2012年、予想を遥かに超えたスピードで災厄の刻が訪れる・・・というもの。

科学者や政治家がメインで進むのかなと思いきや、途中で売れない作家の一家が主人公になり、”選ばれし者”でない彼らが如何に破局を乗り越えていくのか、の興味で引っ張っていく。
物語の中心軸にいる人たちは比較的善意の人が多く、かなり綺麗事が正当化され、結果オーライになってしまうあたりは気になるのだが、CGを駆使してこれでもか、これでもかと描かれる天変地異の物量作戦にはただただ圧倒されるばかり。
2時間40分近い超大作だけれども、最後まで厭きはしない。

ただ毎度のことながら大風呂敷を広げっぱなしのエメリッヒ監督作品故に、ご都合主義的な部分に目をつぶれば、という条件は付く。
無力な善人はあっけなく命を落とし、憎たらしい人物はそれなりの末路を辿るという割り切り方も、潔いと言えば言えるかも。

DVDの特典映像には「もう一つのエンディング」が収録されているが、こちらは完成作に輪をかけてのご都合主義。
言葉は悪いけれど能天気なハッピーエンドになってしまうので、これはボツにして正解だろう。

ちなみに劇中で世界滅亡の日とされているのは2012年12月21日。例の「マヤの予言」から引っ張ってきたものだけれども、これが現実のものとならないことを祈ろう。
正月早々から地震頻発で、何だかイヤな気分だけど・・・。
by odin2099 | 2012-01-01 18:47 |  映画感想<ナ行> | Trackback(22) | Comments(2)
ビックリシタニャ~の主題歌に乗せて、あの『長靴をはいた猫』ペロが帰ってきました。
といってもネズミを助けた罪で追われるペロ、そのペロを追いかけ回す3匹の殺し屋ネコたち、というシチュエーションだけを取り出しているので、ストーリーそのものは直接繋がっていません。
1972年春の<東映まんがまつり>のメイン作品ですが、多分実際の子どもたちのお目当ては併映の『仮面ライダー対ショッカー』の方だったでしょうね。

タイトルには「三銃士」とありますが、お話は何故か西部劇。
とある町に偽金作りをしている悪党がいて、その悪党に父親を殺された美少女アニーを助けてのペロの大冒険!
・・・と思いきや、ペロと一緒に旅をしていた気の弱い少年ジミーが、実は凄腕の連邦保安官だったことがわかり、後半はこのジミー少年が大活躍。ペロはあんまり良い所がなかったりします・・・。

大傑作の誉れの高い前作に比べると、この作品を評価する声は残念ながらあまり聞こえてきません。
ペロというキャラクターに頼り切った作劇でありながら、肝心のペロに見せ場があまりないという中途半端さでは、それも致し方ないのかも知れませんね。
悪党どもとはいえ人が結構死んでしまうという殺伐さも、「文部省選定」作品としてはどうなのかなあとも思いますし。まあ西部劇らしいといえばいえるのかもしれませんが。

ただシリーズ物だということを抜きにすれば、決して詰まらない作品ではありません。以前見た時は単なる凡作だと思ったものですが、改めて見れば活劇物としては悪くないですね。

ペロの声は前作の石川進から鈴木やすしに交代していますが、殺し屋Cの水森亜土は前作からの続投です。
余談ですけれど、次回作の『長靴をはいた猫 80日間世界一周』でのペロ役はなべおさみ。何か一風変わったキャスティングが続きますねえ。

ところで「三銃士」って一体誰のことなんでしょうね。
ペロがダルタニャンで、殺し屋たちが三銃士? それはかな~り無理があるんですけど・・・。
by odin2099 | 2011-11-29 23:36 |  映画感想<ナ行> | Trackback | Comments(0)
『ドラえもん/のび太の魔界大冒険』の併映作品で、同じ藤子不二雄原作の『忍者ハットリくん』と『パーマン』をドッキングさせた劇場用ならではのスペシャル・プログラム。『ハットリくん』としては3本目、『パーマン』としては2本目の映画となります。
この頃は特に疑問も抱かなかったのですが、今となっては必要以上にスペシャルなプログラムになってしまった感がありますね。なにせ『ハットリくん』はA先生、『パーマン』はF先生の作品ですから、コンビ解消後は半ば封印状態の幻の逸品です。

ケン一やケムマキたちの前に、助けを求めるユーリという女の子が現れます。その後ろから、怪しげな黒ずくめの男の一団が・・・。連中は力づくでユーリを誘拐しようとするのですが、寸でのところでハットリくんが登場。
ところが今度はそこにサイコマンと名乗る仮面の男が現れ、超能力でハットリくんを圧倒、更に駈けつけたパーマンたちも翻弄しますが、獅子丸と影千代が一計を案じてシンゾウを泣かし、そのパワーで辛うじて撃退することが出来ました。

ユーリはTVの超能力ショーに出演するために来日したのですが、幼い頃に生き分かれた父と兄を探しているのだと言います。ケン一たちは一緒に探してあげることを約束し、TV局への付いて行くことにします。
一方サイコマンは、自分と同じ超能力を持った少年少女を集め、父と共に世界を征服するという野望を持っていることが明らかになり、超能力ショーに狙いを定めます。そしてまんまとハットリくんやパーマンたちの目の前で、ユーリをはじめとする超能力者たちをニューヨークへと連れ去るのでした。

で、クライマックスは魔天楼を舞台にしたハットリくん+パーマンとサイコマンとの超能力ウォーズとなりますが、1時間弱の中編ながらかなり充実した内容です。
お話はどちらかというと『ハットリくん』寄りで、『パーマン』はゲスト扱いなのがちょっと残念ですが、これは原作漫画をA先生が執筆していたからでしょうかね。

ハットリくん側はケン一の両親、夢子、ツバメ、先生、シノビノ博士、お姫、ロボ丸などレギュラー、準レギュラーが大挙して出てきますが、パーマン側はブービー、パー子、パーヤンだけなので、やはり『ハットリくん』メインということになりますね。
ちなみにハットリくんとパーマンは旧知の間柄のようで、特に自己紹介をし合うという場面はありません。
またショーのゲストに星野スミレがいて、客席にはミツ夫がいるのに、何故かパーマン勢揃いというシーンが・・・。コピーロボットを使ってるワケでもなさそうなんですが、なぜなんでしょう?
by odin2099 | 2011-11-24 23:22 |  映画感想<ナ行> | Trackback | Comments(0)
ウォールデン・メディアによるC.S.ルイス作<ナルニア国年代記>映画化企画の第3弾。原作小説は「朝びらき丸 東の海へ」

ファンタジー映画のブームに乗り遅れまいと焦ったのか、第1弾製作の途中から参加したウォルト・ディズニーだったが、第2弾が思うような成績を上げられなかったと見るやさっさと撤退。シリーズ続行も危ぶまれたが、今度は20世紀フォックスがバックに付き、FOX2000ピクチャーズとの提携という形でゴーサインが出された。
前2作の監督だったアンドリュー・アダムソンは製作に退き、マイケル・アプテッドがシリーズ二人目の監督に就任。ルーシー役のジョージー・ヘンリー、エドマンド役のスキャンダー・ケインズ、カスピアン役のベン・バーンズ、それに白い魔女のティルダ・スウィントン、アスランの声を担当したリーアム・ニーソンらが前作からの続投となった。

ということで製作体制が変わったことでどうなることかと思ったが、意外にも前作からの引きも用意され(ピーターの剣やエドマンドの懐中電灯など)、シリーズとしての継続性を意識した内容になっていて一安心。
実は今回、音楽担当者が前2作のハリー・グレッグソン=ウィリアムズからデヴィッド・アーノルドに交代していたことを、劇場でパンフレットを見るまで知らなかったので愕然となったりしたのだが、そこはそれ、<007>シリーズでジョン・バリー(合掌)節を全開に聴かせてくれたアーノルドのこと、前作のスコアを流用しつつも遜色のない音楽を提供してくれている。

それにしても原作とは随分違うお話になっちゃったので、あんな場面あったっけ?こんなアイテム出てきたっけ?この人は誰?・・・と悩むこともしばしば。
まあそれでも毎度のことながら、原作に思い入れがないので映画としては充分楽しめた。
2時間半クラスの超大作として作られた前2作と違い、こちらは初めて2時間を切るコンパクトさ。ポーリン・ベインズのイラスト(岩波少年少女文庫の挿絵として使われているもの)を元に構成されたエンドクレジットも素敵だ。

第1章の白い魔女や第2章のミラース卿のようなわかりやすい悪役キャラクターがいない分、この第3章は旅の目的がわかり難いし、落とし所というか、何を成し遂げればハッピーエンドになるのかというのも見えにくく、最後にカタルシスを味わえるかというと難しいものがあるが、キャラクターの成長物としてはまとまった出来。
だが毎回毎回同じパターンを繰り返されると、些か厳しいものがある。

第1章ではペベンシー兄妹がいがみ合い、第2章ではカスピアンとぶつかり(更に兄妹間でやや険悪な雰囲気にも)、そして今度の第3章ではユースチスが兄妹やカスピアンとゴタゴタを起こすだけでなく、再びエドマンドとカスピアンが対立。
確かに原作でもキャラクターの成長はメインに扱われているが、ここまで衝突はしないし殺伐とした空気が流れることもない。リアルといえばリアルなのかも知れないが、前作で描かれる成長がその都度否定されているようにも受け取れるので如何なものかと。

作品世界の中では第1章から第3章までは3年しか経っていないが、実際の映画製作期間は5年。ということでエドマンドとルーシー、ペベンシー兄妹の年少組二人も大きく成長。年齢設定にはそぐわない部分も出てきてしまったが、この成長の仕方は悪くない。
原作では名前のみで実際には出てこないピーターとスーザンも特別出演。四人が一堂に会する場面はないもののこれは嬉しいサービスで、特にスーザンは隠れたキーキャラクター的存在になっている。個人的にはルーシーが、何故”この”スーザンに憧れているのかが全く理解出来なかったりもするのだが・・・。
原作に出てこないといえば白い魔女も同様で、これは上手い使い方だったかも。

物語の最後にエドマンドとルーシーは、ナルニアへ来るのはこれが最後だとアスランに告げられる。前作のラストでもピーターとスーザンが同じことを言われるのだが、実は最終章となる(順当にいけば)第7章で、彼らは再びナルニアの地を訪れる(但しスーザン以外)。原作通りの台詞とは言えちょっと違うんじゃないかと気にはなっているのだが、これはナルニアへ行く方法というか原因が異なるからなのだろうか。

そしてラストシーン、姿は見せないが、ユースチスの家に遊びに来た少女として”ジル・ポール”という名前が出てくるが、もし第4章として「銀のいす」が映画化されるとすれば、今度の主人公はユースチスとこのジルという少女。作品を見る限り、スタッフは第4章を作る気が満々のようだが、興行成績は右肩下がりのようで先行きは不透明。
以前BBCがTVドラマを製作した時も第4章で終わってしまったので、全7章の映像化はやはり厳しいのかも知れない。

ところで今回、初めて3Dの吹替版で鑑賞したが、ことさら3Dを意識した映像にはなっていなかった。
舞台の殆どが海の上、船の中ということで画面的にもそれほど奥行きは感じられず、手間暇かけた割に効果のほどは疑問だ。単なる話題作りの為だけだったとしたらちょっと淋しい。
by odin2099 | 2011-02-27 11:27 |  映画感想<ナ行> | Trackback(31) | Comments(6)
続きましての第2章、こちらは結局一回しか見に行けませんでした。
そのせいか記憶が曖昧で、その分「この先どうなるんだろう?」とハラハラドキドキしながら楽しめましたが、うーん、こういうのって逆にヤバイか。

物語は前作から1年後、といっても直接は繋がっていないので、前作を知らない人でもチンプンカンプンってことはないんじゃないかと思います。ただ製作は前作から3年後なのでペベンシー兄妹、特に年少組二人は随分成長しちゃってます(実は第2章から第3章へも、物語内時間は1年で製作サイクルが3年なので、このシリーズ、そろそろ潮時なのかな)。

そして舞台は再びナルニアへ――なんですが、「こちら」側と「あちら(ナルニア)」側とでは時間の流れが違うということで、何やらすっかり別世界。実は1300年も経ってるということで、ナルニア側のキャラクターでお馴染みさんは一人もいません。これもシリーズ物としては結構珍しいと思いますが、これまたそのおかげで前作未見の人にも敷居が低くなっております。

もっとも”偉大なるライオン”アスランは当然出てきますし、前作の悪役”白い魔女”も再登場。原作では出てこないのにね、この人。まあシリーズ物らしい関連性を持たせる役回りというところでしょうか。
関連性と言えば、ナルニアの歴史が刻まれた壁画が出てくる場面がありますが、そこにタムナスさんの姿が映し出されると前作の”タムナスさんのテーマ(?)”がしっかりと流れるという嬉しいサービスもあったりします。このあたりは前作見ている人はニヤリ、ってなところでしょう。
というか前作も担当したハリー・グレックソン=ウィリアムズは極力前作のスコアを取り入れているので、音楽を聴いているだけでも「ナルニア」へ来たんだなあという気分にさせてくれています。

今回は念願だった吹替版をようやっと見たのですが、カスピアン王子に尾上菊之助を連れてきたのは一体誰なんでしょう?
普通なら考え付かないキャスティングですなあ。
前作(そして今回もチョイ役ながら出演)の大地真央といい、微妙にずれた配役するのがこのシリーズの特色ですかね。

相変わらず絶妙の津嘉山正種(アスラン)とか、珍しく(?)渋めの役どころの岩崎ひろし(トランプキン)にチョー(松露とり)とか、誰もが納得(してくれますよね?)だったり、意外性がありながらもハマってる配役もある反面、ちょっと首を傾げざるを得ない著名人吹き替えなのですが、なまじっか下手じゃない、いやむしろ合格点あげてもいいかな、どうしようかなー、というレベルなのが尚更始末が悪かったりするのですが(苦笑)。
3作目はどうなるんだろう?

3作目と言えば、今回邦題が初めて原作邦題とはかけ離れたものになりましたね。
第1章は「ライオンと魔女」でそのまま、第2章は「カスピアン王子のつのぶえ」→「カスピアン王子の角笛」でしたが、今度の第3章は「朝びらき丸 東の海へ」が何故か「アスラン王と魔法の島」という、似ても似つかないものに。
なんでも第4章となるはずの「銀のいす」の要素も取り入れ、ストーリーを改変したそうですし(原作者ルイスの遺産管理団体と揉めたらしい)、バックがウォルト・ディズニーから20世紀FOXに変わった影響もあるのかも知れませんが、興行成績は右肩下がりのようなので全7作の映画化はやっぱり無理なんでしょうかね・・・。

ところで明日は「金曜ロードショー」でこの「第2章」が放送されますが、明後日は「土曜プレミアム」で「第1章」が放送されます。
・・・・・・もう少し見る側のこと、考えてくれないもんかね。
ま、どっちもカット版のはずだけど。

ところで地震で大きな被害が出たニュージーランドのクライストチャーチ、『ナルニア』のロケも行われた場所ってここの郊外だったっけか。
日本人も含めて多くの死者・行方不明者が出ていて心配なことです。
by odin2099 | 2011-02-24 23:26 |  映画感想<ナ行> | Trackback | Comments(0)
第3章公開前にシリーズの復習をしておきましょう。

まずは第1章、考えてみると邦題から副題を削らなかったのは凄いことかもしれませんね。おかげで素直に「第2章」「第3章」と続けられる訳ですから。
それに比べると『ロード・オブ・ザ・リング』は、1作目の時に全編の映画化だと勘違いした人が・・・・・・チラホラはいたみたいですね。素直な人や”本当に”予備知識ゼロの人などは混乱したことでしょう。
ただ皮肉なことに(?)、『ロード・オブ・ザ・リング』1作目はお話の途中で見事にぶった切られて終わりますが、この『ナルニア国物語/第1章』はきちんとこれだけで完結するんですよね。
だから「第1章」とわざわざ謳わなくても、見ている人からはさほど不満は出ない筈。むしろ第2章以降を作らないことには格好が悪い、ってことになっちゃってます(苦笑)。

で、3年ぶりぐらいに見直したんですが、結構色々なシーン、覚えているもんですね。
まあ比較的短期間に3回だか4回だか見ているからでもあるんですけど、原作に思い入れがない分、充分に楽しめます。
というか、ぶっちゃけ仮にC.S.ルイスが存命でこの映画を見たとしたら、自分が書いた世界とあまりにかけ離れた殺伐とした内容に愕然となるんじゃないか、なんてことを考えたりもしてしまいます。
それとも、これはこれで愉しんでくれるのかな。

”偉大なるライオン”の表情の豊かさも良いし、いがみ合ってるペベンシー兄妹たちが最後にまとまる展開も、ベタではありますがジーンときます。
ただピーターはなかなかのイケメン君ですが、エドマンドはともかくスーザンとルーシー(特にスーザン)はもうちょっと”美少女”風の女の子に出来なかったものかと・・・。
by odin2099 | 2011-02-21 22:15 |  映画感想<ナ行> | Trackback | Comments(0)
知られざる<スーパー戦隊>、それが『忍者キャプター』・・・って、ちょっと違いますか。ただ一頃の児童書には<戦隊>モノの括りで紹介されることもありました。
日本征服を目論む風魔烈風率いる風魔党と対決する、天堂無人が組織した正義の忍者キャプター
――現代を舞台にした忍者対忍者という対立図式は当時としては珍しいものでしたし、主人公である火忍キャプター7こと出雲大介が、風魔の抜け忍という設定もヒーロー物としては斬新だったかと。

ただキー局が東京12チャンネルだったので、放送されなかった地域も多かったのでしょうね。
『ジャッカー電撃隊』よりも早く、『秘密戦隊ゴレンジャー』に次ぐ二番手だったりもしますが、一般的知名度は限りなく低く、放送局も違うからか<戦隊>シリーズに正式にカウントされませんでした。放送期間は1976年の4月から翌年の1月までなので、時期的には『ゴレンジャー』と被っているのもその理由かも知れません。
尤もこの時期の東映ヒーローは、ポスト「仮面ライダー」を模索してその活路を複数ヒーローに求めていたフシがあり、『アクマイザー3』や『超神ビビューン』は3人、『ザ・カゲスター』や『宇宙鉄人キョーダイン』は2人ですから、『キャプター』もそのヴァリエーションの中で語るべきだろうと思います。

放送局が少なかった割に視聴率は良かったようなんですけれど(1クールくらいまではリアルタイムで観てました)、何故か10カ月で急遽打ち切りが決まったらしく、監督の証言によれば手元にあった別作品の台本をその場で修正し(!)、最終回を撮ったとのこと。一体何が原因だったのでしょうか?
ちなみに後番組は『怪傑ズバット』なので、東映ヒーローの放送枠は残ったことになりますけど。

で、この作品は1976年12月に<東映まんがまつり>で上映されたもの。
もう放送も終盤の時期なのに、選ばれたのは第5話「キャプター皆殺し作戦」という初期作品なのも解せないですが、しかもこの頃の<まんがまつり>は基本「春」と「夏」だけ。
「冬」は地方のみの興行という変則的プログラムのくせに、そのラインナップとして放送局の少ない(地方では放送してない)『キャプター』を持ってきたのも不可解ですねえ。

お話の方は、陽動作戦でキャプターを誘き出し、その隙に天堂無人の孫娘・美樹を浚い降伏を迫る風魔火遁の策略を、キャプターたちが知力を振り絞って(?)阻止するというもの。
孫娘を見捨てる決断を下した無人と、何とかして美樹を助けようと苦悩するキャプターたち(特に雷忍キャプター1こと袋三郎兵衛)の葛藤が見どころでしょう。

キャプターは7人という大所帯で、下は中学生から上は45歳までと幅広い<戦隊>ですが、最年長で天堂家の執事・三郎兵衛が今回はメイン・フューチャーされています。演じているのは地獄大使など悪役の印象が強い潮建志ですが、これがなかなか良い味を出しています。
天堂美樹役の野川愛も、逆さ吊りにされて拷問を受けるシーンなどで頑張っていました。
ただ、7人というのはやはり多すぎると思いますし、キカイダーでイナズマンである伴直弥(伴大介)演じる出雲大介も、新鮮味には乏しいのは致し方ないですね。
by odin2099 | 2010-12-21 22:18 |  映画感想<ナ行> | Trackback | Comments(0)
♪ビックリしたニャ ビックリしたニャ ・・・で始まる”長靴をはいた猫”ペロの大冒険。
1969年春の<東映まんがまつり>で上映され、1978年夏にリバイバル。更に1998年には『銀河鉄道999/エターナル・ファンタジー』の併映作品として再公開されるなど、東映動画長編漫画映画を代表する作品の一つ。
ペロはその後、東映動画(→東映アニメーション)のシンボルキャラクターにもなっている。
2本の続編も作られた。

原作はシャルル・ペローの童話で、確か原作版では猫に名前はなかったんじゃないかな。多分原作者の名前を拝借して、この作品では「ペロ」と名付けたんだと思う。
で、その原作は昔々にペラペラと捲った程度なので殆ど覚えていなかったんだけど、今回観直すにあたって粗筋を読むと、結構映画に活かされているのでビックリ。全く別物だと思ってた。

とはいってもそれは骨格に過ぎず、やっぱりその面白さは井上ひさし(合掌)と山元護久の脚本、それにギャグ監修として付いた中原弓彦(小林信彦)によるものだろう。
それに森康二の作画、宇野誠一郎の音楽、そして矢吹公郎の演出の賜物。
ちなみに脚本の井上&山元コンビと音楽の宇野誠一郎は、大ヒット作『ひょっこりひょうたん島』のスタッフでもある。
クライマックス・シーンは何故か『世界名作童話 白鳥の湖』でリメイク(魔王の声を演じた小池朝雄もそのまんまの役で)されている。

ディズニーは昔の作品を大事にし、リバイバル公開したり、今なおフィルムを補修しながら新しいソフトをリリースしたりしているが、東映ももっと自社のアーカイブを活用したらどうだろう。
この作品もTVで放映したり、小規模でも良いから再公開の場を設けたりすれば新しいファンの獲得だって可能なはず。それぐらいのクオリティを持った作品なのだから。

ただ昨今ではこの作品、「宮崎駿」作品というレッテルを貼られる傾向があるけれど、それはイヤだ。
勿論この作品における宮崎駿の功績を否定するものではないし、ジブリ作品を切っ掛けにしてこの作品に興味を持つのは良いことだと思うけれど、それ以外のスタッフやキャストの仕事ぶりは正当に扱って欲しいもんである。
by odin2099 | 2010-07-27 21:23 |  映画感想<ナ行> | Trackback(1) | Comments(2)
主人公は女子大生です。論文のテーマは「現代社会における人間の恐怖心」、本人はあんまり乗り気じゃないですが、先生から薦められたら文句は言えません。
ラブクラフトやらC.A.スミスやらホラー小説を読み漁りますがピンとこないのですが、そんな時に「ここ行ってみたら?」と変な本屋さんを紹介されます。
本屋さんの名前は「危険な礼拝堂」、聞いただけで怪しさ満開ですが、ここで更に変な連中を紹介され、どんどん陰謀論だとか、アブノーマルな方向へ走ってしまうというミステリーです。

原題は”NEW WORLD ORDER”ですが、邦題は素敵過ぎます。『ナショナル・トレジャー』『ダ・ヴィンチ・コード』ですね、こりは(実は両作品よりもコッチの方が先に出来てます)。
といっても宝探しなんかしませんので、強いて挙げれば『ダ・ヴィンチ・コード』寄りでしょうか。
フリーメイソンやらイルミナティやらシオン修道会やらテンプル騎士団やら、続々と出てきます(名前だけ)。

エジプトの3大ピラミッドの配置はオリオン座の三つ星と一致してるとか、スフィンクスはピラミッドよりも古いとか、グラハム・ハンコックの『神々の指紋』を思い出させるものが出てきたり、JFK暗殺の謎とか、アポロ計画の話とか、エルヴィスは生きているとか、「9」に纏わる謎とか、宇宙人が文明をもたらしたりとか、まるで「世界の七不思議」のフルコースみたいに紹介され、こういうのが大好きな身としてはそれだけで嬉しくなってくるのですが、結局は羅列されるだけ。
途中で『ダ・ヴィンチ・コード』でもお馴染みレンヌ=ル=シャトーの謎が大きく扱われるので、お、そっち方面で攻めるのかと思いきや、こちらも取り敢えず蘊蓄披露しました、程度で尻窄み。やっぱりこの手の作品に大きな期待は禁物だったか・・・。

出てくる人物が皆エキセントリックで、陰謀論者、誇大妄想狂、精神異常者としか呼べないような連中ばかり。
ヒロインは途中から何者かに監視され、彼女が掴んだであろう謎解きの手掛かりが狙われるのですが、それすらも周囲の人間に影響され、彼女自身もおかしくなっちゃった果ての妄想じゃなかろうか、と思えるような展開は、こりゃ新手のサイコスリラーか?

邦題のように、国家が陰謀を行っているという結論に達するでもなく、結局何もわからないまま終わっちゃいます。フィクションはフィクションなりに、嘘でも良いから結論出して欲しいもんですがね。大風呂敷広げたものの、収拾がつかなくなっちゃって途中でぶった切った、てな感じもします。
ただラストシーンを観てから冒頭のシーンを観直すと、全ては仕組まれていたことだったのかな。彼女には同じ謎に挑んだ前任者がいたんじゃないかな、と思える節があるのですが、もしそれが伏線だったとしても全く回収されてません。困ったもんですね。
by odin2099 | 2010-06-28 06:43 |  映画感想<ナ行> | Trackback | Comments(1)

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