【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<マ行>( 120 )

これ、劇場用の新作だと思って劇場に見に行きました。
騙されました。
これが自分の<東映まんがまつり>初体験。
小さく書いてある<劇場用カラー長編まんが(劇場用新作カラーまんが)>と<カラーまんが>との違いを学び、一歩大人に近づいた小学生の頃…。
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<東映まんがまつり>では他にあまりこういった例を知らないのですが、<東宝チャンピオンまつり>でも既成作品を改題、再編集して公開することはよくやってましたね。
それだけその作品の人気が凄かった(集客力があった)ということなんでしょうし、新作を求められても応えられない大人の事情もあるんでしょうけど、子どもを騙してるという後ろめたさは微塵も感じなかったんですかね。

ま、お話の方は再三書いてますが、劇場用作品として相応しいイベント編。
ドクターヘルによって光子力研究所が襲われ、ジャパニウム合金が奪われ、それを使って全身超合金Zに身を包んだ機械獣が出現。頼みのマジンガーZは罠にかかって囚われの身。はたして日本は?!
という娯楽編です。

宙明サウンドのみならず伊福部センセの「わんぱく王子の大蛇退治」やら小杉太一郎先生の「サイボーグ009」の音楽も駆り出しての総力戦!(違うか)
「マジンガーZ」を知らなかったり、たまたまこの回を見逃してしまっていたちびっ子に訴えかけるものは大きかったと思います。

前作のタイトルが「対デビルマン」と変則的ですが、次回作は「対暗黒大将軍」ですから、間に並べても遜色のないタイトル。
実際にこのタイトルで新作作ってくれても良かったよなあ。

来年1月にはTVシリーズの「続編」だという新作劇場用映画「マジンガーZ / INFINITY」も公開されますが、この頃の興奮は二度と戻ってくることはないんだろうな…。
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<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/23792087/
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by odin2099 | 2017-09-15 20:35 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
製作部門が解体されたことで、スタジオジブリを飛び出したスタッフたちが設立した新会社スタジオポノックの第一回作品で、「借りぐらしのアリエッティ」「思い出のマーニー」の米林宏昌監督が、三度イギリス文学(原作:メアリー・スチュアート)に材を採った。

e0033570_21291379.jpg不思議な花を見つけた少女メアリが魔女の国へ彷徨いこみ、そこで自分は魔女だと嘘を吐いたことで大事件を巻き起こしてしまうというお話は、キャラクターデザインや美術設定、音楽の使い方に至るまでジブリの後継者足るに相応しいもの。周囲からは当然それを期待されていただろうし、おそらく当人たちも自負していたものと思う。

ジブリのコピーだとかパクリだといった評は幸いにしてあまり耳にしなかったが、逆に「ジブリ作品ではなくポノック作品であることの独自性」や、「何故この作品がジブリの名を冠していないのか」といったそもそもの製作に至る経緯が一般には浸透してはいなかったことから生じる誤解によって、不当に評価されることはなかったものの、観客に違和感や戸惑いの感情を引き起こしたことは誤算だったのではないだろうか。

そういった色眼鏡抜きで観れば、普通に愉しめるアニメーション映画。
時代設定がハッキリせず(舞台は現代?)ファンタジー世界にすんなりと入り込めなかったり、悪役ポジションの登場人物が特に改心もせずそのまま放置されたり、原作がどの程度原型を留めているかは知らないが気になる箇所が何点かあるものの、”所謂ジブリ映画”を求めて来たファミリー層の受け皿にはしっかりなっていたと思う。

となるとスタジオポノックの次回作が気になるところだが、皮肉なことにジブリが宮崎駿監督の下で新作映画の製作を再開。ポスト・ジブリの座を本家と分家で争う事態になってしまった。
お互いに切磋琢磨して共存共栄を願いたいところだが、パイは大きくはないのだろうな。

最後に余計なお世話だが、ポノック作品がジブリ作品を踏襲して欲しくないのは、素人中心のキャスティング体制。もちろん巧い人もいるし、思わぬ逸材に出会える可能性もあるが、先ずはキャラクター優先の適材適所をお願いしたい。
今回も台詞の聞き取り辛い人が何人か。これは作品の完成度を著しく損なってしまう残念な結果に。


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by odin2099 | 2017-08-31 20:07 |  映画感想<マ行> | Trackback(17) | Comments(0)
先日はベラ・ルゴシの「魔人ドラキュラ」を見たので、今度はボリス・カーロフの「ミイラ再生」を。
この作品もオープニングタイトルに流れるのはチャイコフスキーの「白鳥の湖」
なんでこの曲を選んだのかねえ。

e0033570_21094987.jpgどちらも85年以上前の作品だから古臭いのは仕方ないし、演出のテンポも間延びしていて自分のリズムとは合わないし、技術的に稚拙だと見えるし、ぶっちゃけ退屈する場面も多々ある。正味70分ほどなのに、もっと長く感じられもする。
今作ればもっと凄い迫力の映像に、畳みかけるようなアクション、ショック描写のオンパレードも可能なはず。
ただこの作品で言えばボリス・カーロフ、その演技というか圧倒的な存在感、これを現代に蘇らせることは至難の業だろう。

いよいよ日本でも公開される<ダーク・ユニバース>第1作「ザ・マミー/呪われた砂漠の王女」はこの作品のリメイク。
以前にも「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」としてリメイクされたこともあるが、今回どれだけ原典の魅力を残し、新たな魅力を付け加えているのだろうか。

<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/8106576/


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by odin2099 | 2017-07-27 21:10 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
ユニバーサル映画がベラ・ルゴシを主演に迎えて製作した「ドラキュラ」映画で、ブラム・ストーカーの小説の正式な映画化作品としてはこれが最初になるらしい。
監督はトッド・ブラウニング、ヴァン・ヘルシング教授役にエドワード・ヴァン・スローン、ジョン・ハーカーにデヴィッド・マナーズ、ミナにヘレン・チャンドラー、レンフィールドにドワイト・フライほか。

e0033570_20200737.jpgタイトルバックにいきなり「白鳥の湖」が流れるので驚くが、後は本編中に音楽は一切流れず(劇中音楽としてはチラっと流れるが)、ゆったりとしたテンポに俳優たちの大仰な演技、というのは今日の目で見るとかなり辛いものがある。
約四半世紀ぶりに見直してみたものの、歴史的意義は見出せても純粋に楽しめたとは言い難かった。

ただドラキュラのというか、吸血鬼のというか、その表現方法で興味深く感じたのは直接的な吸血シーンが描かれないこと。牙も見せず顔を近づけただけで終わってしまうのだ。
棺桶から出るシーンもなく、蓋が空いて手が出てきたと思ったら次のカットでは棺のそばに立っていたり、コウモリや狼に姿を変えることは暗示されてはいるものの、変身するショットは皆無。
鏡に映らなかったり、十字架を嫌う仕草はあっても「ドラキュラ=吸血鬼」は明確ではなく、ヘルシングの台詞でのみ説明しているのだ。

技術的にリアルに表現するのが困難だったのかもしれないし、幅広い観客層にアピールするために敢えて恐怖心を煽ったり残酷な描写を避けたのかもしれないが、観客に想像の余地を残していることで、逆にジワジワと浸透してくるという、こういった恐怖演出もありなのだなと感じさせてくれた。

現在ユニバーサルは<ダーク・ユニバース>というプロジェクトを展開中だが、いずれこの作品のリメイク(リブート)にお目にかかれる日も来るのだろう。


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by odin2099 | 2017-07-14 20:23 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
<DCフィルムズ>の新作「ワンダーウーマン」は絶賛の嵐。日本公開はまだちょっと先ですが、期待が高まります。
それに続く「ジャスティス・リーグ」も、残念な監督交代劇はあったものの、今のところネガティヴなニュースがあまり流れてこないところをみると、どうやら期待して良い?

ということでこちらもお浚いをはじめてみようと思ってるのだけれど、<DCフィルムズ>って呼称は全然定着しませんな。配給会社が打ち出した公式な名称のはずなのにファンの間では専ら<DCEU(DCエクステンデッド・ユニバース)>と呼ばれてるし、日本独自のアピール、どうやら失敗みたい。

e0033570_07073097.jpgさて、今までのスーパーマン像とはかなりイメージが違うこともあって、最初の印象はあんまりよくなかったこの作品だけど、何度か見直していくうちに段々と愛着が湧いてきた。
解説役のみならず、結局はストーリーを運んでしまうジョー=エルことラッセル・クロウの出番が多過ぎるのは気になるものの、スーパーマン=クラーク・ケント役にクリストファー・リーヴやブランドン・ラウスのような無名の若手が抜擢されたのとは違うヘンリー・カビルの存在感が、ラッセル・クロウのワンマンショーになりかねない事態を回避。

もう一人のお父さん、ジョナサン・ケントにケビン・コスナーを持ってきたことで、上手くバランスもとれてる感じだし、従来の作品以上に養母マーサにスポットを当てていることで、クラークの周りがガッチリ固められている。
配役を聞いた時にはダイアン・レインがこんな老け役を?と驚いたものだが。

ただクラークの人格形成大となったジョナサンの考え方は理解しづらい。
”能力”を使って友だちを助けたクラークを非難し、「じゃあ見捨てれば良かったの?」との問いに「そうかもな」と答える。そして実際、竜巻に巻き込まれた自分を助けようとしたクラークを制し、自ら犠牲になってみせる。
何が「正解」なのか、結局その答えは永遠に見つからないだろうが、それでも”正義の味方”スーパーマンへの教えとしてそれで良かったのかなという疑問は残る。
また人を護るためというより、私怨によってゾッド将軍を殺してしまったように見えるスーパーマンの選択は、今後のスーパーマンの活動を(地球人として)全面的に信頼していいものだろうか、というのは大いなる問題でもある。

色々な面でモヤモヤが残る展開、そして結末だった。
そして続編「バットマンVSスーパーマン/ジャスティスの誕生」でも、これは問題提起されている。

<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/24237421/


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by odin2099 | 2017-07-08 07:09 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_22110032.jpg劇場公開された<マジンガー>シリーズの記念すべき第一弾で、公開されたのはテレビがスタートして1クールを過ぎ、15~6話あたりを放送していた頃。
まだリアルタイムでテレビを鑑賞していなかったのだけれども、始まって割と早い段階から人気があったように記憶してるので、もう軌道に乗ってたのかな。
<東映まんがまつり>の一本として選ばれたのはテレビ版第5話だけれども、時期的に考えるとオンエアしてすぐにラインナップされたのかもしれない。

ヒーロー物の定番の一つ、偽物が出てくるお話だけれども、実際に偽物のマジンガーZを作るのではなく、映像を使ってあたかもマジンガーが暴走してるかのように見せかけ、実はその裏で機械獣が暴れてた、というパターンは新しいかも。

ドクターヘルの策略に乗ってエネルギーが尽きかけたマジンガーZ、さやかのアフロダイAの援護も期待出来ず、シローやボスが人質に取られ絶体絶命の窮地!
そこからあっさりと起死回生の逆転劇を演じてしまうあたりは物足りないけれど、まだ番組フォーマットが確立する前、スタッフも試行錯誤を繰り返していた段階の作品ながらも、「マジンガーZ」の愉しさは伝わってくる。
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<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/23607640/


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by odin2099 | 2017-06-11 22:12 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_21212720.jpg命の女神テ・フィティの<心>には偉大な力が宿っていたが、半神マウイによって奪われ、暗黒の闇が生まれた。だが闇がすべてを覆い尽くす前にテ・フィティに<心>を返せば、世界を救うことが出来る。
豊かな自然に包まれた島モトゥヌイ、その村長の娘であるモアナは幼い頃から、語り部である祖母からその伝説を聞かされて育った。
ある時、島に異変が起きた。作物が病にかかり魚たちが姿を消したのだ。
モアナは、自分が海の不思議な力に選ばれた存在であることを知り、掟を破ってサンゴ礁を越え、マウイを探し出してテ・フィティに<心>を返す旅に出るのだった。

CGもここまで来たかと感心させられる美しい水の描写に、「How Far I'll Go」に代表される素晴らしい音楽の数々。
思わずモアナと一緒に海へ飛び込みたいと感じさせてくれるゴキゲンなアニメーション映画で、春休みじゃなく夏休み興行だったらどれほど良かったのに。

「海に選ばれた少女の物語」というとファンタジー寄りのイメージを持つ人もいるだろうが、この映画は良い意味でそのイメージを裏切ってくれる。
徹頭徹尾、冒険活劇である。
ひと昔、いやふた昔前だったら、主人公は少年だったかもしれない。
モアナが女の子として魅力がないということではないけれど、主人公が少女である必然性は殆どない。

e0033570_21213914.jpg棒のマウイも決してヒーローじゃないし、モアナとの関係も対等のパートナーといった感じのバディ・ムービー。
なので彼女はディズニー・プリンセスの新たな系譜ではないし、もし「アナと雪の女王」のような作品を期待してたとしたらガッカリするのかも。
ディズニー映画で探すなら、同じ海が舞台だからではないが「パイレーツ・オブ・カリビアン」の方が近いかな。

あるいは「未来少年コナン」や「天空の城ラピュタ」が大好きだという男の子がいたら、凄く気に入るんじゃないかと思う。
ジブリ映画からの影響が顕著なのは昨今のディズニー映画には珍しくないことだが、コナンとラナ、そしてジムシーを足して、それを2で割るとモアナとマウイになりそうな気もするし。

なので、題名やポスターから受けるイメージはとりあえず忘れて、冒険の旅へ乗り出して欲しい。


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by odin2099 | 2017-03-15 21:23 |  映画感想<マ行> | Trackback(9) | Comments(0)
ビデオソフトを入手して以来、一番繰り返し見ている映画はこの作品かもしれません。
なんせ「マジンガーZ」から始まる一連のシリーズ、及びその周辺作品含めて最後のお祭り映画です。
「ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー」が「仮面ライダー」や「人造人間キカイダー」を含めた石ノ森章太郎作品の集大成になっていたように、この作品も永井豪作品の集大成なだけに思い入れが強いのです。
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まあそれならば、これまた毎度毎度書いてますけど、なんで兜甲児をマジンガーZに乗せなかったのかとか(前作「グレンダイザー対グレートマジンガー」もそうですけど、スタッフは「Z」に対して冷たいですねえ)、せっかく一度は名前の挙がった鋼鉄ジーグやデビルマン、キューティーハニーの出演が叶わなかったのは何故なんだとか、もうちょっと最後の祭りを盛り上げて欲しかったんですけどね。
しかし当時はそういう発想なんてなかったんだろうなあ、というのも想像できるんですが。
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前にも書きましたけど、欠点だらけの作品ではあります。
海難事故の捜査を早乙女博士に依頼するならバチスカーフじゃなく最初からゲッターポセイドンで行けよとか、ドラゴノザウルスの対策を話し合う場に弓教授、早乙女博士、宇門博士を招集しておきながら、宇門博士の提唱でロボット軍団結成という発想に辿り着くのってヘンだろ、どう見ても最初からそのつもりの面子じゃんとか、「ドラゴノザウルスにはミサイルが効果ない」とざんざ語られた後で、性懲りもなく打ち込んで「ミサイルが爆発しない」と驚くレディロボットたちとか、兜甲児の声の人:石丸博也さんが「石丸博世」と誤記されてるとか。
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でもそれらをひっくるめて好きな作品ですね。
菊池俊輔&渡辺宙明音楽の威力!
富山敬、石丸博也、野田圭一、神谷明の絶叫の破壊力!
これぞロボットアニメの醍醐味なんです。

<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/23179734/


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by odin2099 | 2017-03-14 20:34 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
謎の言葉を残し、不可解な死を遂げた祖父。ジェイクは残された祖父の言葉を頼りにとある島を訪れる。
その島の森の奥深くひっそりと佇む屋敷には、ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたちが暮らしていた。祖父が生前度々ジェイクに語っていた不思議な物語は、作り話ではなく事実だったのだ。
閉ざされた空間の中で、永遠の一日を繰り返し繰り返し送る子供たちにジェイクはどんどん惹かれて行くが、一見平和に見える屋敷での暮らしにも密かに恐るべき脅威が忍び寄っていた…。

e0033570_19170167.jpgランサム・リグズの小説「ハヤブサが守る家」をティム・バートンが監督。
原作は未読、それに予告編は奇妙な感じだったし、ティム・バートン作品との相性もあまり良くないので観ようかどうしようか悩んだのだが、多少毒のある描写には辟易しながらも最後まで愉しく見ることが出来た。

それは多分にヒロイン格のエマという少女の魅力に負うところ大で、その可憐さにはジェイク少年ならずとも一目惚れ。
タイトルロールにもなっているペレグリンを演じているエヴァ・グリーンは妖艶でキツメの顔立ちだが、それと対照的なルックスはひときわ映える。

で、演じているエラ・パーネルのプロフィールを見てみると――
そうか、「マレフィセント」でアンジェリーナ・ジョリーの少女時代を演じてた娘か。
あの作品でも実に可愛かったけれど(その更に幼少期を演じたイソベル・モロイも)、美少女から美女へと堂々たる変貌ぶりは頼もしい限り。それに「ターザン:REBORN」でジェーン(演:マーゴット・ロビー)の少女時代を演じていたのも彼女だったんだなあ。

バートン監督作品の中では「ビッグ・フィッシュ」にちょっと似た感じを受けた。
あちらでは父と子、こちらでは祖父と孫の絆が軸になっているが、時間を超越した描写があって、更にホラ話だと思っていたものが実は…という件にも何やら共通性が。
お得意のダークファンタジーではあるもののコミカルな部分も多く、当初受けたイメージよりは敷居が低い作品だった。

最後もハッピーエンドで満足なのだが、おそらく原作小説では、映画ではさらっと流してしまっている第二次大戦時の暗部などをもっと描き、違った意味でダークな部分が多いのだろうと思うのだがそちらにも興味を惹かれた。

【ひとこと】
サミュエル・ジャクソンはともかくジュディ・デンチは勿体ない使い方だ。


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by odin2099 | 2017-02-14 19:24 |  映画感想<マ行> | Trackback(11) | Comments(2)
e0033570_11115832.jpg金を採掘し、町を牛耳っている資産家バーソロミュー・ボーグ。遂に町の住民たちはなけなしの財産をかき集め、ボーグ一味に対抗する用心棒を雇うことに。
集められたのは保安官にして賞金稼ぎのサム・チザム、ギャンブラーのジョシュ・ファラデー、伝説の狙撃手グッドナイト・ロビショー、孤高の暗殺者ビリー・ロックス、インディアン・ハンターのジャック・ホーン、流れ者のバスケス、それにコマンチ族のはぐれ者レッドハーベストの7人。
チザムは住民たちを指揮し、ボーグを挑発。
ボーグはそれを知り、大軍を率いて町へと戻ってきた。

以前から何度か噂は流れていた「荒野の七人」のリメイクがとうとう実現。
ガンマンを演じるのがデンゼル・ワシントン、クリス・プラット、イーサン・ホーク、イ・ビョンホン、ヴィンセント・ドノフリオ、マヌエル・ガルシア・ルルファ、マーティン・センズメアー、それに一行を集める実質的な主人公が夫をボーグに殺された未亡人のエマ(演:ヘイリー・ベネット)、という具合に女性が重要なポジションにいたり、メンバーが黒人や東洋人、ネイティブ・アメリカンらを含めて構成されていたりというのが、如何にも現代風のアレンジで、強大な敵に対する多国籍軍の様相。

もっとも20年ほど前だったかに第一報が流れた時は、クリント・イーストウッド、ブルース・ウィリス、シルベスター・スタローン、トム・クルーズ、ケビン・コスナー、キアヌ・リーブス、ブラッド・ピットの名前が挙がっていたので、これはこれで見たかった。

e0033570_11114589.jpgオリジナルの「七人の侍」や「荒野の七人」を見ていないとわからないのでは?と敬遠している向きもあるだろうが、特に予備知識はいらない。
最初のうちは多少混乱するかもしれないが、7人のキャラクターはきちんと描き分けられていて、それぞれ見せ場も割り振られている。
オリジナルと同じキャラは一人もいないが、旧作を知っていれば「このキャラクターのこの要素は、今度はこのキャラクターに割り当てられたんだな」という楽しみ方も出来るが、それはこの作品が気に入ったら後でオリジナル版を見ればいいだけのこと(ちなみに「七人の侍」と「荒野の七人」もキャラクターはかなり変えられている)。
オリジナルに比べて7人と町の住民たちとの交流が描かれてないとの声もあるが、むしろそれがないことで彼らの立ち位置がよりハッキリしているのではないだろうか。
義侠心や同情から彼らは集まっているのではなく、言ってみれば男が男に惚れるという「美学」で繋がっているからだ。

むしろ先日見直したところだが、アントワーン・フークワ監督の旧作「キング・アーサー」を見ておくと、その類似性が愉しめるかもしれない。
あれもリーダーに惚れた男たちが、強大な相手に命を投げ出して立ち向かっていくというドラマで、作戦の組み立て方などにも共通点が見て取れる。
つまり監督にとって好きな題材だったということなのだろう。

音楽のジェームズ・ホーナーはこれが遺作。完成前に事故死した彼の作業はサイモン・フラングレンが引き継いで完成させた。
時折オリジナル版のテーマ曲を彷彿とさせるメロディが流れてきてニヤッとさせられるが、エンドロールではそのエルマー・バーンスタイン作曲のオリジナル版テーマがしっかりと流れ、幸福な気持ちに包まれ劇場を後にした。

ところでこの作品、日米共に興行成績があまり宜しくないらしい。
特に日本ではあまり宣伝されているようにも感じないのだが、それにこの邦題が頂けない。
覚えにくいし、言いにくい。
本国から原題のカタカナ化を厳命されたのかもしれないが、ここはストレートに「新・荒野の七人」とか、「○○○○/荒野の七人」とか、徹底的にリメイクだということを前面に押し出した方が良かったんではなかろうか。


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by odin2099 | 2017-02-12 11:18 |  映画感想<マ行> | Trackback(15) | Comments(6)

by Excalibur
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