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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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いよいよ『復活篇』公開が近付いてきたので、これが最後のお浚い。敢えて残しておいた(?)「ファイナルヤマト」の再編集版です。

「ヤマト」の劇場用作品は全てリアルタイムで、しかも映画館で観てきましたが、この作品だけは別。
なんせ11月の頭に一週間だけの限定公開。春や夏の長期の休み期間ならいざ知らず、学生しかも受験生とあってはおいそれと観に行くことが出来ません。
ようやく観ることが出来たのは公開から5年近く経った頃で、レンタル店に置いてあるのを発見した時でした。

e0033570_23245933.jpg観終わって最初に思ったのは、「これってわざわざ作る必要があったのかな」ということ。
最初の劇場公開版の時にカットされた島大介と弟の次郎のシーンが復活し、島というキャラの幅が広がったことや、古代やデスラーの台詞の一部で気になっていたところが再アフレコで差し替えられていたり等々、改善されている箇所も多々あってそれはそれで嬉しかったのですが、古代と雪のラブシーンはカットされちゃうし、エンドクレジットが出た後で延々と15分近くもドラマ部分が続くのはどうかと思うし、期待していたほどクオリティが上がっているようには感じられなかったんですよね。

ただそれから時間をおいて観直してみると、シーンの追加やショットのリテイク、再アフレコ、BGMの差し替え、再編集はやはりそれなりの効果をもたらしていることにも気付き、こちらのヴァージョンの存在意義も理解出来るようになりました。もっとも両ヴァージョンを共存させてくれれば、一番良かったのですが。

ところでこの「ファイナルヤマト」、当時から色々と違和感を覚えてました。
撃墜されたはずのヤマトが自動操縦で地球に帰還出来るはずがないとか、トリチウムを搭載したヤマトがワープして大丈夫なのかとか、宇宙空間に海が出来るのは変だとか、そういうツッコミどころはとりあえずおいておいて、またヘルメットを着用していなかった古代が助かったことが、宇宙放射線病を克服した沖田艦長復活の伏線になってないのは勿体ないなー、ということでもなく、もうちょっと違う、過去作品との連続性といったところです。

ぶっちゃけ、コスモタイガーのカラーリングや、雪のコスチュームの色が急に変わったのも気に入らなかったりするのですが(それに申し訳ないけれど、島の声が仲村秀生から ささきいさお に交代しているのも理由の一つ。ご病気では仕方ないのですが、最後だけに残念。そういえば後になって仲村秀生は追加で録音してるそうなんですが、どの場面だったのでしょう?)、一番大きいのは音楽面。
この作品では従来の宮川泰に加えて羽田健太郎が参加し、二人が素晴らしい作品を作り上げているのですが、なんかそのコラボレーションが上手く行ってないように思うのです。
相乗効果ではなく相殺しちゃってるように思えてならないのは気のせいでしょうか。

単純に曲数が多すぎてめまぐるしすぎるということもあるのですが、例えば同じ西崎プロデューサーの作品『宇宙空母ブルーノア』では平尾昌晃が地球側の音楽を作曲し、船山基紀がそれをアレンジし、宮川泰は敵方のゴドムの音楽を作・編曲し、ブルーノアとゴドムが入り乱れる戦闘シーンなどの音楽も宮川泰がアレンジするという(一応の)棲み分けが図られ効果を上げていたと思います。
また後の『オーディーン/光子帆船スターライト』も宮川・羽田コンビですが、こちらも上手くパートが割り振られ、成功でした。

ところがこの作品ではヤマト側の音楽も、ディンギル帝国側の音楽も、そしてアクエリアスにまつわるテーマも二人で(何曲も)作曲し、その中で画面にあった曲を選曲しているので、要するに統一感がないのです。
また要のシーンでは羽田メロディーが前面に出ている部分も多く、結果的に独特の宮川節がない、「ヤマト」らしくないなぁと感じてしまっているのですが、これは考えすぎでしょうかね。

ともあれ待望の新作公開まであと僅か。
願わくば作品を観た後でも、「ヤマト」ファンでいられる作品になっていますように。
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by odin2099 | 2009-11-30 23:25 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(7)
e0033570_6351989.jpg<収録曲>
「歌劇≪ロメオとジュリエット≫~私は夢に生きたい」(グノー)
「歌劇≪ラクメ≫~若いインドの娘はどこへ(鐘の歌)」(ドリーブ)
「歌劇≪ホフマン物語≫~森の小鳥はあこがれを歌う」(オッフェンバック)
「歌劇≪リゴレット≫~慕わしい人の名は」(ヴェルディ)
「歌劇≪清教徒≫~あなたの優しい声が(狂乱の場)」(ベッリーニ)
「歌劇≪ランメルモールのルチア≫~あの方の声の優しい響きが~香炉がくゆり(狂乱の場)」(ドノゼッティ)
「歌劇≪ジャンニ・スキッキ≫~私の愛しいお父さま」(プッチーニ)




オペラに留まらず、ミュージカルに出演したり、ラジオ番組のパーソナリティを務めたりと多彩な活動をしている幸田浩子のサード・アルバム。
・・・なのですが、不勉強なもので今回の収録曲って殆ど知らんのです・・・・・・。

なもので、このアルバムを聴いても、相変わらず綺麗な、そしてタイトル通りの”優しい声”だなぁ、というくらいの感想しかないのですが、これを機に少しずつ聴きこんでいこうと思っております。

このアルバムは前作同様、CDとDVDのセット商品。
DVDには流石に自分でも知ってる「私の愛しいお父さま」ともう一曲、「私は夢に生きたい」のビデオ・クリップが収められています。
美しい風景の中、動く彼女の姿を観ているだけで癒されますね。
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by odin2099 | 2009-11-30 06:36 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
メトロポリタン美術館で開催される「ヴァチカンの至宝展」のオープニング・パーティーに、突如中世の甲冑を身に纏い、馬に乗った4人組が乱入。警備員を殺害し、会場を荒らしまわった。
偶然その場に居合わせた考古学者のテスは、騎士たちの装いがテンプル騎士団のものであること、そして騎士の一人が展示物の中の暗号機を持ち出したことに気付き、事件とテンプル騎士団との関係を調べ始め、その過程でFBI捜査官のライリーと親しくなっていく。一方ライリーは、手掛かりを追って容疑者を追い詰めていくが、何故かその前で襲撃者たちは次々と謎の死を遂げるのであった。
そして遂にテスは襲撃事件の首謀者に行きつくのだが、そこには第三の影が・・・。
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キリスト教にまつわる謎を巡っての冒険物語、とくると、「ああ、『ダ・ヴィンチ・コード』みたいなものね」と思われる人も多いでしょう。確かに二つの作品には共通点がありますし、同じジャンルと括っても良いんじゃないかと思います。
ではこの作品が単なる『ダ・ヴィンチ・コード』の二番煎じか、というと少々事情は込み入ってるようです。
著者のレイモンド・クーリーは元々は脚本家だそうで、このストーリーも映画の脚本として書かれました。それを小説へと手直ししているうちに『ダ・ヴィンチ・コード』が出版されちゃった、ということらしいので、着想は同じ頃か、もしかするとこちらの方が早いのかも知れません。
まぁ読む方にとってはそんなことは関係なく、面白いかどうかが問題なのですが。

ただ、元が映画の脚本だと考えるとなるほどと頷ける部分も多く、ニューヨークの真っ只中に突如現れる4人の騎馬騎士という冒頭部分から、不気味な暗殺者の手口、ダム湖や海へ潜ってのお宝探し、嵐・・・という具合に仕掛けが派手で、ビジュアル面に訴える要素が満載。上手く作れば良質のアクション映画になりそうです。

その一方で、登場人物がややステレオタイプで次に取る行動が読みやすく、しかしそれが納得しやすいとも言い難く、更にラストの展開もお約束という部分には物足りなさもあります。
そして肝心の謎解きですが、曖昧に暈したまま。蘊蓄話だけでなく、しっかりと謎も示してくれた『ダ・ヴィンチ・コード』に比べるとやっぱり不満が残ってしまいます。
時折中世の描写を挟みこむという全体の構成は、なかなかユニークだとは思うのですがね。


→→→ 映像化作品『ラスト・クルセイダーズ』

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by odin2099 | 2009-11-29 19:01 | | Trackback(2) | Comments(0)
『ウルトラマンメビウス』の新作ビデオ・シリーズの第2弾で、まもなく公開される劇場用映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説』のプロローグにもなっているということです。

e0033570_9163850.jpgお話は光の国のゾフィーたちの元へ、怪獣墓場に異変が起きたというヒカリからのウルトラサインが入るところから始まります。
直ちに怪獣墓場に向かうエースとタロウ。現場に一番近い位置にいたメビウスも駆けつけますが、その前にグローザムとインペライザーが立ちはだかります。
一方、エースとタロウの前に現れたのはアーマード・メフィラス、デスレム、メビウス・キラー。彼らの狙いはギガ・バトルナイザーを手に入れ、エンペラ星人を復活させること。
メビウスも、そしてエースとタロウも圧倒的な敵のパワーに苦戦しますが、更に囚われのヒカリや謎の戦士メカザムも現れ・・・という、あっという間の25分間。勿論「STAGE II」へ続く、なんですが、そのリリースが映画公開後というのは何か納得いきませんね。

ともあれ、”新生”円谷プロとしてはお披露目の一作で、その意気込みは充分伝わってきます。
全編グリーンバックで撮影し、背景その他は全てCGで製作して合成。これによって作品のスケールが飛躍的に拡大しました。正に子供の頃に読んでいた「内山まもるの世界」で、映画版には内山まもる先生がかつての光の国の住人役で特別出演されるとか。
舞台が宇宙に限定されていることで、ウルトラマンや怪獣の巨大感が出ていないのは残念ですが、それもこれも「内山まもる世界」の映像化だと思えばある意味当然。

素顔の役者さんは一人も出ていませんが、メビウスの五十嵐隼人、マンの黒部進、セブンの森次晃嗣、ジャックの団時朗は声で参加。ゾフィーの田中秀幸、タロウの石丸博也、ヒカリの難波圭一も『メビウス』からの続投です。
エースに草尾毅、メフィラスは加藤精三、メカザムに堀秀行、メビウスキラーに田中亮一、デスレムに郷里大輔、グローザムに江川央生とベテラン中心のキャスト陣は、アニメというよりも洋画のテイストで、これまた安心して観ていられます。
”後篇”も楽しみです。
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by odin2099 | 2009-11-29 09:17 | ビデオ | Trackback | Comments(0)
e0033570_21444675.jpg結婚式当日、突如落下してきた隕石と接触し巨大化してしまったスーザンは、新種のモンスターとして秘密基地に隔離されてしまう。そこには50年代から、各地に出現したモンスターたちが捕獲、収監されていた。
ある日、スーザンが浴びた隕石の超パワーを求め、遠い宇宙からギャラクサーと名乗る宇宙人が襲来する。
送り込まれた巨大ロボットの強力なシールドに、地球人の通常兵器は全く歯が立たない。そこで、基地からの解放を条件にモンスターたちを立ち向かわせることに。
イヤイヤながらロボットと対決することになったスーザンだったが、モンスターたちの協力もあり、見事にこれを撃退。一躍英雄となった彼らだったが、人々の視線は冷たく、婚約者もスーザンの元を去ってしまう。そんな時、再びギャラクサーの宇宙船が飛来、失意のスーザンが捕えられてしまった・・・!

50年代60年代のモンスター映画にオマージュを捧げまくった、ドリームワークス・アニメーション製作のCGアニメ。
巨大化しちゃうスーザンは『妖怪巨大女』。
実験の失敗で、転送装置内でゴキブリと融合してしまった「コックローチ博士」は『蝿男の恐怖』。
海洋生物から原始人への進化の過渡期で生まれた「ミッシング・リンク(失われた環)」は、そのまんま『大アマゾンの半魚人』。
放射能の影響で巨大化した虫「ムシザウルス」は『ゴジラ』でしょうかね、『モスラ』でしょうかね?東京で暴れたらしいし。
遺伝子組み換えトマトと化学変化したドレッシングとの掛け合わせ実験で偶然生まれた、自我を持つゼラチンの「ボブ」は『マックイーンの絶対の危機(人喰いアメーバの恐怖)』あたりが元ネタかな。
まぁ知ってる人には懐かしいし、知らない人はかえってこのレトロ調が新鮮かも知れない。

e0033570_21452541.jpgこの映画、公開を結構楽しみにしていたのだけれども、吹替版での上映ばっかりで断念。結局DVD待ちになりました。
で、途中でちょこっと日本語吹替音声に切り替えて観たのだけれども・・・・・・。

ヒロインのスーザンの声はリース・ウィザースプーン。
彼女の声って意識して聴いたことなかったけど、なかなかキュートな感じでピッタリ。もし実写でこの映画を作るなら、やっぱりスーザン役には適任かなぁ、なんて思いながら観ていたのだけれども、流石に実年齢考えるとちと辛くなってきたかな。

実はこの映画、期待していたほどの50年代60年代テイストはなく(その代わりなのか、『未知との遭遇』や『E.T.』のパロディがあるのはやっぱりドリームワークスだからか)、お話も特筆すべきものじゃないのだけれど、予定調和だしハッピーエンドだし、安心して観ていられるのはマル。

しかしスーザンが巨大化する際に、着ている服が殆ど破けないのは納得いかないぞ。
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by odin2099 | 2009-11-28 21:46 |  映画感想<マ行> | Trackback(17) | Comments(2)
デヴィッド・マレルの小説『一人だけの軍隊』の映画化作品で、『ロッキー』と並ぶシルベスター・スタローンの代表作。原作では死んでしまう主人公を生かしておいたのが功を奏してかシリーズ化され、更にベトナム帰還兵が大暴れするワンマン・アーミー物を大量発生させる切っ掛けともなった罪深い(?)作品。

e0033570_234249.jpgこのシリーズ、実は2作目の『ランボー/怒りの脱出』を先に観ている。
本来はシリーズ物は順番に観る主義なのだが、予告編に惹かれどうしても観たくなり映画館へ。今みたいにレンタルビデオ店で手軽に前作が観られない時代、結構悩んだものである。まぁ前作観てなくても概ねOKな内容だったし、大いに愉しめたのは幸いだった。

結局この1作目は、何故か2作目の公開終了直後にTV放映されたものを録画しておいたものの、2作目ほどの派手さがなさそうだったのでしばらく放ったらかしにしてしまい、半年以上経ってから観た。
ただその時はやっぱり2作目と比較して暗いお話だったのと、何といってもスタローンの声を吹き替えた渡辺謙が下手すぎたせいで、あまり印象に残る作品にはならなかった。今では渡辺謙って凄い役者さんだなぁと思うものの、向き不向きもあるので(演技もそうだし声質も重要な要素)、今後もアフレコはやらない方が良いような気がする。

その後何度か観直しているけれど、その度に評価が上がってきている。
スタローンは一般的にはアクション(のみの)スターという認識だろうけれども、決して器用さは感じないものの、こういった作品を観る限り、演技派と呼んでも差し支えないのではないだろうか。
ランボーの持つ感情は、おそらく実際のベトナム帰還兵当人や、その家族など周囲の近しい人でない限り理解したり共感することは難しいかと思われるが、それでも観る者に訴えかける何かがある。それは小手先の器用さとは無縁な、肉体全てを使ったスタローン流の表現力なのだと思う。

尤もアクション・ヒーローとしての凄さも、この映画は充分に描いている。
グリーンベレーの英雄だったというランボーは、正に”一人だけの軍隊”。音もなく敵に忍び寄り、それを排除。常人であれば行動どころか生きていくのさえ困難に思える状況でも、不屈の精神力と叩きこまれた技術と的確な認識力・判断力を発揮。それだけならただの無敵で不死身なスーパーヒーローになってしまうところを、ギリギリのリアリティで支えています。

憎々しいばかりのブライアン・デネヒーの演技、哀愁漂うジェリー・ゴールドスミスの旋律・・・・・・
自分の好みからは些か外れるのだが、秀作の一本であることには間違いないだろう。
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by odin2099 | 2009-11-27 23:05 |  映画感想<ラ行> | Trackback(4) | Comments(0)
レジナルド・ローズの『十二人の怒れる男』が、蜷川幸雄演出で上演されるということで、ダメもとでチケットを申し込んだところ運良くゲット。23日、Bunkamuraのシアターコクーンへ行ってきました。

仮設ステージが設けられ、その周囲にはグルっとベンチシートが置かれるというちょっと変わったレイアウトになっていて、12人の役者さんは机を囲んで座る格好。つまり、360度観客の目に触れる訳です。
出演者は陪審員1号から順に、石井愃一、柳憂怜、西岡徳馬、辻萬長、筒井道隆、岡田正、大石継太、中井貴一、品川徹、大門伍朗、斎藤洋介、田中要次、そして守衛に新川將人という皆さん。

e0033570_21232494.jpgいやあ迫力ある舞台でした。

映画版やTVドラマ版、あるいは他の舞台版を観たことがある方ならお分かりの通り、この作品は陪審員室の中だけで展開される密室劇です(外部を見せるなど、多少脚色されているヴァージョンもあるようですが)。
父親殺しで一人の少年が裁かれる。当初、有罪11票に対して無罪は1票。しかしここから喧々囂々の議論が始まり、一人また一人と有罪から無罪へと票を変える陪審員が増えてくる、というお話なんですが、その侃々諤々のやり取りが、正に目の前で繰り広げられるのです。まるで自分も陪審員の一人としてその場に参加しているような臨場感、とでも表現すれば良いでしょうか。

意図的なものかどうかわかりませんが、多少コミカルな要素が付け加えられているようで客席からはかなり笑いが漏れる場面があったことには違和感がありましたし、口角泡を飛ばす議論の場面では台詞のトチリも気になりました。
またヘンリー・フォンダと比較してしまえば中井貴一は線が細すぎますが、フォンダの押し出しの強さとは違った中井貴一のソフトな持ち味が、かえって説得力をもたらしていたようにも思えます。

ということで今回は、かなり興奮しながら帰途に就いたのでした。
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by odin2099 | 2009-11-26 21:24 | 演劇 | Trackback | Comments(2)
最近では、「癒しのチェリスト」と呼ばれているらしい新倉瞳の3枚目のアルバム。
現在は森下仁丹「ビフィーナ」のCMにも出演、「朝に、リズムを。」というCMをご覧になった方もいらっしゃるのではないだろうか。
このアルバムには、そのCMで彼女が演奏しているエルガーの「愛の挨拶」とメンデルスゾーン「歌の翼に」も、フル・ヴァージョンで収録されている。

e0033570_7493919.jpgさて、以前はチェロには殆ど興味がなかった、ということを前にも書いたことがあったかと思うが、聴き慣れてくるとやはり愛おしく(?)なってくる。「人の声にもっとも近い音色の楽器」という部分は相変わらず「?」だったりするのだが、落ち着ける、安心感があるという点ではそういうことになるのだろうか。

今回の収録曲の中にはドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」、シューマンの「死と乙女」、リスト「愛の夢」などもあるが、大半はショパンの曲。「ノクターン 遺作」、「別れの曲」、「恋の二重奏」・・・と並んでいる。
ショパンというとどうしても”ピアノの人”というイメージがあるが、「序奏と華麗なるポロネーズ」や「チェロ・ソナタ」などチェロの曲も結構書いていたのは知らなかった・・・。

ピアノは高橋多佳子が担当。
「亜麻色の髪の乙女」は、新倉瞳自身の編曲版だ。
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by odin2099 | 2009-11-26 07:50 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
e0033570_21191145.jpg22日、損保ジャパン東郷青児美術館へ行ってきました。
ここは以前、「安田火災東郷青児美術館」時代に一度行ったことがありますが、新宿は新都心に聳える超高層ビル群の中の一角、本社ビルの42階という凄い場所にあります。





今回の企画展示は4月の山梨県立美術館を皮切りに、鳥取県立美術館を経て東京へやってきて、この後は年末から来春まで松坂屋美術館へ、と約一年にも亘るものだそうです。
その間、ブリュッセルにある美術館からはこれらの作品が姿を消しているのですから、あちらを訪れた人は残念な思いをしているのでしょうね。いやそれともまだまだ凄い作品がわんさか出番を待っているのでしょうか。
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最近少しずつ画の展示会に足を運ぶようになってきているのですが、やはり場数を経ると愉しくなるもの。
勿論専門的なことはわかりませんし、ただぼーっと作品の前を通り過ぎるだけではあるのですが、それでもふと足を止めたくなる瞬間がかなり増えて来ました。
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展示されているのはルソー、ルーベンス、コロー、クールベ、ルノワール、ゴーギャン、フリューゲル、ヴァン・ダイク、シスレー、レイセルベルヘ、ヴェルヘイデン、ボナール、エヴェヌプール、アンソール等々60点余りの作品。
まだまだ画家の名前がピンとこないのですが、どこかで目にした作品も少なくなく、そうでない作品も惹き付けられるものが多かったですね。
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常設展示コーナーではゴッホの「ひまわり」や、セザンヌの「りんごとナプキン」などなども公開。
でも正直、ゴッホの「ひまわり」ってどこが良いのかわからない・・・。

勿論、東郷青児の作品もあります。
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今まで意識して見たことはなかったのですが、なかなか面白い絵を描いていたんですなぁ。
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by odin2099 | 2009-11-25 21:28 | ミュージアム・イベント | Trackback | Comments(0)
21日、天王洲銀河劇場へ。
e0033570_219524.jpgえーと、こんな劇場あったっけ?と最初思ったのだけれども、その昔は「アートスフィア」という名前だったことを思い出した。その時に2回ぐらい足を運んでるはず。
そうそう、『銀河鉄道999』のミュージカルも観たっけ。
といってもSKDのヤツではなく、都倉俊一(シュン・トクラ名義)が音楽を担当した『GALAXY EXPRESS 999/The Musical』という作品で、メーテルを演じたのは先日亡くなった大浦みずき・・・・・・合掌。

この作品はピーター・モーガンがロンドンの小劇場のために書き下ろした作品の翻訳劇で、TVのタレントとして活躍していたデビッド・フロストが、ウォーターゲート事件によって辞任したリチャード・ニクソン元大統領にインタビューするという野心的な企画を立てることからスタート。ニクソン陣営もこれをイメージアップの好機と捉え、ほどなく実現。インタビューは終始ニクソンのペースで進められるが、最後にフロストはニクソンから決定的な一言を引きだすことに成功する、という実話を基にしたものである。

出演はニクソンに北大路欣也、フロストに仲村トオル。
フロスト陣営のTVプロデューサー、ジョン・バート役に中村まこと、ベテラン記者ボブ・ゼルニックに安原義人、執拗にニクソンを追い詰める若きジャーナリストのジム・レストンに佐藤アツヒロ。
対するニクソン陣営は、首席補佐官ジャック・ブレナンに谷田歩、敏腕エージェントのスイフティ・リザールに中山祐一朗という配役。
演出は鈴木勝秀。

e0033570_21112643.jpgこの作品、実は昨年ロン・ハワード監督によって映画化され、自分も最近これを観ている(こちらのタイトルは『フロスト×ニクソン』)。
ということでどうしても映画版と比較してしまうのだが、映画版でニクソンを演じたのはフランク・ランジェラ、同じくフロストはマイケル・シーンで、この二人はロンドン公演からブロードウェイへ進出した後もずーっと演じ続けているのだから、これは勝負が悪い。先にこちらの舞台版を観ていれば感想も変わったかもしれないが、北大路欣也では貫禄不足だし、仲村トオルは・・・。

昔からこの人の芝居は生理的に合わないようなのは置いておくとしても、フロストを演じるには軽さが足りないように感じられた。それに気取った台詞回しも浮いている。
浮いていると言えばレストン役の佐藤アツヒロも同じ。この役は、全体の語り部も兼ねた進行上大変重要な役にも関わらず、台詞が聞きづらい。

そんな中で流石の存在感を見せているのが、ゼルニックを演じた安原義人。
ご存知のように声優としても大活躍している人で、実際映画版ではケビン・ベーコン扮するブレナンを吹き替えていたりするのだが、こちらでは真逆の役回りなのが面白い。
実際に拝見するのは今回が初めてなのだが、ベテラン舞台俳優らしい安定感は作品全体を引き締めていた。

ただそれでもクライマックスの、フロストとニクソンとの丁々発止のやり取りは充分に見応えがあり、その後の余韻を持たせた二人のラストシーンも良い。再演の機会でもあれば、おそらく自分の感想も変わってくるのではないか、と期待もしている。

ちなみにこの作品、2時間を一気に見せる一幕物。
お話の流れを知っているだけに、どこで休憩が入るのかと気になってしまっていたが、途中で流れを切らない構成は正解だと思う。
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by odin2099 | 2009-11-24 21:12 | 演劇 | Trackback | Comments(2)

by Excalibur
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