【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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久しぶりの12人のヴァイオリニストです。場所は六本木はサントリーホール。
早いもので12人のヴァイオリニストも結成丸4年だそうで、今回はその集大成&新たな一歩、ということらしいです。
ゲストが、あの津軽三味線の吉田兄弟というのも強烈。
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前半はモーツァルトの「フィガロの結婚」で幕を開け、シューベルトの「アヴェ・マリア」とバッハ/グノーの「アヴェ・マリア」と続き、ちさ子さん抜きでヴィヴァルディの「四季」から「春」、ユーミンコンチェルト「四季」から「夏」を披露した後、恒例のヴァイオリン講座へ。
そして超絶技巧取り混ぜてのサラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」と「カルメン幻想曲」でひとまず休憩。

後半はいよいよ吉田兄弟登場。
まずはソロ(?)で一曲、次いでヴァイオリンとピアノと組んで「DAWN」、ヴァイオリンと組んでの「いぶき」、再びピアノを加えてのリスト「ラ・カンパネルラ」、それに最後にプログラムには載っていない曲「リベル・タンゴ」。最初に演奏した曲もプログラムには載ってませんでしたが、さて何と言う曲なんだろうか。

e0033570_22165031.jpgルロイ・アンダーソンの「フィドル・ファドル」の後は、名物コーナーになった(?)指揮者コーナーへ。会場から8歳の女の子と二十歳の女性の2人が参加。無難にこなしてしまったので、ちさ子さん詰まらなそう・・・。
この後プログラムには「ララルー」と書いてあったのですが「狼なんて怖くない」に変更され、最後はマスネの「タイスの瞑想曲」、そしてモンティ「チャルダーシュ」でフィナーレ。
アンコールはお馴染み、メンバー揃い踏みでの「キラキラ星」。これ楽しみに会場に足を運ぶ人も多いだろうなぁ。

いつもちさ子さんのコンサートは大概2時間で終わるのだけれども、今回は最初から「2時間半」と宣言。前半が1時間15分で終わり、休憩時間15分を挟んだところまでは予定通りだったんでしょうね。
ところが吉田兄弟とのセッションが盛り上がっちゃったのか、時間がかなり押しちゃった模様。休憩時間を除いて2時間半ということかなと思っていると、指揮者コーナーが終わった時にちさ子さんが「3時間になりそう」とボソッと。結局は休憩時間を除いて3時間になりました。珍しいこともあるもんだ。まあその分、じっくり堪能させて頂きましたが。

それにしても吉田兄弟、恰好良いですね。三味線とヴァイオリンとピアノのコラボというのも斬新ですが、これがかなり良いのです。どっちかというとヴァイオリンが裏方に回って三味線を前面に立ててるように構成されておりまして、バランスの取り方は難しそうではありますが、あまり「和と洋の融和」という感じではなく自然に馴染んでいるように思えました。これを機に、吉田兄弟を聴きに行ってみようかな。

6月には新しいアルバムもリリースされる12人のヴァイオリニストですが、既に半数ぐらいのメンバーが交代しちゃってるんですよね。元々14~5人くらいいるメンバーの中から、レコーディングやコンサートには選抜メンバーで臨んでいたので、誰がいつからいつまで在籍していたのか良くわからないのですが(正式に卒業宣言をしたのは、結成当時からサブ・リーダーを務めた松本蘭だけでしょう。どうやら彼女、今日のコンサート会場に来ていたようですが)、知らない顔と名前が多いと、何となく寂しい気分にもなりますね。脱退後も個々のメンバー同士は交流があるみたいなので、シニアメンバーとしてまた一緒にコンサートなどに参加してくれたら嬉しいのですが。

そういえば今回のコンサート、高嶋ちさ子「と」12人のヴァイオリニストになってました。
これまで自分が聴いたコンサートは、いつもちさ子さん含めて12人だったのに、今日はトータル13人。おまけに最後の方では新メンバー2人も紹介されたので、都合で15人のヴァイオリニストだったのですが、ユニット構成を改めたのかな。
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by odin2099 | 2010-04-29 22:17 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
赤瀬川原平『新解さんの謎』、それに夏石鈴子の『新解さんの読み方』に続くシリーズ第3弾(正式には第2弾なんですけど)で、三省堂の『新明解国語辞典』7年ぶりの改訂版が出たことから、5版と6版で変わった点、6版でも変わらなかった点を中心に、更にディープな世界を繰り広げています。
辞書を「読み物」として楽しむ、というのはこの人に教えられましたね。まぁ実践はしていませんが・・・(苦笑)。

ちなみに今も自分が使っているのは小学館の『新選国語辞典』。実に30年も使い続けてます!
・・・そろそろ新しいの、買おうっと。
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by odin2099 | 2010-04-28 22:35 | | Trackback | Comments(0)
人間や動物たちの赤ちゃんは、コウノトリが運んできます。
ではコウノトリは、どこから赤ちゃんを連れてくるのでしょうか?
――その答えがここにあります。

それは空の上。
自分の手でこねて形を作り、稲妻でピカっとやって命を吹き込む雲たちが沢山。
そして雲とパートナーになっているコウノトリが、その生まれた赤ちゃんを届けに行くのですが、中には凶暴だったり、トゲトゲだったり、と嫌われものばっかり作りだしてしまう雲がいて、相棒のコウノトリはもうボロボロ。
とうとうその雲の許から逃げ出してしまって・・・?
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『カールじいさんの空飛ぶ家』と同時上映された短編アニメーションで、DVDにも特典映像扱いで収録。
台詞もない5分足らずの作品なんですが、兎に角綺麗だし、オチもホロっとさせられます。
ピクサー映画、侮りがたし。
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by odin2099 | 2010-04-27 06:44 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
愛する妻が死にました――
 だから私は旅に出ます。

というコピーから想像していたのとは全然違う作品でした。

e0033570_21554619.jpg序盤は確かにその雰囲気通り。
冒険家のチャールズ・マンツに憧れるカール少年は、ある日空き家で冒険好きの女の子エリーと出会って意気投合。そして大人になった二人は結婚し、空き家を改造して仲睦まじく暮らしているのだけれども、いつしか歳月は過ぎ、とうとうエリーはこの世を去ってしまう。
妻を失って心にぽっかりと穴が空いたカールは、子どもの頃に一緒に冒険の旅に出掛ける約束をしたままだったことを思い出し、家に沢山の風船を取り付け、夢に見た南米の秘境への旅へ!
・・・と、このあたりまでは子ども時代を除けば台詞なし、絵だけで見せる演出で涙腺緩みっぱなしという感じなんですが、いざ旅に出ちゃうといきなりジュール・ヴェルヌもかくや、の大冒険物語へと変貌。

メルヘン・ファンタジーの香りは跡形もなく消え去り、恐竜こそ出て来ないものの、『ロストワールド』っぽい世界が繰り広げられてしまいます。
カールは頑固で偏屈なじいさんになっちゃってるし、ヘンにうるさいガキはまとわりつくし、犬語翻訳機を取り付けられて喋る犬たちは出てくるし、挙句の果てには子ども時代の英雄チャールズ・マンツその人まで登場!

・・・いくつなんだ、あんた?

e0033570_2156256.jpg子ども時代の描写を見てもあんまり運動神経良さそうじゃないし、その後もあんまり体力なさそうに見え、現に杖つきながら歩いているカールじいさんですが、終盤では超人的な大活躍!
そしてクライマックスは、「空飛ぶ家」対「飛行船」の大空中戦!!
――オープニングからこの展開が予想出来た人はスゴイと思いますです、はい。

ただ映画としてはかなり面白いです。このギャップも結構ツボかも。

今回は吹替版で鑑賞しましたが、タレント吹き替えじゃないのは嬉しいですね。
カールじいさんが飯塚昭三さんなのはちょっとビックリですが、チャールズ・マンツの大木民夫さんなんて雰囲気。
そして元気少女のエリーを演じているのは・・・おや?コハナちゃん(松元環季)じゃあーりませんか。
声優としてもキャリアのある彼女のこと、好演してます。
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by odin2099 | 2010-04-26 21:56 |  映画感想<カ行> | Trackback(38) | Comments(5)
e0033570_730218.jpgあの『タイタニック』以来、ドキュメンタリーなどを除くと実に12年ぶりのジェームズ・キャメロン監督の最新作ということで注目され、3Dで公開されるや記録的な大ヒットとなった話題作ですが、どうしてもあの「青い人」のビジュアルが好きになれずに見送っていましたが、まだ上映してる映画館もあるにも拘わらず早々とリリースされたDVDでとうとう鑑賞。
公開から4カ月でDVDが出るのは異例ですけど、海賊版対策という面もあるみたい。まあ3Dで観たければ映画館へ、そうじゃなければちょっと待ってDVD(&ブルーレイ)で、という流れが今後出来るかも知れませんなあ。
酔っちゃいそうでイマイチ3Dに恐怖感がある身としては、段々と映画館から足が遠のくようになっちゃうかも知れないけれども。

舞台は地球から遠く離れたパンドラという星で、そこでは莫大な利益をもたらす鉱物資源を手に入れようという計画が進行中。そこに住む原住民と接触する際に、変装したりするのではなく原住民そっくりの人造ボディを作り、それと地球人をリンクさせて(いわばロボットのように操縦して)彼らの世界に溶け込ませようとするというのがアイディアです。
この仮の肉体が≪アバター(分身)≫というワケで、しかも主人公は事故で障害を負った元軍人というのが現代的な設定でしょうか。

文明人(白人)が未開人(インディアンなど)の中で暮らしていくうちに、やがてその生き方に共感して彼らの一員となっていくというのは良くある話で、この映画もそのパターンの一変形ですがそれだけではなく、現実世界では半身不随で車椅子生活、歩くこともままならない主人公でも、この世界ではアバターを使えば縦横無尽に大冒険が出来るんだ、ということも彼の決断を促す大きなポイントになっているのでしょう。

e0033570_7305598.jpg動植物や地形などの自然環境、原住民たちの文化や言葉、ビジュアル面含めてその他諸々を一から作り上げ、見事に別世界をスクリーン上に築き上げたキャメロン監督のイマジネーションやスタッフの頑張りには感服しますが、それにしても162分というランニングタイムはちと長すぎじゃないでしょうかね。
それに、見ているうちに段々と慣れてきて愛着を覚えるようになるという「青い人(原住民)」のルックスにも、最後まで感情移入出来ませんでした。『ダーク・クリスタル』は大丈夫だったんだけどなぁ。
更に長い<完全版>や続編製作の話も聞こえてきてますが、そこまで乗れる世界じゃありません。このパンドラ世界、好きな人はトコトン好きで、主人公同様現実世界には帰ってきたくなくなっちゃうんでしょうけれども。
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by odin2099 | 2010-04-25 07:31 |  映画感想<ア行> | Trackback(53) | Comments(6)
歴史に「もしも」は禁物だといいますが、「もしも」を考えられるから歴史は楽しいんじゃないかとも思ってます。
この本でも沢山の「もしも」が出てきます。

「もしも」始皇帝が不老長寿を願わなければ――?
「もしも」白村江の戦いに勝利していれば――?
「もしも」平将門が敗死しなければ――?
平治の乱で源義朝が勝利していれば? 足利尊氏が挙兵しなければ?
桶狭間の戦いで織田信長が敗死していたら? 武田信玄が急死しなければ?
織田信長の嫡子信忠が存命なら? 蒲生氏郷がもう少し長命であったなら?
前田利家が長寿だったら? 大坂の陣で家康が討死していれば?
由比正雪の乱が成功していたら? 赤穂浪士が打ち首・獄門となれば?
尾張宗春の経済政策が成功していれば? ペリーが日本へ来なければ?
坂本龍馬が暗殺を免れていたら? 西郷と大久保が和解していたら?

「もしも」「もしも」「もしも」――?

e0033570_842040.jpgしかしこの本が違っているのは、架空戦記モノやSFまがいの展開を許さない点でしょうか。

確かに大きな変化をもたらした可能性のある「もしも」もありますが、その殆どは結果としてあまり変わらなかったんじゃなかろうか、ということ。
例えば中心となるメンバーには変動があったり、到来が早まったり逆に遅くなったりということはあったにせよ、結局は現在我々が生きている歴史の流れからはそう大きく外れなかったのではないか、という結びになっています。

ということで、トンデモ本的な展開を期待している人には物足りないでしょうけれど、これはこれで説得力はあるように思います。
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by odin2099 | 2010-04-24 08:42 | | Trackback | Comments(0)
e0033570_21313916.jpg女性客を取り込むことでヒットしたという『エマニエル夫人』の続編。

舞台は香港に移り、屋敷に滞在する若いパイロットのクリストファーや、友人の娘であるアンナ・マリアら新登場のキャラクターも登場するものの、お話はあってないようなものだし、前作からの引きもない。
クリストファーは何やらヤバイ仕事に手を染めている風で、本来ならワケありの過去の持ち主として描かれるところだろうけれども、思わせぶりなセリフが二、三あるだけだし、エマニエルとの絡みもなし。
アンナ・マリアは中盤から登場すると一気に比重が大きくなり、エマニエルを差し置いて正ヒロインに近い扱いをされるのだけれども、「すすんでいる女の子」っぽかったけれども、実は「純で初心な女の子」なので、結局は主人公夫婦の毒牙にかかる(?)だけ。時代の空気なんだろうけれども、前作同様アジア蔑視の表現があるのは気になるし、全体的に「それがどーした?」と言いたくなるような映画になっております。
フランシス・レイの美しい音楽を流しておけば、全てがごまかせるとでも思っているのかしらん。

ところでエマニエルの夫・ジャン役の俳優さんは交代しちゃったのかな? ま、ダンナがどんな顔だったか覚えてる観客はあんまりいないだろうけれど・・・。
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by odin2099 | 2010-04-23 21:32 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
史上最低の映画監督との悪名の高い、エドワード・D・ウッドJr.の伝記を、タッチストーン・ピクチャーズ(ということはディズニー資本)の製作、ティム・バートンの監督、ジョニー・デップの主演に、マーティン・ランドーやら、パトリシア・アークエットやら、サラ・ジェシカ・パーカーやら、ビル・マーレイやら、ジェフリー・ジョーンズやら豪華な顔触れをかき集めて作り上げた怪作。

e0033570_2216366.jpg映画は終始ジョニー・デップが演じるヘンな人を追い掛け、彼の周囲に集うやっぱりヘンな人たちを映し出す。
全篇モノクロ映像で、映画に対する情熱は誰にも負けないものの、運や才能には見放された一人の男を描いた悲喜劇、と言ったらいいのかなあ。
ただ、決して楽観出来る状況ではないにも関わらず、多少の落ち込みは経験するものの、自信たっぷりで常にポジティブ・シンキングなエドのキャラクターは羨ましいし、憧れる。女装癖はタンマだけれども。

この映画がどのくらい事実に基づいていて、そして本物のエド・ウッドがどれだけ魅力的だったのかは知らないけれど(オーソン・ウェルズと出会って励まされる件は完全にフィクションの由)、写真を見る限りデップはかなり雰囲気を掴んでいるようだし、他のキャスト陣もソックリ。
中でもマーティン・ランドー扮するベラ・ルゴシは出色で、アカデミー賞助演男優賞受賞も頷ける熱演ぶりである。

生前には全く無名だったエド・ウッドは、その死後に「作品があまりにもバカバカしすぎる」として逆に再評価された人だが、「くだらない映画を笑いながら楽しむ」という感覚はやっぱりアメリカ? 
言われるほど日本人は生真面目だとは思わないけど、ちょっと日本じゃ無理かも知れない。しかもそれが大々的に取り上げられるようになるなんて。
こんな人を取り上げようとしたティム・バートンは凄いし(実際は企画を立ち上げたのはプロデューサーを務めたマイケル・レーマンの方らしいけど)、製作にゴーサインを出したタッチストーンのお偉方も凄いと思う。

クライマックスはエドのキャリアの絶頂期とも言える『プラン9・フロム・アウタースペース』完成で終わっており、公開当時に観に行った際もハッピーエンドの印象を受けていたけれど、実はこの後エドの転落人生が加速していったとのこと。
そういった知識を得た後で観直すと、ラストシーンの持つ意味が大きく変わって見えてくる。
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by odin2099 | 2010-04-22 22:16 |  映画感想<ア行> | Trackback(6) | Comments(2)
e0033570_23144244.jpg金子修介監督がリメイク風オムニバス作品として企画するも、権利関係その他の問題で頓挫。代わりに実相寺昭雄監督が登場して実現したのが、この劇場版『ウルトラQ』。
といってもオリジナルのTVシリーズには(正式には)不参加だった実相寺監督のこと、万城目淳、戸川一平、江戸川由利子に一ノ谷博士と懐かしいキャラクター名を並べてみたところで、これを『ウルトラQ』と呼べるかどうかはギモン。友人は当時、「これは『ウルトラQ』じゃなくて、『怪奇大作戦』の映画版だ」と言い切っていたけれど、然もありなん。

何れにせよ、これはウルトラシリーズの劇場版というより、実相寺テイストに満ち満ちた映画になっております。
日本書紀やら丹後風土記やらを持ち出し、浦島伝説や天女伝説を絡め、日本民族のルーツに迫る!というテーマを盛り込んだ脚本は、相棒の佐々木守の作だし。
ただそのせいか(?)興行的には全く奮わなかったみたいで、上手く行けばシリーズ化、という目論みもあったろうに、後に続く作品は現れず。確か公開初日に観に行ってるはずだけれども、劇場はガラガラだった記憶があるし、途中でテコ入れの為にTVシリーズからセレクトされたエピソードがオマケに付く事態になったはず。まあ人を選ぶ映画ではあるわな。

出演者も柴俊夫、荻野目慶子、風見しんご、堀内正美、中山仁、寺田農に高樹澪というのは玄人好みではあるけど集客力という点では疑問が付くし、ナレーションを石坂浩二が担当しているのはオリジナルに対する敬意かもしれないが、石井眞木の音楽は作品に感情移入することを拒絶する様な感じがする。

e0033570_23152060.jpgお話は、古代遺跡の発掘現場などで謎の殺人事件が連続して発生。一方、古代史番組製作中のTV局で、クルーの一人が謎の失踪。同僚たちが足取りを辿るうちに、連続殺人事件との関連が浮き彫りにされ・・・という内容。個人的には非常に興味を惹かれるテーマなんだけど、地味だし判りづらいのも確かだ。

でも今なら違う売り方が出来たかも。

宇宙人や怪獣が出てくる部分に目をつぶれば、これ、和製『ダ・ヴィンチ・コード』というか、そういう側面で引っ張れそうな気もする。
主人公がジャーナリストで、奈良だとか吉野ヶ里遺跡だとか様々な伝承が残る地を訪ねて手掛かりを得て、という構成はかなり近いものがある・・・と思うのは自分だけ? やっぱりそういう売り方は無理があるかなあ。

ちなみにこのストーリー、没になった劇場用映画『元祖ウルトラマン/怪獣聖書』として書かれたシナリオを、『ウルトラQ』用にリライトしたもの。万城目じゃなくハヤタが主人公のままでもそれはそれで面白かったかも知れないが、ウルトラマンの映画を観た、という気分にはならなかっただろうなあ。
それと、この映画の製作は円谷プロダクションではなく、円谷映像という別会社。一応、資本関係はないはずなので、厳密にはこの作品をウルトラシリーズには含められないのかも。
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by odin2099 | 2010-04-21 23:15 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
週末、帝国劇場にミュージカルを観に行ってきました。
イギリスの女性作家ダフネ・デュ・モーリアが書いたベストセラー小説をミュージカル化したもの、というよりヒッチコックが監督したサスペンス映画の舞台化といった方が通りがいいのかな。映画版は終盤の展開が原作とは違うそうで、このミュージカル版の方がより近いそうだが、小説を読んだことも映画を観たこともないので気にしない気にしない。
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脚本・作詞のミヒャエル・クンツェと作曲のシルヴェスター・リーヴァイは『エリザベート』、『モーツァルト!』、『マリー・アントワネット』を手掛けた人気コンビ、だそうですが、どれも観てないので結局今回は殆ど予備知識なしでの鑑賞。一応、大まかなストーリーは知っていたのだけれども、結末やサスペンス部分の謎解きも知らなかったので、最後までハラハラドキドキしてました。
ちなみにこの作品、二年前に上演されたものの再演だそうですが、一部キャストが入れ替わっただけでなく、劇場の規模が大きくなり、曲も増え、演出も様変わりしているそうなのでリニューアル版ということになるようです。

e0033570_7405416.jpg物語は主人公の「わたし」が、ヴァン・ホッパー夫人の付き添いでモンテカルロを訪れた際、マキシム・ド・ウィンターというイギリス紳士と出会うところから始まります。
昨年ヨットの事故で妻を亡くしたばかりのマキシムと「わたし」はたちまち惹かれあい、数日後マキシムは「わたし」にプロポーズ。二人はマンダレイにあるマキシムの大邸宅へ向かいます。
しかしそこで「わたし」を迎えたのが家政婦頭のダンヴァース夫人。彼女は「わたし」に、美しく知的だった先妻レベッカこそこの屋敷に相応しく、「わたし」には女主人は務まらないと宣言。生前と変わらずレベッカの持ち物を管理するダンヴァース夫人に「わたし」は圧倒されてしまいます。
屋敷中、そしてマキシムの心にもレベッカの存在は今も色濃く残っていることに大きく戸惑う「わたし」。しかしレベッカの死には何やら謎めいた秘密があることがわかり・・・。

出演は「わたし」に大塚ちひろ、マキシム・ド・ウィンターに山口祐一郎、ダンヴァース夫人はWキャストでシルビア・グラブと涼風真世(自分が観た回はシルビア・グラブでした)、マキシムの親友で屋敷の管理人フランクに石川禅、レベッカの従兄弟ジャック・ファヴェルが吉野圭吾、マキシムの姉で「わたし」の良き相談相手になるベアトリスに伊東弘美、そしてヴァン・ホッパー夫人に寿ひずるという配役。

大塚ちひろはデビューの頃の可愛らしいイメージしかなかったけれど、前半のおどおどした少女からクライマックスでの凛とした女性像まで頑張っていたと思います。
圧巻だったのがシルビア・グラブ。単に”怖い”というだけでなく、存在感ありすぎ。彼女が舞台に登場するだけで、温度が一気に下がるような感じでした。
ところで今回初めて観た山口祐一郎なんですが、いつもあんなフワフワした台詞回し、歌い方なんですか?
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by odin2099 | 2010-04-19 07:41 | 演劇 | Trackback(3) | Comments(8)

by Excalibur
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