【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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e0033570_19361608.jpgゾッド将軍の野望を阻止したスーパーマンは救世主として崇められたが、一方で多くの犠牲者を出すことにもなった。
その戦いによって何人もの部下や友人を喪くしたブルース・ウェインも、スーパーマンを危険視する一人。正義を追求するあまり過激な手段を取ることもある<闇の騎士>バットマンの顔を持つ彼は、地球を滅ぼしかねない力を持つスーパーマンを阻止するべく立ち上がる。
またスーパーマン、クラーク・ケントも自らの行動が与える影響力について戸惑いを覚えていた。そしてスーパーマンの存在の是非について、遂に公聴会が開かれることになる。
だがその陰で巨大企業を率いるレックス・ルーサーは、クリプトン人がもたらした未知のテクノロジーに強い関心を寄せ、政府に働きかけ独自の研究を続けていた。果たして彼の真の目的は何か――?

『マン・オブ・スティール』の続編で<DCフィルムズ(DCエクステンディッド・ユニバース)>の第一弾。
今後『スーサイド・スクワッド』、『ワンダーウーマン』、『ジャスティス・リーグPart1』、『ザ・フラッシュ』、『アクアマン』、『シャザム』、『ジャスティス・リーグPart2』、『サイボーグ』、『グリーン・ランタン』と2020年までに年二本のペースでの新作公開が予定されており、他にも「バットマン」の単独作なども噂されている。
ライバルとなるマーベル・コミックの<マーベル・シネマティック・ユニバース>に対抗して、こちらでも複数の作品を連携させて一つの世界を構築しようという試みだ。

『マン・オブ・スティール』の続編ではあるものの、今回の主人公はスーパーマンではなくバットマン。
勿論クラークの恋人ロイス・レインやクラークの養母マーサ・ケント、編集長のペリー・ホワイトらは続投だが、物語の比重はブルースや執事のアルフレッドの方に移っている。
更に謎の美女ダイアナ・プリンスも登場し、物語世界が一気に拡大。「次」への期待を嫌でも掻き立てるものになっている。

ただ最初からバットマンとスーパーマンの対決ありきで、その理由付けも弱い。
そもそも両者の力の差は歴然なのだが、バットマンは武装強化とクリプトナイトで優位に立とうとし、スーパーマンは手加減することでパワーバランスを取ろうとしているのだが、それを上手く画で見せてくれていない。
これはクライマックスのドゥームズデイとの対決における共闘シーンでもそうなのだが、2人が別々の場所で別々の相手と戦っているように見えてしまうのだ。

またバットマンがあの世界でどの程度認知されているのかが不明確なので、せっかくの両者の激突も「世紀の一戦」には見えない。バットマンの活躍が広く喧伝され、スーパーマンを快く思わない人たちがバットマンに期待しているというようなシーンでもあれば別なのだが。
それとも人知れず戦ってきた、一般には知られざる存在なのだろうか。もしくはゴッサムでは有名でもメトロポリスでは無名なのか。

全体的に重苦しいトーンに覆われていることも二大ヒーロー激突というビッグイベントが盛り上がらない一因で、しかもあっけない理由で両者が和解から共闘へと至るのでカタルシスも得られない。
ただその後、突如として参戦してきたワンダーウーマンが場を見事に浚っていくので、映画としてのボルテージは一気にヒートアップするので結果オーライではあるのだ。

そのワンダーウーマン、普段のダイアナの姿の時はさほど魅力的とも思われなかったのだが、アクションシーンとなると俄然輝いて見える。ただワンダーウーマンの能力はスーパーマンに匹敵するほどなので、ここでもバットマンが矮小に映ってしまうという欠点も。
こういったパワーバランスの見せ方はやはり<マーベル・シネマティック・ユニバース>に一日の長があり、特に「アベンジャーズ」であれだけ戦力比のある連中を一堂に会した上で過不足なく出番を割り振った手腕は敬服に値すると改めて思う。

しかしスーパーマン、バットマンとワンダーウーマンとの邂逅、フラッシュ、アクアマン、サイボーグらのさり気ないどころか堂々たる出演宣言、そして衝撃的な結末を経て高まる「次」への期待感。
決して秀作ではないどころかもしかすると壮大なる失敗作なのかも知れないが、<DCフィルムズ>のブリッジとして見事に襷を渡したとは言えるだろう。
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【ひとりごと】
前半に出てくるロイス・レイン=エイミー・アダムスの入浴シーンが良かったなぁ…


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by odin2099 | 2016-03-29 19:39 |  映画感想<ハ行> | Trackback(20) | Comments(2)
<ジャーニー・トゥ・フォースの覚醒>シリーズとは異なり、直接「フォースの覚醒」の前日譚となるジュニア小説。

e0033570_21243592.jpgポー・ダメロン、レイ、フィンことFN-2187の3人が主人公のアンソロジーで、レイアにスカウトされレジスタンスの一員となったポーが、任務の過程でルークの居場所を知るかもしれないロア・サン・テッカの名前に行く着く話や、ジャクーに派遣される前のフィンらストームトルーパーたちの訓練の様子を描いた話などで構成。
三章に分かれていてそれらが密接に絡み合うのかと思いきや、全く独立した短編集といった趣きなのでちょっと肩透かし。

また「フォースの覚醒」と繋がるのはFN-2199、FN-2000、FN-2003らとチームを組んで行動していたというフィンのエピソードだけで、このうちFN-2003がジャクーでフィンに血痕をつけて絶命するトルーパー、そしてFN-2199がタコダナで「裏切り者!」と叫んでフィンと一騎打ちするトルーパーだということを知って読んでいると、色々と感慨深いものがある。

とはいえ全体的には物足りない出来で、早くジュニア小説ではない「フォースの覚醒」のノベライズが読みたいものだ。


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by odin2099 | 2016-03-28 21:25 | | Trackback | Comments(0)
e0033570_17241143.jpg1人の女子高生がショッカーに狙われた。少女の名前は立花麻由、あの立花藤兵衛の孫娘だ。
不屈の男・立花藤兵衛の血を受け継いだ彼女こそ、偉大なる英雄アレキサンダー大王の眼魂を宿すのに相応しい。ショッカーは地獄大使復活の依代として彼女を欲していたのだ。
一方、ショッカーを見限った者たちによって結成されたノバショッカーも、その力を求めて彼女を狙っていた。
麻由を助けようと駆け付けた天空寺タケル=仮面ライダーゴーストらは、その両者の争いに巻き込まれ苦戦を強いられる。
だがそこに一人の男が現れ、怪人たちをなぎ倒してゆく。
その男の名は本郷猛、またの名を仮面ライダー1号!

『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』に続いて藤岡弘、が本郷猛を演じた、仮面ライダー生誕45周年記念作品。
劇中では何の説明もなく、マッシブにリニューアルされたデザインの1号ライダーが登場しているが、今の藤岡弘、の貫録に合わせた強化ヴァージョンと考えるべきか。
また現行の『仮面ライダーゴースト』の主要キャストが顔を揃え、物語の進行上は彼らが主人公だが、従来の春興行の作品のように他の歴代ライダーやスーパー戦隊の登場はない。

e0033570_17240083.jpgお話は決して良く出来たプロットとは思わない。ショッカー内部の世代抗争という発想は面白いとは思うが、本郷猛とのライバル関係が宙ぶらりんになってしまった地獄大使の存在意義は薄いし、数多の戦いの中で傷つき余命幾許もないという設定の本郷がクライマックスで復活を遂げるのは唐突過ぎる。もちろんこちらの好みの問題でもあるのが、せっかくの大テーマである「生命」というものの受け取り方が本郷からタケルへと上手くリレーされているとも言い難い。

それに”1号ライダー”を強調するのであれば、その存在とは不可分であろう菊池俊輔メロディを一切使わない音楽演出(ゴーストやスペクターが眼魂でフォームチェンジすることで登場する「W」や「鎧武」など平成ライダーのBGMは使っているのに!)にも承服しかねる。
それでも全編を貫く”熱さ”は肯定したい。

とにかくこの作品は藤岡弘、の圧倒的な存在感に尽きる。
撮影時に69歳だった藤岡弘、は年齢を全く感じさせない現役のヒーローぶりを如何なく発揮。一歩間違えばギャグにしかならない嘘偽りのない男の生き様をまざまざと見せてくれる。
これはもう「本郷猛=藤岡弘、」としか言いようがない。
ハリウッドにクリント・イーストウッドがいるならば、わが国には藤岡弘、がいる。
そういうことだ。
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by odin2099 | 2016-03-27 17:26 |  映画感想<カ行> | Trackback(7) | Comments(4)
イアン・マッケランが年老いた名探偵に扮したシャーロック・ホームズ譚で、原作はミッチ・カリンの「ミスター・ホームズ/名探偵最後の事件」

e0033570_18533103.jpg93歳になったホームズは海を臨む田舎町で、家政婦のマンロー夫人とその息子ロジャーと共にひっそりと暮らしている。しかし彼の想いは30年前、探偵家業から足を洗う切っ掛けとなった未解決事件へと向けられていた。
ある男が持ち込んだ調査依頼、それは二度に亘る流産の結果、奇怪な行動を取るようになってしまった妻のこと。ホームズは見事にその謎を解いてみせた筈だったのだが、事態は思いがけない方向へと進み、彼は取り返しのつかない失敗を犯したと悟る。
ワトソンはそんな彼を慮り、形を変えて事件を発表したのだが、ホームズは死ぬ前にどうしても真相を書き残さなければならないという焦燥感に突き動かされる。
聡明で、また自分を慕うロジャーをあたかも新たな助手とするかのように、ホームズは事件を振り返ろうとするのだが…。

親友ワトソンもハドソン夫人も既に亡く(過去のシーンで兄マイクロフトが出てくるが、後に死去したことが語られる)、老い――特に記憶障害と戦うシャーロック・ホームズの姿が、美しくはあってもどこか殺風景な田舎街の中で言いようのない寂蒔感を掻き立てる一篇。
未解決事件の謎解きに挑む姿よりも、誰よりも明晰な頭脳の持ち主だったシャーロックが、その知力の衰えと対峙し、如何に過去の記憶を呼び起こすのかというサスペンスの方が遥かに興味深い作品だった。

ワトソンとは別れたもののまだ颯爽たる姿を見せる過去(60代)のシャーロックと、年老いた今のシャーロック、イアン・マッケランのその演じ分けも見事で、大切なことを忘れてしまわないように身近なところに書き残したり、それでも思い出せない事柄について困惑する表情には身につまされる思い。
終盤が急転直下で、しかもラストシーンが甘すぎる気がすることを除けば極上の小品を味わった気分である。
だが、シャーロック・ホームズの映画を見た、という気持ちには到底なれなかった。


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by odin2099 | 2016-03-22 19:32 |  映画感想<マ行> | Trackback(9) | Comments(0)
e0033570_09290490.jpgいよいよ待望の「ジャスティス・リーグ」に繋がる続編、『バットマンVSスーパーマン/ジャスティスの誕生』が公開されます。
それに合わせてシリーズ1作目となる本作を見直したのですが、初見の時よりもかなり満足出来ました。
漠然としたものながら自分なりの「スーパーマンとはかくあるべき」というイメージがあり、それとは大きくかけ離れた内容だったことに戸惑ったことが素直に愉しめなかった理由だったのですが(荒廃したクリプトン星のイメージ、「インデペンデンス・デイ」のような侵略モノのようなテイストなども含めて)、今は着地点をしっかりと見極め「次」へと繋がる第一歩として受け入れる体制が整ったといったところです。

予告編を見る限りでは、「次」の作品でスーパーマンは”神”と崇められる一方で危険視されるようですが、改めて本作でのスーパーマンの行動を見ると、そう受け取る人がいるのも已む無しという気がします。
登場してすぐにスーパーマンを”人類の味方”として受け入れることをせず、一旦は投降を求めて拘束するという件はかなり意外な思いで見ていたのですが、しかし実際に”理解不能な超越的存在”を目の当りにしたならばリアルな反応なように思えます。

観客は「スーパーマン=善」「ゾッド将軍=悪」という物差しで見てしまいますが、その因縁を知らない劇中人物からすれば、両者ともに等しく”人類に対する脅威”だと判断するのも当然でしょう。
そしてその場にいて直接関わった人たちならばいざ知らず、それ以外の人々にとってはスーパーマンとて得体のしれない異星人であることに変わりはありません。

実際にこの作品では、スーパーマンは人命救助よりも街を(結果的に)破壊しているシーンの方がインパクトがありますし、最後にはゾッド将軍を自ら手を下して殺害しています。
スーパーマンが善を為す存在だと認知したとしても、そのスーパーマンの考える善が、常に人類にとっての善と同じだという保証はどこにもありません。
となればスーパーマンに対するカウンターとして、例えばバットマンを求めるという展開も理に適っているのではないでしょうか。

ということで期待値が上がってきた「バットマンVSスーパーマン」ですが、両雄激突から共闘への流れ、そしてワンダーウーマンをはじめとする他のヒーローたちとの合流がどうなるのか、非常に気になります。
ライバルの<マーベル・シネマティック・ユニバース>のように「次」への伏線を貼りまくることになるのでしょうか。
既に「ワンダーウーマン」は製作中で、程なく「ジャスティス・リーグPART1」の撮影も始まるとのことですが、いずれにせよ「バットマンVSスーパーマン」がヒットしないことには「次」もありません。

【ひとりごと】
この作品の特徴はスーパーマンとクラーク・ケントの境界が曖昧なこと。
ロイスは最初っからスーパーマン=クラークだと知ってるし、クラークの故郷の幼馴染にはバレバレのはず。
それでいいのだろうか。それともこれが今後の展開への布石?

それにしてもロイス役のエイミー・アダムス、年齢を感じさせない可愛さがありますね。
下手すると「スーパーマン・リターンズ」の時のケイト・ボスワースより若く見えるかも。

<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/21004378/


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by odin2099 | 2016-03-21 09:31 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_08392848.jpgデアゴ版第5巻は2010/1/28に放送された「箱根」編を収録。
これも以前にレビュー済でしたね。

そこにも書きましたが、最後に箱根に行ったのは2001年の夏だったかなあ。
一泊二日、北は北海道から南は九州からネット仲間が集合し、総勢13人でOFF会やったのが楽しい思い出です。
今じゃ殆どネットから離れてしまいましたが、皆さん元気なのかなあ。

かまぼこ屋とか姥子にある昔のケーブルカーとか、その時に行ったところを見ると懐かしくなります。
小田原まではその後も何度か行ってますけど、今度はもう少し先まで足を延ばしてみようかな。


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by odin2099 | 2016-03-20 08:40 | テレビ | Trackback | Comments(4)
e0033570_17545817.jpgスーパーマンIII」と「IV」をなかったことにして作られた劇場版5作目。
何といっても冒頭からジョン・ウィリアムズのテーマ曲が流れるとワクワクする。
もっと古い世代のスーパーマンファンにはそれぞれラジオ版やら連続活劇版、テレビ版にアニメ版と思い出に残るスーパーマンのテーマ曲があるのだろうし、また新しいファンも「ヤング・スーパーマン」や「ロイス&クラーク」などのテーマ曲の方がしっくりくる人もいるのだろうけれど、最大公約数的にイメージされるのはまだこのウィリアムズ版ではなかろうか。新作でも使って欲しかったなあ。

さて「III」以降はナシにして「II」の続編として作られてると書いたけれど、実は「II」の純然たる続編とも言い切れず(劇中では5年後の話だけど、実製作でいえば25年の隔たりがあるし)、続けて見るとやはり別物だなあと思わされる。
北極にあるスーパーマンの基地「孤独の要塞」は「II」での出来事がなかったかのように再建されているし、力を失ったスーパーマンをボコボコにするルーサーは違和感たっぷり。
ルーサーは直接的に暴力に訴えるんじゃなく、もっと知力を駆使してスーパーマンを翻弄し、失敗しても悪びれない愛嬌がないとねえ。

「III」では他界したことにされていたクラークの養母マーサは本作では健在で、生死の境を彷徨うスーパーマン=クラーク・ケントを”母”として見舞うことも出来ない件はグッとくるけど、実は一作目ではマーサとクラークの交流は殆ど描かれておらず、二作目以降はマーサの出番がないので急にそういう流れにされても…というのもあるし、総じて人間ドラマを強調しようとしたあまりロイスの息子やロイスの婚約者をメインに持ってきたので、従来のスーパーマン・ロイス・クラークの三角関係がぼやけてしまい、何となくウダウダした展開になってしまったのはマイナスだったかも。

客観的には大ヒットと呼べるだけの成績を収めた本作だが、製作サイドはもっと高いレベルの数字を求めていたために続編を白紙に戻してリブートを決定。
でも実のところ、これに続くストーリー作りが難しくなったからじゃないのかなあという気もしている。ロイスの息子の扱いをどうするか、これって結構難易度高い問題じゃなかろうか。
ちなみにロイスのご懐妊は「II」でスーパーマンと一夜を共にした時なのかな。

【ひとこと】
様々な場所で活躍するスーパーマンを報道するテレビのニュース番組内で「ゴッサム」の名前が…!
もし続編が実現していたら、バットマンとのコラボをやろうとしていたのかな。

<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/4198543/


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by odin2099 | 2016-03-19 17:59 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_21560458.jpgマイケル・ルイスのベストセラー「世紀の空売り/世界経済の破綻に賭けた男たち」を、クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、ライアン・ゴズリング、ブラッド・ピットら豪華な配役で映画化。
同じくマイケル・ルイスの「マネー・ボール」を映画化した「マネーボール」(ややこしい)をプロデュースし、自ら主演したブラッド・ピットは今回もプロデュースを兼任。

サブプライム・ローンの落とし穴に逸早く気付き大勝負に打って出ようとするトレーダーのマイケル。
そのマイケルの戦略に着目する野心溢れる銀行家のジャレット。
そのジャレットによって危険なゲームに参加させられることになるヘッジファンド・マネージャーのマーク。
同じくマイケルの戦略の斬新さに飛びついた若き投資家のジェイミーとチャーリーは、伝説的な元銀行家ベンを後ろ盾にウォール街へと乗り込んでゆく。
やがて住宅ローンの破綻をきっかけに市場崩壊の兆候が表れる――。

e0033570_21561721.jpg基本はコメディとして作られていますが、ニコニコと笑って見ていられる作品ではないですし、邦題(「華麗なる大逆転」)にあるような爽快感とも無縁です。
リーマン・ショックはまだ記憶に記憶に新しいので、その結果についてはわかっていますが、笑えるとすればそこに至る過程、そしてそれを生み出してしまった社会の仕組みそのものに対してでしょう。
支払い能力に欠けた人間に平然とローンを組ませる金融機関は、その危険性に気付かず、あるいは絶対に大丈夫だという幻想にしがみついているので、破綻の兆しが見えてきても市場価格は一向に下がりません。
そのために危険な賭けに挑んだ彼らは、予測通りの展開になりつつあっても勝つことが出来ないというジレンマに襲われます。その悲喜劇を味わうのがこの映画の楽しみ方ではないのかと思います。

経済の仕組みについてはわかりやすく解説しようという試みがなされていますが、それでもある程度の知識を必要とすることと、登場人物たちが総じてエキセントリックな部分を持ち、口角泡を飛ばして激論するシーンが多いので字幕だとそれを拾いきれていない(誰の発言かもわかりづらい)あたりが難点でしょうか。
こういう作品は是非とも吹替版を作って欲しいものです。

【ひとこと】
徳永英明の歌が流れるのにビックリ?!
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by odin2099 | 2016-03-18 20:09 |  映画感想<マ行> | Trackback(21) | Comments(4)
e0033570_21512727.jpgこれまたWOWOWで放送した<吹替補完版>で鑑賞。ささきいさお以外のレギュラーキャストの声は全て一新されてしまったので、かなーり違和感。
それでも吹替で愉しめるのは嬉しい。
もし今後Blu-rayなどで再度「スーパーマン」をソフト化する際には、是非ともこの<吹替補完版>を収録して欲しいものだけれども、無理なのかなあ???

「III」に続いてクラークの故郷スモールビルが出てくるものの、ラナ・ラングは登場せず。
実家の売却話とはしんみりさせられるが、そういえば前作で母親は既に亡くなってるという台詞があったっけ。
そしてメトロポリスへ戻ってくると、今度はデイリー・ブラネットの買収騒動。ドタバタ路線は健在の様子。
その最たるものが、ロイスとスーパーマン、新編集長のレイシーとクラークのWデート。
当然のごとくクラーク・ケントとスーパーマンは同時に存在できないため、口実を設けてしょっちゅう入れ替わり。
それを自然に見せるクリストファー・リーヴはやっぱり演技派だったんだなあ。

e0033570_21511505.jpgまた「II」と同じように、クラークはロイスにスーパーマンである正体を明かすのだけれど、用が済むとまたキスして記憶を消すという技を使ってるけど、これ意味あったのかな。でも1作目から10年近く経っているけれど、ロイスは本作が一番可愛いかもしれない。不思議だね。
あと「II」と同じといえば、クラークに嫌がらせをした相手にスーパーマンの力を使って意趣返しをするのは、スーパーマンも聖人君子ではなく所詮は人の子ということだろうか。

あんまり評判の宜しくないこの作品も、全く楽しめないかというとそうでもない。
製作体制が変わってコストダウンしたせいだろうけど、特撮シーンが薄っぺらかったりと色々残念な出来栄えなのは確かだけれど、スーパーマン=クリストファー・リーヴを再認識させてくれただけでも御の字だ。

【ひとりごと】
2作目3作目には不参加だったジョン・ウィリアムズが、この4作目には復帰。でもアレンジは別人なのかな、あんまりウィリアムズっぽく聞こえない。

【ひとこと】
ニュークリアマン、レイシー抱えて宇宙空間飛んでるじゃん?! 空気!空気!

<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/8190346/


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by odin2099 | 2016-03-17 20:38 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
結局TVシリーズの「ウルトラマンX」は1話も見ずに映画館へ来てしまいました。
予備知識なしはキツイかなあとも思っていたのですが、それでも「怪獣映画」「特撮映画」として楽しませて貰いました。

e0033570_21392836.jpgまず端末を経由してウルトラマンと防衛組織のメンバーが日常的にコミュニケーションを取っているというシチュエーションが斬新ですね。これはTVシリーズ後だから成り立っているのかもしれませんが、主人公である大空大地がウルトラマンXに変身、じゃないユナイトするというのも、基本的には他の隊員たちが戦闘機や戦車に乗って出撃するのと同じような扱いで、ウルトラマンと防衛組織(Xio)の連係プレー、一体感が強調されているようでもあります。
「ウルトラマンメビウス」や「ウルトラマンギンガS」など、最近のウルトラマンと人間との関係はこのパターンが基本なんでしょうか。

相変わらず「奇跡」「奇跡」の展開には食傷気味ですが、ティガの登場、そして初代ウルトラマン登場のシーンは胸熱です。BGMも「ティガ」や「ウルトラマン」のものが(新アレンジ、新録音ですが)流れてくると安心感があります。
今はシリーズ物でも旧作の音楽を使うと色々とお金がかかるようですが、前作「ウルトラマンギンガS/決戦!ウルトラ10勇士!!」もそうでしたが、効果音含めて頑張っているなあと感じます。
それに比べると仮面ライダーも見習ってほしいものですねぇ。今度の「仮面ライダー1号」が菊池メロディ全開だったらスタッフを見直すんですが…と閑話休題。

「ウルトラマンX」という作品そのものにも、レギュラーキャラクターにも思い入れが何もないもので、その点では今一つ乗り切れない面もありましたが(吉本多香美と黒田アーサーの芝居というか役作りにもちょっと引っかかるものがありまして)、これはTVシリーズをちゃんと見て、それからもう一度劇場版を見直さなきゃいけないな、という気持ちになりました。

今年はウルトラシリーズ生誕50年、新たなるウルトラマンの登場も予定されているようですし、他にも幾つか企画も準備中のようなので、これからの展開から目が離せません。


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by odin2099 | 2016-03-16 21:40 |  映画感想<ア行> | Trackback(2) | Comments(2)

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