【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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e0033570_21090075.jpg『1』は怪獣映画ファン向け、『2』は戦争映画ファン向け、そして『3』は…なんだろう?
押井守とか庵野秀明の世界観に興味を抱きつつも、今一歩踏み込めない層向け、と言ったら違うだろうか。
『パトレイバー』や『エヴァンゲリオン』には乗り損ねた、或はアニメにはハマれない人たち向け……いや、違うか。


ただ『1』や『2』の時と違ってSFファンには受けが悪いだろう。
伝奇モノ好きには理解しやすい世界感か。


<平成ガメラ>三部作は、物語は繋がっているものの、作品ごとに見せる”貌”は随分と異なる。その多様さが好きという人もいれば、その多面性に付いて行けないという人もいるだろう。
特に『3』は飛躍し過ぎと感じた人が多かったようで、前2作に比べると評価は多種多様。


e0033570_21085498.jpgしかしながら3作通して描かれたものも多く、どれもこれも「ガメラ」だったのだなあ、と思ふ。そしてそれは次回作『小さき勇者たち/ガメラ』の、あまりにもかけ離れた世界観への違和感となって表れてしまう。


【ひとりごと】
公開から15年、斬新だったニュー京都駅も、今では当時と微妙に違う姿を見せ始めている。
しかし変わらないのは、絵になる空間であるということ。そして京都を舞台にしながら、駅とその周辺(東寺辺り)を除いて描写がないことが逆に珍しい。
「ゴジラ」「ガメラ」両シリーズ共に、観光地ムービーの側面を持っているのはもはや伝統と呼べるだけに。

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by odin2099 | 2014-11-11 21:11 |  映画感想<タ行> | Trackback(1) | Comments(0)
e0033570_22420732.jpgアクション映画とか怪獣映画と呼ぶよりも、これは戦争映画と呼ぶ方が相応しい。そして勿論SF映画でもある。

ミリタリー色の強さに懸念を表明する方もいらっしゃるが、フィクションの世界に賢しらに口出しするのは如何なものか。
現実世界で起きて欲しくないからこそ、フィクションの世界で十分に遊びたいものだ。

また、どちらかというと”強い女”のイメージがある水野美紀が、なんとまあ可憐であることよ。

色々な意味で奇跡的な一本。

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by odin2099 | 2014-11-06 21:19 |  映画感想<タ行> | Trackback(1) | Comments(0)
e0033570_22202130.jpg今夏公開されたレジェンダリー・ピクチャーズ版『GODZILLA』は、何故かこの作品と結構比較されたりしましたが(ギャレス・エドワーズ監督自身は「観たことない」とコメント)、実のところこっちの方が遥かに面白い、と断言します。
俗に<平成ガメラ三部作>と称される作品群、『3』は評価がかなり割れてますけど(自分は好き)、この『1』と続く『2』は「怪獣映画」としてはほぼ完璧と言っても良いんじゃないか、それぐらいに思っております。

ディティールを積み重ねてリアリティを高め、その中に壮大な絵空事を持ち込みながらも作品世界を破綻させず、主要キャラ以外の脇役もきちんと立てているという構成、これはある意味で奇跡でしょうな。

そんなに作品数観てませんが、おそらく金子修介監督作品としても上位の娯楽作。それだけに最新作『少女は異世界で戦った』が本当に残念で残念で…。
女の子を活き活きとして描く、それが監督の持ち味の一つだろうに本領発揮とは行かなかったのは、予算とかスケジュールの問題じゃあないですよね…。

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by odin2099 | 2014-10-07 22:23 |  映画感想<タ行> | Trackback(1) | Comments(0)
世界各地でギャオスが異常発生。そしてそれを追うガメラも暴走気味で、両者の激闘の際に大きな被害が出ていた。最早ガメラは人類の味方ではないのか?
そんな時、4年前のガメラ出現の際に両親を失った少女・比良坂綾奈は、奈良のとある祠で不思議な生物を発見する。それはギャオスの変異体と呼ぶべき存在だった。綾奈はそれに亡き飼い猫イリスの名を与え、ガメラを倒す思いを込めて育て、一方のイリスも綾奈と同化してより進化しようとしていた。

平成ガメラ三部作の完結編。
e0033570_2227676.jpg前二作は高い評価を得ていたのでそのまますんなり作られるのかと思いきや、トータルの興行成績が微妙だったことや、製作サイドに若干のゴタゴタがあったため、やや間を空けての製作となった。
もう少し早く作られていたらシリーズにもっと勢いが出ていたかも知れないが、当初より完結編として位置付けられていたとはいうものの、本作を持って正式にシリーズは打ち止めとなってしまった。

さて、本作で一番驚かされるのが、実質的なヒロインである綾奈がガメラを憎んでいるという設定。
今までの怪獣映画でも犠牲となった人々の描写はあったが、それはあくまでも”悪役”のポジションにある怪獣によってもたらされたもの。ところが彼女は、”正義の味方”であるところのガメラによって両親と愛猫を奪われたという過去を持つのだ。

その彼女と一体化することで更なる力を得ようとするイリスは、設定上ではギャオスの変異体として扱われているが、そのデザインや能力にギャオスに似る部分は殆どないという新怪獣。
勾玉を通じて綾奈とリンクするというのは、1作目のヒロイン・草薙浅黄とガメラとの関係との相似形だ。つまりシリーズそのものを一旦否定するところから物語作りが始まるという、かなりの野心作なのである。
また浅黄とガメラの関係を一歩進め、綾奈とイリスの描写はかなりエロティック。
綾奈を演じた前田愛がどこまで意識して演じていたかはわからないが、監督は意図的に、狙って演出しているのは明白である。

1作目でもルーン文字がどうこう、アトランティス大陸が云々といっている傍から勾玉が重要なアイテムとして登場したりと”和”のテイストを伴ってはいたが、今回は舞台が奈良や京都というだけでなく、ガメラを玄武、イリスを朱雀に准えたり、”現代の巫女”朝倉美都というキャラクターを登場させたりと、怪獣映画というよりも伝奇物の側面を強く押し出し独自性を強調はしたのだが、その反面、前2作のSF映画や戦争映画の要素を気に入っていた層からは、多少なりとも拒絶反応が起こってしまったようである。
上手く活用すれば、『新世紀エヴァンゲリオン』のようなムーヴメントを巻き起こすことも可能だったのではないかと睨んでいるのだが惜しいところである。

結局のところ、メイン格の登場人物が多すぎたところに問題があったのではないだろうか。
実質的なヒロインの綾奈、キーパーソンとして設定されていたはずの朝倉美都、公式な主人公として物語を引っ張って行く長峰真弓、シリーズの顔・浅黄、美都のブレーンである倉田真也、そして今一人のシリーズの顔・大迫力、更に本来ならばヒーロー的役割を担うはずだった守部龍成、という具合にそれぞれ主人公たり得るキャラクターがこれだけいる。

長峰は狂言回しに徹して彼女自身の成長や葛藤は殆ど見られず、美都も倉田も思わせぶりな台詞を吐いて掻き回すだけで何もせず、大迫は途中で退場してしまい、守部には見せ場がない。そしてシリーズを通してのヒロインであるはずの浅黄も、既にガメラとの繋がりが断ち切られた後とあっては存在意義すら見出せない。
唯一綾奈だけはその変説の過程が描かれて行くが、それでも内面描写が(意図的にか)外されている為、その葛藤が伝わりきらない。
映像表現含めてクオリティは高く、スタッフやキャストの熱意は伝わってくるのだが、それが負の揺らぎとして表出してしまっているのが残念でならない。

しかしながら、この三部作が20世紀の怪獣映画の掉尾を飾る意欲作、大胆な野心作であることは疑いようがない。
この作品の延長線上に、『ウルトラマンティガ』、『ウルトラマンダイナ』、『ウルトラマンガイア』といった平成<ウルトラシリーズ>の傑作群が作られ、それを意識した『仮面ライダークウガ』、『仮面ライダーアギト』といった新たな<仮面ライダー>の流れも生まれ、更に「ゴジラ」も、多分にこの”気分”を意識した<ミレニアムシリーズ>を開始することになる。
もう、平成ガメラ三部作がなかった頃には戻れないのだ。
その上でこの平成ガメラ三部作を、”傑作”と呼ぶことに異論はない。

 
 『ガメラ/大怪獣空中決戦
 『ガメラ2/レギオン襲来
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by odin2099 | 2011-03-31 22:27 |  映画感想<タ行> | Trackback(3) | Comments(0)
e0033570_1942384.jpg世界各地で流星雨が観測され、その一つが北海道に落下。だが巨大なクレーターを残し、隕石は姿を消してしまう。
その後札幌市内で怪現象が次々と起こり、遂に地下鉄構内に怪生物が出現。程なくしてビル街に巨大な植物が現れた。
怪生物と巨大な植物には何らかの繋がりがあると判断した自衛隊は植物の爆破を決定するが、そこにガメラが飛来。一方、それを阻止せんと怪生物は群れをなしてガメラに襲いかかった・・・!

地球外からの侵略に対して、徹底抗戦の構えを見せる人類。これは紛れもない戦争映画だ。
BGMの使い方に若干の疑問点があり、そのせいで多少弛れる場面はあるものの、冒頭から一気に畳みかける展開には前作からのスケールダウンは全く感じさせない。
惜しむらくは、人類が徹頭徹尾頑張るが故にガメラの存在が霞んでしまい、怪獣映画らしくない感じを与える点だが、そのことでかえって”怪獣映画”に抵抗ある層にも受け入れられる要因になっているように思う。

従来の怪獣映画とは大きく異なるのは自衛隊の描き方だろう。
前作でもより現実に即した形での自衛隊の行動に重点が置かれていたが、今回は特異な職業に従事している者ということよりも、与えられた仕事を黙々とこなすプロフェッショナルの集団としての描写が顕著である。
当然のように映画ならではのフィクションの部分もあるのだろうが、彼らの姿が画面を引き締めているのは確かだ。

e0033570_1942413.jpgその作戦指揮も、実戦とはかくや、と思わせるもの。
最前線で怪獣と対峙し、大声で命令を下す指揮官というものはこの作品に存在しない。
これまでの怪獣映画を見慣れてきた目には非常に地味、かつ迫力不足に映るものだが、これがリアリティというものなのだろう。
もっとも、いざという時にこういう体制で不測の事態に対処出来るのか、という点では些か不安を覚えるのも確かだが。

主役は無論のこと、脇役端役にも適材適所が目立ち、無駄というものが感じられない構成。
怪獣映画としてのみならず、日本のエンターテインメント作品として最高峰に位置する作品だと言っても過言ではあるまい。
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by odin2099 | 2009-09-09 19:43 |  映画感想<タ行> | Trackback(8) | Comments(8)
80年代から90年代にかけて何度か噂には上がっていた「ガメラ」が、<平成ゴジラ>シリーズのヒットの影響を受けてか遂に復活。先行して「大魔神」復活プロジェクトが動いていたが、結局「大魔神」よりは「ガメラ」ということになったようだ。

プルトニウムの輸送船が太平洋上で”動く環礁”に遭遇、一方九州のとある島では島民が消息を絶ち、人を食う巨大な怪鳥が目撃される、という導入部からハラハラドキドキ。やがて環礁から謎の碑文や勾玉が発見されるや、失われた超古代文明への興味を引き、更に環礁が巨大な生物であったことが判明。怪鳥と巨大生物には何らかの因果関係があることが碑文から推測され、それぞれギャオスとガメラと名付けられたあたりから、物語は一気に対決ムードへ。
これに、最初に環礁に遭遇したことから一連の事件に首を突っ込むことになるヒーローと、怪鳥調査を依頼されたことから巻き込まれてしまうヒロインとの仄かな交流が描かれ、勾玉を通して”巫女”に選ばれてしまった少女が絡むなど、最初から最後まで弛れ場が殆どない傑作。

e0033570_637165.jpg巨大なカメという基本デザイン、口から火を吐き回転ジェットで空を飛ぶ能力を持つこと、それにアトランティス大陸との因縁があるらしいことなどは旧作から踏襲しているものの、世界観はまるで別。通算ではシリーズ9作目になるが、新シリーズの1作目と呼ぶ方が相応しい。
過去の柵を断ち切り、良くも悪くも馬鹿馬鹿しさに満ちていた旧作に対して、かなりリアルな世界観を構築していて、リメイクとも呼べないぐらい旧シリーズとは色合いが異なっている。

もし現実社会に巨大怪獣なるものが出現したら、という状況下でのリアルなシュミレーションを行い、初めて本格的に組織としての自衛隊を描いたことが、本来の怪獣映画ファン以外にもアピールし、怪獣ファンは怪獣ファンで、<平成ゴジラ>にない要素に過剰に反応し、かなりの盛り上がりを見せていたのは記憶に新しい。

時には必要以上に<平成ゴジラ>を貶めて評価する姿勢には疑問を感じるが、マニア心を擽る出来であったのは事実。かれこれ15年ほど前の作品になるが全く古びておらず、後の世には”新古典”という扱いをされるのではなかろうか。
そういった高評価が直接興行成績に結び付かないあたり、眼前には悲しい現実が横たわっているが、それでも後に三部作としてまとめられたのは僥倖。
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by odin2099 | 2009-07-28 06:37 |  映画感想<タ行> | Trackback(8) | Comments(8)
e0033570_237798.jpgなんで「宇宙怪獣」なのか、というギモンはさておき、ゴジラの休眠中にちゃっかり甦っちゃったガメラくんです。
通算で8作目、徳間書店がバックについた”新生”大映としては1本目ということになりますが、実は人間側のドラマは新撮ですけど、怪獣が暴れまわる特撮シーンは全て旧作からの使いまわしという、低予算の再編集映画だったりします。
自分が劇場で観た初めての「ガメラ」映画でして、併映は『鉄腕アトム/地球防衛隊の巻』
春休みの映画館は結構ガラガラだったっけ・・・。

宇宙海賊船ザノン号が地球に接近、地球を征服するために次々と怪獣を送り込んできます。平和星M88から派遣されて来ているスーパーウーマンたちは、何とかザノン号の侵略から地球を守ろうとするのですが、武器を持たない彼女たちはあまりに無力。
そんな時カメ好きの圭一少年の、「自分のカメがガメラになって怪獣をやっつけてくれればいいのに」という言葉をヒントに、超能力を使ってガメラを誕生させ、怪獣たちに立ち向かわせることにするのでした。

ということでザノン号はギャオスを筆頭に、ジグラ、バイラス、ジャイガー、ギロン、バルゴンの順に怪獣を繰り出し、ガメラが次々とそれをやっつける、というのが主筋。
これに、圭一くんとスーパーウーマンたちとの交流、そしてザノン号からスーパーウーマン抹殺の命を受けた女刺客の暗躍が絡んでくる、というのがお話の流れです。
まんざらフィルム使いまわしの、お手軽再生産映画だとバカにしたもんじゃない、というくらいは楽しめます。
マッハ文朱も、ポージング、立ち姿が綺麗で、「正義のヒーローにして近所のお姉さん」として様になってますし、怪獣映画という感じはあまりしませんが、ヒーロー物の王道を行ってる菊池俊輔サウンドもカッコイイ。

ガメラに関しては、一応”二代目ガメラ”ということになるのでしょうか。
圭一くんがガメラのファンなのですが、このガメラ、この世界では本当にいたのか、それとも我々の世界同様、架空の存在なのかはイマイチ不明です。ただ多少は周囲に認知されてる雰囲気もありますので(ムック本が出ていたりするし)、同じように映画やTVで活躍したヒーローなのかも知れませんね。

e0033570_2373266.jpgさて、この作品の大きな特徴は、あちらこちらに散りばめられたパロディ要素。
海賊船ザノン号のデザインはあからさまに『スター・ウォーズ』のスター・デストロイヤーを真似たもので、ご丁寧に画面の上方から三角のフォルムを見せながら登場しますし、平和星M88は勿論ウルトラマンの故郷M78星雲からのネーミングでしょうし、スーパーウーマンのデザインは「白地に赤」の日の丸カラーのタイツ姿で、これは星条旗をあしらったスーパーマンを模したものです(余談ですけど、当時のスチール写真の中にはこの白のタイツの下が透けちゃってるものが何点かありましたっけ・・・)。

また「四角くって食べやすい」で御馴染み(古すぎ!)桂小益(9代目桂文楽)が演じる亀有公園前派出所のお巡りさんが出てきたり(少なくても香取慎吾よりは似てる。そして せんだみつお よりも!)、圭一くんの夢の中では宇宙戦艦ヤマトとガメラがすれ違ったりしますし(ちゃんとテーマ曲も流れます)、ラストシーンはモロに『さらば宇宙戦艦ヤマト』です。おまけにザノン号キャプテンの声は、ズォーダー大帝の小林修だったりするのは狙い?偶然?
あ、ちなみに銀河超特急999号も出てきますが、こちらはガメラとすれ違うなどの合成処理は施されず、単にフィルムを流用してるだけなので面白みも何もありません。

思えばこの頃は、再評価やらリバイバルやら、色々と動いている時でした。
1977年の『宇宙戦艦ヤマト』公開に端を発したアニメブームは、他にも『海のトリトン』や『科学忍者隊ガッチャマン』、『ルパン三世』、『サイボーグ009』といった旧作にも目を向けさせ、再編集版が劇場公開されたり、新作や続編が作られるようになりました。
その勢いはアニメーション作品だけじゃなく、「ウルトラマン」や「仮面ライダー」、それに「ゴジラ」といった特撮主体のヒーロー物にも飛び火し、再放送で盛り上がり、翌78年公開の『未知との遭遇』、『スター・ウォーズ』に始まるSFブームと合体し、79年を中心に同じように再編集の劇場用作品が作られたり、シリーズが復活を遂げたりしましたが、そんな流れの中での今回の「ガメラ」復活という訳です。
「ゴジラ」は・・・ちょっとタイミングを外しましたね。この時期に復活していれば、今よりももっとパワーを持ったキャラクターになっていたかも知れません。それを考えるとちょっぴり残念な気もしますが、ブームの渦中に復活を遂げ、その結果他の作品群の中に埋没、という結果にならなかったのはかえって良かったのかも知れませんが。
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by odin2099 | 2009-06-25 23:15 |  映画感想<タ行> | Trackback(1) | Comments(4)
この映画が公開された昭和46年という年は、『宇宙猿人ゴリ(後に『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』→『スペクトルマン』と改題)』、『帰ってきたウルトラマン』、『仮面ライダー』が相次いで放送を開始し、第二次怪獣ブーム、変身ブームの沸き起こった年。ところが皮肉なことに怪獣不遇時代を乗り切ったガメラだったが、製作会社の大映が倒産してしまったため、この作品を最後に眠りに就くことになってしまった。

e0033570_21185262.jpgというわけで第一期の「ガメラ」シリーズの最終作となってしまった7作目は、鴨川シーワールドを舞台に宇宙から来た深海怪獣とガメラが戦うというお話。「宇宙」から来てるのに「深海」怪獣とはこれ如何に?なんだけど、そういう設定なんだから仕方ない。
サメかなんかをモティーフにしてるのかなと思ったら、実はシーラカンスがモデルだった(?!)というデザインは結構気に入ってる。一般にはあんまり人気がないみたいだけど、ギロンやジャイガーよりは好きだなあ。

で、このジグラくん、アバン部分で月基地を急襲するなどなかなかの実力者。そう、この作品世界では昭和46年に日本人は月面基地を建設してるのだ。そしてナレーションで高らかに、宇宙に進出した人類に対する警鐘を鳴らしたりしてるのだけれども、その後の舞台はひたすら海!
しかも人類が海を汚しちゃったので、深海怪獣であるところのジグラくんがお怒りになる、というのが大筋なのだ。
公害が社会問題になってた時だし、それはそれで結構な、いや大切なお話だとは思いますが、宇宙進出の危険性とやらはどこへ行っちゃったんでしょう・・・? ま、宇宙人には気をつけよう、ってことですかね。

ジグラくんは円盤に乗って地球にいらっしゃったのだけれども、その乗組員は日本語が流暢なお姉さんが一人。
実は月面基地の人を洗脳して手下にしてるというのが後でわかるのだけれども、地上に出て活動する際、宇宙人服(?)のまんまじゃマズイ、ということで接触したのが何故か海女さん。その海女さんから奪ったビキニ(!)を身に着けて行動を開始するのだけれども、いくら鴨川が海辺の町だからといって、批難する人々の中じゃあまりに無防備だ!・・・ぢゃなかった目立ちすぎる。流石に防衛軍の兵隊さんがウロウロし、ジロジロ見られ出したので今度はシーワールドの職員のお姉さんの服を奪って(なんか凄い展開だね)今度はタイトなミニスカート姿で走り回ったりするのだけれども、この映画って対象年齢は一体幾つなんだ?

相変わらず日米のイタズラ好きの少年コンビ(あ、今回は男の子と女の子だ)が、余計なことをして話をややこしくするのがお約束。
でも昔っからこういうガキが嫌いだったのよねー、『ウルトラマン』のホシノ君とか。
作り手は観客や視聴者である子どもの代表選手だと思って設定してるんだろうけれど、邪魔っけだったりイライラさせられたり、たまに活躍すればしたで嫉妬心をかき立てられたり、という子ども達は少なくなかったと思っておるのですが如何でしょうか、同士諸君。
「ガメラ」シリーズが本気で好きになれないのは、このあたりにも原因があるんだけどな。

予算の都合だろうけれどガメラとジグラはそれほど対戦しないし、シーワールドも破壊されないし、殆どが宇宙人お姉さんの独り舞台みたいな作品だけれども、繰り返しTV放映で観たりしていたので、シリーズの中では割と好きなほう。またこの作品よりもちょっと後だけれども、実際にシーワールドへ行ったことがあるので何となく親近感も。
多分人気投票をするとシリーズの中では下位の方に行ってしまいそうな作品だけれども、個人的評価は「○」なんですね、これが。
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by odin2099 | 2009-01-19 21:20 |  映画感想<タ行> | Trackback | Comments(8)
万国博に出品するため、イースター島ならぬウエスター島から、太古の文明の遺跡である石像を引き抜いたところ、大魔獣ジャイガーが復活。開催目前の万国博会場が危機に見舞われるという「ガメラ」シリーズ第6弾。
このジャイガー、空を飛び、極超音波で周囲を焼き払い、おまけにガメラの体内に子どもを産みつけるなどなかなかの実力者。寄生されてしまったガメラの身体が、半透明になるというのは(理屈はともかく)面白い。

e0033570_22582350.jpg今回も日本人少年とアメリカ人少年のコンビが大活躍。小型潜水艇を駆ってガメラの体内に侵入し、幼虫ジャイガーを退治するという見せ場がある。これは『ミクロの決死圏』あたりからヒントを得たシチュエーションだろうか。
万博会場はロケ撮影だが、今回は前作よりも予算が上がったのか、ウエスター島やガメラ体内のセットだけではなく、久しぶりに大阪市内での都市破壊シーンも楽しめ、時折大胆な合成ショットも織り込まれるなど、後期「ガメラ」シリーズでは見応えが充分。恒例だった旧作からの流用も、基本的にはオープニングのタイトルバックのみに留めるなど、スタッフの頑張りが窺える。

ジャイガーの弱点は、やはりというか当然のように石像。この石像には管が通されており、そのため風が吹くと低周波を発生することから、”悪魔の笛”と呼ばれているという伝承があるのだが、これが苦手とのこと。で、人間側は低周波を巨大スピーカーから流すなど、色々と作戦にも工夫が凝らされている。もっともこの”悪魔の笛”の音色により、既に何人もの人が次々と倒れているという伏線がありながら、クライマックスでは会場の関係者に一人も気分を害する人がいない、というのも画竜点睛を欠くというか、なんというか。まぁ、そこまで野暮なことは言いっこなし、てことで。

物語の主役というより狂言回しとなる青年を演じているのは、「新人」とクレジットされてる炎三四郎という役者。後に改名を繰り返し、最終的には「速水亮」という芸名で知られるようになる。つまり、後の『仮面ライダーX』その人である。
字は違うものの役名もおなじ「けいすけ」で、ついでに言うなら音楽担当も同じ菊池俊輔ということで、何となく不思議な縁があるもんである。
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by odin2099 | 2008-12-13 21:30 |  映画感想<タ行> | Trackback(1) | Comments(4)
e0033570_21583892.jpgいたずらっ子の明夫とトムは、着陸する円盤を目撃。中を探検しようと足を踏み入れ、装置をいじくっているうちに円盤は発進し、未知の惑星へと連れて来られてしまう。
そこは地球より遥かに進んだ文明を持っていた。
二人を出迎えたのはバーバラとフローラと名乗る謎の美女。彼女たちの話によれば、この星は太陽を挿んで地球の反対側に位置する”第十番惑星”であり、優れた文明を持ちながらも死にゆく惑星で、生き残っているのはもはや彼女たちだけだという。
その時、突如怪獣が現れた。それは地球に生息するギャオスに酷似した怪獣だったが、彼女たちが”番犬”と呼ぶ新怪獣ギロンによって退治される。
この星を脱出し、少年たちと一緒に地球へ行こうと言うバーバラとフローベラ。しかし彼女たちの真の目的は何か?
そして二人の少年の危機を察知したかのように、ガメラも十番惑星に向かいつつあったのだ・・・!

宇宙の彼方の未知の惑星を舞台にしたSF映画、というとスケールが大きそうだが、何のことはない、こじんまりしたセット中心に撮影した低予算映画だ。
大都市破壊のようなスペクタクル・シーンを撮る予算がないものだから、明夫くんの家の近所の空き地(円盤の着陸地点!)のロケ撮影と、テキトーに(?)小物を並べた異星のセットでお茶を濁しただけの話。
倉庫に残っていたギャオスの着ぐるみを引っ張り出してきて色を塗り替えた”宇宙ギャオス”を出したり、ガメラとギロンの対決シーンもオリンピックを模した演出を取り入れたり、と工夫は見られるものの、どうしても寂しい映画になってしまってるのは致し方ない。
まぁ、このチープさが好き、というガメラ・ファンは多いんだろうけれども。
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by odin2099 | 2008-11-20 22:12 |  映画感想<タ行> | Trackback | Comments(4)

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