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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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e0033570_9211383.jpg日本の映画界は、1986年を境に邦画と洋画のシェアが逆転します。つまり、お客さんは邦画よりも洋画の方を見たがっている、ということですね。ところが2006年に再び邦画が洋画を逆転します。この20年間に何があったのでしょうか?

この本では、スティーブン・スピルバーグが監督やプロデュースをした作品群を洋画の代表選手とし、一方で宮崎駿や高畑勲らスタジオジブリが作ったアニメーション作品を邦画の代表に擬して、日本における映画ビジネスの流れを捉えています。
その基点は、1988年ゴールデン・ウィークに公開されたスピルバーグ監督作品『太陽の帝国』と、ジブリの『となりのトトロ』&『火垂るの墓』二本立てに置かれています。

単純にどっちが勝った負けたから優劣がどうこう、ということにはなりませんが、「興行成績」から捉えた本は珍しいのではないでしょうか。
スピルバーグ関連作品やジブリ製作作品にこだわりがない人でも、日本の映画業界を違った面から垣間見ることが出来るという点ではユニークな一冊ですので、紐解いてみるのも悪くはないかと思います。
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by odin2099 | 2008-08-10 09:21 | | Trackback | Comments(0)
放送終了後20年近くを経た今でも、多くの熱狂的ファンを持つSFドラマ『ギャラクシー・クエスト』。その後は泣かず飛ばずの出演者たちだが、今日もファン大会が開かれ、ゲストとして参加していた。
ただこの番組を熱心に観ていたのは地球人だけではなかった。ドラマではなく本物の記録映像だと信じこんだ異星人たちが、自分たちの星を侵略者から守って欲しいと助けを求めてやってきたのだ。
はじめは冗談だと思っていた出演者たちだったが、ドンドンと事態は進行し、遂には本物の星間戦争に巻き込まれることに・・・!

e0033570_21444174.jpgこの『ギャラクシー・クエスト』という番組の設定は、勿論あの『スター・トレック』を意識したもので、番組を取り巻くファンのムーブメントや出演者たちのその後の境遇など、現実も上手く取り入れられている。
キャラクターと同一視されて困惑したり、熱心なファンに絡まれ議論を吹っかけられたり、役のイメージが強すぎて仕事の幅が狭まったりと、実際の『スター・トレック』出演者たちも似たような経験はしてるはず。そして作品にのめり込むあまり、一生を作品に捧げたり、現実生活が破綻してしまったファンも少なくないのも確かだろう。
しかしこの作品は単純に『スター・トレック』を茶化してるわけでも、ネガティブに描いているわけでもなく、全体的に愛が感じられる作りになっているのが好ましい。次第に使命感に目覚め変貌して行く出演者たちという描写が素晴らしく、そして彼らを救うのがファンの少年たちというのも嬉しいかぎりだ。
そういえば本家のスタッフやキャストから、抗議の声が上がったという話も聞かない。

出演者の格からいうと、申し訳ないけれども本家以上
主役のティム・アレンはチャランポランで女好きという役どころだが、これが段々とウィリアム・シャトナー(というかカーク船長というべきか)に見えてくるから不思議だ。何気ない仕草などにも研究の後が覗える。
シェークスピア俳優だというプライドに凝り固まり不満タラタラ、という役を演じたアラン・リックマンも好演している(こちらはMr.スポックことレナード・ニモイの役どころか?)が、何といっても驚きなのはシガニー・ウィーバー。グラマーなだけが取柄だと思われてウンザリしているという役なのだが、よくこんな役を引き受けたもんだという感じである。

それにしても、これのオリジナル(という設定の)TVシリーズ版『ギャラクシー・クエスト』、設定だけに留めておくのは勿体無い気も。
このキャストそのまんまはまず不可能だろうけれど、それでも独自に観てみたいものだ。何話分か、ホントに作ってみないかなぁ。
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by odin2099 | 2008-08-05 21:45 |  映画感想<カ行> | Trackback(10) | Comments(8)
アメリカ郊外の新興住宅地に暮す平凡な一家が恐怖の体験をするというホラー映画で、監督はトビー・フーパー、原作・脚本そして製作をスティーブン・スピルバーグが務めている。

e0033570_23134854.jpg「ポルターガイスト(騒霊)」という言葉はこの映画が来るまで聞いたこともなかったけれど、あちらではかなりポピュラーだそうだ。スピルバーグ自身も遭遇したことがあり、UFOよりも身近な存在だと当時コメントしている。日本でも幽霊や妖怪の類は古くから語られてきているが、それとはちょっと違うような・・・? 

作品中では「家にとり憑くのがポルターガイスト」で、「人にとり憑くのが幽霊」というような説明がなされていたけれども、映画の中でもあまり明確になっていなかったように思う。ちなみにスピルバーグはポルターガイストを、「この世に戻ってきた、或いは最初からこの世を去らなかった死者の霊」と捉えていたようだが、それって一般的な幽霊のイメージのような気がするのだが・・・。

怖いの苦手なくせに「スピルバーグ印」ということでノコノコと映画館へ出掛け、案の定怖い思いをしたのだけれども、その反面で充分に楽しんだのはやっぱり「スピルバーグ印」だったから、より具体的に言えば『未知との遭遇』と同じ匂いを感じたからだ。
実際この作品、『未知との遭遇』のリメイクと言ったら失礼だが、姉妹編と呼んでもいいくらい似ている。
『未知との遭遇』はクライマックスからラストにかけてで圧倒され、感動して観終わってしまうが、そこに至るまでは結構ホラー映画的というか、ショッカー描写が挟み込まれているので、両作品のポルターガイストと宇宙人を入れ替えても物語はきちんと成立するはずだ。今回観直してみて改めてそう感じた。

ということで盛んに「スピルバーグ」「スピルバーグ」と連呼してきたが、ファンの間で長年論議の的になっているのが、「果たしてこの作品の真の監督は一体誰なのか?」ということ。
スピルバーグが自分で監督せず、アイディアやストーリーだけ提供して他人に任せた作品は幾つかあるし、他人のアイディアをバックアップする形でプロデュースしている作品もかなりの数に上るが、ストーリーを提供するだけでなく脚本まで手掛けた作品は他にはないはず。しかも現場には常に顔を出していて、スタッフや出演者に指示を出していたとする証言もある。
またトビー・フーパーはこの当時、『悪魔の沼』や『ファンハウス 惨劇の館』で注目されていた監督だったが、それまでの作風とこの作品とは大きく異なっている点を指摘する映画ファンの声もあり、実はスピルバーグが監督してるんじゃないの?という声は未だに絶えない。

一応公式にはスピルバーグは否定するコメントを出しているが、フーパー、スピルバーグ共に結構不透明な発言をしていたりで、ファンの妄想は膨らむばかり。
同時期にスピルバーグは『E.T.』の監督をしているので、多忙のためにフーパーに任せたという説(フーパー監督説)と、複数作品を監督することは禁じられているためフーパーの名前を借りたのだ(スピルバーグ監督説)、というのが代表的なファンの見解だろうか。実際『ポルターガイスト』と『E.T.』は並行して同じロケ地で撮影されているようだが、いつの日か真相が明らかになる日が来るだろうか。
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by odin2099 | 2008-06-21 23:20 |  映画感想<ハ行> | Trackback(5) | Comments(0)
<ディレクターズ・カット版>をはじめとする、「完成品(公開作品)」とは別ヴァージョンを公開する走りとなったのがこの作品。
その成立過程には諸説あり、「完成作」に不満を持っていたスピルバーグが撮り直しを申し出たところ、マザーシップ内部の描写を付け加えることを条件に承諾が下りたというものや、続編の打診を受けたスピルバーグがこれを断り、代りに「その後の」ロイを追加撮影してお茶を濁したというものなど様々。
何れにせよ「マザーシップの中へ入ったロイ・ニアリーは何を見たのか」がセールスポイントであることは間違いないのだが、結果を言えば拍子抜けではあった。未知なるテクノロジーをどのように画面に描き出してくれるのかという期待とは裏腹に、その内部はただの光の洪水。これはこれで「幻想的」という捉え方も出来るだろうが、このシーンの為だけにお金を払わせるのは少々酷と言うものだろう。

e0033570_2154371.jpgそれよりも両ヴァージョンを見比べると、シーンの差替えや削除が予想以上に多いことに気付かされる。
まず主人公であるロイの登場シーンからして差替えられ(家族の紹介シーンも全くの別物だ)、ロイの職場での人間関係の描写もほぼ全面的にオミット。妻や子どもたちとの触れ合いシーンもかなりドライなものになり、結果ロイは孤立した男というイメージが強調されることになった。
平凡な人間が徐々に狂気に取りつかれ家族から疎外されていくというロイの絶望感を出しているオリジナル版に対し、切り詰めたおかげでストーリー運びのテンポが良くなったの分、人間ドラマが希薄になっているのが<特別編>だと言える(勿論、途中でだれないという利点もある)。
サスペンスを盛り上げる効果もあるので、一概にどちらがより優れているとは言い難いが、わざわざ手を加えるほどのものでもないだろう。完成作品のランニング・タイムも、実はオリジナル版より短い。「追加撮影を敢行し未発表シーンを満載した特別編集版」という宣伝イメージからすると意外だが、このあたりからスピルバーグの演出意図を探るのも面白い。

目につく追加シーンとしてはマザーシップの内部以外に、砂漠で発見された貨物船のシーンがある。これはUFOの超常現象を強調するために付け加えられたものだが、ビジュアル面でのインパクトはともかく「彼ら」を表現する上ではこれといった効果は上げていない。
元々この作品での「彼ら」の表現は一貫していないのだ。
バリー少年を執拗に追いまわして、挙句の果てに泣き叫ぶ母親の手から連れ去る「彼ら」と、ラストで友好的な微笑を見せる「彼ら」が同じ存在であるとはちょっと考えづらい。UFOや宇宙人に関する目撃、体験情報には比較的友好的なものと、非友好的なもの(UFO内部へ連れて行かれ、何らかの人体実験を施された等々)が両立しているが、その両方を取り入れようとした結果の混乱ではないかと思うのだが(これを、単純に「宇宙人には善悪二勢力あるのだ」とせずに、「人知を越えた存在なのだと表現しているのは素晴らしい」と解釈する向きもあるようだが、それには納得しかねる)。

ただそれでもこの作品が「興味深い一本」であることは間違いなく、色褪せていないことも評価に値する。
またこの<特別編>公開以降オリジナル版は事実上封印され、殆どの観客にとって『未知との遭遇』とはこの<特別編>であったことも付け加えておく(数年前にようやくビデオが発売され両バージョンが市場に共存するようになったが、今でもTVなどで見られるのは<特別編>である。更に近年更なる改訂版が登場。今後はそちらがスタンダードになる可能性も強い)。
以上、「しねま宝島」より引用。

別に”スピルバーグ祭り”をやってるつもりはないのだが、先日オリジナル版を観返したので、今度は<特別編>もまた観たくなったという次第。残るは<ファイナル・カット版>のみだが、これは未だに未見。今度こそ観てみるかな。
そして、最新のDVDにはめでたく3ヴァージョンとも収録されているが、やはり一般的には<ファイナル・カット版>が正統、ということになるようだ。
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by odin2099 | 2008-06-15 21:57 |  映画感想<マ行> | Trackback(1) | Comments(0)
e0033570_18264250.jpgいよいよ来週から公開される、19年ぶりに帰ってきたインディアナ・ジョーンズ教授の大冒険物語の第4弾。ですが、一足お先に先行公開で観てきちゃいました。気合を入れて前もってチケットを購入しておいたのですが、劇場はガラガラ・・・。ま、そんなものかも知れませんね、今のインディの知名度、そして期待度は。アピールしたい世代にとってのインディは、自分が生まれる前か、生まれていたとしてもごくごく幼い頃に完結した(はずの)シリーズでしょうから。これで正式に公開されれば色々と盛り上がってくるのではないかと期待しております。
それとも吹替版だったからでしょうかね。


さて映画の内容なのですが・・・、うーん、ちょっと、というよりもかなり微妙なんじゃないでしょうか。
フォーマットはかなり旧作を踏襲していますので、懐かしさは感じるものの、目新しさは殆ど感じられません。このあたり、旧作を知らない観客にはどう受け止められるのでしょうか。
その一方で、御馴染みのキャラクターはインディと、1作目のヒロインだったマリオンのみ。他にももう一人くらい、サラーかマーカス・ブロディか父親のヘンリーが出てきていれば、と思うのですが、シリーズの連続性もあまり感じられないのは残念、というよりも寂しいですね。

そして物語。
e0033570_18282840.jpg三題噺じゃないですが、副題にもある「クリスタル・スカル」、「黄金の都エル・ドラド」、それに「ロズウェル事件」がどう結びつくのか、観終わった今でも良く分かりません。これに「ナスカの地上絵」なども絡んではくるのですが、これも手掛かりとしてはどうも・・・。
正式公開前ですので極力ネタバレは避けますが、従来のインディの冒険譚とはやや方向性が違うように思えます。『未知との遭遇』的というか、『インデペンデンスデイ』っぽいというとヒントになりますかどうか。
観ていて途中までは、「自分はやっぱりインディのファンじゃなかったんだなぁ」と真面目に悩んだものです。

それでもハリソン・フォードは健在ですし、年齢を重ねたインディのキャラクターも悪くありません。
TVシリーズも含めた旧作への目配せもありますし、何よりも第1作『レイダース/失われた≪聖櫃≫』から始まったシリーズの幕引きと、新たな展開をも期待させる終わり方なのは嬉しいですね。
この作品単独で考えるならば必ずしも楽しめたとは言いがたいのですが、シリーズをトータルで考えると、自分はそれでもインディが好きなんだなぁと改めて思いました。次回作の舞台は是非日本で、などというリップサービスも含めて5作目以降の漠然とした構想はあるようですが、ハリソンが元気なうちにもう一本ぐらい作って欲しいものです。

最後に、吹き替えキャストについて少々。
マリオン役のカレン・アレンの声は、ビデオやDVD同様に土井美加が担当しています。イリーナ役ケイト・ブランシェットは本田貴子、マット・ウィリアムズのシャイア・ラブーフには細谷佳正・・・と総じて悪くはないのですが、ただ一人気になったのが、ハリソンの吹き替えを担当した内田直哉
嫌いな役者さんではありませんが(何せデンジグリーンの頃から知っていますし)、インディの声といえば村井国夫、もしくは磯部勉が定番。特に今回の、年輪を重ねたインディの役にはやはり長年担当してきた人を当てるべきでしょう。内田インディは、あまりに若すぎるので興醒めしてしまいます。
まだ気が早いですが、DVD発売、あるいはTV放映の際には是非とも村井インディか磯部インディでの新録をお願いしたいところです。
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by odin2099 | 2008-06-14 18:30 |  映画感想<ア行> | Trackback(91) | Comments(24)
19世紀末のニューヨーク。恋人を暴漢に殺された科学者がタイムマシンを発明し、過去へ戻って彼女を救おうとする。ところが彼女の運命そのものは変えられないことを知り、その理由を求めて未来へと旅立つ。2030年の世界から、遂には80万年後の世界へと――。

e0033570_18563441.jpgH.G.ウェルズの原作小説も読んだことがないし、その昔ジョージ・パルが作った映画版(『80万年後の世界へ タイムマシン』)も見ていないので比べてどうこうは言えないけれども(劇中では小説も映画もライブラリーに収録されているという設定なので、リメイクでも原作モノでもないってことになるんだろうか?)、未来世界のビジュアル・イメージなど悪くないSF映画。主演のガイ・ピアースは最初はただのマヌケ面に見えるのだが、段々と精悍な主人公らしい顔付きに変わっていくのも面白い。

監督のサイモン・ウェルズはなんと原作者の曾孫!
スピルバーグの下でアニメーション映画の監督を何本か担当しているものの、実写作品はこれが初めてのようで、実績よりも血統を尊重した選択だったのかな。宣伝でも”血統”をしっかりアピールしていたが、実は体調を崩して(一説にはノイローゼとも)途中降板。『マウス・ハント』や『ザ・メキシカン』、『ザ・リング』などでスピルバーグの覚えもめでたいゴア・ヴァービンスキーが監督代行を務めている。”七光り”が逆に負担になったのだろうか。
ちなみにゴア・ヴァービンスキーは、今じゃ『パイレーツ・オブ・カリビアン』三部作の大ヒットで、押しも押されぬヒットメーカーの仲間入りを果たしている。

ただ、モーロック族(リーダー役を演じているのはジェレミー・アイアンズだが、特殊メイクを施されて誰だかわからない状態に)が襲ってくるシーンが、ティム・バートン監督の『PLANET OF THE APES/猿の惑星』っぽいのが気になるのと、主人公がどうして未来を目指すのかが今一つわかりづらい。
「彼女が死ななければ発明されなかったタイムマシンで、彼女の生命を救うことは出来ない」という理屈は、なんとなくわかったようなわかんないような・・・?
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by odin2099 | 2008-04-12 18:57 |  映画感想<タ行> | Trackback(7) | Comments(4)
「<第一種接近遭遇>とは、UFOの目撃を言う」
「<第二種接近遭遇>とは、UFOの残した物理的痕跡を言う」
こんな感じの広川太一郎の予告ナレーションも懐かしい。
そして<第三種接近遭遇(この映画の原題)>こそ、この映画のクライマックス、「UFO搭乗者との接触」なのだ。
宣伝のポイントもこの点に絞られていたと思う。『未知との遭遇』という邦題も何やらワクワクさせてくれるものがあり、TVで良くやるUFO特番の延長を見るような気持で劇場へ足を運んだ。

e0033570_23153097.jpg開巻すぐ真っ暗な画面にタイトルが現れ、スタッフ、キャストのクレジットが流れてゆく。
こちらとしては「いつUFOが姿を現すんだろう」という期待から画面を注視していると、微かに聞えてきた音楽がやがて段々と大きくなっていき・・・一転してスクリーンに映し出されたのは砂漠の風景。そこで発見されたのは古めかしい飛行機の数々。
これは一体何なんだ?UFOとどういう関係があるのか?と思う間もなく、場面は旅客機の管制センターでの、謎の飛行物体を巡っての管制官とパイロットの緊迫したやりとりへと切り替わる。そしてあれよあれよと思っているうちにやっとこさ主人公が姿を見せ、何が何だかわからないながらも、すでに映画の中へすっかり引きずりこまれてしまい、後はひたすら映像と音楽に圧倒されただけ――。

「UFO入門」だとか「UFOの謎」だのといった本を読んでいた子供心にも、劇中で描かれるUFOが引き起こす現象はリアルに感じられ、高名な研究家がバックについているんだという宣伝文句にも納得したものである。
そして、出し惜しみせずに最後に宇宙人の姿をバッチリと見せてくれるのも嬉しかった。しかもこれまた妙に説得力のあるデザイン。これらは内外の様々なデータに基づいたリサーチの結果なのだろうが、細かいディテールの積み重ねが映画全体の大ウソをウソと感じさせないものにしているのだ。
そして音楽の力。未知の存在とのコンタクトに音楽、しかもシンプルな五音階を使うという発想はどこから生まれたのだろうか。これまた映画ならではの大ウソと言ってしまえばそれまでだが、映画だからこそこの発想を愛したいものだ。

最近しばらくぶりにビデオで見返してみたのだが、ほとんど色褪せていないのには驚いた。もしかするとスピルバーグの最高傑作は、この作品なのかも知れない。

e0033570_23155235.jpg「しねま宝島」から転載したが、前回観直してこの文章を書いたのももう6年近く前のことになった。
<特別編>が作られて以降、基本的には封印されていたこの<オリジナル公開版>も、公開30周年を記念してDVD化されたこともあり、また観たくなってきたもので。
同じ年に作られたこの『未知との遭遇』と『スター・ウォーズ』は、『2001年宇宙の旅』から生まれた双子のような作品とする評が公開当時にはあったのだが、人類を見守る大いなる存在を描くなど、『2001年』からより多くを受け継いでいるのはこちらの方。だからといって同工異曲な作品ということではなく、どちらかというと人類を突き放して捉えているキューブリックの視点に比べると、この作品でのスピルバーグの眼差しは暖かい。
スピルバーグの監督作品をすべて観ているわけではなく、せいぜい70%といったところだが、その中で一番面白いのはこの作品。以前も感じたように、スピルバーグの最高傑作はこの作品なのかも知れないと改めて感じた次第である。
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by odin2099 | 2008-03-26 23:17 |  映画感想<マ行> | Trackback(1) | Comments(2)
e0033570_8354141.jpgハリソン・フォード扮するインディアナ・ジョーンズ教授の冒険譚第3弾で、今度の舞台は第一作『レイダース/失われた≪聖櫃≫』の2年後の1938年。二作目が一作目より時代が遡り、三作目は一作目よりも後の時代を描くという構成、実はその当時にアナウンスされていた『スター・ウォーズ』サーガと同じ構成なのです。全9作と言われていた頃の『スター・ウォーズ』はエピソード4から始まり6で一先ず完結。その後は時代を遡ってエピソード1~3を作り、その後で最後にエピソード7から9を作って完結という構想でした。
『スター・ウォーズ』は全6作で完結と言うことで落ち着いたようですが、インディの方は当初の構想通りに作られています。

今回の物語は、その杯から水を飲んだものは不老不死になれるという、キリストの聖杯を巡ってのナチスとの争奪戦が繰り広げられるというもので、一作目がユダヤ教、二作目が仏教、そして本作がキリスト教を扱っていることから、これで世界三大宗教は全て網羅しているのだそうです。
当時はそんなことを考えたこともありませんでしたが、成る程言われてみればその通りですね。そしてこの作品は<アーサー王と円卓の騎士伝説>を受け継ぐ<聖杯>探求物語でもあります。

第二作は正直ガッカリの出来でしたが、この作品にはインディの大学の同僚(上司?)のブロディや友人のサラも再登場し、雰囲気も第一作に近くなっています。
冒頭部分の十数分だけにリヴァー・フェニックスを贅沢に投入し、少年時代のインディを登場させたのも面白い試みです(この作品以前に『モスキート・コースト』という作品で、ハリソンの息子役を演じたという縁があります)。これが後にインディの若き時代を描いたTVシリーズへと結実して行ったのでしょう。

e0033570_836025.jpgでも何といってもポイントが高いのは、インディの父ヘンリー・ジョーンズ教授の役でショーン・コネリーが出演していることではないでしょうか。
ハリソン・フォードとショーン・コネリーの実年齢を考えると父子役はおかしいのですが(12歳差)、作品を観ている時は気になりません。それに<インディ・ジョーンズ>というシリーズが<007シリーズ>の影響下にあることは明白ですので、映画史的に観てインディは007の”息子”。となればそのインディの父親役として初代007=ジェームズ・ボンドを演じたコネリー以上に相応しい存在はないでしょう。

ちなみにインディの父親を登場させたのはルーカスのアイディアで、その役にコネリーを充てたのはスピルバーグの進言によるものだとか。もっともヘンリーの役どころにジェームズ・ボンドを連想させるものは皆無で、普通なら入れそうな楽屋落ち的なネタもありません。役者としてのコネリーをリスペクトした結果だと思いますが、残念といえば残念ですね。
ただその”豪華な共演者”に、ハリソンは自分が食われることをかなり恐れていたと伝えられています。コネリーも自分の出番を増やすように主張したようですが、アバンタイトル部分がリヴァー演じる少年インディのままで終らず、その最後でハリソン演じる”現在の”インディへと直結させたのはハリソンの申し出が通ったからだそうです。

e0033570_8363876.jpgさて、今年は19年ぶりのシリーズ第四作が公開されます。
全9作とアナウンスしていた『スター・ウォーズ』が6作で打ち止めとなり、逆に全3作で完結(全4作、全5作と発言していた時期もありましたが、『スター・ウォーズ』も全12作と称していたことがありましたし)としていたインディに4作目が作られるのはルーカスの気まぐれとしか言いようがありませんが、ハリソンの年齢を考えても今度こそこれが最後でしょう(TVシリーズのように、別のキャストを立てて若い時代の冒険を描くというのはあるかも知れませんが)。是非とも「これぞインディ!」と言えるような作品を期待しています。

ところでこの作品で描かれている聖杯の解釈、専門家的にはどうなんでしょうか?
そして聖杯から水を飲んだインディ父子は、「不老不死」になったのでしょうかね。
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by odin2099 | 2008-03-09 08:38 |  映画感想<ア行> | Trackback(10) | Comments(10)
e0033570_22344859.jpg米国の通信会社トラビコム社は、ダイヤモンドを利用したレーザー光線によってレーザー産業の独占を狙い、アフリカの奥地にダイヤ鉱山を求めて調査隊を送り込んだ。しかしダイヤ発見の一報の後に調査隊は消息を絶ち、企画のスーパーバイザーであるカレンが極秘に現地に派遣されることになった。
同じ頃霊長類学者のピーターはゴリラのエイミーに手話を教え、コミュニケーションを取ることに成功していたが、日毎悪夢に悩まされるエイミーのことを思い、故郷へ帰そうとしていた。そんな彼の元に自称”慈善家”のホモルカという男が接近し、資金の提供と旅への同行を申し出る。ところが間際になって資金不足が発覚し、あわや出発は中止かという事態に陥るが、そこにカレンが現れて費用を払い、その見返りとして便乗させてもらうことになる。
政情不安定な現地に着いた一行は更なるトラブルに見舞われるが、ガイドのモンローの助けもあり、奥地へ奥地へと進んでいく。その途中、ホモルカが、実は伝説の都市”ズィンジ”を探す探険家だという正体が発覚する。”ズィンジ”にはソロモン王の為のダイヤ鉱山があり、その鍵をエイミーが握っていると確信していたのだ。
故郷を目の前にして興奮を隠せないエイミーに導かれるように、各人の思惑を秘めた旅は続いていくが、その前途には恐るべき苦難が待ち構えていた・・・。

マイクル・クライトンの『失われた黄金都市』を映像化した秘境冒険モノで、ハイテクを装備し手話の出来るゴリラをパーティーに参加させるあたりがクライトン流だ。
原作が発表されたのは1980年で、最初はクライトン自身が映画化を画策。その後は製作スティーブン・スピルバーグ、監督ブライアン・デ・パルマというコンビで練り直され、更にはストーリー作りで難航していた<インディ・ジョーンズ>3作目用にクライトン自身がストーリーの改定を申し出たこともあったようだが、オリジナル・ストーリーに拘った御大ジョージ・ルーカスが拒否したという経緯もあったらしい。
結局はスピルバーグ一家のフランク・マーシャルが、パートナーのキャスリーン・ケネディをプロデューサーにして監督することになった。

小説は大変面白く読んでいたので映画化は楽しみだったのだが、どういう訳か観ている途中で物語に付いて行けなくなってしまった
原作はフィクションとノンフィクションの境界を曖昧にするというお得意の手法で書かれているので、そのままではなかなか映画にし辛い。そこで色々と映画ならではの改変は施されているのは承知の上だし、大筋は原作に沿っているにも関わらず、である。

e0033570_22352217.jpgそれは改変のポイントがズレてるとしか思えないからで、原作にはないアフリカの政情問題なんぞに時間を割くくらいならば、もっともっとゴリラのエイミーに時間を割くべきである。それにせっかく古代の都市の遺跡が出てくるのに、どんな文明だったのかは見せず仕舞い。これでは欲求不満になってしまう。ノースター映画なので次は誰が襲われるのかというサスペンスは盛り上がるのだけれど、全体に緊迫感が持続しないのも頂けない。マーシャル監督には悪いが、もしこれがデ・パルマの監督作品であったなら、とついつい夢想してしまう。
ローラ・リニー、ディラン・ウォルシュ、アーニー・ハドソン、グラント・ヘスロフ、ティム・カリー、ジョー・ドン・ベイカー、ブルース・キャンベルといった通好みのキャスティングや、せっかくのジェリー・ゴールドスミスのスコアも勿体無い限り。
尤もあれから十年以上経ち、原作の細々したところも忘れているし、劇場の大スクリーンではなく家でのんびりとDVD鑑賞している分には決してつまらないという訳ではない。当時は期待が大きすぎたということもあったのだろう。
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by odin2099 | 2008-02-02 22:43 |  映画感想<カ行> | Trackback(1) | Comments(2)
e0033570_2337841.jpg年に一度の巨大野菜コンテストまであと数日。町中の人々は、自分たちが丹精こめて育ててきた巨大野菜の手入れに余念がない。
そんな彼らの悩みのタネは、畑の野菜を荒しまわるウサギたち。そこでウォレスとグルミットは害獣駆除隊を結成、町の平和を守っていた。
しかしある晩、巨大なウサギ――ウサギ男が突如出現、畑を荒しまわるという事件が起きた。
早速ウォレスとグルミットが退治に乗り出すのだが・・・?!



アードマンが5年半の歳月を費やし、ドリームワークスと組んで贈る「ウォレスとグルミット」シリーズの長編版。

e0033570_233724100.jpg相変わらずウォレスとグルミットの編み出した珍発明の数々、そしてその丁寧な描写には唸らされるのだけれども、どことなく居心地の悪さも感じられてしまうのは、このシリーズが長編や大作というイメージとはそぐわないからだろうか。
長編映画、大作映画を「構えて」観るのではなく、短編の小品を気楽に楽しむのが本来のこのシリーズの楽しみ方じゃないのかなぁという気がしてならない。

第78回のアカデミー賞長編アニメーション作品賞を受賞したものの(他の候補は宮崎駿監督の『ハウルの動く城』や『ティム・バートンのコープスブライド』)、興行的にはそれほどの成績は上げられなかったようで、結局ドリームワークスとの提携は解消されてしまった。
現在は次回作を準備中と聞くが、今度は原点に戻った作品を観たいものである。
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by odin2099 | 2008-01-07 23:38 |  映画感想<ア行> | Trackback(4) | Comments(6)

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