【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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2回目を見てきました。<3D吹替>だった前回と違い、今回は<2D字幕>。
オリジナルの俳優さんの声にはあまりこだわりがなく、キャラクターとして納得して受け入れられれば…というタイプなものですから、吹替の方が画面にすんなり入り込めて楽しめた気がします。

そして2回目なのに、またもや泣いてしまいました。

いやあ、我ながら涙腺緩くなったものです。
野獣が斃れ、最後のバラの花びらが散り、ルミエールやコグスワース、ポット夫人、チップ、マダム・ド・ガルドローブ、マエストロ・カデンツァ、プリュメットらが物言わぬ無機物と化し、全てが終わってしまった…という中、静かに現れるアガット。
すると倒れた野獣の身体が光に包まれ宙に浮き、奇跡が起こる…
というシーンでジーンときてしまうんですよねえ。

e0033570_19035361.jpgそういえばお城の家来たちが「物」になってしまうのはこの実写版だけ。アニメ版でも舞台版でも、そうなる前に人間に戻ります。
ちょっと残酷かなと思わないでもないですが、悲劇性はより高まったように思います。

アニメ版からの改変というと、村人がお城に所縁のある人だという設定。
コグスワースの奥さんやポット夫人のご主人(ということはチップのお父さん)たちが、ガストンに唆されて野獣退治のメンバーに加わっている、というのはなかなか怖いシチュエーションです。
村人たちは魔女によってその頃の記憶を消されているということになっているのですが、愛する者同士が知らずに傷つけあう可能性もあるわけで、そう考えると魔女の呪いの恐ろしさがわかります。
よっぽど腹に据えかねたんでしょうか。

しかしそうなると気になってくるのが、冒頭で描かれた「魔女が呪いをかけた」時から、ベルがお城に彷徨いこみ、遂には魔法を解くに至るまでどれくらい時が経っているのか、ということ。
アニメ版では明言されていませんが、野獣と化した王子が絶望にかられるようになるまで、は決して短くはなかったと思います。それにルミエールやコグスワースのぼやき具合からすると、短くても十数年、もしかすると数十年くらい経っているでは?と思わされます。お城の存在も、周囲の人々から忘れされられるだけの時間が経っているということですからね(アニメ版では魔女が人々の記憶を消したという描写はありません)。

でもこの実写版では人々が歳を重ねている描写も特に見られないので、数カ月からせいぜい数年といった感じで、それだと「魔女の呪い」としては些か甘すぎるのではないかなあという気もしないではないです。
アニメ版、実写版、どちらもかなりの歳月が流れながら、魔法によって人々の歳は取らなかった、という解釈も出来なくはないですが、うーん。絶望感はアニメ版に比べると今一つ?

また、ベルがこの村に来たのはいつ頃だったのかというのも気になりますね。
幼い頃に生まれ故郷のパリを離れたということが今回明らかになるわけですが、はたしてモーリスとベルの親子が村へ越してきたのは、お色の人々が魔法にかけられた前なのか後なのか。
前ならばベルやモーリスにもお城の記憶があっても不思議じゃないですし、後だとするならさっき挙げた時間経過の謎が立ち塞がります。
そのあたりはどうなっているのやら。考えると夜も眠れなく…はなりませんが、モヤモヤした気分は残ります。

さて今回、ル・フウが同性愛者(を匂わせる人物)として描かれているのが各方面で物議を醸しているようですが、彼以上に直接的に描かれているのがエセ三銃士?の一人。お城に攻め入った際にマダム・ド・ガルドローブによって女装させられ、他の二人は恐怖に駆られて逃げ出しますが、何故か彼だけは何かに目覚めたような表情を見せます。
そしてラストの舞踏会のシーンでは、よりによってル・フウと踊っているのですが…
このキャラクター設定にこのシーン、本当に必要だったんでしょうかねぇ。

と、色々思い出していると、また見たくなってきちゃいました。
3回め、行っちゃおうかな?

【ひとりごと】
ベルを父親の元へ帰してあがる決断をした野獣。
「(ベルを)愛しているから」の台詞、アニメ版だと野獣自身の口から語られますが、実写版だとポット夫人が代弁します。
また、野獣狩りを宣言したガストンに「野獣はあなたよ!」と言い放つベルのシーンは今回ありませんが、代わりにル・フウが「俺の前にも野獣はいる」みたいに歌います。
単純なアニメの実写化ではなく、キャラクターの立ち位置、視点が随分と違っているのは興味深く思います。


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by odin2099 | 2017-05-16 19:05 |  映画感想<ハ行> | Trackback(2) | Comments(0)
e0033570_20403682.jpg<マーベル・シネマティック・ユニバース>15作品め、フェイズ3に入ってからは3作目となります。
再三書いたかと思いますが、前作の「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」は個人的に<MCU>で一番愉しめなかった作品。他の<MCU>作品とのリンクも殆どないので、見直しの際にも半ばスルーすることが多いくらいなので、当然今回の期待値も低いものでした。
ところが今回は笑えます、泣けます、十二分に楽しみました。

前作ラストでお尋ね者からヒーローになった彼ら。ソヴリン星の貴重なエネルギー源を護る仕事を請け負い、その報酬金代わりに賞金首となっているガモーラの義妹ネヴュラをもらい受けます。
ところがここでまたもやトラブルを起こし、今度はソヴリン軍から追われる羽目になります。
その絶体絶命の危機を救ったのはエゴという謎の男で、彼は”ピーターの父親”だと名乗り、自分の星にピーターを連れて行こうとするのです。はたして彼は一体何者なのでしょう?

一方、前作ラストでピーターを見逃したことからヨンドゥは裏切り者としてラヴェジャーズを追放されていました。
そんな彼の元にソヴリンが接近し、ピーターたちの追跡を依頼。ヨンドゥはピーターの留守中にロケットとグルートを捕えることに成功しますが、そのドサクサでネヴュラが脱走。ヨンドゥの部下たちを唆して反乱を起こさせ、ロケット、グルート共々ヨンドゥも監禁してしまいます。

ということで、突然目の前に父親が現れ混乱するピーター、何かがおかしいと勘付くガモーラ、姉に対して愛憎入り混じった複雑な感情を抱いているネヴュラ、そして不器用な愛情表現の仕方しか知らないヨンドゥといった具合に、前作を一歩進めて「仲間」から「家族」のお話へと昇華していくのです。

これ以上はネタバレになるので多くは書けませんが、エゴは何故ピーターの母メレディスを捨てたのか、ヨンドゥは何故ピーターをエゴに引き渡さなかったのか等々、小道具も含めて前作からの伏線はきっちり回収されるなど、その構成力は素晴らしいものがあります。
こちらを見て前作を見かえすとより深く味わえるという点では、理想的な続編と言えそうです。

e0033570_20402378.jpg今回もハワード・ザ・ダックがゲスト出演。彼はこのまま賑やかしキャラとしてまた出てくるのか、それとも本格的に<MCU>に絡んでくるのかどちらでしょう?
他にもエンドロールはじめカメオ出演のキャラクターが多々いるようですが、全てを確認できなかったのでもう一度見に行こうかな、と思っております。
それまではもどかしいですが、結末の感想含めて封印ということで。

それにしても同一場面での共演はないとはいえ、シルベスター・スタローンとカート・ラッセルの名前があるのは「デッドフォール」以来かなあ。
そしてベビー・グルートの使い方は反則…。


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by odin2099 | 2017-05-15 20:42 |  映画感想<カ行> | Trackback(18) | Comments(2)
「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われし海賊たち」に続く第2作目、新作公開に合わせてのおさらいもピッチを上げなくては。
結婚式を間近に控えて幸せ絶頂だったはずのウィルとエリザベスの突然の逮捕劇、今回の冒険はそこから始まります。

e0033570_06055570.jpg好き勝手自由気ままかと思いきや意外な弱点?を抱え込んだジャック、純粋に真っ直ぐに突っ走るウィル、女の狡さも発揮しだしたエリザベス、と「らしい」行動を見せる主役トリオと、それをサポートするお馴染みの顔ぶれ。
前作であれだけ伏線張ったから出てくるのが当たり前という感じのウィルのお父さん、”靴紐のビル”や、怖いだけじゃないディヴィ・ジョーンズとか、新しいキャラクターも多々いますが、それほどの無理矢理感はないですね。

笑える箇所は前作以上。
無声映画のドタバタ喜劇を意識してるのかなあという、身体を張ったギャグが多く、あのメイクのせいか、ジャックがチャップリンに見えてきちゃったりして。

ただ最初から3作目をやるのが前提の作り方なので、そこが不満っちゃあ不満。
露骨に「え、ここで?」というところで終わりますしねえ。
それに上映時間、長い。この内容なら2時間くらいで収めて欲しいとこなんですが。

最後に登場するバルボッサ。
あれ?前作ラストで死んだ筈なのに?!
――と驚いたのは観客だけでなく実は出演者もだったそうで、あのシーン、別のキャラクターが出ると説明されていたらしいです。
あれ、本当に驚いているのかあ。

【ひとりごと】
お話、全然覚えてないなあと思いつつ見直しておりましたが、そうか、この作品って劇場で一回しか見たことなかったんでした。
前作は劇場で二度見て、その後もテレビ放送の時に見たりDVDで見たり、と何度か繰り返していたんですが。
ということで、11年ぶり二度目の観賞でした。そこまで記憶力、落ちてなかったかあ、とほっと一安心(^^;

<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/3817827/


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by odin2099 | 2017-05-11 06:07 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
”May the Force be with you!”
今日は「スター・ウォーズの日」なので、<スター・ウォーズ>ネタで。

Blu-rayも発売されましたので、早速「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」「スター・ウォーズ/エピソード4~新たなる希望~」をまとめて観ることにしました。
一つのお話の前編・後編という感覚で愉しみます。

まずは「ローグ・ワン」から。
ちなみにこのソフト、<日本語吹替版>を選択するとタイトルは「ローグ・ワン」とカタカナ表記され、劇中に出てくるテロップも全て日本語表示されるという珍しい仕様になってました。
劇場公開の際には<吹替版>の場合、タイトルやテロップが日本語表記のものに差し替わってることは多いですが、ソフト化される場合はオリジナルヴァージョンしか収録されていないケースが殆どだと思いますので、これは嬉しい配慮と言えそうです。え?余計なことするな?まあ、そう仰る方もいらっしゃるでしょうがねえ…。

このテロップ、舞台が変わって新しい星が出てくる度に表示されるんですが、何故かダース・ベイダーの拠点となる星だけは出ないんですよね。
公式設定によれば、ここはベイダーがオビ=ワン・ケノービと戦って敗れ、九死に一生を得た(と言って良いものかどうか、ですが)の因縁の場所ムスタファーなんですが、これはハッキリさせておいた方が良かったような。

クレニック長官が出てくると何だかイヤ~な気分になるもので(あの顔見るだけでムカムカしてきちゃいます)、実は「ローグ・ワン」もさほどノッて観ている訳ではないのですが、このドラマ、クレニックの立場から見ると全編に漂う中間管理職の悲哀というか、切なくなってきますね。
部下はロクに働かないし、友人は裏切るし、上司は自分の能力や功績を認めてくれず、あまつさえ手柄を横取りしようとするし、やっと成功を手にしかけたと思ったら友人の娘とその仲間たちが邪魔しにくる…って、やってられませんよね。まあ自業自得な面もあるのですが。

公開前は賛否両論渦巻いてましたが結果は大ヒットで、これで<スター・ウォーズ・ユニバース>に広がりが出たのは良いことなんですが、最近気になってるのは監督ギャレス・エドワーズの功績がどの程度のものなのかということ。
御承知の通りこの作品は一端撮影が終了した後で大規模な再撮影が行われたのですが、その指揮を執ったのがトニー・ギルロイ監督。そして編集作業も行ったと伝えられております。
ということはこの作品、実質的にはエドワーズとギルロイの共同監督作品で、しかも真の功労者はギルロイ監督の方という可能性も捨てきれないんですが、はたして真相が明らかになる日は今後来るのでしょうか?
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続きまして「新たなる希望」
掴みはOK、という感じの冒頭の追いかけっこですが、「ローグ・ワン」を観た後だと重みが違います。
あれだけ必死になってデータを入手し(ダース・ベイダー無双!)、やっと逃げおおせたかと思ったら、という絶望感たるや…。

しかしレイア姫って「ローグ・ワン」のベイル・オーガナとモン・モスマの会話の流れからすると、タトゥーインへオビ=ワン・ケノービを迎えに行ってオルデラーンへ連れて行くのが目的だったように思えるのですが、なんでヤヴィン4から直接タトゥイーンへ行かずにスカレフへ寄ってデータを受信してるんでしょう?
それともまずデータを入手して、それからタトゥイーン→オルデラーンというコースを指示されていたのかなあ?
なんか見落としてますかね?

そのベイル・オーガナさん、故郷の星オルデラーンでデス・スターの餌食となってしまうのですが、あのままヤヴィン4を退去せずに留まっていれば…。またモン・モスマもいつの間にかヤヴィン4からいなくなってますね。続けて観るとクライマックスのデス・スター攻略戦の指揮所にモン・モスマの姿がないのが不自然に感じられます。

そして続けて観ているとスタートから約2時間半後、やっとこさ主人公ルーク登場!
しかし同年配と思われるジン・アーソの壮絶な生き様を見てしまった後では、如何にも田舎でのほほんと暮らしていたお坊っちゃんに見えてしまうのは思わぬマイナス要素。まあそのピュアさがジェダイにとって必要なんだってことでとりあえず納得しておくことにします。

続いてオビ=ワン・ケノービも登場。
「エピソード3~シスの復讐~」の頃からあまり変わらないベイルさんと違い、オビ=ワンはすっかり別人のようで、これじゃあ仮に無事に再会を果たしても、ベイルにはオビ=ワンが誰だかわからなかったりして…?
その当人も、オビ=ワンという名前はルークが生まれる前からずっと使ってないだの、アナキンが戦争に行く際にオーウェン・ラーズが止めただの、記憶の方もかなり混乱してるご様子。大丈夫なのか、ジェダイ・マスター?

因縁の対決、ケノービVSベイダー再び!
しかしベイダーさん、さっきはあんなに元気に動き回ってましたが、かつての師匠に対して遠慮があるんですかね、動きがスローモーです。いや、あれは達人同士の真剣勝負というヤツなのかな。

レイア姫もターキン総督も「前編」から引き続いての登場となりますが、ターキンは本当に違和感ありません。
代役の俳優さんの面差しもどことなく似ているので、CG加工もしやすかったのか、ある程度の年齢を経た男性の顔の方が再現しやすいのでしょうか。
そういえば今のお札の肖像画も、福沢諭吉や野口英世に比べると樋口一葉だけ違和感ありませんか? 最初に「ローグ・ワン」のレイアを見た時は「おお!」と思ったものですが、何度も見ているうちに段々と気持ち悪くなってきました。代役の女優さんも、メイキングなど見ると本人よりも丸顔で殆ど似てないんですよね。可愛いんですけど。

そうこうしているうちにクライマックス。
ジンやキャシアン、”ローグ・ワン”の仲間たちの苦労が報われる時がきました。
でもこのゲイレン・アーソさんの仕掛けたトラップって、かなりの偶然が積み重なった挙句にやっと機能してますよね。

まずトラップの存在を知らせるメッセージがちゃんとソウ・ゲリラに、反乱軍に(ついでに娘のジンにも)届くことに始まり、反乱軍が設計図入手の行動を起こすこと、それに成功すること、データの解析に成功すること、そして勿論攻撃に成功すること。
想定外であったろうジンとルークの存在がなかったら、この遠大な計画も実を結ぶこともなく…。
その分帝国側にトラップの存在を気付かれる心配はなかったと言えるかもしれませんけど、かなりリスクが大きいというか、リスクだらけという気もします。やっぱりフォースって偉大だったんだなあ。

余談ですが、このクライマックス、なんでビッグスを死なせてウェッジを生き残らせたんでしょう? シリーズ化を狙うなら、ルークの親友ビッグスを残す方が得策だと思うのですが。
劇中でビッグスとの別れや再会シーンが強調されているなら、その「親友の死」はルークにとって大きな意味を持つでしょうが、「特別篇」以降にルークとビッグズとの再会シーンが復活したとはいえ、ウェッジよりも扱いが凄く大きくなったということでもありませんからねえ。

さて、前後編合わせて約260分の大冒険。どっしりとした疲労感です。
この二本立てを映画館の大きなスクリーンで観たい!と力説していましたが、前言撤回。
一本ずつ観る方がより楽しめそうです。
でもいつかは体調と相談しながら、浴びるように<スター・ウォーズ>体験したいなあとも思っています。

【ひとりごと】
ラストの記念式典でメダルを授与するレイア姫のおっぱいがどうしても気になりますねん。
また全シリーズ中、レイア姫が一番綺麗に撮れてるショットだとも思います。
ちなみに劇中で何度かブラスターを発砲するレイアですが、一発も当たってませんよね。

【ひとこと】
次のスピンオフ映画、やるならオビ=ワン・ケノービを主人公にした作品が観たい!
ハン・ソロなんかよりも…。
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by odin2099 | 2017-05-04 08:37 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_20085949.jpgディズニーアニメの実写化シリーズの最新作。
もちろんアニメ版は何度も見てるし、劇団四季の舞台版も何度も見てるので、もう見る前から「面白いんだろうな」と期待度MAXで劇場へ足を運んだが、なんとクライマックスでまさかの号泣!
…まではいかなかったけれど、あふれる涙を止めることが出来なかった。
こんな経験、初めてかな。

王子が如何にして野獣に変貌していったかを紹介するプロローグ、アニメ版でも舞台版でもシルエットを使ったりで象徴的に表現していたが、この実写版では割とカッチリと描写。王子や家来たちの浮かれっぷりを強調した挙句の魔女の呪い。
この辺り、見ていて「あれれれ?」という感じで最初のうちは「この実写版、失敗なんじゃないの?」と心配になったりもしたものの、ベルが出てきて「朝の風景」が歌われる頃になると、あ、やっぱり自分の知ってる「美女と野獣」の世界なんだと安心。

e0033570_20084632.jpgベルの父モーリスがコメディリリーフではなくシリアスな役どころになっていたり(モーリスの妻=ベルの母親にまつわるエピソードも含めて)、ル・フウが単なるガストンの提灯持ち、腰巾着ではなく一個の人間として描かれていたり、アニメ版でも舞台版でも発端部分だけにしか出てこない魔女の比重が大きくなっていたり、結構な改変や追加(歌曲も)が行われてはいるが、基本ストーリーはアニメ版そのまんま。

ちなみに図書館の場面は舞台版から追加されたものだが、舞台版では文盲の野獣がベルによって本の、そして物語の魅力を教えられていく過程を見せることで二人の急接近を表現していたが、今回の実写版では野獣がかつてはきちんとした教養を受けた王子だったことを再認識させ、忘れかけていた自分を取り戻させてくれたベルに惹かれ、ベルも野獣の見せる思わぬ人間性に頑なだった心を開いて行くように描かれているのが、微妙ながらも面白いアレンジだと感じた。

今回は3D吹替版での鑑賞。
劇中で披露される歌曲まで含めた吹替版ということで、本職以外のミュージカル畑出身者や舞台経験豊富な面々がキャスティングされているため、最初のうちは須藤祐実の声じゃないエマ・ワトソンや、森川智之の声で喋らないユアン・マグレガーなどにかなり違和感があったものの、途中で段々と気にならなくなってはくる。

e0033570_20082967.jpgただこれはメインの中で終始人間態で出てくるキャラクターが少なく、どちらかというとアニメ寄りのテイストだからこそ成り立つもの。
以前「オペラ座の怪人」を日本テレビが放送する際に、舞台版で演じていた劇団四季のキャストで吹替版を作ったことがあったが、ミュージカルの日本語版としてはアリでも洋画の吹替版としては成功とは言い難かったので難しい問題ではある。

ともあれ、期待に違わぬ出来栄えだったこの実写版、今度は字幕スーパー版でもう一度見に行ってこようかな。


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by odin2099 | 2017-04-22 20:14 |  映画感想<ハ行> | Trackback(20) | Comments(2)
e0033570_21212720.jpg命の女神テ・フィティの<心>には偉大な力が宿っていたが、半神マウイによって奪われ、暗黒の闇が生まれた。だが闇がすべてを覆い尽くす前にテ・フィティに<心>を返せば、世界を救うことが出来る。
豊かな自然に包まれた島モトゥヌイ、その村長の娘であるモアナは幼い頃から、語り部である祖母からその伝説を聞かされて育った。
ある時、島に異変が起きた。作物が病にかかり魚たちが姿を消したのだ。
モアナは、自分が海の不思議な力に選ばれた存在であることを知り、掟を破ってサンゴ礁を越え、マウイを探し出してテ・フィティに<心>を返す旅に出るのだった。

CGもここまで来たかと感心させられる美しい水の描写に、「How Far I'll Go」に代表される素晴らしい音楽の数々。
思わずモアナと一緒に海へ飛び込みたいと感じさせてくれるゴキゲンなアニメーション映画で、春休みじゃなく夏休み興行だったらどれほど良かったのに。

「海に選ばれた少女の物語」というとファンタジー寄りのイメージを持つ人もいるだろうが、この映画は良い意味でそのイメージを裏切ってくれる。
徹頭徹尾、冒険活劇である。
ひと昔、いやふた昔前だったら、主人公は少年だったかもしれない。
モアナが女の子として魅力がないということではないけれど、主人公が少女である必然性は殆どない。

e0033570_21213914.jpg棒のマウイも決してヒーローじゃないし、モアナとの関係も対等のパートナーといった感じのバディ・ムービー。
なので彼女はディズニー・プリンセスの新たな系譜ではないし、もし「アナと雪の女王」のような作品を期待してたとしたらガッカリするのかも。
ディズニー映画で探すなら、同じ海が舞台だからではないが「パイレーツ・オブ・カリビアン」の方が近いかな。

あるいは「未来少年コナン」や「天空の城ラピュタ」が大好きだという男の子がいたら、凄く気に入るんじゃないかと思う。
ジブリ映画からの影響が顕著なのは昨今のディズニー映画には珍しくないことだが、コナンとラナ、そしてジムシーを足して、それを2で割るとモアナとマウイになりそうな気もするし。

なので、題名やポスターから受けるイメージはとりあえず忘れて、冒険の旅へ乗り出して欲しい。


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by odin2099 | 2017-03-15 21:23 |  映画感想<マ行> | Trackback(9) | Comments(0)
先日「ドクター・ストレンジ」とこの作品をハシゴしてきました。
日本の公開順とは別に「ドクター・ストレンジ」→「ローグ・ワン」の順。
ウォルト・ディズニー・プレゼンツであり、マッツ・ミケルセン&マイケル・ジアッキーノ祭りでもあるんですね。
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最初は3D吹替で見た「ローグ・ワン」、二度目は2D吹替で見て、三回目は2D字幕で見ました。
吹替版だとタイトルがカタカナで「ローグ・ワン」と出るのでなんか間抜けな感じがしたのですが、字幕版で「ROUGE ONE」と出ても、あんまり格好良くはないですね…。

先に吹替見てるのでどうかなあと思ったのですが、主だったキャラクターのイメージはそのまんま。
ドニー・イェンの根本泰彦なんか、声質もかなり似てるんじゃないでしょうか。
またこの人が「ミッション:インポッシブル」シリーズや「スター・トレック」シリーズでサイモン・ペッグを当ててるというのもまた凄いことですが。

ジンはスカイちゃんとは違った雰囲気だしてますし、キャシアンもヴィジョンでもデッドプールでもありません。
ソウ・ゲレラもまんまイメージ通りで、この作品の吹替の配役は成功していますね。
そういえば同じディズニーなのに、マッツ・ミケルセンの吹替がこの作品では田中正彦、「ドクター・ストレンジ」では井上和彦と異なるのは何故なんでしょう?

逆に今回字幕スーパー版で見て、一番感激したのはやはりダース・ヴェイダーの声!
ジェームズ・アール・ジョーンズ健在なり(といっても正直言うと多少の違和感は拭えませんでしたが、御年86歳ですし、それは致し方ないところ)。

さて、「ローグ・ワン」の上映もそろそろ終わり。
4月の終わりか5月の初めにはソフトも出るでしょうから、そうしたら「新たなる希望」とまとめて楽しむことにしましょう。
<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/25147405/


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by odin2099 | 2017-02-11 16:14 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
2回目を観に行ってきました。

e0033570_16035957.jpg2回目ということで油断していたのか、上映中はしばしば睡魔に襲われました。
何故だろう?特に体調悪くはなかったはずなんですがねぇ。
毎回数秒から十数秒記憶が飛んでますので(といっても「音」はちゃんと聞いてたんですが)、トータルで1~2分は見逃してる場面がありそうです。

前回は3D吹替だったので、今回は字幕スーパー版。
ファンの方には悪いのですが、TV「シャーロック」もとい、「イン・トゥ・ダークネス」の吹替版から入ったもので、カンバーバッチ自身の声よりも、三上哲の声の方が何となくしっくりきます。
カンバーバッチの声は低くて深みがあるので、内心は兎も角表面は穏やかな感じですが、三上哲が吹き替えると相手を小ばかにしたような、上から目線が強調されるように思います。
それはそれで、どちらも魅力的なストレンジであることに変わりはないですが。

前回は煌びやかな画面を追いかけることに集中してましたが、今回はもう少しゆっくりと映画そのものに集中。
…のつもりが、睡魔との戦いに敗れかけましたが……。

集中といえば、スマホだかタブレットだかを見ながらの運転、しかもスピード出し過ぎは危険だよ、と思う間もなくの大事故。命が助かっただけでも良かったと感謝しなさい、ストレンジくん。
全ては自業自得なのに、やれ手術の腕が悪いだの、同情されるのは真っ平だの、言いたい放題、自分勝手で我儘なストレンジくんですが、エンシェント・ワンの能力を見せられるとコロッと宗旨替え。
後になってクリスティーンに疑念を持たれますが、これじゃホントにカルトに入信しかねないですな。

e0033570_16041380.jpgで、このあたりでもう少し描いて欲しかったのが、カエシリウスとの共通性。
エンシェント・ワンもモルドも、ストレンジがカエシリウスの二の舞になってしまうことを恐れていたんだと思いますが、二人の会話シーンを見る限りでは根本的に相容れないようで、ストレンジはカエシリウスの言葉に心を動かされてる様子はなかったですが、ここで「もしかして?」と思わせた方が作品に深みが出たかもしれませんね。
もっともそれがないから、ストーリーがまだるっこしくならず、展開がスムーズになったとも言えますが。

むしろショックを受けちゃったのはモルドの方で、ストレンジと袂を分かつのはいいとしても、最後のアレはやりすぎだよなあ。
ヒーロー・サイドからヴィランへの華麗なる転身、いや堕落?

最後は「ドクター・ストレンジは帰ってくる」と出ますが、上手く行けば年内にストレンジくんとは再会できそう。
「マイティ・ソー/ラグナロク」の日本公開が、本国とほぼ同時期の11月とアナウンスされています(今のところ)。
そうなると今年は5月の「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」、8月の「スパイダーマン/ホームカミング」、そして11月に「ソー3」と、年間に4本のMCU作品が見られるという画期的な一年になるかも。
他のシリーズ作品じゃ望めませんね、こんなこと。
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<過去記事>
http://odin2099.exblog.jp/25251374/


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by odin2099 | 2017-02-11 16:05 |  映画感想<タ行> | Trackback | Comments(0)
恒例となりつつある<MCU>作品の公式コミック作品、「プレリュード」シリーズの最新刊。

e0033570_07560877.jpgウィル・コロナ・ピルグリム:作、ホルヘ・フォルネス:画による新作「ドクター・ストレンジ:プレリュード」と「ドクター・ストレンジ:プレリュード インフィニティ・コミック」の#1、それに映画版の元となった「ドクター・ストレンジ:ジ・オース」#1の他に、最新シリーズ「ドクター・ストレンジ(2015)」の#1、ドクター・ストレンジの初登場となった「ストレンジ・テイルズ」#110、そのオリジンが描かれた「ストレンジ・テイルズ」#115、それに代表作とされる「マーベル・プレミア」#14を収録。

「プレリュード」には一切ストレンジは登場せず、映画が始まる前の物語で、カエシリウスが何故エンシェント・ワンの元へやってきたのか、彼の目的は何かなど映画本編では今一つわかりづらい部分を取り上げている。
例によって短編だし、さほど面白い筋立てとも言えないのだが、映画やキャラクターを補完するためには必要か。
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by odin2099 | 2017-02-05 07:58 | | Trackback | Comments(0)
VOL.2にはEPISODE5「火の海」、6「濡れ衣」、7「スティック」の3篇を収録。

e0033570_21044155.jpgフィスクの不興を買い、壊滅させられるロシアン・マフィア。
マードックはそのボスを助け、フィスクの悪事の証人にしようとするが、逆にフィスクは街に起こした災厄の罪をマードックに被せようとする。
警察に追われるマードックは、何とかしてこの窮地を脱しようとするが…。
またユーリックの元で独自の調査を進めているカレンは、結果的にフォギーを巻き込むことに。
点と点が一つずつ繋がりを見せはじめ、チームでありながらお互いに極秘に行動しているマードック、それにフォギーとクレアがそれに気づくのはいつのことなのか。

マードックとクレア、フィスクとヴァネッサ、フォギーとカレン?とラブロマンス風味を加味しながら、街のため他人のためといいつつ、結局は己のためが行動原理の男女のドラマは折り返し地点へ。
またマードックの師スティックが登場することによって、そのバックボーンの一端が明かされるのも興味深い。
そしてこのスティックがまた別の裏世界と関係を持っているようで、なかなか一筋縄でいかないキャラクターなのも、「次」の展開を期待させる。
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by odin2099 | 2017-01-29 15:13 | テレビ | Trackback | Comments(0)

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