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『杉の柩』 アガサ・クリスティー

裕福な未亡人ローラ・ウエルマンが亡くなった。残された家族は姪のエリノア・カーライルと、義理の甥にあたるロディー・ウエルマンだけだったが、連れあいの甥であるロディーには相続権がなく、またローラは遺言書を作っていなかったので全財産はエリノアが受け継ぐことになる。
エリノアとロディーは婚約していたが、金目当ての結婚だと見られることを嫌ったロディーはその破棄を申し出る。
だがそれにはもう一つ理由があった。ウエルマン家の門番の娘メアリイ・ジェラードに、ロディーの心が移ったのである。

やがてエリノアが作ったサンドウィッチを食べたメアリイが死に、体内からは毒物が検知される。嫉妬に駆られた殺人だとしてエリノアは逮捕され、更にローラ殺害の嫌疑まで掛けられることに。
何故ならば、もし遺言書が作られていたとしたら、ローラは全財産を可愛がっていたメアリイに残していたかもしれなかったからだ。
ローラの主治医だったピーター・ロードはエリノアの無実を信じ、その調査をエルキュール・ポワロに依頼するが、その前にはエリノアの有罪を裏付ける証拠や証人ばかりが集まるのだった・・・。

『杉の柩』 アガサ・クリスティー_e0033570_20332854.jpg一人称の小説ではないもののエリノアの視点で語られる部分が多く、はたしてエリノアは殺人犯なのか、それとも真犯人は他にいるのかという謎解きよりも、ロディーに、ローラに、そしてメアリイに対する時のエリノアの心の動きを追ったミステリーといった感じの作品。
「女心はミステリー」と言ってしまうと俗っぽい表現すぎるかも知れないが。

エリノアの内面描写は多いものの、常に語られているわけではないので、その時その時に本当はどんなことを考えていたのか、時にエキセントリックに見える言動をとるのは何故なのかはぼかされたまま。
そして彼女を取り巻く様々な人物が登場し、それぞれがエリノアやメアリイに対する異なった考えを披露するので、一体彼女たちがどういう人物だったのか、読み手のイメージも揺らいでしまう。ということは、作者の思う壺にまんまと嵌ってしまっているということなのだろうけれども。

ポワロの推理も遅々として進まない印象を受け、何となく宙ぶらりんのまま舞台は法廷へと移り、ここで急転直下の怒涛の展開を見せるのだが、そこでもポワロの推理は披露されず(場面が切り替わり)、物語が結末を迎えたあとで改めてポワロの口からピーターに対して語られるというのは少々物足りなさを覚えるものの、余韻と言う点では良かったのかなと思う。
by odin2099 | 2011-01-20 20:33 | | Trackback | Comments(0)

「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”


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