『聯合艦隊司令長官 山本五十六/太平洋戦争70年目の真実』(2011)
2012年 01月 21日
この作品において山本五十六は、開戦の火蓋を切ってしまったものの、元々は誰よりも強く戦争に反対し、そして如何にしてそれを終結させるかに腐心した人物として描かれています。これまでは漠然と「第二次大戦中の英雄」といった程度のイメージしか持っていませんでしたが、それとはかなり趣の異なる人物像です。役所広司が演じた山本五十六も、包容力があって、堂々たる存在感を持っていました。
物語は玉木宏演じるところの新聞記者の視点で語られるのですが、この人は主人公はおろか狂言回しとしても機能しておらず、体の良いナレーション屋に終始します。
本来ならばこの人の目を通して、第三者視点で山本五十六という人物を描けば良かったのでしょうが、そうはならず、ごくごく普通に山本五十六が主人公になってしまっていますので、「功」の部分のみ描き、「罪」の部分には触れていないこの作品は、自己弁護をしているというか、何やら自画自賛めいて見えてしまいます。
穏健派、良識派といえば聞こえは良いですが、結局この人は真珠湾の時もミッドウェーの時も、前線には出ていないんですね。その最後はブーゲンビル島での戦死なので軍人らしいイメージは残りますが、そのあたりに何とはなしに違和感を覚えました。戦局を聞く際に将棋に興じているのは余裕でしょうか、現実逃避なのでしょうか。
これがより真実の姿に近いのかどうかはわかりませんが、斬新と言えば言えるのではないかと思います。
違和感と言えば、例えば南雲長官の描写にもありました。実際にはどのような人物であるのか知りませんけれど、やはりこの人にも「戦争の英雄」というイメージを抱いていましたが、この作品では聯合艦隊内部での立場と軍令部からの命令との板挟みに苦しむ哀れな中間管理職、もしくは部下の言動に左右されて自分では何一つ判断出来ない無能な指揮官にしか見えません。
全体としてはとても丁寧に作られてはおり、特撮映画として見てもかなりのクオリティを誇っていると思います(リアリティは置くとして)。ミニチュアやCGだとはわかっていても、戦艦も戦闘機もごく自然に画面に映る他のものとマッチしています。それだからこそ、何か凡庸な、響いてくるもののあまりない作品になってしまったことが残念です。
ただこれを切っ掛けに、昭和史や太平洋戦争に興味を持ち、自分で調べてみよう、考えてみようという気にはなるかも知れませんね。
あたしは、戦争への過程が丁寧に描かれてて、ここが見たかった、知りたかった的なところがわかって、有意義でした。
薩摩閥とか、まだまだあったんだなあって。
やっぱ南雲の表し方には、ちょっと違和感感じましたね。善に対する悪の象徴みたいで。
ただその手の番組って、新事実に基づいた、新解釈で、などを売りにしますけれど、当事者の一方からの視点に偏るので、正確性や公平性に欠ける面が出てくることがままあったりしますけど、何だかそんな感じを受けたのです。
結局この人がいなくなって戦争が泥沼化、もし存命だったら日本は違う運命を辿っていたかも知れない、ということを言いたいのかも知れませんが、そこまで神格化、とまでは言いませんが、英雄視しなくても良いのになあと思っちゃいましたが・・・。
しかし「明治維新」と「太平洋戦争」は、日本史の授業では全くかけ離れたものとしか認識出来ませんけれど、薩長出身者が幅を利かせている中で、長岡出身の山本五十六が冷遇された(?)とかいう話が出てくると、ああ歴史というのはずーっと過去から未来へと続いているものなんだなあ、と色々考えさせられましたね。





