『海のトリトン』PART2
2018年 07月 14日
<宇宙戦艦ヤマトフェスティバル>公開は1979年7月14日だから、来年は30年になるんだなあ。
今年はカレンダーの配列が1979年と同じなので、なんか懐かしい。
7月31日の火曜日には『宇宙戦艦ヤマト/新たなる旅立ち』が放送され、8月4日土曜日には『銀河鉄道999』が公開され……
まあ、思い出話はこの辺で。
さて、その<ヤマトフェスティバル>で上映されなかった後編ですが、太陽や青い空に憧れるポセイドン族の少女ヘプタポーダや、ポセイドンの呪いによって死ぬことのできない身体にされてしまったシーラカンスのラカンの悲劇、そして最後に明かされるトリトン族とポセイドン族の因縁話、とドラマティックな展開が目白押し。そういえばこの劇場作品、実は監督クレジットがない。
冒頭にはプロデューサー西崎義展からのメッセージとして「テレビシリーズを、映画監督舛田利雄とともに新たに構成したもの」とのテロップが出るが、エンドクレジットでのこの二人の肩書は片や「総指揮」、片や「監修」で、何れも実作業に携わった者のものではない。
ではテレビシリーズの総監督とメインライターはというと、「構成」として松岡清治と富野由悠季が連名でクレジットされているが、どこまで関わっていたものやら。
ようやく「演出」として棚橋一徳の名前がその後に出てくるが、主に編集段階でのタッチなような気もするし。
また「演出」というなら、テレビシリーズ版のオープニングをそのまま流用した劇場版のオープニングでもそのまま富野由悠季の名前がクレジットされてはいるが、それをこの劇場版全体のものとして見るのはかなり乱暴な話だろう。
ということでこの映画の責は誰に帰せしむべきなのだろうか。
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