『グレムリン』(1984)
2021年 05月 28日
宣伝部に文句なのだが、キャッチフレーズは「スピルバーグ」「スピルバーグ」だけだ。
知らない人はこの作品を「スピルバーグの監督作品」だと思うだろう。
しかしこれはれっきとした「ジョー・ダンテの監督作品」なのだ。
確かにスピルバーグの方がビッグ・ネームなのはわかるが、せめて「製作総指揮:スチーブン・スピルバーグ」と対等に「監督:ジョー・ダンテ」と出して欲しかった。
ダンテにしても損な仕事だと思う。
成功しても名声はスピルバーグの方に行くし、失敗すればその責任は自分の方にくる。
とにかく『トワイライトゾーン』の時といい、今回の『グレムリン』といい、猫も杓子も「スピルバーグ」「スピルバーグ」だけはやめて欲しいものだ。
さて内容。
この作品はスピルバーグ”監督”のあの伝説的名作『E.T.』と同工異曲の作品だと一般には思われているのだが、本質は全く異なる。
『E.T.』が人に感動を与えるファンタジー性、メルヘン性を持った暖かみのある作品だとすれば、むしろ同時期にスピルバーグ製作、トビー・フーパー監督で作られた『E.T.』と表裏一対を成す作品『ポルターガイスト』に近いスリラー物、ホラー物だと言えるだろう。
個人的にショッカー作品が好きでないので評価しにくいが、並のホラーと違うのは『ポルターガイスト』もそうだが、やはり暖かさがあること。
『ポルターガイスト』においては当初、イタズラとしか思われないポルターガイスト現象や家族の会話等に表れているが、『グレムリン』では『E.T.』以上の完成度や魅力を持つであろうモグワイのキャラで表現されている。
モグワイの何とも言えない可愛らしさは最後まで一本の柱となって作品を貫き通し、ホラーやスリラーの臭いを隠そうとしている。
一転して凶悪なギズモ(グレムリン)――ではあるが、これも人間のパロディであり、どこか憎めないものがある――はモグワイ(ギズモ)の対極に位置し、物語のある種の狂言回しを務めている(ムチャクチャな文だ)。
このストーリーも娯楽としての映画のなかで、シナリオとしてうまくまとめられており、スピルバーグが飛びついたのも理解できる。
ただ――ただ、である。
演出だけがどうもいけない。
一場面一場面についてはいいのだが全体を通して見ると、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』におけるスピルバーグの演出と同じ欠点を含んでいる。
つまり冒頭から結末までものすごい勢いで進んでいくのだ。
これはちょいとテンポが良すぎる。
五分の一(約20分)を過ぎたあたりでモグワイが5匹増え、後はもうひたすらカットバックの連続。
見終わった後、やはり疲労感を味わう。
また、かなり編集でカットされているようで、それも原因の一つであろう。
パロディや皮肉はやり過ぎの感があるし、またまたのディズニーの引用はスピルバーグのハシャギすぎ。
ディズニーを模しているうちはディズニーを越えることは出来やしない。
日本と海外作品で強く感じるのはセットやミニチュアへの金の掛け方の違い。
この作品は殆ど(全部?)がセットだし、災害シーンはミニチュアを使っているが、パッと見ただけではわからないくらいだ。
日本ももっと金と時間を掛けにゃ。
最後に役者と音楽について。
フィビー・ケイツが可愛く目立っているが、ビリーの家族をはじめ皆好演と言えよう。
だが音楽はうるさ過ぎた。
以上、リアルタイムで鑑賞した時のメモからの抜粋。
まず作品内容と関係ない部分で、当時のスピルバーグ・ブームに憤っておりますな。
スピルバーグの監督作ではなくプロデュース作なのに、全てに「スピルバーグ作品」というレッテルを貼って売るやり方が気に入らなかったんだなあ。
『グーニーズ』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』…
他にちゃんと監督いるだろ?
各人の功績はきちんと認めろよ、ということで、このスタンスは基本今でも変わってはいない。
それに『トワイライトゾーン/超次元の体験』や『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』といったこの時期のスピルバーグ監督作への失望。
ぶっちゃけどっちも期待外れで、スピルバーグってそんなに凄いのかよ?という不信感も募っていた。
そんなネガティヴな感情に支配されて見た『グレムリン』を素直に楽しめたかといえば、それはかなりの難題ではあるが、それに輪をかけたのが変な期待を持ってしまったこと。
今のように世界中の情報が瞬時にネットで伝わる時代と違い、あの頃の単なる学生風情が映画の情報を得ようとしたら、映画雑誌を読み漁るくらいしかない。
そこで得た情報の中には、ベールに包まれた”スピルバーグの新作”『グレムリン』は事実上の『E.T.2』である、と曲解させる情報も流れていたのだ。
『E.T.』を期待して蓋を開けたら『グレムリン』だったら、これはガッカリするなという方が無理。
勿論勝手にそう思い込んだ自分が悪いのではあるが。
今回改めて見てみると、『E.T.』とはホントに対極な作品なんだなあと実感した。
醜いE.T.とキュートなモグワイというファーストルックから差別化されているし、犠牲者が出たりでかなり残酷なバイオレンス・アクション物になっているし(主人公のママさんが殺る気満々、容赦なしでえげつない)、説教臭いのに強引に感動的な終わり方をしようしているけれど救いがない。
やはりこの作品、自分との相性は良くなさそう。
【ひとりごと】
画面をウロチョロしてるスピルバーグ、わかって見てるとウザったい。
また同時期に同じスタジオで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を撮影してたようで、良く見ると同じ景色が…。