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『スーパーマンII <リチャード・ドナーCUT版>』(2006)

先日リチャード・ドナー監督の訃報が届いた。
「リーサル・ウェポン5」とか「グーニーズ」の続編とか、気にある企画が幾つか持ち上がっていた矢先のことだったので残念。
今後そのうちの幾つかは実現するかもしれないが、少なくてもドナー監督自身の手でリリースされることはこれでなくなったワケだ。

ドナー監督といえば、そういえばまだ見てなかったなと思い出したのが「スーパーマン」の2作目。
当初「スーパーマンII/冒険篇」はドナー監督が、1作目の「スーパーマン」と同時並行で撮影を進めていたのだけれども、製作会社やプロデューサーと衝突して途中降板、リチャード・レスターが後任監督として仕上げたという経緯がある。

『スーパーマンII <リチャード・ドナーCUT版>』(2006)_e0033570_20012509.jpgその後ドナー監督と製作サイドが和解し、未使用・未編集のフィルムを使って当初の構想に近い形でまとめたのがこのヴァージョンで、音楽担当としてジョン・ウィリアムズも復帰し(公開版はテーマ音楽の提供のみ)、冒頭には「これは本来の着想で作った”スーパーマンII”です」という注釈と、主演のクリストファー・リーブに対する献辞が出るのだが、これがもう殆ど別物。

勿論大筋は一緒なんだけれど、レスター監督が手掛けたとされるコミカルなシーンは殆どカット。
一作目のハイライトシーンを導入部に持ってきて、前作に直結する”続編”という部分を強調している。
ロイスは冒頭からクラークがスーパーマンではないかと疑い、再三それを証明しようとクラークの眼前でビルの窓から飛び降りたり、あるいはクラークを銃で撃ったりとかなり過激な行動を取る。

人類の救世主として留まるか、ロイスとの愛に生きるか、悩むクラークの前に現れるのは、公開版では登場シーンが全面的にオミットされた父ジョー=エル。
逆に今度は母ララのシーンが全部削除されてしまったのは気の毒だが、父と息子の対話とすることでポイントが浮き彫りになったように思える。
人類全体なんかよりも自分のことを優先したい、というクラークの本音が吐露されるのも新鮮。
そして後半のパワーを取り戻す件も、公開版では理屈がよくわからなかったのだが、この流れなら納得出来る。

ただ終盤、ロイスの記憶を消すために取った手段が地球の逆回転…!
これ、一作目のラストと同じじゃん。
また同じ手を使うのかよ、と思ったのだが、本来これはこの二作目用のアイディアだったそうな。
となると今度は一作目の<ディレクターズ・カット版>が必要になってくるが、それも叶わぬ夢か。

因みにスーパーパワーを失った時のクラークに絡んできたチンピラに、パワーを取り戻したクラークが復讐するという大人げないシーンはこのヴァージョンでも健在。
ってことはスーパーマン、いつの時点まで時間を巻き戻したんだろうか???

ということでどっちが良いかと言われると、甲乙つけがたいな、というのが本心。
シリアスなドナー版の方が物語を活かす上では良いなと思う反面、アメコミの映画化としてはレスター版の明るさ、軽さも必要だなあ。
クラークの苦悩の件は圧倒的にドナー版が優れているけれど、ロイスがクラークの正体を見破る辺りはレスター版の方が愉しいし、ラストはやっぱりレスター版だな。
両方を折衷した第三のヴァージョンがあれば、それが決定版になりそうなんだけどねえ。


by odin2099 | 2021-07-15 20:18 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)

「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”


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