『スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム』
2022年 05月 02日
これが一応<MCU>のスパイダーマンとしては完結編となるようだが、<MCU><SSU>問わず今後もスパイダーマンは何らかの形で登場するだろうし、「スパイダーマン」の名前を冠した作品も作られるのかも知れない。
一時は<MCU>は三部作で終わりという不文律があったが、今は4作目も作られるようになってきていることだし。

むしろトラブルメーカー的位置づけでもあるのだが、その全ての責をストレンジに負わせるのも酷だろう。
この一連の騒動に至る”やらかし”は、ピーターの所為でもあるからだ。
アベンジャーズ最年少ヒーローとしてこれまで頑張ってきたスパイダーマンの活躍は、どちらかというと小規模なもの、身近な事件だったが、段々とそれが大きくなり、遂には他のユニバースをも巻き込む大規模なものになる。
それが同時にピーター・パーカーという少年の成長の軌跡とも重なっているという点でも、この作品は<MCU>全体でも大きな意味を持つし、そして改めて「スパイダーマン」完結に相応しい作品だったんだな、とも思う。
ところで今後の<MCU>世界でのスパイダーマンだが、スパイダーマンの存在はそのままで、ピーター・パーカーがスパイダーマンだという記憶だけが消えているのではなく、ピーターの存在自体を皆が覚えていないということらしい。
それはピーターを誰も知らないということなのか、そもそもピーターがいない世界だったのか、どちらなんだろう?
また「忘れた」ということは「思いだす」こともあるのだろうか。
<過去記事>
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