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『ゴジラー1.0/C』(2023)

大ヒット上映中!だけでなく全米でも大ヒット!なのが、失礼ながらちょっと信じられない『G-1.0』
そんなに大傑作かなあと思いつつ、もう一度くらい劇場で見てもいいかなあと思い始めた頃に流れてきたのが、この『G-1.0/C(ゴジラマイナスワンマイナスカラー)』上映のニュース。
先日は『シン・ゴジラ』の白黒版『シン・ゴジラ:オルソ』を見てきたので、さてこちらはどうだろうと映画館へ。

『シン・ゴジラ』の白黒版は、白黒にしたことで情報量が減り、窮屈さというか圧迫感のようなものを味わい、その後で通常版を見直した時に閉塞感から解放された気分を味わったのだが、『G-1.0』は時代設定が大戦末期から戦後にかけてということもあって白黒が良く似合う。

長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、高良健吾、高橋一生といった現代的な格好良さを持った『シン・ゴジラ』の俳優陣には白黒は違和感しかなかったが、神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介らは「昭和を舞台にした”時代劇”」の中でも立派に存在感を発揮している。

『ゴジラー1.0/C』(2023)_e0033570_21170973.jpg白黒にすることで、今まで何人も成しえなかった『ゴジラ』第一作の正統なリメイク作品を生み出すことに成功した、とまでは断言しないが、近づくことは出来たと言っても良いだろう。
これはもはや「マイナスワン」ではなく、「ゴジラ0(ゼロ)」と呼んでもいいかも知れない。
全編白黒ではなく序盤の戦中シーンを白黒で、戦後のシーンをカラーで、という折衷版を作っても面白そうだが。

ところで今回見直していて、音楽面について少々考えさせられた。
本作における佐藤直紀の音楽は、自己主張を殆どしていない。
その中で挿入される伊福部昭の音楽は、タイプがまるで異なるので完全に浮いてしまう。
だからこそ、かえってゴジラの異常性、特異性が際立つことになっている。

伊福部メロディが流れるのは2カ所。
最初は銀座へ上陸する件だ。
この場面に流れるのは『ゴジラ』第1作で使われたメロディを発展させた、通称「ゴジラの恐怖」と呼ばれる旋律である。
『キングコング対ゴジラ』以降、伊福部昭が担当した「ゴジラ」映画では、必ずゴジラそのものを表現する曲として使われている。
<平成シリーズ>以降ではゴジラ登場のブリッジ曲、もしくはファンファーレ的な使い方もされている。

もう一カ所は海上でゴジラを殲滅しようとする「わだつみ作戦」開始と共に流れるメロディーで、広く「ゴジラのテーマ」として認識されているものだ。
特に<平成シリーズ>以降ではゴジラといえばこの旋律。
殆ど条件反射的に使われている。

だがこの曲は『ゴジラ』第1作のタイトルバックに流れた、要は『ゴジラ』という映画のテーマ曲ではあっても、劇中ではゴジラそのものの描写では使われていない。
逆にゴジラと戦う人間側のテーマ曲として扱われているのである。

それが今回、原点に立ち戻った使われ方をしてるので感心した(その後に勢い余って?『キングコング対ゴジラ』の「キングコングのテーマ」まで流れてしまうが)。
音楽面でも第1作『ゴジラ』のリメイクを意図したのかどうかはわからないが、おそらくスタッフの中に”わかってる人”がいるのだろうな、という安心感のようなものさえ覚えた。

ちなみにこの「ゴジラのテーマ」は第1作で使われて以降は、15作目の『メカゴジラの逆襲』まで使われていない。
そしてこの『メカゴジラの逆襲』でようやくゴジラの登場場面に使われ、文字通りの「ゴジラのテーマ」扱いとなり、それ以後の<平成シリーズ>では「ゴジラの恐怖」から「ゴジラのテーマ」にリレーする、というパターンがポピュラーになる。

おそらくこれは、70年代後半から80年代にかけて「ゴジラ」の音楽がレコード化され、誰もが容易にその音楽に触れることが出来るようになり、その際にこの旋律が「ゴジラのテーマ」として認識され、バラエティ番組などでも頻繁に流れるようになったので浸透したものではないかと思われる。
たかが怪獣映画、されど怪獣映画、音楽面も深いのである。

斯様に今回『ゴジラ』の原点回帰に一応の成功を収めたが、これだけの大ヒット作となれば当然次回作への期待も高まる。
折しもレジェンダリー・ピクチャーズ製作の「ゴジラ」シリーズも<モンスターバース>として継続中で、日米で「ゴジラ」が競作されるという夢のような時代が訪れている。

『シン・ゴジラ』の成功で続編へのハードルは上がったと言われたものだが、これで更に上がった感もある。
山崎貴監督自身は本作の続編を含めて次回作へ意欲的だと聞くが、新たな才能の起用という線も考えられるし、東宝が果たしてどういう選択肢を取るのか。
ファンとしてはしばし夢の世界に浸りたいと思う。

【ひとりごと】
続編となるとあまり幸福な世界は描かれないかもしれない。
敷島を始めとする主要人物は被曝の恐れがあるし、典子はゴジラ細胞によって生きながらえている節がある。
何れはゴジラ細胞に浸食され命を落とすか、さもなければゴジラに呑み込まれる、あるいはゴジラそのものへと変貌していく可能性も考えられる。
この作品だけ見ればハッピーエンドにも見えるが、”後”のことを考えればそうはなるまい。


Commented by まんじゅう at 2024-01-16 07:13 x
マイナスワンの続編を描く場合、
直後の物語にすれば、ドラマそのものは見応えありそうだけど、ゴジラとの戦闘シーンが盛り上がりに欠けそう。
だとすれば、1960~1970年代くらいを舞台にして大人になった明子を主人公にすれば、戦闘シーンにも見応えが出てきそうに思えたりします。

あるいは、
あの時の銀座戦でG細胞を持つ日本人が実は典子以外にも複数いて、それがキッカケでG細胞を持つ人が時代とともに増加して、物語の舞台は現代に変わり、ガンダムSEEDではないけど、旧人類と新人類(G細胞)が戦争をしている・・・みたいな。
そのくらい飛躍させちゃうのもアリかな?なんて思ったりします。
Commented by odin2099 at 2024-01-16 21:04
> まんじゅうさん

あれからすぐにゴジラが復活してしまっては興ざめなので、時間をおくのは良いと思います。
明子が出るか出ないかは兎も角、十年後、十数年後、戦後の復興に邁進している日本に再び襲い掛かるゴジラの恐怖、というのはドラマになりそうです。
日米安保を絡めたりするのもアリかなあ。
by odin2099 | 2024-01-15 21:26 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(2)

「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”


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