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『真・仮面ライダー/序章』(1992)

先日は石ノ森章太郎・松本零士両御大の生誕日に所縁の作品の記事をUPしたが、今日は石ノ森先生の命日に石ノ森作品を…。

<仮面ライダー生誕20周年記念作品>として製作されたビデオ映画だが、本来の20周年は前年。
ただそれだとウルトラシリーズの25周年と被るので、敢えてずらしたのだという。
東映ビデオの製作だがリリースはバンダイからなので、Vシネマではなくエモーション・レーベルの作品となった。

さて、当時のメモから抜粋すると――

『真・仮面ライダー/序章』(1992)_e0033570_13211565.jpgこれこそ自分の求めてきた理想のライダーだ!などとはとても言えないが、やっと日本の、というか大手でこういう作品が作られ始めたというのは喜ぶべきことだろう。

同じようなスタンスにある、同じ東映の『女バトルコップ』と比較するとハッキリする。
同様にテレビの子供向けキャラクター番組の、ビデオ媒体でのアダルト化、いやヤングアダルト化という試みであっても、『女バトルコップ』が単なる『ロボコップ』の、そして『機動刑事ジバン』の安っぽいコピーでしかなかったのに対して、『真仮面ライダー』は例え『ザ・フライ』の焼き直しになろうとも、文字通り次なるステップの”序章”となり得る希望がある。
『女バトルコップ』に負の歪み感覚とでも呼ぶべきものがあるとするなら、『真仮面ライダー』には正の、プラスのそれがあると言う訳だ。

ただ手放しに喜んではいられない。
所詮東映ではテレビ向きのスケール感のなさが出てしまっているし、製作側が対象を完全に絞り切れていない甘さが出てる。

例えば一般を対象とするならば、キャスティングが貧弱だ。
『スーパーマン』にマーロン・ブランドやジーン・ハックマンが出演したり、『バットマン』にジャック・ニコルソンが出たようには行かないものらしい。
日本の限界だ。

そして仮面ライダーファンを対象としたならば、おそらく賛否両論だろう。
ライダーファンの全てがこういうリアルな仮面ライダーを望んでいるのではあるまい。
今度こそ彼が12号ライダーを襲名しないことを祈りたいが、はたしてこれを仮面ライダーと呼んでしまっていいものか。
ともあれこれは仮面ライダーシリーズにとっても、日本のSF・アクション系のビジュアル面においても、大いなる一歩となる”序章”であることは間違いない。

とまあ、ここまでは作品の全体論。
実際の出来としてはそんなに大袈裟なものでもあるまい。
まず、主役の石川功久(石川真)が下手。
野村裕美(のむらゆみ)はヌードも見せる熱演だが、キャラクターとしては今一歩。
こうなると特別出演だか友情出演だかの高嶋政伸や小野寺丈が、凄い役者に思えてくる。

ライダーの中身、岡元次郎はBLACK及びRXに続いてのアクションだが、動きが同じ。
芝居自体は上手くなってる気がするが、これは別人かな。
音楽も可もなく不可もなく。
また単発のビデオ作品故か登場人物が次々に死んでいるのは、レギュラーを作ると次回作が難しいからかな。

それはさておき、ウルトラマンも仮面ライダーもビデオ媒体での復活となった。
時代、かな。

以上、かなり失礼なことも書いているが、当時のストレートな感想だ。
ヒーロー物としての仮面ライダーを突き詰めるか、それとも所謂「大人の鑑賞に耐え得る」仮面ライダーにするか、どっちつかずの状態が不満だったということ。

異形のバッタ怪人として仮面ライダーを描写した以上、ヒーロー物としての仮面ライダーを放棄しているのは明白。
『仮面ライダーBLACK』の時点でもライダーをバッタ怪人として描く場面があったが、この作品はそれを二歩も三歩も先へ進めている。

となれば「大人の鑑賞に耐え得る」路線を模索したのかというと、これはちょっと微妙である。
冒頭で女性が襲われ、下着姿の死体となるのもそうだが、主人公二人が全裸でプールで泳ぐシーンや、その直前のシャワーを浴びるシーンで小ぶりな可愛らしいおっぱいをチラ見せしてくれるシーンなどは、ヌードがあるから大人向けという即物的な割り切りにも思える。

片岡弘貴、石濱朗、原田大二郎といったキャストも、本来なら仮面ライダーを見ないような層へアピールするに足りるものではない。
逆に塚田きよみの起用も、ライダーファン、特撮ファンへの目配せだとしたら弱いし、キャストだけでなくセットや特殊効果などお金を掛ける場面は山ほどあるだろうに、と感じる。

ただこの時はまさか「序章」だけで終わるとも思っていなかったし、続編の代わりに『仮面ライダーZO』や『仮面ライダーJ』が劇場用映画として作られるなんて考えもしなかったから、余計この作品が勿体なく思えてくるのだが。

【ひとりごと】
これが石ノ森章太郎が出演した最後の作品になるのかな。
しかも小野寺丈と親子共演(といっても同一場面ではないが)が実現したという意味では貴重な作品だ。


by odin2099 | 2024-01-28 13:27 | ビデオ | Trackback | Comments(0)

「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”


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