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『ヒポクラテスの盲点』(2025)

新型コロナウィルス蔓延という未曽有の危機を経て国の感染症対策は変化を重ねた。
しかし、今となって様々な情報が報道され始めているのが、従来のワクチンとは根本的に異なる新技術で開発された新型コロナワクチン(mRNA遺伝子製剤)による後遺症被害の問題だ。
過去に例のない「新薬」の認可と流通は、大変な危険を伴った賭けであったことが医学的に明らかになりつつある。
当初からその安全性を不安視する声もあったが、ワクチン接種はあくまで強制ではなく努力義務・推奨とし、思いやりという同調圧力が日本中を覆っていた。
多くの国では2~3回接種までが主流であったが、日本ではその安全性に「重大な懸念はない」とされ、一度も中断することなく特に高齢者らに対して7回目のブースター接種まで推奨が続けられた。
新型コロナワクチンは新型コロナ禍での「希望の光」だったことは誰しも疑いようのない事実だろう。
しかし、ワクチン接種によって、感染者は減るどころか増えたというデータさえもある。
なぜ日本はワクチンを打ち続けたのか?
そして、現在においても公に検証がされないのはいったい何故だろうか?
そこには、医学の盲点や限界のみならず、不都合な現実から目を逸らせるためのデータのトリック、アカデミアやメディアの政府に対する忖度など、⽇本社会のさまざまな問題が集約されていた…。
そんな中、大手メディアがでは殆ど報道しようとしない新型コロナワクチン後遺症の影響を科学的に究明しようとする人物がいる。
医師、後遺症患者、遺族、そして当時のワクチン推進派などの様々な立場での意見を多角的にみることで、もう一つの現実が見えてくる。
医学の祖・ヒポクラテスは言った、「何よりもまず、害をなすなかれ」と。
わたしたち自身に、盲点はなかったか?
まずは知ること。
そして、考えること。
未来に向かうために。同じ過ちを起こさないためにー。

『ヒポクラテスの盲点』(2025)_e0033570_20244776.jpg随分と早く開発できたものだなとは思ったものの、奨励されるがままに特に疑問を抱くことなくワクチンの接種を受けた。
あたかもパンデミック下での救世主のような扱いで。
ただ接種が2回、3回と回を重ねるごとに、その危険性を訴える声も少しずつ大きくなっていたような記憶がある。
世間ではそうした声に「反ワク」のレッテルを貼り、抑え込もうとした節がある。

かくいう自分はその頃には殆ど関心を失っていた。
感染者数が減ったなと思うと変異株の出現でまた感染者がバーッと増える。
所詮は鼬ごっこでキリがない。
感染する時は感染するんだ、という開き直りの気持ちでいた。
地元や職場に斡旋が来ていた4回目までは接種を受けたが、それ以降は無視。
効果のほども疑問に感じられたからだ(結局コロナに感染したのは昨年)。

その程度の予備知識で見た映画だったが、内容は思っていた以上に深刻なものだった。
「反ワク」なんて言われると、何だか一歩間違えれば陰謀論者や狂信的集団のように捉えてしまいがちだが、実際に危険性を訴えている人たちは言いがかりをつけている訳ではなく、データに基づいて警鐘を鳴らし続けている。
だがそれを国や自治体、あるいはマスコミが不当に貶めたり、無視しているのだということが伝わってくる。

確かにワクチン接種によって救われた命もあるだろう。
その一方で、ワクチンによって失われた命も少なからず存在していることが数字に表れている。
功罪あるのならば「功」の部分だけでなく、「罪」の部分にもしっかりと目を向けることだ。
その結果、ワクチンが安心安全なのだと立証されるのならば万々歳だし、もし僅かでも危険性があるのであれば、そこから目を背けるのではなく改善策を模索すべきなのである。
これはトロッコ問題ではないのだから。


Commented by ふじき78 at 2025-11-03 00:17
そこそこロングランしてるみたいだけど、こういう政府やマスメディアにとって都合の悪いドキュメンタリーはあまり大々的に公開しないようなのは困る。まあ、あまり大きな劇場数抑えすぎても入らないで一週でブチンと切れても困るけど。
by odin2099 | 2025-10-31 20:26 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(1)

悪文礼賛


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