『原子怪獣現わる』
2025年 11月 30日
特撮を担当したレイ・ハリーハウゼンはその『ゴジラ』を毛嫌いし、盗作呼ばわりしていたのだという。
確かに、核実験の影響で太古の眠りから覚めた恐竜の生き残りが大暴れ、というプロットは酷似しているのだが、他にも「放射能の影響を受けた巨大生物」が出て来る作品は数多く作られている。ハリーハウゼンはそれらも皆嫌っていたのだろうか。
また北極で復活するというシチュエーションは、後年の『大怪獣ガメラ』が踏襲している。
先日見直したトライスター版『GODZILLA』は、デザインやNYを破壊するシチュエーションが本作と似ており、当時から「あれはゴジラじゃなくてリドサウルスだろ?」と言われていたが然もありなん。
あれを『原子怪獣現わる』のリメイクだと考えれば、少しは溜飲も下がろうというもの。
それで心の平穏を保っていた、という訳である。
しかしこちらも久しぶりに見てみたけれど、こんなにのんびりした展開だったっけ?と少々驚く。
80分の上映時間の内、半分くらいは「本当に怪獣がいるの?いないの?」、「目撃者は精神的なショックを受けただけ」てな話が延々と続いている。
途中でリドサウルスによる被害も報告されはするが、原因不明とか見間違いと決めつけられて片付けられてしまう。
残り20分となってようやくリドサウルスがNY上陸するが、大暴れとは程遠い。
これは技術的な問題もあるのだろうが、リドサウルスが自然災害のメタファーになっていてキャラクターが描かれていないからでもある。
といってもこの当時、例えばリドサウルスのオモチャが発売されたり、作品をフィーチャーしたグッズが発売されるなんてことは想像も出来なかっただろうから、身近な記憶としての自然災害や戦争に仮託してリドサウルスを扱うのは当然と言えば当然だったのかも知れない。
ユージン・ルーリーは本作で監督デビューを飾った後は、『ニューヨークの怪人』、『大海獣ビヒモス』、それに『怪獣ゴルゴ』と見事なフィルモグラフィーだが、ジャンル映画の職人扱いを嫌って監督を引退してしまったらしい。
続けていればジャンルファンから、日本でいうところの本多猪四郎や福田純みたいな扱いをされただろうか。
<過去記事>
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