『ノスフェラトゥ』(2024)
2026年 03月 01日
ヴェルナー・ヘルツォーク監督の『ノスフェラトゥ』同様に、F・W・ムルナウ監督の『吸血鬼ノスフェラトゥ』を、脚本・監督ロバート・エガース、ビル・スカルスガルド、ニコラス・ホルト、リリー=ローズ・デップ、アーロン・テイラー=ジョンソン、エマ・コリン、ラルフ・アイネソン、サイモン・マクバーニー、ウィレム・デフォーらのキャストを揃えてリメイクした作品。ニコラス・ホルトはこの前年に、同じくドラキュラを題材にした『レンフィールド』にも主演している。
総じて前2作の「ノスフェラトゥ」を彷彿とさせる場面が多いが、エレン(原作のミナ)とオルロック伯爵(ドラキュラ)が既に少女時代に因縁を持っており、後に”吸血鬼の花嫁”になることは運命づけられていた、という導入部は他の「ドラキュラ」映画にはない趣向ではないだろうか。
これにより物語がどういう流れになり、そしてどのような結末を迎えるかを予想させ、スムーズに運ばせている。
一度は夫となるトーマス(原作のジョナサン)と出会うことでエレンは救われたかに思えたのだが、運命の糸はエレンの元からトーマスを引き剥がし、そのトーマスを操り人形とすることで、伯爵はエレンへと精神的、そして物理的に近づいていく。
犠牲者となったトーマスは伯爵に完全に屈することはなかったが、夢か現か、その狭間で彷徨い、伯爵の影響を受けたエレンも少しずつ変貌していく。
観客という立場で物語を知っている身からすれば、トーマスやエレンの言動が真実であることはわかるのだが、二人の周囲の人物からは理解されない。
このあたりの描写は丁寧ではあるが、やや冗漫に感じられる部分もあり、ことにトーマスの友人ハーディングは一般的な常識人として描かれているが故に、頑固で柔軟性を欠いた人物に見えてしまいイライラさせられる。
そんな二人の助けとなるのがアルビン・エーバーハルト・フォン・フランツ教授(原作のヴァン・ヘルシング)で、前2作の「ノスフェラトゥ」映画と比べ、一番頼りがいがあるし活躍もする。
ただ日頃から変人扱いされているという設定もあり、結果として吸血鬼退治には主導的役割を担うことにはなるのだが、学者として冷徹な面を見せるため好感を抱ける人物ではない。
結局最初から最後まで物語の中心にいるのはエレンで、特に中盤以降はオルロックに憑依される場面でのリリー=ローズ・デップの熱演というか怪演は圧巻。
「ドラキュラ」映画と言うよりは『エクソシスト』のようではあるが、更に最終盤ではヌードも見せる度胸の良さも買いだ。
その魅力に屈した伯爵が夢中で彼女を抱いているうちに時が経つのを忘れ、気がつけば朝日が昇ってしまい死んでしまうのは間抜けに見えるし、せっかくの彼女のヌードも不気味さが先に立ってしまい、残念ながら美しさを感じられず、その意味では脱ぎ損だったのかもしれない。
ただ暗すぎない映像は美しく、これがどのように形作られていったのか、前2作の「ノスフェラトゥ」映画と比べてみるのも一興だろう。





