『名探偵コナン/業火の向日葵』(2015)
2026年 04月 12日
ニューヨークのオークション会場。
第二次世界大戦で消失したとされる『芦屋のひまわり』のゴッホ自身による模写を3億ドルで落札した鈴木次郎吉は、世界に散らばる7枚の『ひまわり』を集め、かつてない規模の展覧会を開こうとしていた。
だが、会見中にキッドカードが撃ち込まれ、騒然とする会場には新一の姿も!?
『ひまわり』と園子らを乗せた旅客機が日本に向けて飛び立つが、着陸直前に貨物室に仕掛けられていた爆弾が爆発、機体が炎上してしまう。
最新作が相変わらずの好発進をしているようだが、それとは関係なく10年以上前に作られた19作目を鑑賞。今回は怪盗キッドを騙る偽物が現れ、怪盗キッドは工藤新一に変装(?)し、ということで主役周りが忙しない。
レギュラーメンバーでは目暮警部以外の捜査一課の面々は登場せず、阿笠博士の出番も少なめだし、灰原哀も今回はコナンのサポート役ではなく傍観者かつ”待つ女”の役回り。
終盤は事実上コナンとキッドのバディ物と化している。
派手な見せ場は多いが、ストーリーの方はなんだかいただけない。
何やら製作中にゴタゴタがあり、ストーリーの修正や脚本を削る作業などが入った(脚本の約八割が改変されたとのこと)ということなのだが、そもそも登場人物が多すぎて犯人像がぼやけてしまっているし、その目的や動機にも納得がいかない。
詳細は省くが贋作云々の真偽は置いておくとしても、犯人はあまりにも短絡的で思い込みが激しい。
狂信的というか妄執的というべきか。
それに対して、今度はキッドが事件に介入するに至った動機も、お涙頂戴的であるのは良いとしても、「戦火の恋」とするならば年代が合わないのではないか。
また真犯人の行動を妨害すべくキッドは、度々メッセージカードを捜査陣に送りつけてくるのだが、これがいたずらに現場を混乱させるだけ。
そもそも謎解きが難解すぎるのだ。
どうやら作品の出来映えに関してはあまり芳しい声は聞かれないようだが、興行的には成功を収めたようで以降も現在に至るまでシリーズは続行中だ。
「コナン」君って、映画としては力業で面白いけど、ミステリー物としては微妙だったりするなあ。
鈴木財閥の災難の件は、実際には新一がコナンになってから半年ぐらいの間の話らしい?から、何回も被害にあってるようで、実際はこれが初めて、みたいなことなんじゃないのかな。
よほどのこと(後々への伏線)がない限り、一つのエピソードを消化する毎に過去のエピソードは「なかったこと」にされていくとか。





