『フランケンシュタイン』(1931)
2026年 05月 15日
ヘンリー・フランケンシュタイン博士は、墓場の死体を漁って接合し、恩師ウォルドマン教授の研究室からは人間の脳を盗み出し、生命創造の研究に没頭していた。婚約者のエリザベスは彼の身を案じ、友人のヴィクターとウォルドマン教授を伴い、ヘンリーが籠もる研究施設を訪ね、そこで実験に立ち会う羽目になる。
高圧電流を浴びた死体は蘇りヘンリーは狂喜するが、ウォルドマン教授は実験の中止と生み出された怪物の処分を進言するも、ヘンリーはこれを拒否する。
だがヘンリーの助手が怪物に殺され、怪物を止めようとしたウォルドマン教授も怪我を負う。
そして逃げ出した怪物が村人を襲い、その魔手がエリザベスにも延びていることを知ったヘンリーは、怪物の処分を決意する。
メアリー・シェリーの小説を原作とし、『魔人ドラキュラ』に次いで作られたユニバーサル・ホラーの一篇。
怪物役は当初ドラキュラを演じたベラ・ルゴシにオファーしたものの拒否されたので、代わってボリス・カーロフが演じた。
ちなみに怪物のデザインは原作では具体的な描写はないそうで、多くの人がイメージするであろう怪物の姿は、この映画で採用されたデザインが元になっている。
また「フランケンシュタイン」は怪物の名前ではなく(怪物には名前がない)、それを生み出した人物の名前だというのは意外に知られていない。
初めてこの映画を見たのは30年ほど前だったが、その頃は自分も「怪物=フランケンシュタイン」で、デザインも原作準拠だと思い込んでいたような…?
このお話、諸悪の根源はヘンリーのはずだが、何故か家族や友人たち、それに娘を殺害された村人も表だってヘンリーを責めない。
ヘンリーもヘンリーで、怪物の恐ろしさを知ったはずなのに野放しのまんまエリザベスと挙式しようとしてるし、エリザベスが襲われると一転してシレっと怪物討伐隊に加わって指揮を執ってる。
またヘンリーの恩師も友人も助手も、もう少し穏便に怪物に接していたらあそこまで凶暴性を発揮しなかったかも知れない。
日の光や火が苦手だとわかってるのにわざわざ松明を近づけたり、これじゃあ襲ってくださいと言ってるようなもんである。
少女に無邪気に接したりと、基本的にこの怪物は道理を弁えない幼子同然なのだから、彼らには保護者としての監督責任が求められるところなのだが、うーん、マッド・サイエンティストとその一党が考えることはよくわかりませんなあ。
そういえばこの映画の主人公の名前はヘンリーで、その友人の名がヴィクターだが、原作じゃ主人公がヴィクター・フランケンシュタインじゃなかったっけ?
素材、アイディア程度にしか考えていないとか、当時の技術や資金力では難しかったとか、色々と事情はあったんでしょうけれどもね。
あとは観客の好みに対する判断(「こうした方が受ける」)も。
そのアンチテーゼで原作準拠の作品が後年作られるようになっても、じゃあそっちの方が映画として面白いのかというと必ずしもそうではないから難しい話です。





