『ホビットの冒険』 J・R・R・トールキン
2007年 12月 26日
主人公はフロドの叔父であるホビットのビルボ・バギンズで、彼が魔法使いのガンダルフや13人のドワーフたちと共に、邪竜スマウグに奪われたドワーフの財宝を取り戻すため、はなれ山を目指して冒険の旅に出るという物語。
ビルボやガンダルフだけでなく、裂け谷のエルロンド、グワイヒアと思われる”鷲の王”など『指輪物語』にも登場するキャラクターや、ギムリの父・グローインや闇の森のエルフ王(レゴラスの父)など関係の深いキャラクターも登場。それに映画『ロード・オブ・ザ・リング』の回想シーンでも描かれていたビルボがゴラム(ゴクリ)から<指輪>を手に入れる件も、この作品の重要なエピソード。『指輪物語』に挫折した人でも、この作品は読みやすいのでお勧めしたい。
現在翻訳版は2種類刊行されている。

「原文の良さを残しつつ子供向けに配慮した名訳」と言われているのだが、どうも原文を日本語化しすぎて子供を馬鹿にしているとしか思えないのだ。
これは『指輪物語』の翻訳や『ナルニア国ものがたり』の翻訳にも共通しているのだが、例えば『指輪物語』でフロド・バギンズが使う偽名「ミスター・アンダーヒル」を「山の下氏」と訳している。そのまま「アンダーヒル」なら外国人だが「山の下」ではまるで日本人。こういった瀬田訳の感覚にどうしても付いていけないのである。
もう一つは原書房から『ホビット/ゆきてかえりし物語』と題して出版されている、山本史郎による新訳版。
<第四版・注釈版>と肩書が付けられているのだけれども、この『ホビット』は作者自身によって何度か手を加えられているらしく、その最終ヴァージョンを底本にし、研究者の注釈を付け加えたものらしい。どこがどう違っているのかは読んでのお楽しみ・・・といっても、わざわざ読み比べでもしない限り、その違いはわからないだろう。

例えば「トーリン」が「ソーリン」に、「ボンブール」が「ボンバー」、「ビフール」が「ビファー」、「ドワーリン」が「ドワリン」、「ドーリ」が「ドリ」、「ビヨルン」が「ビョルン」といった具合で、どちらが実際の発音に近いのかは知らないが、瀬田訳に親しんだ人は違和感があるだろう。
ただ一方で、「忍びの者」を「押入(バーグラー)」、「つらぬき丸」を「スティング(そのまんま)」、「指輪ひろっ太郎」「運のよしお」「たるにのるぞう」をそれぞれ「僕は指輪を獲得する者、幸運を帯びる者。僕は樽乗り」と表しているのは、面白みはない代りに普通の海外の小説(?)らしくなっているので個人的には引っかかりは少ない。「リヴェンデル渓谷(山本訳)」「裂け谷(瀬田訳)」あたりの訳語の選び方だと甲乙付け難いと思うのだが。
とは言っても「ゴクリ」だけ同じなのはちょっと解せない。せっかくの新訳なら原文に倣って「ゴラム」でも良いと思う。
「僕チン」とか「あいちゅ」といった言葉使いにするなど新風は吹き込んでいるし、何よりも「いとしいしと」という表現も使っていないだけに。
単純に比較するならば、読みやすいのは訳文がこなれている瀬田訳の方だが、よりドライな翻訳文学感覚が味わえるのは山本訳ということになるだろうか。
翻訳に「解は一つ」ということはないので、色んな解釈があって良いはず。そして読者に選択肢を与えてくれたという点で、出来映えは兎も角としてこの新訳版を「是」とするのだが、如何だろうか。ファンからの山本訳を推す声は少ないとも聞くのだが。
なお、映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の大ヒットから、当然のようにこの作品の映画化も期待されたが紆余曲折が待ち構えていた。
先ずは映画化権が分断されていて『ロード・オブ・ザ・リング』の製作会社では製作が難しい状況があり、それが解決したと思ったら今度は『ロード・オブ・ザ・リング』の監督ピーター・ジャクソンと製作会社の関係がこじれての訴訟劇。映画化中止、ピーター・ジャクソン抜きでの製作、様々な情報が飛び交ったが、先ごろようやく監督としてではなくプロデューサーとしてだがピーター・ジャクソンの参加が決まって映画化がスタートと報じられた。
共通するキャラクターは勿論のこと、それ以外も出来るだけ縁の役者を起用しての映画版を期待したいところだが、『指輪物語』に比べて遥かに分量の少ないこの作品を当初は同様の三部作、ついで二部作で映画化するという発言や、映画版『ロード・オブ・ザ・リング』とリンクさせるといった発言に若干の不安が出て来ている。
そのまま映画化すれば2~3時間でまとめられると思うので、『スター・ウォーズ』六部作とは違うのだから無理に一つにまとめる必要はないと思うのだが・・・。
ともあれ公開は2010年と2011年とのことなので、今から待ち遠しい。今度こそきちんと実現して欲しいものだ。

映画を見る前に、ちょっと 読んでおきたくて・・・・。 『指輪物語』のフロドの伯父である ビルボ・バギンズが魔法使いガンダルフと 13人のドワーフに誘いだされて、 ドラゴンに奪われた宝を取り返しに 旅立つ物語です。 まあ、その旅の途中で例の指輪も登場するわけです。 ホビット族は、もともとすごく大人しくて 冒険なんて考えられない種族なんだけど、 どうやら、ビルボはどちらかの親の家系が とんでもないことをしでかすあぶない一族らしく その血筋をビルボもフロドも受け継いでいるみたいで...... more

トールキンものの翻訳はちょっと特殊でして、指輪物語の「追補編」などに、翻訳についての指針がついています。さらには、作者自身が詳細に、各固有名詞についての発音や、「これは音訳する」「これは○○の意味の各国語に訳す」「これは人名に相応しくなければ、他の黄色い花の名でもOKとか」そういう指示を残しているわけです。瀬田氏の翻訳が支持されているのは、名訳だのいう以前に、こういう作者の意図を最大限に尊重しているとファンは思っているからですよ。
というわけで、海外翻訳っぽくてナウでヤングでステキとかいう感覚で「リヴェンデル渓谷」とか「ミスター・アンダーヒル」とかやると、トールキンおたくは作品を冒涜されたと思うんですよ。
ホビット(一部の家族を除く)は、ドイツ語版ではドイツ人に、日本語版では日本人っぽく感じさせて、エルフやドワーフなどの「エキゾチック」なものとの対比を明らかにせよというのがコンセプトなので・・・。
トールキンは言語学者でもありましたし、色々と配慮した結果なのでしょうね。
映画版の字幕批判の際にも、同じような意見を見かけたことがあります。
もっとも字幕の場合はもっと根本的な部分で叩かれていましたが、翻訳というプロセスを経ることによって大なり小なり元の形からは歪められてしまうわけですから、どこまでが許容範囲かということは個人個人によって違うのでしょう。
ただ、『ナルニア国ものがたり』を読んだ時にも大きな違和感を覚えましたので、残念ながら瀬田訳は、自分の感覚とは相容れないようです・・・。