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『北極のナヌー』(2007)

最近はネイチャー・ドキュメンタリー映画が増えましたが、これもそんな一本。ナショナル・ジオグラフィックが初めて製作した長編の劇場用映画で、構想から完成まで10年を費やしたという大作です。そしてお決まりの「地球温暖化への警鐘」もしっかりと鳴らされております。

『北極のナヌー』(2007)_e0033570_22315922.jpg『北極のナヌー』という邦題は詩的というかアート系の映画っぽくて悪くはないですが、原題は”ARCTIC TALE”で直訳すれば「北極物語」。実際カメラは白くまのナヌーだけではなく、もう一頭、セイウチのシーラをも追いかけます。
いわば主演俳優(主人公)が二人いるのに、一人は無視されちゃってるようでちょっと気の毒。ポスターやチラシ等の宣材もナヌーばかりですしね。ちなみにこの二頭、ニアミスはしますが(?)最後まで邂逅はしません。思わせぶりに対比させておいて、最後はこれかよ、という気持ちもありますが、ドキュメンタリー・ドラマたる以上、作為的な演出は出来ないというところでしょうね。

もっともボーっと観ていながらも、素直に受け止められなかったせいか、幾つか疑問点も残りました。
物語はナヌーとシーラがそれぞれ誕生して(というか巣穴から出たり、初めて泳ぎだしたり、という場面ですが)、親や群れとの生活の中で生きていく術を学び、度々危機に見舞われながらも八年が過ぎ、それぞれが親になるところで幕を閉じます。
で、気になったのは八年もの間、特定の一頭をカメラが追い続けられるのか、ということなのです。狭い範囲で単独行動しているのならばいざ知らず、群れで行動したり、かなりの距離を移動してるわけですから、四六時中スタッフは付きっ切りでスタンバイしなければならないはずなのですがねぇ。
ドキュメンタリーとはいえ「ドラマ」なので、複数の同じ種族の映像をつなぎ合わせ、一頭のドラマを作り上げたのではないのかなぁ、ということなのですが、まぁ仮にそうだとしても作品の価値や意義が失われる訳でもないですが。最後のナヌーの出産シーンなど、どうやって撮影したのだろうというような驚きの映像の連続です。

なお日本公開版は手嶌葵の主題歌が付き、ナレーションを稲垣吾郎が担当しています。ナレーションは思ったよりも良い雰囲気が出ていましたが、ナレーションの合間に妙な間があったり、同じような言い回しがあるのが若干気になりました。もっともこれは本人のせいではなく、演出や台本のせいかも知れませんけれども。
by odin2099 | 2008-11-27 22:32 |  映画感想<ハ行> | Trackback(5) | Comments(0)

悪文礼賛


by Excalibur(エクスカリバー)