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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<サ行>( 444 )

霧の小次郎は処刑場から斑鳩隼人と桔梗を浚い、桔梗のみを大江山へ連れてくる。
彼は幼いころに生き別れとなった妹・胡蝶尼を探し、若い娘を次々と浚って来ていたのだ。
桔梗を自分の手下として菊丸の笛を奪わせようとするが、桔梗は身を挺して菊丸を救い、怒った小次郎は桔梗を谷底へ突き落す。だが彼女は山の麓に住む刀鍛冶の雪山に助けられたものの、すぐにまた浚われるのだった。

『新諸国物語 笛吹童子/第二部 妖術の斗争』(1954)_e0033570_23023463.jpg桔梗から小次郎のことを聞いた雪山は、思うところがあり大江山へ入り小次郎と対面。桔梗を浚ったのが小次郎ではないこと、そして小次郎こそが探し求めていた人物であると確信を抱く。
一方の斑鳩隼人は黒髪山に住む堤婆に囚われていたが、そこには幼い頃に浚われてきた胡蝶尼という若い娘がいた。また桔梗を浚ったのも堤婆であることがわかる。隼人は胡蝶尼を説得し、桔梗と共に逃げ出すことに成功するが、胡蝶尼は山に留められてしまう。
そこへ霧の小次郎が姿を現した。

第二部の主人公は霧の小次郎。
彼が浚ってきた桔梗と、彼の妹である胡蝶尼、それに斑鳩隼人が物語の中心になる。
菊丸は僅かな出番ながら、彼の吹く笛の音が小次郎の妖術に勝るということから小次郎に狙われていることがわかるが、萩丸は姿を見せず。
そして小次郎が実は足利将軍家の血を引く公子さくら丸であるという新事実も。

おぼろげながら大筋を把握している自分はまだ付いて行けるが、予備知識なしで初見の者にはチンプンカンプンな気もするが、国民的ヒット作故にそのことは共通認識ということか。

出演者も小次郎役の大友柳太朗(ビリングトップの”主演”)はじめ、桔梗の田代百合子、胡蝶尼に高千穂ひづる、斑鳩隼人の楠本健二が活躍し、中村錦之助の印象は薄い。
これだけのスケールの物語をよくもこれだけの時間でまとめようとしたものだと、逆に感心してしまう。


by odin2099 | 2020-01-08 19:56 |  映画感想<サ行> | Trackback(1) | Comments(0)
『ジョーズ2』(1978)_e0033570_17435348.jpg世界的大ヒット作となった「ジョーズ」から3年。
海はすっかり静けさを取り戻したかに思えたが、ダイバーや水上スキーを楽しんでいた人たちが行方不明となる事件が立て続けに起こる。
ブロディ署長はホオジロザメの可能性を主張するが、市長たちは妄想だと相手にしない。そして海水浴場で魚の群れをサメと見間違えるという失態を犯したブロディに解雇を通達する。
一方ブロディの制止を無視した子供たちはヨットで沖へ出るが、そこへ巨大なサメが姿を現した。ブロディは子供たちを守るため、一人海へ出てゆく。

今回のサメは序盤から繰り返し出現し、その姿をバッチリと見せる。
なかなか姿を見せなかった前作との差別化を図るならそれは効果的だし、サメが前作よりもパワーアップしてるのもお約束だ。

それでも全編出ずっぱりでは飽きられてしまうが、そこはのんびりムードのほのぼのしたシーンも用意し、緩急も自在。実は娯楽作品としては上等の部類に入り、前作に比べて不当に低く評価されてるように思える。

『ジョーズ2』(1978)_e0033570_17440740.jpg前作の反省も何のその、結局市長は今回も利益を優先しブロディの忠告を無視するが、ここでブロディが神経衰弱気味で、サメに対して過剰に反応してる可能性を少しでも見せていれば、二人の関係性も違ったものになったかもしれないが、出来上がった作品は基本的に前作の延長戦に留まったのは少々残念だった。

またブロディの子供をはじめ、犠牲になったり標的になったりする人たちの描写が希薄で、途中で誰が誰やらわからなくなって今何人襲われ、あと何人残っているのかが曖昧になるのも惜しい。
その辺りが前作に対する満足度の低さに繋がっているのかもしれないが、最後の攻防などは見ごたえ十分。

なお前作の副主人公格のフーパーだが、今回は南極へ遠征中とのことで不在。ブロディの孤軍奮闘ぶりを一層印象付けることになっている。
まあリチャード・ドレイファスのスケジュールの都合がつかなかったか、出演を断られたのだろうが、この流れからすると仮に出演したとしても大した役回りは与えられなかったかもしれない。



by odin2099 | 2020-01-07 17:48 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
見直す度に思うんですが、今回に限り「キョウリュウジャーVSゴーバスターズ」じゃなくて「恐竜戦隊大集結!」みたいな企画じゃいけなかったんですかね。

『獣電戦隊キョウリュウジャーVSゴーバスターズ/恐竜大決戦!さらば永遠の友よ』_e0033570_17312994.jpg恒例となった<スーパー戦隊VSシリーズ>、順当に現役戦隊のキョウリュウジャーとゴーバスターズが共演しておりますが、これにジュウレンジャーのみならずアバレンジャーまで参戦。
お話がとっちらかってしまってます。

盛りだくさんと言えば聞こえはいいですが、詰め込み過ぎなのは自明の理。
元々夏映画の時点で恐竜戦隊を集める構想があったものの、尺の関係で遠慮したということらしいんですが、冬映画でも尺が足りなかったような…。

まあ坂本監督なだけに手際よくまとめてるから面白いことは面白いんですけどね。

<過去記事>



by odin2099 | 2020-01-04 17:35 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
2019年の映画館納めはこの作品でした。

『すみっコぐらし/とびだす絵本とひみつのコ』(2019)_e0033570_14131710.jpg誕生から7周年、そして「日本キャラクター大賞2019」グランプリ受賞、ということだそうですが、全くその存在も知らず興味もなし。

ただ映画の評判がなかなか良く、映画館でパンフが売り切れになったり、という話を耳にして軽い気持ちで映画館へ。

お話はすみっコたちが絵本の中に吸い込まれ、そこで出会った新しい仲間の家を探すために冒険の旅に出るというもの。
「マッチ売りの少女」「人魚姫」「桃太郎」「アラビアンナイト」「赤ずきん」「みにくいあひるのこ」といったお馴染みの世界を巡っていきますが、物語が少しずつ繋がって…?

最後はちょっとしんみりとさせられますが、それでもほっこりとさせられるだけでなく、前向きな気持ちにもさせてくれる作品です。
すみっコたちが喋らず(厳密には画面上に吹き出しのように文字が出ます)、ナレーション(語り)で進行していくのも良いですね。



by odin2099 | 2020-01-04 14:16 |  映画感想<サ行> | Trackback(1) | Comments(4)
『新諸国物語 笛吹童子/第一部 どくろの旗』(1954)_e0033570_23023463.jpg応仁の乱の頃、丹波国の満月城は野武士の大将・赤柿玄蕃によって攻め落とされた。
城主・丹羽修理亮の子供は明国におり、兄の萩丸は武芸の、弟の菊丸は面作りの修行に励んでいたが、菊丸の作った”白鳥の面”が師の作った”されこうべの面”と戦って割れるという怪異が起きたことから、父の身を案じ急ぎ帰国する。
途中、荒廃した京の街を見た菊丸は戦に嫌気がさし、萩丸と袂を分ち”白鳥の面”を完成させることにし、一方の萩丸は満月城奪還に動くが、逆に赤柿玄蕃に捕らえられ持っていた”されこうべの面”を被せられてしまう。

北村寿夫原作のラジオドラマ「新諸国物語」シリーズの第2作を映画化したもので、萩丸に東千代之介、菊丸に中村錦之助(萬屋錦之介)と若手を配した長編の添え物作品。
三部作で週替わりで公開された。

中村錦之助の初主演作になるらしいが、ビリング上は霧の小次郎役の大友柳太朗と赤柿玄蕃役の月形龍之介の二人がトップ。
他に田代百合子、河部五郎、清川荘司、島田照夫、松浦築枝、楠本健二、五月蘭子らが出演。
脚本が小川正、監督は萩原遼。

主人公の萩丸、菊丸が魅力薄なので感情移入がしづらく、脇に斑鳩隼人のような主役級になり得る魅力的な人物もいるものの、如何せん1時間足らずの上映時間ではそれらも活かしきれずに、ただ数多の登場人物たちが右往左往するだけになってしまっているのが惜しい。

自分にとっての「笛吹童子」はNHKで放送された人形劇と、その放送当時に出版されていた小説版のみの知識だが、それでもトータル2時間半程度で到底まとまる話ではないことはわかる。
”白鳥党”と”されこうべ党”、善悪二大勢力の宿命の対決をテーマに、今なら添え物のお子様向け映画ではなく、原作に近い形で映像化出来るのではないだろうか。

ちなみに実際のフィルムには「新諸国物語」の表記はない。



by odin2099 | 2019-12-29 23:06 |  映画感想<サ行> | Trackback(1) | Comments(0)
**** ネタバレ注意! ****

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019)_e0033570_06475320.jpg「スター・ウォーズ」のエピソード9にして、「フォースの覚醒」「最後のジェダイ」に続く三部作の完結編、そして<スカイウォーカー・サーガ>九部作の完結編とのことです。
もっとも製作サイドはスピンオフとなるドラマシリーズだけでなく、数年後には新作映画を作ることも発表していますので、「スター・ウォーズ」全体の完結編ではありません。

アベンジャーズ/エンドゲーム」も”完結編”として宣伝していましたが、あちらもすぐに”続き”の物語が公開されていますし、来年からは新章もスタートすることが告知されております。
こういった流れは何か詐欺のような気がしないでもないですが、それでもどちらも長い物語に一区切りがついたわけですから、製作に携わった皆さんには、ひとまず「お疲れさま」と声をかけたい気分です。

さてこの「スカイウォーカーの夜明け」、何の説明もなくレジスタンスもファースト・オーダーも体勢を立て直し、再び激突しているところから始まります。
「最後のジェダイ」のラストでは双方ともかなりボロボロの状態だったように記憶していますが、時間経過は一年らしい割に事態は目まぐるしく変化しています。

しかもいきなりかつての皇帝パルパティーンは生きていた!と説明されても困ります。
アナキンとルーク父子の苦労も水の泡と消えました。
アナキンは無駄死に?あの森のクマさんと喜びを分かち合った大団円は、一体何だったのでしょう?
もっともパルパティーン復活の報を聞いても、皆あまり驚いた様子を見せません。ずーっと「どっかで生きてんじゃねえの」と思われていたのでしょうか。

そのパルパティーン復活のあおりを喰らって、完全に存在意義を失ったのが最高指導者スノーク。
「フォースの覚醒」で思わせぶりに登場し、「最後のジェダイ」であっけなく退場したものの、まだ某かの役割があるのだろう、これで終わりじゃないだろうと深読みをしていましたが、何のことはないパルパティーンの傀儡、単なる操り人形だったことが判明します。
本命が出てくるまでの”繋ぎ”だったということですが、それなら最初っからパルパティーンを出しておけば済んだんじゃないの、と考えたのは自分だけではないでしょうね。

そしてあろうことか、あのレイが実はパルパティーンの孫娘だった…!
「フォースの覚醒」ではスカイウォーカーの血を引くものか、あるいはアナキンのように処女懐胎、じゃなくフォースによって誕生したのかと思わせておいて、「最後のジェダイ」では実はレイの両親は名もなき市井の人々、金の為に娘を売ったろくでなしなんだと説明し、特別な血筋ではない、”誰でもないレイ”という立場を強調して見せておいてのどんでん返し。なんだ、結局は大物の血族かよ!

いや、確かにレイがパルパティーンの血縁というのは予想の範囲ではあり、そう考えればまとめやすいのはわかりますが、じゃあ「最後のジェダイ」でのルークや、カイロ・レン、スノークらとのあのやり取りはなんだったんでしょうねえ。

ちなみにレイのお父さんがパルパティーンの息子ということらしいですが、いつ頃生まれたのかとか、フォースを操れたのかとか、そういうことは一切明らかにされませんでした。
父のように悪に染まるでもなく、ひたすら(奥さんも一緒に)我が子レイを庇って死んでいったようです。
年齢的にはパルパティーンのひ孫でも良い気がしますけどね、レイ。

レイのこの出自、カイロ・レンは知っていたようで(じゃあ「最後のジェダイ」では嘘ついてたのかいな)、共にパルパティーンを倒して銀河に君臨しようぞ、とレイを再三口説きにかかります。
かつてアナキンがパドメに、ダース・ベイダーがルークにそれぞれ同じ提案を持ちかけますが、相手側からOKの返事を貰ったためしがありません。
またルークもレイアも、レイがパルパティーンの孫娘だということは知ってたってことになってますが、「最後のジェダイ」の時のルークは明らかに知りませんよね。レイアも然りです。

カイロ・レンとレイは何度か対峙しますが、レイアの呼びかけに応えた一瞬の隙を突いたレイのライトセーバーにその身を貫かれます。ここで命を落としたかに思えたカイロ・レンですが、すぐさまレイはフォースを送ることでその命を救います。
カイロ・レンは己が裡に生き続ける父ハン・ソロと向き合うことで、遂にダークサイドからライトサイドへの帰還を果たします。両親の”愛”(とレイの献身)によってカイロ・レンは死に、新たにベン・ソロとして生き返ったのです。

クライマックスはパルパティーンと戦うレイとベン・ソロ。
圧倒的なパワーの前にレイもベンも力尽きてしまいますが、シスの歴史を背負ったパルパティーンに対し、レイはジェダイの歴史を背負って立ち上がります。

霊に呼びかけるのはルーク、オビ=ワン・ケノービ、アナキン・スカイウォーカー、クワイ=ガン・ジン、ヨーダ、メイス・ウィンドゥ、アソーカ・タノ、エズラ・ブリッジャー、ケイナン・ジャラス、ルミナーラ・アンドゥリ、アイラ・セキュラ、アディ・ガリア…って、この名前を見てすぐに全部のキャラがわかる人はよほど熱心なファンでしょうね。
わかる人だけわかれば良いという一種のファンサービスなのででしょうが、個人的にはオビ=ワンとアナキン、ヨーダあたりは姿も見せて欲しかったですけれど。

何とかパルパティーンを倒したレイですが、その代償として命を落としてしまいます。そこへ駆け付けたのは瀕死のベン。彼はフォースを送ることで自らの命と引き換えにレイを救います。
そしてレイの復活を見届け、レイア共々フォースと一体に。このトリロジー、表面的にはレイが主人公ですが、実はベンのお話でもあったのだなあと改めて感じました。
また台詞なしで全ての感情を表現してみせた、アダム・サンドラーの演技力に負うところ大です。

ラストシーン、レイはタトゥイーンを、ルークの住んでいた家を訪れ、そこにルークとレイアの形見となったライトセーバーを埋めるのですが、そこへ通りがかった老婦人に名前を尋ねられ「レイ」とだけ答えます(前半で名前を訪ねられた彼女が「ただのレイで、ファミリーネームはない」と答えるシーンがあり、それと対になっています。そしてその後で自分が「レイ・パルパティーン」だと知らされるのです)。

重ねて老婦人からファミリーネームを聞かれた時、フォースと一体となったルークとレイアが見守っていることに気付き、「レイ・スカイウォーカー」、スカイウォーカーの継承者だと答えるのでした。
そしてタトゥイーンの二重太陽を見つめるレイとBB-8の姿を捉えて幕。これが文字通りの「スカイウォーカーの夜明け」というわけです。

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019)_e0033570_06454701.jpg前作、前々作で提示された謎に関しては、ほぼ回答が与えられます。
中にはフィンの出自のように触れられそうで全く触れられなかったものもありますが(「フォースの覚醒」の頃はランドの息子説がありましたが、むしろ今回登場した元トゥルーパーの女性にランドの娘である可能性がありそうです)、こぼれ落ちたものは少なくないものの辛うじて大風呂敷を畳んだな、という印象は残ります。

ただ「フォースの覚醒」と「最後のジェダイ」では明らかにベクトルが違っているのに、それを再び元に戻したことでシリーズとしての整合性はかなり失われてしまいました。
それに過去の6作も含めての完結編としては些か荷が勝ちすぎた嫌いもあります。
せっかく決着が付いていた問題をわざわざ掘り起こしてくる必要はありませんし、全てにケリを付けるには時間が足りません。

この三部作は先を決めずに各々の監督の手に委ねるというスタンスだったようですが、言ってみれば行き当たりばったりで作ってきた弊害が出て来たと言えそうです。
監督の手に委ねた割に、この「スカイウォーカーの夜明け」では監督の交代劇があったりで、その責任がディズニーにあるのかルーカスフィルムにあるのかはわかりませんが、しっかりとした舵取り役が不在なのは今後の作品作りに際しても大きな不安要素と言えるでしょう。
結局前作「最後のジェダイ」は不要、とまでは言いませんが、壮大な遠回りになってしまいました。

今回はレイ、ポー・ダメロン、フィンが3人で行動するシーンも増え、これは原点に還るという思惑もあったようですが、これまでの作品で三人が一堂に会するシーンがないため、このトリオの良さが全然活きてこないのもマイナスです。もっと事前に伏線を張ってくれないと…。
予告編で大きくフィーチャーされていたC-3POのメモリー消去にしたって、結局はR2-D2のバックアップによって復元されるのですからいらない要素ですね。

そして相変わらず旧作品からの引用のオンパレード。
ルークがXウィングを引き上げる場面は「帝国の逆襲」のオマージュ(わざわざ「ヨーダのテーマ」も流しますが、本作にヨーダは姿を見せません)だし、「ファントム・メナス」のポッドレースと「ジェダイの帰還」のスピーダー・チェイスを彷彿とさせる場面も出てきますし、枚挙に暇がありません。
やはりこの三部作は、懐古趣味に憑りつかれた”公式の”二次創作だと結論付けざるを得ませんでした。

さて、完結編ということでキャストにも懐かしい顔がチラホラ。
ルークはやっとマスター・スカイウォーカーらしい姿を見せてくれますし、ハン・ソロのハリソン・ファオードはノンクレジットのカメオ出演。実際のところストーリー展開などにさほどの意外性は感じられなかったので、本作最大のサプライズと言っても良さそうです。ジェダイではないハンがルークのようにフォース・ゴーストとして登場することは考えられませんですから。

ランドの再登場は本当に顔見せで役割は大きくありませんし、せっかくウェッジが出てくるならもっとランドやナイン・ナンあたりと絡ませて欲しかったものですが、これは贅沢でしょうか。
そしてレイア。
撮影開始前のキャリー・フィッシャーの急逝により、彼女の出演は不可能になってしまいました。

当初は”最後のジェダイ”として相応の活躍の場が与えられていたということですが、代役やCGでの登場は早々に否定されどうなることかと思っていましたが、「フォースの覚醒」の未使用フッテージを利用しての出番となりました。

驚くべきことに、これが全く自然に見えます。本作の為に録りなおされた台詞がないというのが信じられません。CG加工もなし、というのは信じられませんし(他の役者との絡みや、背景との調整などで修正はされていると思われます)、回想シーンでルークと共に修行に励む若きレイアの姿や死に至る場面では代役も起用されているはずですが、知らないで見れば気付かないでしょう。もっとも彼女の出番そのものは、おそらくルークやハンに割り振られているのだろうと思いますが。

金曜の初日に吹替版、日曜日に字幕版と2回見てきましたが、今回はひとまずこれにて。

まだ自分の中でこの作品を受け止め切れていないので、3回目、4回目と見る機会があれば、改めて追記します。



by odin2099 | 2019-12-27 06:50 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
『ジュマンジ/ネクスト・レベル』(2019)_e0033570_20360925.jpg前作「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」から2年。スペンサーたちは大学生になり、それぞれ新しい生活を送っていた。しかしスペンサーはあのゲーム世界での冒険が忘れられずにいた。
久しぶりに再会したフリッジとベサニー、マーサはスペンサーの家を訪ねるが、そこにあったのは壊したはずのゲームのみ。スペンサーがゲーム世界に入っていることを確信した3人は、彼を助け出すために再びジュマンジの世界へ。
しかしそこは彼らの知っていた世界ではなくなっており、しかも何故かスペンサーの祖父エディや、その友人マイロまでログインしてしまったのだった。

フリッジはアメフト界のスター、ベサニーはボランティアで世界を旅し、マーサも青春を謳歌、という具合に変われば変わるもの。ただスペンサーだけは自分に自信が持てず、遠距離恋愛中のマーサともいつしか疎遠に。そこでゲームを修理しようとしてジュマンジの世界へ吸い込まれちゃうというのが発端。

『ジュマンジ/ネクスト・レベル』(2019)_e0033570_20361938.jpgここで残った3人が意を決して再びジュマンジ世界へ赴くというのは、お約束ではあるもののわかっていても燃える。
マーサは再び女戦士のルビー・ラウンドハウスに、しかしフリッジは今度はシェリー・オベロン教授になり、何故かブレイブストーン博士はエディお爺ちゃん、ムース・フィンバーはマイロ、そしてベサニーは弾かれてログイン出来ない、と早くも波乱含みの展開に。

エディとマイロが何故ジュマンジの中に入っちゃったのかは何の説明もないのが気になるが(フリッジたちと一緒にいたわけでもないのに)、前作と同じキャラのはずが”中の人”が違うと全くの別人になっちゃうというのが今回の肝。
エディは短期で怒りっぽく人の話を聞かずに状況も理解しようとせず、一方のマイロは何事もスローなマイペース。
前作では物語を引っ張っていった二人が丸っきりの役立たずっぷりなのが可笑しいやらイラつくやら。

ベサニーはアレックスに助けを求め、何とか二人ともログインしてピンチの一行を救い、ミン・フリートフットになっていたスペンサーとも再会し、前作の主要キャラがようやく揃って冒険の旅は次なるステージに。
ちなみにベサニーはどうしたことか馬になってる。馬もプレイヤーキャラクターなんだねえ。

『ジュマンジ/ネクスト・レベル』(2019)_e0033570_20401409.jpgエディとマイロはその昔レストランを共同経営していたが、マイロが勝手に引退宣言したために店は売却。そのまま喧嘩別れ状態になっていたのだが、ひょんなことからゲーム世界での大冒険を共にするうちに仲直りする、というのがサブストーリー。
それが最終的にはスペンサーとエディ、祖父と孫の絆の再確認にもなってゆく。

終盤ではキャラのシャッフルが行われ、前作同様スペンサーがブレイブストーン、フリッジがムース、ベサニーがオベロン教授になるのでようやく本調子。
そして最後にはちょっぴりとしんみりさせてくれる別れのシーンもあったりするけれど、まずはメデタシメデタシ。「もう二度とゲームは修理しないぞ」との決意を新たに大団円。

……のワケはないよね。
スペンサーの家を訪れた修理屋さんがゲームをいじってしまい、今度は現実世界をゲームが侵食するという1作目の「ジュマンジ」みたいなシーンが描かれてエンド。
しかもどうやら今度はスペンサーのお母さんが巻き込まれてしまったっぽい?
こりゃシリーズ第5弾はやる気だな、ヒットさえすれば。

【ひとこと】
吹替キャスト、すげー下手な人がいる。
もう本職に任せようよ、適材適所。



by odin2099 | 2019-12-16 20:42 |  映画感想<サ行> | Trackback(1) | Comments(2)
『屍人荘の殺人』(2019)_e0033570_23593887.jpg大学のミステリー愛好会に所属する自称”ホームズ”の明智恭介と、その助手・葉村譲。
その二人の前に現れた謎の美人女子大生の剣崎比留子は、とあるサークルの夏合宿への参加を持ちかける。
昨年の参加者の中に行方知れずの女子部員がいること、そして部員宛に脅迫状が届いたこと。
興味を惹かれた二人は、彼女に同行して山奥のペンションへ。
曲者揃いの参加者に囲まれ、そこで巻き起こる異常事態。
更にペンションに閉じ込められることになった彼らの内の一人が、異様な惨殺死体となって発見された。

今村昌弘の小説を木村ひさし監督が映画化。
出演は神木隆之介、浜辺美波、葉山奨之、矢本悠馬、佐久間由衣、山田杏奈、大関れいか、福本莉子、塚地武雅、ふせえり、池田鉄洋、古川雄輝、柄本時生、中村倫也。

『屍人荘の殺人』(2019)_e0033570_23595091.jpg予告編を見て興味を持ったので、事前に原作小説を読了。
アレをどうやって映像化するのかなと思っていたら、割とストレートに描いていたので感心。
キャラクターやシチュエーションは原作とはかなり違う部分もあるし、その背景というか黒幕というかについてはバッサリ切り捨てられているので、そもそもなんでこういうことになったのか?が宙ぶらりんのままだけれども、枝葉を切り落としたことで一本の映画としては見やすく、わかりやすくなっているのかな、とも思う。

それにしても浜辺美波はこういった特異な美少女の役がホントにハマる。
こんな娘いるかよ、と思うようなキャラだけど、彼女が演ると何故かリアリティというか説得力があるから不思議。
独特の透明感があるからかなあ。
そしてニュートラルな受け身の芝居に徹した神木隆之介が上手い。

原作だとメンバーは美女、美少女のオンパレードのはずで、その点で映画はちょっと物足りないけれど、それでも山田杏奈福本莉子が可愛かったから良しとしよう。
原作はシリーズ化されてるが、ヒットすれば映画もシリーズ化されるかな(そしてアノ組織についても言及されるかも)。

『屍人荘の殺人』(2019)_e0033570_00000772.jpgただ、ミステリー・サスペンス物の体裁を取ってはいるものの、実のところこれはホラー映画。
原作小説にしたって一見するとラノベ風ではあるものの、人はどんどん死んでいくし、グロ描写も多くてかなり後味が悪い。それに、そもそもシチュエーションが突飛すぎる。

「第27回鮎川哲也賞」受賞作品(選考委員の満場一致)にして、「このミステリーがすごい!2018年度版」、「週刊文春ミステリーベスト10」、「2018 本格ミステリ・ベスト10」、「第18回本格ミステリ大賞」と国内ミステリーランキング4冠を達成するほどの作品なのかはちょっと疑問符がついてしまうのだけれども。


【ひとりごと】
ネタバレするけど…
宣伝だと神木隆之介、中村倫也、浜辺美波のトリオが主演のイメージ持つと思うけど、実際は明智恭介は実質的に前半で退場し、あとは葉村と比留子のバディ物と化すので要注意だね。



by odin2099 | 2019-12-15 00:06 |  映画感想<サ行> | Trackback(1) | Comments(0)
「シティーハンター」の実写版と言えばコレがあるじゃないか!

てなコトでジャッキー・チェン版の登場。
これ、映画館で見てるけどロードショーじゃなくて名画座の二本立てだったっけ。

ジャッキーが演じるのはもちろんリョウ、”シティーハンター”。
しかしここでの”シティーハンター”はただの私立探偵のことらしい。
相棒の槇村(演:マイケル・ウォン)と組んで仕事をしていたが、相棒は仕事中に命を落としてしまう。「妹を頼む」「妹に手を出すな」とリョウに言い残して。

『シティーハンター』_e0033570_21513965.jpg残された妹の香はあっという間に美しく成長し(なんせ演じてるのはジョイ・ウォンだ)、今さら乍ら槇村との約束を悔やむリョウだったが、香も実はリョウにゾッコン。しかしリョウの前では素直になれず、ここで一気にラブコメ成分が注入される。

そんなリョウに持ち込まれた仕事が、日本の大企業家の娘の捜索で、その娘を演じているのが後藤久美子。
やっとのことで彼女を見つけ、豪華客船で日本へと向かうものの、船内には国際的テロリスト軍団が乗り込んでいた!
ということでジャッキー映画らしい大アクションが繰り広げられる。

とんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」のカバー曲がダラダラとフルコーラス流れたり、途中でジャッキーらが「ストリートファイターII」のキャラクターに扮しての格闘シーンが延々と続いたり、笑うに笑えないギャグシーンが頻繁に登場したり、これのどこが「シティーハンター」なんだ?!というお寒い映画で、むしろ「ストII」のコピーの方が力が入ってる。

それでも「シティーハンター」だってことは忘れて、一本のジャッキー映画として見るならばそれなりに愉しめる。
ジョイ・ウォンはキュートだし、ゴクミも身体を張ってアクションに挑戦したり、意外なコメディエンヌぶりを発揮してるし、もう一人のヒロインともいうべきチンミー・ヤウ演じる野上冴子もエロ格好良い。
そして謎のギャンブラーをスタイリッシュに演じるレオン・ライが儲け役。

ブルース・リーが特別出演したり、後に実写版「北斗の拳」でケンシロウに扮するゲイリー・ダニエルズとジャッキーの戦いも迫力あるし、これ、なんで「シティーハンター」の映画にしちゃったんだろうねえ。
ただ最後を「Get Wild」で締めくくったら、これも立派な「シティーハンター」映画、として認識されたかもね。



by odin2099 | 2019-12-13 22:00 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
続編がやってくるので、前作をおさらい!
日本公開が昨年の春だったので、続編来るの早いなあと思ったのだけれど、あちらでの公開は丁度2年前の今ごろだったらしいので、ヒットして「それっ!」と取り掛かったとしたなら妥当なところかも。
そして新作はシリーズ4作目と明言されてるそうなので、ということはこの作品も正式に「ジュマンジ」、「ザスーラ」に続く3作目ってことに。
ただ「ジュマンジ」との関連性はきちんと描かれているけれど、「ザスーラ」はどう解釈したらいいのやら。

『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』_e0033570_22331892.jpgさてこの作品、主人公たちがゲームに半ば強制参加させられてしまうのは同じだけれども、自分たちの周りで色々なことが起きるんじゃなくて、自分たちがゲームの世界に閉じ込められてしまう、という形で変化を付けたのが成功した理由だと思う。
しかもゲーム世界では自分であって自分でない”もう一人の自分”――アバターが活躍する、というのも新機軸。「ジュマンジ」「ザスーラ」同様のボードゲームだったら、今じゃ受けなかったかも(いや、一周廻ってレトロな感じが刺さったかな)。

それに改めて見ると役者陣が上手いね。
ゲームのお話だしバカバカしい、なんて思わずにみんな真剣に取り組んでいる。
だから絵空事の中にリアリティが生まれ、見ているうちに作品世界に引き込まれていくんだろうね。
ちょうど主人公たちがゲーム世界に吸い込まれていったように、見ている我々もゲーム世界の住人と化すわけだ(プレイヤーではなく傍観者ポジションではあるけれど)。

ラストで現実世界に戻ってきた彼らはゲームを壊してしまうのだけれど、どうやら新作では密かに修理していて…ということから新たな冒険が始まるらしい。
別の登場人物たちが新たなゲームをプレイする形になるかなと思っていたけれど、どうやら完全な続編らしいので、それはそれで興味津々。

【ひとこと】
よくよく考えると1作目の「ジュマンジ」と本作の「ジュマンジ」は別のゲームだから、アラン・パリッシュがこのゲーム世界の中にいた、というのはヘンなんだよなあ。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-12-11 22:37 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
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