【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<サ行>( 385 )

冬場には閉ざされるホテルの管理人として、小説家志望のジャックは妻ウェンディと息子ダニーを連れてやってきた。
支配人は、過去に同じようにやってきた管理人が孤独に苛まれた挙句に家族を惨殺し、自らの命を絶ったという事件があったことを伝えるが、ジャックは気にも留めずに猛吹雪で外界との接触が途絶えたホテル内で3人だけの生活が始まる。
だが時が経つうちにジャックの行動に不可解な点が現れる。

e0033570_21142178.jpgスティーブン・キングの小説をスタンリー・キューブリックが監督した作品で、以前ビデオで見た時は143分あったが、手持ちのDVDは119分の短縮版。海外向けに再編集が施されたものなんだとか。
また原作者のキングはこの映画版を全く認めておらず、後に自らの脚本でTVのミニシリーズ版を製作しているのは有名な話。

しかしこの物語はよくわからない。
要はホテルが実は幽霊屋敷であり、ジャックがそれに憑りつかれて徐々に狂気へ走っていく、というのが基本ストーリーなのだろうが、ダニーが持つ超能力「シャイニング」がどのようなもので、またダニーの「唇に住んでいる友人」トニーがどういう存在で、それらが本筋にどう関係しているのかが不明瞭なままだ。
過去と現在が錯綜し(ているように見える)、これがラストシーンにどう繋がっているのか。観た人なりに解釈すれば良いということか。

ホラー映画というよりはミステリー・サスペンス映画系の怖さだが、一番怖いのは主演のジャック・ニコルソンの顔だろう。いや、妻役のシェリー・デュバルもなかなか狂気をはらんだ貌であった。

【ひとこと】
中盤あたりでジャックは全裸の美女(?)に襲われるが、そのシーンにモザイクが入っていないのはDVD版以降から?



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by odin2099 | 2018-09-18 21:17 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(2)
最近の若いもんは知らんじゃろうが、これも<スター・ウォーズ>の一本。
「スター・ウォーズ/ジェダイの復讐(ジェダイの帰還)」で一躍人気者になった、可愛い顔してやることは結構えげつない<スター・ウォーズ・ユニバース>最強生物イウォークたちの、普段の暮らしぶりはどんなのかに密着したお話。

e0033570_19351224.jpgちゃんとジョン・ウィリアムズ作曲の「イウォークのテーマ」に乗せ、「ジェダイの復讐」では中心的役割を果たしたイウォークのウィケットにスポットを当て、彼の家族や仲間たちが総出で新たな大冒険を繰り広げておる。

墜落した宇宙船に乗ってた家族と仲良くなって、やがてカタコトながらベーシック(英語)で意思疎通を図れるようになって、というのはかなりのご都合主義かなとも思うけど、それも「ジェダイの復讐」の時にレイアたちと触れ合ったからその下地があったと考えれば、まあ納得。

ところがその後<ユニバース>内の時系列の見直しがあり、「帝国の逆襲」と「ジェダイの復讐」の間の出来事と再設定。おいおい、それじゃ矛盾だらけになっちまうって。
更にディズニー買収のあおりを喰らって<ユニバース>そのものがリセットされちまい、今じゃなかったことに。

e0033570_19345947.jpgまあ正直お話は面白くはないし、<スター・ウォーズ・サーガ>の一篇としてこれを見せられても困っちゃう部分はあるんだが、それでもこういった作品すら許容、肯定し、内包するような、そんな<ユニバース>であって欲しいという気もどっかには残っとる。

しかしこの頃のルーカスは、「ラビリンス/魔王の迷宮」とか「ウィロー」とか、すっかりファンタジーに傾倒しとるのお。首尾一貫しておるのは良いことじゃが。

【ひとこと】
DVD化の際に改題されておるので、現在の邦題は「スター・ウォーズ/イウォーク・アドベンチャー~勇気のキャラバン~」とするのが正しいってことかのう。

<過去記事>



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by odin2099 | 2018-09-17 19:46 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
ペルーの童話を元に、ウォルト・ディズニーが構想27年、製作5年の歳月をかけて完成させた長編アニメーション映画。

e0033570_21345721.jpg父亡き後、継母や異父姉にいじめられている幼気な少女が、最後には王子と結ばれて幸せを掴む、というお馴染みのストーリーなのだが、本作のシンデレラはかなりポジティブ。動物たちと仲良く毎日を過ごし、辛いなかでも元気に暮らしている。
舞踏会へ行けるとワクワクしているところを、継母たちの妨害で台無しにされた時は流石に落ち込んでいたものの、そこへフェアリー・ゴッドマザーが現れるとすぐに気持ちを切り替えられる。

クライマックスでも、舞踏会の謎の美女の正体がシンデレラであることに気付いた継母の策略により手掛かりとなるガラスの靴は粉々に砕かれてしまうのだが、実はもう片方はシンデレラ自身が持っていて、それで証明して見せるという強かさ。
この都合よく表れたもう片方の靴が、偽物の可能性に誰も思い至らなかったのだろうか。

シンデレラが薄幸の美女というよりも、どちらかというと小悪魔に見えてしまうのは、口元の色っぽさもあるかもしれない。真赤なぷっくりとした唇は、少女という設定の筈なのに妖艶さを感じさせる。
着替えのシーンでは後ろ向きとはいえセミヌードを披露しているし、流石に露骨に肌を見せてはいないものの、せっかく作ったドレスをビリビリに裂かれるシーンは思わずドキドキさせられるし、ディズニーは子供向けというより自分が楽しむためにこの作品を作ったんじゃなかろうか。生前「一番好きな作品」と公言していたようだし。

ところでラストは慌ただしくお城のシーンで終るのだが、継母と異父姉たちはその後どうなったのだろうか。

【ひとこと】
プリンス・チャーミング、見事に影が薄い。



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by odin2099 | 2018-09-05 21:41 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_16451080.jpg今となっては懐かしいウルトラマン全員集合の新作映画。
劇場版「ウルトラマンコスモス/THE FIRST CONTACT」の併映作品で、新ヒーローであるウルトラマンコスモスのお披露目も兼ねつつ、シリーズの名場面を一気に見せる。

見どころは最後の大決戦で、このシーンは完全新作。
ウルトラマンキングやウルトラの父、母、そしてゾフィーを筆頭にしたウルトラ兄弟たちと、USA、グレート、パワード、ネオスらと、ゼアス、ナイス、ティガ、ダイナ、ガイアら出自の違うウルトラ戦士たちとの初共演。
ジョーニアスも久々の実写で参戦し、ウルトラヒーロー合体光線を見せてくれる。

その後大々的なウルトラヒーローの共演映画が作られ、マルチバース設定で異なる世界のウルトラマンたちとの交流も可能になった今日からすれば隔世の感があるが、この当時はこれが精一杯だったんだな。
合間合間にウルトラマン・エクササイズが挿入されているのに一抹の不安を覚えたのだが、それはまた別の話。

<過去記事>





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by odin2099 | 2018-09-02 16:54 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
79年の「銀河鉄道999」の後、80年には「地球へ…」、「ヤマトよ永遠に」、そしてこの「サイボーグ009/超銀河伝説」と3本の長編アニメーション映画が公開されました。これだけの作品を立て続けに作り得た、当時の東映動画の組織力というか地力というのは凄いものがありますね。

また「999」と「永遠に」は夏興行ですが、「地球へ」はGWの公開、そしてこの「009」は初めてのお正月興行。そしてこれまでの「宇宙戦艦ヤマト」以降の作品は全て東映洋画系・東急系での上映でしたが、この作品はやはり初となる邦画系での上映と、アニメ映画が量産体制に入ったことや、アニメは商売になると判断されたであろうことから公開時期を色々と模索していたのでしょう。ただその後に続くGWやお正月の公開は、規模の小さなセントラル系以外ではありませんので、成功したとは言い難かったのかも知れません。

e0033570_18484519.jpgさてこの作品、79年春からから80年にかけて一年間放送されたTVシリーズの続編ということのようです。
TV版は東映本社の製作で実制作はサンライズでしたが、この劇場版は前述の通り東映動画が担当しています。劇中では関連性について特に触れられていませんが、コズモ博士の研究所が映るカットの片隅にTV版のギルモア研究所の廃墟が見えていることや、平和が訪れサイボーグ戦士たちも世界各地でそれぞれの細やかな幸せを掴んでいることが「その後」を窺わせます。

しかしその後の物語はいけません。公開当時は感動していたはずなのに、見直す度に評価がダダ下がり…。
元々石ノ森センセの構想では、宇宙が舞台になるにしても太陽系内規模だったそうです。
ところが東映サイドから「ヤマト、999に続け!」と号令をかけられ、おまけに「スター・ウォーズ」に関わっていたとされる謎の人物ジェフ・シーガル氏が参加するに至り、40万光年彼方への旅するという大スケールになってしまいました(この人の功績は008のデザイン変更の提案だけかな)。

「ヤマトよ永遠に」も敵母星が40万光年先ということでしたが、どっちもあっけなく行き来してしまいます。
あちらは新機能の連続ワープ、こちらは”宇宙のトンネル”スターゲイトを潜るという違いはありますが、要は遠距離もあっという間に短縮してくれる便利ツールの活用です。宇宙は狭いですね。
これならわざわざ遠くに行って物語を進めなくても、近場で良かったんじゃないですか。

009たちが対決する相手は”悪の権化”大帝王ゾア率いるダガス軍団ですが、逃亡者を追っていたとはいえ、わざわざ40万光年も離れた地球へやってくる意味も分かりませんし、その配下に第一軍団長ガロというのがいるのですが、第二軍団、第三軍団はありそうもなく、他に適当な人材も見当たらない弱小組織です。

そしてゾアが手に入れようとするボルテックスというのが正体不明。超エネルギーなのかと思いきや、生命体?で神にも等しい存在、って結局「なんのこっちゃ?」ですね。
ゾアは己の野望の為にエネルギーを吸収し続けて自滅。その場にいた009はゾアの消滅を願ったとのことですが、それなら放っておいても良かったんじゃないのかしらん? ご都合主義、ここに極まれり。

009たちがやったことといえば、浚われた001とコズモ博士を助け出しただけ。
途中で立ち寄ったファンタリオン星では王女タマラや住民たちを一度はダガス軍団から解放したのもつかの間、結局はダガス軍団の猛攻で住民は全滅、という有様です。004という尊い仲間の犠牲を払い(後にこれまた都合よく復活しますが)、殆ど何も得られなかったという、サイボーグ戦士の戦歴の中で最大の失敗ミッションではないでしょうか。

とまあ色々あるのですが、作画は安定してますし、ムード優先なので009や003に感情移入していればドラマに酔えると思いますし、必ずしも駄作であるとは言いかねますし、ぶっちゃけ個人的には大好きなのですが、それでもどう贔屓目に見ても「傑作だ!」と声高に叫ぶ愚行は犯せません。
この作品が許せるか許せないかは、「009」ファンの一つの試金石のようなものなのかも…?

ところでこの作品、一部では知られてますが、当初はりんたろう監督作品として進んでました。作画監督は小松原一男、美術監督は椋尾篁と「999」トリオのスライドが予定されていたのですが、シナリオ作りの段階でこじれて降板(小松原、椋尾の両氏も)、明比正行が監督、山口泰弘が作画監督ということで仕切り直しされています(このコンビは後の「1000年女王」も手掛けています)。

りん監督版「009」も見てみたかったですが、もし「009」を監督していたら、「さよなら銀河鉄道999」はどうなっていたのやら。
一時は春映画として情報が流れた「999」は夏映画へと延期になりましたが、これはスケジュール調整の結果? 
それでもお正月映画を仕上げた後で翌年の夏映画を手掛けるのはスケジュール的にかなり厳しそう。そうなると「さよなら銀河鉄道999」は別スタッフが担当していたのかもしれません…?

<過去記事>



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by odin2099 | 2018-08-22 18:57 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
元夫のせいでFBIの職を追われ、更に娘の養育権も奪われたエリンは、娘を取り戻すための裁判費を稼ぐためにバーで働きはじめ、今では店の人気ストリッパーになっていた。
その店にディルベック下院議員がお忍びでやってきて、たちまちエリンの虜になる。そして彼女に触れようとした酔客を殴り倒したところを常連客のジェリーに見られてしまう。
彼女のファンだったジェリーはエリンの娘を取り戻すべく、ディルベックを脅迫して判事に圧力をかけようとするのだが、翌日湖にジェリーの溺死体があがる…。

e0033570_22142461.jpg一応はミステリー物、ということになるのだろうか。
20年ぶりくらいに見直したのだが、相変わらずシリアスなのかコメディなのかがよくわからない。
バカバカしくて笑えるからコメディ映画、というわけではないのだが、ユーモアの匙加減も中途半端。ただスタッフは「おバカ映画」を作ってるという自覚はあったのだと思うが。
面白くなりそうな要素は沢山あるのに勿体ないな、という印象の一本。

最大の見せ場は序盤から何度かあるデミ・ムーアのストリップシーン。といってもトップレス止りだが、撮影前に身体を絞っただけあってダンスシーンは迫力がある。
ただアスリートのような筋肉質のボディ(おまけに豊胸手術を施したとも?)にはあまりそそられず、むしろ彼女以外のダンサーの方が綺麗に見えるので、彼女のヌードだけが目当ての人には物足りないかも。

事件を担当することになるガルシア警部補をアーマンド・アサンテ、エリンの最悪の亭主ダレルにロバート・パトリック、エリンの友人で用心棒役のシャドにヴィング・レイサム、それにエリンの娘アンジェラ役にデミ・ムーアとブルース・ウィリスの実娘ルーマー・ウィリスを配すなどなかなか豪華なキャスト陣だが、特筆すべきはヘンタイ議員のバート・レイノルズ。かつてのファンは泣きそうな怪演ぶりだが、嬉々として演じたのか仕事と割り切っていたのか、どっちだろう?



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by odin2099 | 2018-08-21 22:23 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_22592967.jpg学校の問題児の少女マチルドが道で倒れているところに通りかかった教師のフランソワは、家まで彼女を送って行くが、彼女が複雑な家庭環境に育ったことや実は鋭い知性の持ち主であることに気付き興味を抱く。
何とかマチルドの放校処分を取り消したフランソワは、授業の遅れを取り戻すべく個人教授を買って出、マチルドもそんなフランソワに心を開いてゆく。またフランソワもマチルドに惹かれ遂に二人は一線を越えてしまう。
だがマチルドのフランソワに対する思慕は徐々にエスカレートし、それはフランソワの妻カトリーヌへの攻撃的な態度となって表れてしまう。そして二人の関係が明るみに出る日がやってきた…。

アイドル歌手として人気上昇中だったヴァネッサ・パラディを主演に、ジャン=クロード・ブリソーが自ら脚本も手掛けて監督した作品で、共演はブルーノ・クレメール、リュミドラ・ミカエル、フランソワ・ネグレ、ジャン・ダステ、ヴェロニカ・シルヴェールら。
マチルドは17歳という設定だが、ヴァネッサ・パラディも撮影当時は16~7歳。しかし未成年でありながらも開始数分で早くもヌードを披露し、おまけに喫煙シーンまであるというのは今では許されないだろう。

物語は一口に言ってしまえば「教師と生徒の禁断の恋」を描いたもの。
わざわざ最初の方で「ロリータ趣味はない」と断言していたフランソワが、あれよあれよという間にマチルドに溺れて行く様は滑稽でもある。それでいて美人の奥さんや社会性、面子などを気にして及び腰なのが情けない。
とはいうもののマチルドの、正に「天使と悪魔」ならぬ「天使と小悪魔」の危うげな魅力には抗しがたく、フランソワの転落ぶりには一定の説得力がある。

一方のマチルドがフランソワのどこに惹かれたのかはよくわからないが、平たく言えば「自分を構ってくれた」から安心感を覚え、依存心が芽生えたということなのだろうか。
破滅志向の彼女の行動は衝動的で恐ろしくもあるが、それが一時の気の迷いやお遊びではなく、本当に一途で純粋な愛ゆえのものだったことがわかるラストシーンは泣ける。

二十数年ぶりに見直したが、”フレンチ・ロリータ”と称されたヴァネッサ・パラディの、少女としての一瞬の輝きを切り取り、フィルムの中に永遠に閉じ込めたという一点だけでも、この作品は”名作”と呼ぶに足る一篇だろう。


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by odin2099 | 2018-08-07 23:00 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
石ノ森章太郎を原作者に頂いた「秘密戦隊ゴレンジャー」と「ジャッカー電撃隊」と、東映オリジナル(原作:八手三郎)の「バトルフィーバーJ」以降の作品群は、本来は別モノ。しかし今は同じ<スーパー戦隊>シリーズという扱いになっている。

となると「ジャッカー」が77年12月に放送が終了し、「バトルフィーバー」が79年2月にスタートするまでシリーズには空白期間があることになるのだが、78年の3月に公開されたこの劇場用作品があるため、シリーズに空白はない、というのが近年の詭弁。
しかし<ウルトラマン>にも<仮面ライダー>にも中断期間があるのだから、正直どうでも良い話。

それより冒頭で「ゴレンジャー」と「ジャッカー」を普通に同一シリーズとして扱ったが、実はこの両番組も特に繋がりはない。
「ゴレンジャー」のフォーマットに則って作られた「ジャッカー」は確かにシリーズ第2弾ではあるが、お話が繋がってるわけではないのだ。
なのでこの二大戦隊の共闘は、<スーパー戦隊VSシリーズ>がレギュラー化し、TV本編へのレジェンド戦士の登場が珍しくなくなった昨今と違い、子供たちには遥かに大事件だったのだろうな、と思う。
e0033570_19465659.jpg
ただ出来上った作品は、キャラクター面では必ずしも充実していたとは言い難い。
死んだ筈のアイアンクロー/鉄の爪(演:石橋雅史)の復活に、クライム四天王(演じるのは安藤三男、潮建志、天本英世、金田治で、合体した四天王ロボの声は飯塚昭三!)の登場も、マニア向けのキャスティングが子供たちにどの程度アピールするのは疑問だし、この手のイベントでお約束の再生怪人軍団の登場もない。
何よりもゴレンジャー側の素顔での出演者がペギー松山(演:小牧りさ)のみというのは淋しい。
それでもTV放送が終わって3カ月近く経ち、再びジャッカーに、ゴレンジャーに会える、という一点だけでも子供たちには十分だったのだろうか。

ちなみに以前にも書いたが、この映画は当初「ジャッカー電撃隊VS大鉄人17」として企画されていた。
劇中でも世界各地で悪と戦っているヒーローとして、ゴレンジャーの他に仮面ライダーV3キカイダー仮面ライダーアマゾンの名前が上げられている。
既に<仮面ライダー>シリーズに幕が下ろされて2年以上が過ぎ、「ジャッカー」の終了でTVから石ノ森ヒーローは姿を消している。
つまり実写版<石ノ森章太郎ワールド>の集大成は意図されていたものの、必ずしも<スーパー戦隊>をシリーズとしてまとめようとしていたわけではなかったのだ。
もしジャッカーと17の共闘が実現していたら、<スーパー戦隊>シリーズは成立していなかった可能性もある。その点ではこの作品の存在意義は大きい。

先に公開されていた「グレンダイザー・ゲッターロボG・グレートマジンガー/決戦!大海獣」が永井豪ロボットアニメの集大成を意図していたのと同じで、<東映まんがまつり>も転換期を迎えていたのだ。
かつてメイン番組が名作物の新作アニメからTVヒーローの劇場用新作に移り、その主役が<仮面ライダー>から<マジンガー>へと移行していったが、今度はアニメが永井豪作品から松本零士作品へ、実写ヒーローは石ノ森章太郎作品から八手三郎作品へと移り、そして「テレビまんが」から「アニメブーム」へと進化、発展していく過渡期だったのである。

<過去記事>
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by odin2099 | 2018-08-07 06:20 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(2)
ロジェ・ヴァディムの監督デビュー作で、主演は当時の愛妻ブリジット・バルドー
いきなり全裸で横たわる彼女のシーンで始まるのだから、監督の嫁さん自慢も徹底している。

e0033570_19445858.jpgそのBBが扮するのは18歳の孤児ジュリエットで、そのセックスアピールに彼女を引き取った家の主人をはじめ、街の有力者やら若者やらが振り回される。
ところが彼女自身はなかなか満たされない想いを抱えていて…と、艶笑コメディかと思いきや意外に暗くて重たいお話だった。
ちょっとしたサスペンス風味を挟みながらも最後は一応のハッピーエンド、と言って良いのかな。え、ここで終るの?とちょっとビックリはしたが。

まあお話はともかくとして、ブリジット・バルドーの奔放で小悪魔的な魅力が全編に亘って炸裂!
撮影当時の彼女は21か22くらいだと思うが、堂々たる主演女優の貫録。こんな娘が実際にいたら振り回されてみたい気もするけれど、身を亡ぼすのがオチだろうなあ。

共演はクルト・ユルゲンス、クリスチャン・マルカン、ジャン=ルイ・トランティニアン、ジョルジュ・プージュリーら。
ヴァジェム監督があまりに魅力的にBBを描いたせいか、撮影中にトランティニアン(こちらも既婚者)がBBと恋に落ち、双方共に離婚するというオマケ付き。
最初にアプローチしたのがどちらかは知らないけれど、もし彼女に迫られたら拒めないだろうと素直に納得してしまう。

【ひとこと】
監督がレベッカ・デモーネイを主演に自らリメイクした作品(「可愛い悪女」)も是非見たい。


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by odin2099 | 2018-08-01 19:49 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
バミューダ沖でダイビングを楽しんでいるデビットとゲイルのカップルは、偶然難破船から小さなガラス瓶とスペイン金貨を発見する。
なおも宝探しに興じる二人だったが、怪しげな男たちに付き纏われ、やがて恐るべき体験をすることになる――!

「ジョーズ」に続いてピーター・ベンチリーの小説を映画化したもので、監督はピーター・イェーツ。
出演はロバート・ショー、ジャクリーン・ビセット、ニック・ノルティ、イーライ・ウォラック、ルイス・コゼットJr.ら。

e0033570_07381344.jpg記憶違いをしていて、この作品は「ジョーズ」と同じプロデューサーやスタッフ陣かと思っていたのだが、あちらはユニバーサル・ピクチャーズ、こちらはコロムビア・ピクチャーズで全くの別物。「ジョーズ」の大ヒットに肖った、柳の下に泥鰌が…の一篇だった。
ちなみに本家「ジョーズ」の続編が登場するのはこの翌年のことだ。

同じ海を舞台にはしているもののお話は「ジョーズ」とはまるで違い、海底に眠るお宝を巡って善人悪人入り乱れるクライム・アクション。
主人公たちがウツボやサメに襲われるシーンはあるものの(本物を使ってるそうだ)、「ジョーズ」のようなモンスター映画ではない。

ロバート・ショーは原作者のご指名により「ジョーズ」に続いての出演。かなり尊大で鼻持ちならない奴だったあちらと違い、こちらでは頼れる海の男。
といっても主人公にとって敵か味方か判然としないという、一癖も二癖もある役どころだ。

何度も危険な目に遭いながらも危険に飛び込んでいくカップル(新婚夫婦と書いてる粗筋を幾つか見かけたが、劇中の描写によればまだ結婚はしていない。婚約はしてるのかもしれないが)の男性デビットを演じたのは、無名時代のニック・ノルティ。一応の主人公だが、利己的で全く感情移入できない。

それに対してヒロインのゲイル役のジャクリーン・ビセットの素晴らしいこと
冒頭からノーブラのTシャツ一枚でのダイビングシーンを披露。当然ながら豊満なバストがクッキリハッキリ。その後も悪人に捕まりボディチェックをされ、自らシャツとブラを取ってみせるシーンや、シャツを切り裂かれ素肌に鶏の血を塗られるシーンなどセクシーショットの連発。なまじのヌードよりもエロティックかもしれません。

お宝の価値が今一つわからなかったり、水中でのアクションが多いのでどうしても動きがゆったり、そして映画そのものの展開もスローモーになってしまっているし、本物のサメやウツボの投入も、主人公たちにとっては恐怖でも、それを見ている観客にはその緊迫感や恐怖感がなかなか伝わらないというもどかしさもあるので何となく締まらない出来ではあるのだが、なんといってもこの映画最大の見せ場はジャクリーン・ビセット。彼女が光り輝いていれば、それで良いのだ。



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by odin2099 | 2018-07-25 07:58 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)

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