【徒然なるままに・・・】

odin2099.exblog.jp

「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<ハ行>( 275 )

マーベル・コミックをディズニーがアニメ映画化した作品。
実写映画の<マーベル・シネマティック・ユニバース>を除くと、マーベルとディズニーとのコラボは今のところこれしかないのはちょっと勿体ない気もするけれど、それは今後に期待かな。

さて、お話的にもスタッフ的にも何の関係もないのだけれども、「アイアン・ジャイアント」「Mr.インクレディブル」を見るとなんとなくこの作品も見たくなってくる。
なんか似た匂いを感じるというか。

e0033570_00004036.jpg個人的に一番繋がりを感じる部分は、女性キャラクターの描き方、存在感。「アイアン・ジャイアント」の紅一点いやヒロインは、主人公ホーガース少年の母親のアニー
「Mr.インクレディブル」のヒロインは娘のヴァイオレットではなく、勿論その母親でありインクレディブル夫人であるところのイラスティガール、ヘレン
そして「ベイマックス」のヒロインはゴー・ゴーでもハニー・レモンでもなく、キャス叔母さん!

いずれも熟女、じゃないな、妙齢の女性が魅力的に描かれているということ。正式な設定は知らないけれど、いずれも推測するに30代半ばから40代前半くらい、かな?

キャス叔母さんは独身みたいだけど、他の二人は人妻(あ、一人は未亡人らしいけど)であっても決してオバサン化はしておらず、若々しくて実にチャーミング。
かといって少女のように描かれているのではなく、適度な色気もあり、きちんと年齢相応に見えるところが素晴らしい。アニメでは一番表現しにくい年齢層だと思うし。

また物語も、子供の視点は忘れてないけれど子供に阿ってもいないし、物わかりの良い大人は出てくるけど頼りっぱなしじゃないし、子供も大人も楽しめる冒険活劇になっているというのもポイント高し。
もし「ベイマックス」の続編を作るなら、今度はブラッド・バード監督で、なんていうのもどうだろう?
ま、アイアン・ジャイアントはワーナーのキャラだから難しいだろうけど、インクレディブル・ファミリーは同じディズニー傘下のピクサー印。”Big Hero 6”と共演する番外編なんかがあっても愉しそうなんだけどなあ。

【ひとりごと】
あ、キャス叔母さん萌えだけど、ゴー・ゴーもなかなかエロカッコ良くて好き。
でもハニー・レモンみたいなタイプはちょっと苦手かな。

<過去記事>



[PR]
by odin2099 | 2018-08-11 00:05 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
渡辺淳一のベストセラー小説を根岸吉太郎監督が映画化。
主演は秋吉久美子で、他に沖直美、岩本千春、岸部一徳、池田満寿夫、池部良、木内みどり、そして先ごろ亡くなった津川雅彦らが出演。

e0033570_22585201.jpg去年久しぶりに見直してはいるけれど追悼の意味を込めて再観賞したが、正直なところこの作品の見どころは秋吉久美子の大胆な演技、いや艶技。
儚げでどこか捉えどころのない、和装の似合うしっとりとした美人なのだが、登場シーンの大半で美しいヌードを披露。彼女の肢体だけでも間違いなく鑑賞料金の元は取れる。
更に沖直未、岩本千春と違ったタイプの美女、美少女のヌードも拝めるのは正に眼福で、成人指定映画なのも宜なるかな。

津川雅彦が演じているのは自分勝手で独りよがり、全く共感出来ない主人公。
著名人という設定なだけに今ならマスコミの格好の餌食となってスキャンダル塗れになり、その上パワハラ、セクハラの訴訟も幾つか起こされそう。
そんな彼が自業自得ともいうべき結末を迎えるラストシーンは、憐れというより滑稽でもある。また、これがあるから見ている側は溜飲が下がるのかも知れないが。

ともあれこの作品への出演がターニングポイントになり、津川雅彦は色気のある中年俳優として文芸モノの常連となった。
しかしベッドシーンの大半で喫煙してるのは気になる気になる。

<過去記事>





[PR]
by odin2099 | 2018-08-08 23:08 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
これまたロジェ・ヴァディム監督の当時の嫁さん自慢映画で、オープニングがいきなりバーバレラ役ジェーン・フォンダの無重力ストリップ。
衣装を一つずつ取る度に中から文字が飛び出し、これがタイトルやスタッフ、キャストのクレジットを構成。
この文字が微妙に揺れ動いて、バーバレラの身体そのものも巧妙に隠すというのはアイディアもの。

この「見えそで見えない」感が良い。
でも実のところ全部は隠しきれてないというか、意図的にずらしてるのだろうけれど、バストトップもヘアもしっかり見えてしまっていて、このオープニングタイトルだけで元は取れたな、と思う。

e0033570_19304787.jpg続けてバーバレラは大統領からの司令通信を受けるのだが、「服を着ます」という彼女に対し、大統領は「そのままでいい、公務だから」とワケわからん返答をするもんだから、ずっと彼女は全裸のまま。
万事がこの調子で、スケスケの服は着させられるわ、服はビリビリに破かれるわ、ガラス(ビニール?)越しのヌードを披露するわ、クライマックスではセックス拷問マシーンにかけられるわ、と散々。

といってもタイトルバックを除けば「見えそで見えない」感は貫かれているし、全体的にポップでお洒落な演出が施されているので下品な感じはない。それもこれもみんなジェーン・フォンダのエロカワな魅力の賜物。
以前にも書いたけれどお話は決して面白いとは言いかねるので、これは間違いなく彼女のファッションショーを愉しむ映画だ。

そういやこの作品のプロデューサーはディノ・デ・ラウレンティス。後の「フラッシュ・ゴードン」に通じるキッチュさがあるな。
何度かリメイクの企画が上がっているものの実現はしていないが、なかなかハードル高そうだね。

<過去記事>




[PR]
by odin2099 | 2018-08-06 19:37 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
<ハリー・ポッター>の3作目。前2作でメガホンを取ったクリス・コロンバスはプロデュースに回り、新監督にはアルフォンソ・キュアロン。
2作目は1作目が公開される前から製作がスタートしていたが、2作目と3作目の間にはインターバルが。
監督が交代したこともあるし、子役たちが成長したこともあるけれど、前2作とはかなり雰囲気が異なるものに。

比較的小説版に忠実に作られてきたこれまでとは違い、この3作目は原作小説をかなり大胆に刈り込み、「あれがない」「これもない」は今まで以上に増えた。ただその分映画としての独自色が強く出るようになり、以後小説は小説、映画は映画とそれぞれ別の道を歩むことになる。
公開当時は物足りなさや違和感の方が大きく、ぶっちゃけ前2作に比べると不満度も高かったのだが、映画が全8作で完結した今ではこの作品が一番好きかもしれない。

e0033570_20590902.jpgこれまでは根底にどんなに暗く重たいお話があろうとも、表面的には明るく楽しい学園生活を強調してきたが、今回は冒頭から暗鬱なムードに。両親を侮辱されブチ切れるハリーのダークサイドを見せ、凶悪な殺人鬼の脱獄、監視下に置かれるホグワーツ、ともはや日常は安全でも何でもないことが明らかになる。
ただ今回はヴォルデモードは実は直接関わってこない。確かにヴォルデモードに起因する因縁話の上での事件だが、まだハリーたちは外からの直接的な脅威には晒されていないのだ。シリウス・ブラックの脱獄は裏切り者ピーター・ペティグリューへの復讐の為だし、リーマス・ルーピンが暴れることになってしまうのはその習性と性癖の故だ。ヴォルデモードは一切関知しない。ハリーたちが大いなる脅威に脅かされるのは、まだ先の話である。

今まで鬱屈した生活を送ってきたからか、ダーズリー一家に対しハリーは初めて生の怒りの感情をぶつける。ダンブルドアが何故幼いハリーをダーズリー一家に託したかは後の作品で明らかになるが、ハリーの育ち方を見るとそれで本当に良かったのかな、という気がしないでもない(余談だが、生まれてすぐラーズ夫妻に密かに預けられ育てられたルーク・スカイウォーカーとの共通点を感じる)。

リチャード・ハリスが逝去したため、本作からダンブルドアの配役がマイケル・ガンボンに交代。後任候補にはイアン・マッケランも上がっていたが諸事情で実現しなかったが、もしマッケランだったら流石にガンダルフと被ってしまう。ただハリスとガンボンは面差しがまるで違うので、まだマッケランの方がイメージを踏襲できたかもしれない、とは思う。

また配役のことをいえば、ルーピンはユアン・マグレガーに演じて欲しかった。ファンからの要望も多かったようだが、個人的にはデヴィッド・シューリスにはどうも悪役のイメージしかないもので。
同様にシリウスの個人的なイメージキャストはヴィゴ・モーテンセンだったが、こちらはヴィゴがイギリス人ではないので無理な話か。

【ひとこと】
人狼ということでいわれなき迫害を受けてきたルーピン。差別問題が騒がれる昨今、この作品も様々な視点から再評価されるべきかと思う。

【おまけ】
ルーピン」のスペルは”Lupin”、しかし日本ではこの名前、一般的には「ルパン」という表記の方が馴染み深そう。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/10648257/



[PR]
by odin2099 | 2018-07-31 21:02 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「魔法使いハウルと火の悪魔」を原作としたジブリの長篇アニメーション映画。
当初は細田守の監督作品として進められていたものの、諸事情で降板した後に宮崎駿監督作品として仕切り直されたのはご存知の通り。
この頃に世代交代に成功していたら、ジブリも今と違っていたかもしれない。

e0033570_20592620.jpgオープニングから流れる久石譲の音楽は素晴らしいが、お話は序盤こそ原作に沿ってはいるものの中盤以降は完全にオリジナル展開。キャラクターもまるで別人で、それでも原作寄り面白くなっているならともかく、更につまらなくしているようにしか感じられない。そしてキャラクターの作画の不統一さも気になる。今回見直すのは公開以来なのだが、その印象は変わらなかった。

倍賞千恵子、木村拓哉、美輪明宏、我修院達也、神木隆之介、加藤治子…というキャストでも、合格点を上げられるのはせいぜい我修院達也と神木隆之介くらい。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズは元々ジブリのファンだったそうで、この映画も好意的に受け止めていたようだが、果たしてそれは本心だったのだろうか。

この作品以降、ジブリとジブリフォロワーによる英米児童文学のアニメ化は続いていく…

【ひとこと】
「ハウルの動く城」ってそういう意味で「動く」んじゃないんじゃないの?
まるで機械仕掛けのでっかい虫で気持ちが悪い。

<過去記事>




[PR]
by odin2099 | 2018-07-29 21:09 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_20302865.jpg自然災害の多い日本では景色や建物も失われてしまう。
その前に映像として記録し、「日本を目に見える、耳で聞こえる形で後世に遺す」ということで、東日本大震災以降に「ピース・ニッポン・プロジェクト」が立ち上げられた。

この作品は北は北海道から南は沖縄までの200カ所以上で、8年の歳月をかけて空撮を中心に日本の様々な”瞬間”を捉え、「日本人にもっと日本を知って欲しい」というコンセプトでまとめられたとのこと。

富士山は勿論のこと、阿寒湖、釧路湿原、白神山地、蔵王、中禅寺湖、小笠原諸島、白馬村、上高地、白川郷、比叡山、高野山、鳥取砂丘、鞆の浦、阿蘇山、屋久島…といった自然から、出雲大社、伊勢神宮、二条城、姫路城、日光東照宮、伏見稲荷神社、東大寺、松本城、竹田城、鶴岡八幡宮、金沢城、東京タワー、レインボーブリッジ、東京スカイツリーといった建造物、はたまた隅田川や諏訪湖、いたばしなどの花火大会etc、多岐に亘る”日本の風景”がカメラに収められている。

監督は中野裕之、出演は渡辺大と及川さきの、ナビゲーターは小泉今日子と東出昌大。

全編通して美しい映像のオンパレードで、かつ個人的には多くのお城が収められているのが嬉しい限り(震災前の熊本城も)。ただ美しすぎるが故に何度か記憶をなくす瞬間があった。
また毎度思うことだが、この手の作品の”語り”はやはり本職を使うべきだし、その”語り”が入る場面のBGMとして歌モノを流すのもいただけない。
気持ちの良い映像には、気持ちの良い”音”を是非お願いしたいところだ。


[PR]
by odin2099 | 2018-07-23 20:34 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
フラッシュならぬ”フレッシュ・ゴードン”が活躍するSF映画で、「スター・ウォーズ」人気に便乗して1978年の春休みに公開された。

e0033570_20570526.jpg…のだが、知ってる人は知っている、知らない人は全く知らない話だろうが、この映画は「フラッシュ・ゴードン」をベースにしたパロディ・ポルノ映画なのだ。

なんとかブームに便乗しようと3年も前の作品を引っ張り出し、ボカシを入れたりトリミングしたりで一般映画として上映されたのだが、映画館へ足を運んだ家族連れはさぞ気まずい思いをしたんだろうなあ。

宇宙の彼方から地球に降り注いだ怪光線。これを浴びた人は理性を失い、色情狂と化してしまう。
高名な科学者の息子フレッシュ・ゴードンは地球を救うために、ジャークオフ博士や恋人(となった)デイルと共に、光線の発信元であるポルノ星へ向かい、皇帝ワングを倒すために飛び立った。

――というお話で、約四半世紀ぶりに再観賞。

e0033570_20572253.jpgリック・ベイカー、ジム・ダンフォース、デヴィッド・アレンら気鋭の若手やベテランが混在したSFXチームの仕事ぶりは一見の価値はあるものの、全体的には低予算というよりアマチュア映画のような出来。

以前見たビデオソフトよりは、今回見たDVDの方が<ヘア解禁ノーカット完全版>と銘打ってるだけに、おそらく以前はカットされたシーンも復活し、ボカシも少なくなってると思われる。
だが、「シンドバッド」シリーズや「キングコング」、「スーパーマン」などのパロディも笑えないし、お話もグダグダなのは全長版でも相変わらずだ。

篤志家のみどうぞ。


[PR]
by odin2099 | 2018-07-09 21:03 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
「スター・ウォーズ」のフォロワー作品も色々と発掘中。
となるとこの作品を抜きには語れません。

ジョージ・ルーカスが自らの手で再映画化を熱望して果たせず、代わりに生まれたのが「スター・ウォーズ」というのは有名な話。
そして今度は「スター・ウォーズ」の大ヒットを受けて、金に物を言わせて映画化権を手に入れたディノ・デ・ラウレンティスがそれに対抗すべく(便乗すべく?)作り上げたのがこの「フラッシュ・ゴードン」。正に因縁の作品ですな。

e0033570_20525500.jpg「全てにおいて<スター・ウォーズ>を超えろ」がラウレンティスのモットーだったらしいが、出来上がった作品は「スター・ウォーズ」のどこが受けたのか、をどうやら把握しそこなったかのようなものになってしまった。
出てくる人物はクレイジーな連中ばかり。
主人公のフラッシュやその恋人となるヒロインのデイルも相当なおバカだし、悪役のミン皇帝やその娘のオーラ姫(オルネラ・ムーティがビッチっぷりを発揮)は言うに及ばず、一見被害者面してるザーコフ博士もその実”諸悪の権現”だったりする。

画面も悪趣味の極致のキンキラキン。いや、キンキラキンが悪いとは言ってないし、それも狙ってのことなんだろうが、B級テイストの愉しさを醸し出すのと、本当に安っぽいのとは違う。

悪がはびこる中、対立する者同士が共通の目的のために手を組み、巨悪に立ち向かうというお話。見事にヒーローたちは勝利し平和が訪れたかに思えたが、悪役の復活(と続編の製作)を示唆して終わる、という流れも燃えるものがあるのだけれども、演出のテンポも悪くてまだるっこしい。

「スター・ウォーズ」はB級映画をA級の娯楽大作に仕立て上げ、それが観客の心を掴んだのだと思うが、この作品は巨費を投じながらもチープなB級作品、に留まってしまった。
熱心なファンは数多いが、カルト大作と祭り上げられるまでにも至らないようで、豪華なキャストも含め、壮大な無駄遣いに終わった底抜け超大作といったところ。

以前にも書いたけど、この際ルーカスは「スター・ウォーズ」が我が手を離れた今こそ、もう一度「フラッシュ・ゴードン」の再映画化にチャレンジしてみたらどうだろうか。

<過去記事>


[PR]
by odin2099 | 2018-07-06 20:58 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
いきなりアメリカ国歌が流れて驚いたが、これがテレビ放送終了の合図。
わが国でもNHKの放送終了時は「君が代」が流れたっけ。
今じゃ24時間放送が珍しくないけれど、まだまだテレビの深夜放送が珍しかった時代だ。

その放送終了後の通称「砂の嵐」に向かって語りかけるキャロル・アン。これが怪異の始まり。
何かが起りそうな空の色、家の横にある不気味な大木、長閑な新興住宅街の風景を映し出しながらも、少しずつ少しずつ予兆を盛り込んでいく。

e0033570_19555523.jpg最初は、誰も手を触れていないのに家具がひとりでに動き出す、という現象が起る。不思議ではあってもどこかアトラクション感覚で、まだまだ面白がるだけの余裕あり。
ところがここでキャロル・アンが何者かによって連れ去られ、ここで物語は一挙に進展する。約2時間の映画の内、おおよそ三分の一が経過したところだ。

ここで専門家が現れて怪異現象への一応の説明が始まり、キャロル・アンがひとまず無事であること、そして事態への対処方法の模索が始まる。しかし現象は専門家たちの想像を超えていた。家族には次々と変事が起り、ここで助っ人が登場。これが単に超常現象や心霊現象の専門家ではなく霊能力者なのである。

ここまで比較的理詰めでお話が進められてきたので、一気にファンタジー方面に舵を切ったというか、胡散臭さが醸し出されるために、ここで脱落してしまう観客もいるかも知れない。
映画はここまでで三分の二まで来ている。

この胡散臭い人物が実はかなりの実力者で、これまで事態を持て余し気味だった専門家たちに代わり、見事に解決方法を見つけ、ようやくキャロル・アンを取り戻すことに成功。
スピルバーグ作品では「未知との遭遇」では怪異を切っ掛けに家庭が崩壊するし、同時期に作られた「E.T.」では母子家庭が主人公だが、この「ポルターガイスト」では夫婦円満。それがキャロル・アンを連れ戻す鍵になった、というのは珍しいのかもしれない。

ところが上映時間はまだ残っている。
ハッピーエンドかと思いきや、ここで畳みかけるような一大スペクタクルシーンが登場。何故この家で怪異現象が起きたのかの謎解きも行われ、ようやく物語は終幕を迎える。

同時期に「E.T.」を監督していたため、多忙なスピルバーグはトビー・フーパーに監督を委ねたものの、未だに真の監督は誰なのかが話題になるのは、他のプロデュース作品と違って(自ら脚本も手掛けているということもあるのだろうが)如何にもスピルバーグらしい作品だと受け取る人が多かった証拠だろう。

スピルバーグ印なので、ホラー映画ではあっても一応はファミリーピクチャーに分類されると思うが、母親役のジョベス・ウィリアムズにはちょっとセクシーなショットが盛り込まれている。
緊迫したシーンなので息抜きにはならないし、サービスカットだとしても入れるタイミングがなあ…。

【ひとこと】
今回はBlu-rayで鑑賞したのだが、搭載されてる日本語吹替が酷すぎ。
といっても出来の問題ではなく、ブツブツ切れてしょっちゅう「原語+字幕」に切り替わってしまうので、落ち着いて見てられないのだ。
新録するか追加録音するか、あるいはもっとカットの少ないヴァージョンでの収録は出来なかったものか。

<過去記事>


[PR]
by odin2099 | 2018-06-26 19:58 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
エトワールを教えるのは元エトワール。
パリ・オペラ座の夢と伝統が受け継がれていく過程を描いた「発見と感動のドキュメンタリー」…

なのだそうだが、美しくはあっても凡庸な構成に忍耐力が試されることに。
なまじ美しい映像なだけに、睡魔は容赦なく襲ってくる。

e0033570_20470921.jpg映画は、というと冒頭からトップダンサーたちの練習風景が延々と映し出されるだけ。そこに映し出されている彼、彼女たちが何者なのか、これといって説明はない。
観客は当然それを知っていて然るべき、というスタンスなのだろう。

熱心なバレエファンなら狂喜乱舞、垂涎ものの映像なのだろうが、門外漢にはその凄さはわからない。
続けてバレエ学校の子供たちへの指導風景も挟まれるが、彼、彼女たちが何を伝えようとしているのか、映画は何も語らない。

ある一定の期間に密着取材したものではなく、ある程度広範囲に亘って撮影されたアーカイヴ映像を断片的に織り込んでるらしく、そのことが一層映画をわかりづらくしているようだ。

若者が夢に向かって進んでいく、まるで青春モノを想起させる大仰な邦題も内容を表していないし、勿論バレエファンを新規に開拓しようという内容では凡そなく、究極のファンムービーと呼んだ方がしっくりくる作品だった。


[PR]
by odin2099 | 2018-06-15 20:52 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)

by Excalibur
ブログトップ