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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<ハ行>( 329 )

中国の民話「白蛇傳」と、林房雄の「白夫人の妖術」をベースにした東宝の特撮映画だが、香港のショウ・ブラザースとの合作作品。
特技監督はもちろん円谷英二、脚本は八住利雄、音楽は團伊玖磨、そして監督は豊田四郎。
出演は池部良、山口淑子、八千草薫、徳川夢声、上田吉二郎、清川虹子、田中春男、東野英治郎ら。

e0033570_22001705.jpg1958年に作られた東映動画の長編第一作「白蛇伝」と元ネタが同じだが、これは偶然ではなくこの作品が香港でヒットし、それのアニメ化企画が持ち込まれたことが「白蛇伝」製作の切っ掛けになったのだとか。
しかし元メタは同じでも、出来上がった作品の雰囲気はかなーり違う。

許仙と白娘は一目惚れ同士。で、色々あるものの一気に結婚まで行ってしまう。
許仙は単細胞でお人好し、疑り深いものの騙されやすいというか流されやすい性格で、一方の白娘は愛する人の為なら何でもするというかなりの悪女。
白娘に仕える小青はかなり強引で我儘、そしてかなり鬱陶しい存在。最後には白娘を見限ってしまう。
メインキャラクターが、揃いも揃って感情移入出来ない性格に難ありの連中ばかりで、結局は悲恋に終わるのだけれども、それもみんな自業自得じゃないかとしか思えないので同情も出来ない。
純愛モノとして完成された「白蛇伝」の方が遥かに面白い。

一度30年近く前に見たことがあったのだけれども、その時気になったというか印象に強く残っていたのがヒロイン役の山口淑子の妖艶さを通り越したケバさだったけど、見直しても同じ感想が。
撮影時は30代半ばくらいだと思うがメイクのせいもあったのかなあ。池部良の方がかなり年下に見える。



by odin2099 | 2019-12-07 22:03 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_20000847.jpg許仙は幼い頃に白蛇を飼っていたが、大人たちに気味悪がられて泣く泣く捨てたことがあった。
長じて許仙はある日、一人の美しい娘と出会う。
実はその娘・白娘はあの時の白蛇が人間に化けた姿だったのだが、そうとは知らず許仙は惹かれていく。
だが高僧・法海は白娘の正体に気付き、許仙を妖怪から救おうとしていた。

中国の著名な民間説話を題材にした国産初の総天然色の長編漫画映画。そして東映動画(現・東映アニメーション)の長編漫画映画としても第一作。
今から60年以上前の作品だが、白娘の可憐さと妖艶さは今日でも十二分に魅力的だ。

ただ本筋とあまり関係ないシーンが延々と続くあたりが、今日の作品群との違いを感じさせる。上映時間は79分の作品だが、原題の感覚でリメイクしたとなると40~50分程度に収められてしまいそう。全体的に緩やかなテンポなのも、あの頃ならではだろうと思う。

白娘はひたすら許仙を愛し、許仙が命を落とした際には自らの命を顧みずに”命の花”を手に入れ、そして妖力を失ってしまう。
それでも法海は許仙の為を思って白娘と対決するのだが、二人が強く惹かれ合っていることに気付き、最後は一転して二人の守護者となる、という流れは「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」などにも似ている。
純朴な若者と人ならざる者との恋愛は、中国の古典のトレンドなのかもしれない。

【ひとこと】
全てのキャラクターを森繁久彌と宮城まり子の二人が担当。
そのため、どことなく絵本の読み聞かせに近いものも。



by odin2099 | 2019-11-29 20:08 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を原作にしたSF映画で、監督はリドリー・スコット、主演はハリソン・フォード。
他の出演者はルトガー・ハウアー、ショーン・ヤング、エドワード・ジェームズ・オルモス、M・エメット・ウォルシュ、ダリル・ハンナ、ウィリアム・サンダーソン、ブライオン・ジェームズ、ジョー・ターケル、ジョアンナ・キャシディら。
物語の時代設定が2019年11月だということを知りチョイス。

e0033570_18545766.jpgこの作品は劇場公開時には見ていないが、その後で二本立てで見ているのだが全然記憶にない。
当時のメモを見ても「良く出来てるけど趣味じゃない」的なことを書いてるだけだった。
その時の併映作品は「遊星からの物体X」で、そっちの方がインパクト強かったということもあるのだろうが。

で、改めて35年ぶりに見たのだけれども、そうか、こういうお話だったか、というぐらい記憶になかった。
その分、ルドガー・ハウアーの無機質な感じは格好良く思えたし、ショーン・ヤングの作り物めいた、如何にもな人造美女も悪くないなと感じたのだけれども、お話そのものはちっとも面白く思えなかった。

これは多分に自分の好みと、このSF仕立てのハードボイルドというかフィルム・ノワールなテイストと、全体を占めている暗く退廃的な雰囲気がマッチしないからだろうと思う。
ロサンゼルスが舞台と言いながらも無国籍な感じは悪くはないが、やはり自分が浸りたい世界ではないらしい。

製作中のゴタゴタからか複数ヴァージョンが存在するこの作品、せっかくだからヴァンゲリスの音楽とシド・ミードの斬新なデザイン込みで、この際とことん付き合ってみるかな。



by odin2099 | 2019-11-28 19:01 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_22203652.jpg3分間だけ時間を止めるという不思議な能力を持つ森谷美鈴は、ある日クラスメートの村上遥のスカートの中を覗いていたが、遥には時間停止の効力が及ばず美鈴の行為が見つかってしまう。
そのことを他人にバラされたくない美鈴は、お詫びに遥の言うことをなんでも聞くと約束してしまう。
そこから二人だけの”ひみつの世界”が広がってゆく。

昨年公開の「あさがおと加瀬さん。」のスタッフが再集結したOVAを、期間限定で劇場公開。
原作:さと、監督・脚本:佐藤卓哉、出演は伊藤美来、宮本侑芽、安済知佳。

e0033570_22194802.jpg「あさがおと加瀬さん。」が好きだったので似たような百合モノなのかなと思って見たら、そこまでの恋愛モノ要素はなく意外に重たいお話でちょっとビックリ。

誰からも嫌われたくなくて自分を押し殺している美鈴と、誰からも好かれるように相手の望む存在であり続けようとする遥。
似た者同士でありながら、正反対の行動をとる二人。
でもこの不器用な二人が、少しずつお互いの距離をつめていく過程が愛おしくてならない。

全編を貫くふわっとした絵柄と、ラストに流れる主題歌「fragile」のカバーVer.もなかなか良い感じだった。
このまま二人を追いかけたい、見終ってそんな気持ちにさせられた。


by odin2099 | 2019-11-27 22:24 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
題名こそ「3」だけれども、「ピンクの豹」、「暗闇でドッキリ」、「ピンク・パンサー2」に続くシリーズ4作目。番外編の「クルーゾー警部」も含めれば実質5作目ということになるからややこしい。

e0033570_19590372.jpg前作「ピンク・パンサー2」の続きになっていて、度重なる心労のあまりドレフュス元主任警部が精神病院へ収監されて3年。
治療の甲斐あってようやく退院というところまで漕ぎつけたものの、そこへ今や主任警部に昇進しているクルーゾーが見舞いに現れたことから再び精神に異常をきたす、というところから始まる。
そして病院を脱走したドレフュスは大物犯罪者を集めた悪の組織を作り世界の命運をその手に握る一方で、何が何でもクルーゾーを殺害しようとあの手この手で攻めてくる、というお話。

執拗にクルーゾーを付け狙うドレフュス、隙あらばクルーゾーに襲い掛かる使用人ケイトー、しつこいくらいに繰り返されるコテコテのギャグは健在だが、とうとう作品中にダイヤの”ピンクパンサー”は登場しないので、そういう意味では題名に偽りありだ。

ロシアの女殺し屋を演じたレスリー=アン・ダウンのバストトップがチラリと見えるサービスショットは嬉しいが、やはり全体的に古さを感じてしまい、笑うに笑えず逆にイライラが募ってしまうのは致し方なしか。



by odin2099 | 2019-11-25 20:00 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_20342682.jpg「北斗の拳」をハリウッドで映画化!
――と宣伝していたものの、実のところ東映ビデオと東北新社の製作。
東映の<Vシネマ>レーベルの海外版、<Vアメリカ>の一本として作られている。
そのため監督のトニー・ランデルはじめ、あちらのスタッフで固められているものの、企画が黒澤満で、製作総指揮に渡邊亮徳、一瀬隆重らの名前がある。

キャストはケンシロウにゲイリー・ダニエルズ、 シンにコスタス・マンディロア、ジャッカルはクリス・ペン、バットがダンテ・バスコ、リンは鈴木富子、リュウケンにマルコム・マクダウェル。
そして唯一の日本人キャストとしてユリア役として鷲尾いさ子が参加している。
ユリアは悪くはなく、またシンはこのキャスト陣の中では一番イメージに近いが、似合わない長髪姿のケンは微妙で、後は言わずもがな。

お話は原作の第一部にあたるケンとシンの対決を描いているが、大枠は踏襲しているもののほぼオリジナルストーリー。リュウケンは冒頭でシンに銃で殺されてしまうが、全体の語り部を務めるとともに、以後は誰かに憑依したり、夢の中に現れたりでケンを導く。まるでジェダイマスターのようだ。

バットとリンが黒人の兄妹で、バットがリンを助けて死んじゃったり、ユリアが死んだと告げて動揺を誘い、ケンを叩きのめそうとするシンには、背後にラオウの存在もないので同情の余地がない。
それに北斗神拳や南斗聖拳の技の描写には重きを置いていない。ただ独特の人体爆発シーンなどは原作を再現しようという意欲は感じられる。
e0033570_20335716.jpg
「北斗の拳」を期待して見に行くと、見事に裏切られるのは必定。当時映画館の館内で途方に暮れた経験あり。
だが、後に<字幕スーパー版>だけでなく<日本語吹替版>のビデオもリリースされ(現在はDVDに収録)、こちらを見てから前言撤回。というのもメインキャラの吹替キャストはケンシロウ:神谷明、シン:古川登志夫、バット:一龍斎貞友、リン:鈴木富子とアニメ版と同じだったからだ。吹替で見るならそれなりに「北斗の拳」っぽく感じられてくる。

それでもぶっちゃけお話は面白いとは言い難い。
坂本浩一監督で第二弾の企画もあったようだが、結局実現はしなかった。
今の坂本監督版ならちょっと見てみたい。



by odin2099 | 2019-11-21 20:46 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_18022554.jpg子どものないブレイヤー夫婦が不妊治療を受け、神に祈っていたところ、ある日天からの授かりものが。
月日が流れ、ブランドンと名付けられた赤ん坊は頭脳明晰な少年へと育って行った。
だが思春期を迎えた頃、ブランドンは謎めいた行動をとるようになる。
そして周囲で不可解な事件が起こり始めた…。

製作がジェームズ・ガン、脚本と製作総指揮にその兄弟であるブライアン・ガンとマーク・ガン、監督はデヴィッド・ヤロヴェスキー。
出演はエリザベス・バンクス、デヴィッド・デンマン、ジャクソン・A・ダン、マット・ジョーンズ、メレディス・ハグナー。

この映画を簡単に説明するなら「スーパーマン」+「オーメン」、あるいは「オーメン」風「スーパーマン」。
「スーパーマン」は宇宙からやってきた赤ん坊カル=エルが地球人クラーク・ケントとして育てられ、長じて正義の超人スーパーマンとして活躍するというお話だが、もしカル=エル(クラーク・ケント)が悪の道に走ったら、というのがこのお話だ。

しかも「オーメン」のダミアン少年のように初めは純粋無垢な存在として登場し、”何か”に目覚めた後は徐々に邪悪なるパワーを発動させる。それと気付かず周囲に犠牲者が次々と生まれ、遂にその正体に気付いた者が排除しようとするも返り討ちに遭い…という展開も同じ。

デカい音で観客を驚かせたり、振りむくとそこに立っている、という古典的手法で怖がらせるタイプの映画だが、少なからずグロい場面もあったりで見ているのは辛かったものの、90分とコンパクトにまとまったアンチ・ヒーロー映画だった。
ラストも「オーメン」のように続編が作れそうな終わり方だったが、どうやらそこまでのパワーはなさそうだ。

そういや「オーメン」と「スーパーマン」、どっちもリチャード・ドナー監督だ。
だから親和性があるのかな(違)。



by odin2099 | 2019-11-16 18:12 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_18591373.jpg19世紀のパリ、高名な詩人の娘マリーは新進気鋭の詩人ピエールと恋に落ちるが、両親はピエールの親友で、同じくマリーに恋い焦がれている裕福なアンリとの結婚を決めてしまう。
愛のない結婚に倦み始めたマリーの元へ、ピエールが帰国したとの報せが届く。失意のピエールはアルジェリアで退廃的な生活を送っていたのだ。
たまらずにピエールの元へ駆けつけたマリーは彼と結ばれるのだが…。

生涯に2,500人の女性と関係を持ったと豪語した詩人ピエール・ルイス、その死後に彼が撮影した大量のポルノ写真が見つかったが、その中には親友の妻マリーのものもあった、ということに着想を得た物語とのことなので、必ずしも事実に基づくものではないらしい。

1人の女性を巡っての親友との三角関係、人妻の不倫という部分だけを見れば安っぽいメロドラマのようだが、男性の添え物であることに満足出来ず、束縛を嫌い、また社会に自分を認めてもらおうともがいている女性の自立の物語という側面があることが、安っぽさの代わりに深みを与えてるようだ。

といってもイメージショットが多く、台詞で多くを語らない演出なので登場人物たちの心理状態がよくわからないのと、そもそもメイン格で出てくる人物たちの相関関係の説明があまりなく、時間経過も明確にはされていないのでストーリーを追いかけるのは少々手間取る。もう少し観客に情報を与えても良かったのではなかろうか。

またR18+のレートで公開されているので女性のヘアーも堂々と映し出されているが、男性器までそのままなのには少々驚いた。



by odin2099 | 2019-11-14 19:07 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
まだまだ最近の作品という気がしていたけど、もう9年も前になるんだなあ。

e0033570_23024954.jpg原作になっているクレシッダ・コーウェルの小説も読んでみたものの、あまりに別モノで続きを読む気にはならなくなっちゃったし、続編はゴールデングローブ賞の受賞作品ながら日本公開は見送られ(Blu-ray&DVDのセル及びレンタルのみ)、テレビシリーズは来たもののカートゥーン・ネットワークやNetflixでのリリースと気軽に見られる環境じゃあなし、と次第に距離を置くようになっちゃった。
しかしまた新作が作られ、今度は劇場公開されるってんでチェックチェック!

お話は…細かいところは忘れちゃったけど、いや違うな、大筋を覚えてなくて細かいシーンを意外に覚えてたけど、かえって新鮮で純粋に愉しめた。
バイキングたちのキャラクターデザインはイマイチ好みじゃないけれど、見ているうちに段々と愛着が湧いてくる。それにトゥースも健気で可愛い。

また物語上の悪者が出てこない(敵対するドラゴンのラスボスはいるけれど)ので、イライラもなし。ヒックとトゥースにとって障害になりそうなキャラはいるものの、結局みんな”好い奴”だった、となる。
ジョン・パウエルの音楽も良いし、「魔女の宅急便」や「紅の豚」の影響を受けたという飛行シーンもゴキゲン。
ただ、ラストがねえ……。

トゥースは尻尾の先にある翼の片方を失っていて、ヒックが人口の翼を取り付けてあげたことで自在に大空を翔ぶことが出来るようになるのだが、ラストではヒックが右足を失い義足を付けるという展開が。
結果的に主人公が障害を負ったもの同士のコンビということになるのだけれど、この展開、必要だったの?

その前にメインキャラの中に、ヒックの師匠であり、ヒックの父である族長の友人でもある鍛冶屋で、片手片足が義手義足という人物が出てくるのが伏線なのかもしれないけど、なんだか最後の最後にイヤ~な気分にさせられてしまった。普通にハッピーエンドじゃなんでいけなかったんだろうか。

ちなみにヒックとトゥースのこの境遇、原作にはない要素なんだけどな。
あと、ヒックの相棒となるドラゴンの名前は”トゥース(歯)”ではなく”トゥースレス(歯なし)”が正しい。
まあ作者のコーウェルが、これらの改変について否定的なコメントを出していないのがせめてもの救いかな。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-11-12 23:06 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_16480826.jpgしばらく旅に出るため写真館を訪れパスポートの写真を撮ろうとした金田一耕助は、そこの主人である徳兵衛から自分の身に危険が迫っているので調査をして欲しいとの依頼を受ける。
同じ日その写真館へ若い女性が現れ、結婚写真を撮って欲しいので夜にある場所へ来て欲しいと告げる。
夜になると男がやってきたが、若主人の直吉が案内されたのは”病院坂”と呼ばれる場所にある、廃屋だと思われていた洋館だった。そこで直吉はその男と昼間訪ねて来た女性との婚礼写真を撮影した。
後日直吉らは写真館を訪ねて来た金田一と共に件の洋館へと写真を届けようと出掛けるが、そこには例の男の生首が吊り下げられていた。

犬神家の一族」(この作品のみ所謂”角川映画”)、「悪魔の手毬唄」、「獄門島」、「女王蜂」に続く原作:横溝正史、監督:市川崑、主演:石坂浩二(ビリング上はトメ)トリオによる<金田一耕助シリーズ>の5作目にして最終作。冒頭と最後には横溝正史本人が出演している。原作でもこれが金田一耕助最後の事件とのこと。

今起こっている事件が過去に起った事件と密接に絡み合い、それが複雑な人間関係に起因しているというストーリーは、おそらく一度見ただけではすんなりと入っては行かないのではないか。
その難解さが映画自体の印象も薄め、今回見るのはおそらく二度目の筈だがこれまでのシリーズ作品と違って全くと言って良いほど記憶に残っていなかった。
前四作に比べるとタイトル・バックからして雰囲気がちょいと違い、物語の展開が淡々としていて盛り上がりに欠ける嫌いがある。演出は説明不足、台詞は説明過多なのは相変らずだが、シリーズの打ち止めとしてはこんなものかな。出来としてはやはり一番劣る。
と以前「しねま宝島」に書いているのだが、その通り。

シリーズお馴染みの顔触れやフレッシュな配役も、表面上を塗りたくって取り繕っただけのように見えてしまう。
草刈正雄のキャラクターなどかなり目新しく、使い方によってはもっと面白くなったように思えるのだが…。
結局は殆ど誰一人救えていないラストもモヤモヤが残ってしまう。

そうはいっても約2年半に5本とは、かなりのハイペースでハイクオリティな作品が作られていたのは驚嘆に値する。
そして奇跡的にシリーズは復活を遂げるのだが、それはまた別の話だ。



by odin2099 | 2019-11-04 16:54 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
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