【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<マ行>( 159 )

<MCU>の17作目で<フェイズ3>の5本目。
「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」に登場しなかったソーとハルクがどこで何をしていたかが判る一篇で、同時にポストクレジットシーンではサノスの宇宙船が登場するなど、来るべき「インフィニティ・ウォー」への序章という側面も持っている。

e0033570_21030118.jpgのっけから上から目線のドクター・ストレンジに、いいように手玉に取られてしまうソーとロキ。
ソーが相変わらずの不器用っぷりを発揮しているのも可笑しいが、ロキの実力も意外に大したことない?
それとも短期間でストレンジが魔術師として急成長を遂げたのかな。

アスガルド崩壊という、本来なら悲壮感溢れる物語になるところなのに、何故か全編を貫く陽気なムード。ハルク(ブルース・バナー時含む)もロキもお笑い要員で、それぞれソーと漫才コンビを結成。
バナーがエドワード・ノートンのままだったとしても、こんな軽いノリになったかはギモン。ノートンの降板は結局は良い方に転がったということ?

それにロキも、「アベンジャーズ」の時の徹底した悪役ぶりは、実のところインフィニティストーンの影響を受けていた、というのが公式設定になったようで、「ホントはそんなに悪い奴じゃなかったんだよん」と補正が入るようになった。まあこれも結果オーライかな。

序盤と終盤のアクションシーンにレッド・ツェッペリンの「移民の歌」。
既成曲の使用は本来嫌なんだけど、まあカッコ良いから良しとしよう。
同時期に公開されたDCの「ジャスティス・リーグ」ではビートルズ(をカバーしたゲイリー・クラーク・ジュニア版の)「カム・トゥ・ギャザー」が使われてたけど、ちょっとしたリバルバルブームでもあったのかしらん?

またクレジットを見ると使用曲の中にしっかりとパトリック・ドイルの「マイティ・ソーのテーマ」と、ブライアン・タイラーの「マイティ・ソー/ダークワールドのテーマ」が。
音楽の連続性を意識するようになったんだね。

【ひとりごと】
オーディンの去り方、なんか「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」のルークにも似たものが…。
どっちもディズニーだし、公開時期も近いし…というのは考え過ぎだろうな、多分。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-03-10 10:08 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
前作から20年後を舞台にした「メリー・ポピンズ」の続編。原作はシリーズ物だが、どうやらこれは映画オリジナルのストーリーのようだ。

e0033570_20235174.jpgバンクス家の姉弟――ジェーンは独身で労働者の権利を勝ち取るための運動に身を投じており、マイケルは3人の子供の父親となるが昨年妻を亡くし、生活も苦しく画家としては食べて行けずに父や祖父のように銀行で働きはじめるが、借金の返済期限が迫っていた。
そんな時、風に乗ってあのメリー・ポピンズが再び彼らの前に姿を見せる。

主演はジュリー・アンドリュースからエミリー・ブラントに交代。劇中では「20年経ってるのに、あの時のまま」と言われるが、どこがどう、というわけではないが何とはなしに似ているというか、紛れもない同一人物だという説得力があった。

リン=マニュエル・ミランダ、エミリー・モーティマー、ベン・ウィショー、ジュリー・ウォルターズ、コリン・ファース、メリル・ストリープ、アンジェラ・ランズベリーら共演陣も何れも好演だったが、驚きだったのが前作にも出演していたディック・ヴァン・ダイク。御年92歳にして華麗なるステップを披露することもさることながら、前作で演じた人物の息子役として更に老けメイクを施し(!)ソックリの風貌で登場する。
ジュリー・アンドリュースのカメオ出演は叶わなかったが、これは前作ファンにも嬉しいプレゼントだろう。

前作と違って物語上の明確な悪役がいることや、前作での歌曲を一切使っていないことでトーンの違いは感じるものの、その一方でCGに頼らず昔ながらの手描きアニメのシーンを挿入するなど、全体的にアップトゥデートを施された”最新版”といった趣き。どうやら評判も上々らしいので、シリーズ化の話もあるのだとか。



by odin2099 | 2019-03-06 20:25 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_21540585.jpg1910年のロンドン、気難し屋の銀行家バンクス氏の子供――ジェーンとマイケルの姉弟は悪戯好きで、何人ものナニーを次々と辞めさせていた。新しいナニーの募集広告を新聞に出そうとするバンクス氏だったが、子供たちが書いた手描きの募集広告の原稿が風に乗って空へ飛んで行ってしまった。

翌朝、新聞広告を見た応募者たちがバンクス家の前に列をなすが、突然強風が吹いて応募者たちは次々と飛ばされてしまう。そして雲の上から傘を差したメリー・ポピンズが降りてきた。彼女は子供たちの書いた広告を見てやってきたのだ。
不思議な力を持った彼女と子供たちはたちまち仲良しになる。

P.L.トラヴァースの小説をディズニーがミュージカル映画化。
メリー・ポピンズ役はこれが映画初主演のジュリー・アンドリュースで、共演はディック・ヴァン・ダイク、「チム・チム・チェリー」などの著名な歌曲はシャーマン兄弟の作品で、監督はロバート・スティーブンソン。
ウォルト・ディズニー念願の企画だったようだ。

これが55年も前の作品であることが信じられないくらい、今日の目で見ても驚きの特殊撮影の数々(時折人物を釣っているワイヤーが見えてしまうショットもあるのはご愛敬)で、それだけでなくセルアニメと実写の人物パートとの合成もごくごく自然。当時のスタッフの技術力は素晴らしいものがある。

それだけでなくカラフルな画面を彩る愉しい音楽。ジュリー・アンドリュースもディック・ヴァン・ダイクも華麗にステップを踏む。物語はせいぜい数日から一週間程度の出来事を描いているが、それを感じさせないだけの濃密な時間を登場人物たちと共有することが出来る。

しかしこの作品を面白がるには、自分は些か歳をとり過ぎてしまったのかもしれない。
ハッピーな気持ちに今一つなれず、時折冷めてしまう自分の心があった。




by odin2099 | 2019-03-03 22:01 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
<MCU>の8作目で、<フェイズ2>の2作品目。
この作品からマーベルスタジオのオープニング・ロゴが変更され、パラマウント・ピクチャーズのロゴがなくなった。名実ともにウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズに一本化されたということだろう。

e0033570_19372699.jpg2作目、実質的には3作目となりソーは逞しく成長し、演じるクリス・ヘムズワースもスターのオーラを纏うようになったが、作品の中心人物となっているのはロキ。その屈折ぶりと幻術の技には一層拍車がかかり、単なるトリックスターの枠を越えた活躍を見せる。

その本心がどこにあるのかは全く読めず、最初から最後まで芝居をしていたかのようにも見えるが、その一方で養母フリッガの死に動揺し、復讐を遂げようとする姿は僅かながら本当の姿を垣間見せているようにも思える。
そしてその死を偽装しながらまた周囲を手玉に取ろうとするあたりは、彼の面目躍如足るものがある。

<MCU>全体の中ではあまり評判がよくないようだが、ソーとロキのやりとりなど全体的にコミカルな要素が多く、ランニングタイムも2時間弱とコンパクト。ロキの狡猾な部分、エモーショナルな部分、ヒロイックな部分と色々な顔が愉しめる点でももう少し評価されても良いかと。

恒例となったポストクレジットシーンでは次回作以降への伏線が今回も張られているが、それは「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」のものではなく「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のもの。次回作ではなく次々回作にまで及ぶようになったのは今回からだ。

【ひとりごと】
ジェーンやダーシーは今回で<MCU>の出番が終わったようだが、ソーと別れた後のジェーンは本作に出てきたリチャードとよりを戻したのだろうか。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-02-12 21:49 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
昨年は日本では一本も作品が公開されなかった<DCFU>ですが、今年は何本か見られそうなので、それに備えてこちらもお浚いです。
しかし今でも<DCFU>の呼び名は有効なんでしょうか。<DCフィルムズ>という呼称も定着しませんでしたしねえ。

またこの作品、ワーナー・ブラザースとレジェンダリー・ピクチャーズとの最後の提携作品です。
かつて<ダークナイト・トリロジー>などのヒット作を生み出しましたが、その後関係が悪化したとのこと。
レジェンダリーは今ではゴジラやキングコングを使って<モンスター・バース>を構築してますので、もしかするとその選択の方が正しかったかも知れませんね。

e0033570_23151643.jpgさて「スーパーマン」をリブートした本作は、従来のスーパーマン像とは些か趣きを異にする英雄譚となりました。コスチュームの色合いもそうですが、スーパーマンらしからぬ地味さ。そして苦悩する人間臭いスーパーマンです。

また「スーパーマン=カル・エル=クラーク・ケント」の境界線が曖昧というか、その区別がほぼない、というのも斬新です。
ロイスはまだスーパーマンとして覚醒する前にクラークに出会っていますし、クラークの旧友たちも彼が只者ではないことを知っています。
軍やデイリー・プラネット社の人間は兎も角、メイン格のキャラクターは皆この関係性を知っているか、薄々気付いているというのは珍しいでしょう。

クラークの養父ジョナサンは、極力秘密を守るように言い残していましたが、結局のところこの苦労は無駄に終わったことになります。
勿論不用意に周囲に漏らすことはなかったでしょうが、結果的にクラークは孤独ではなく、これがあくまでもクリプトンの同胞たちを蘇らせることに固執したゾッド将軍に同調しなかった理由なのかも知れません。
そのためにクラークはゾッド将軍を自らの手で殺めるという、これまた従来のスーパーマンでは考えられない行動に出ますが、それも自分を受け入れてくれた地球人を愛するが故の決断です。

そんな新しいスーパーマンの物語に最初は戸惑いましたが、何度か見直す度に新たな魅力に気付いて行きましたが、作品全体を覆う重苦しいトーン、これは逆にどんどん気になりだしました。やはりスーパーマンには明るさや爽快感が欲しいですね。結局このあたりの判断ミスというか方向性の選択が、その後の<DCFU>の迷走ぶりを決定づけてしまったと言えそうです。

「マン・オブ・スティール2」の企画も持ち上がっていたようですが、その後は音沙汰も無し。
それどころかエイミー・アダムスやローレンス・フィッシュバーンらメインキャストのネガティヴな発言や、降って湧いたようなヘンリー・カビルの降板の噂。
少なくても当分の間スーパーマンの登場する映画は作られないという話や、スタッフ・キャストを一新して再リブートするという話などチラホラ聞こえてきますが、個人的に現行キャストは気に入っていますので、何とか体制を維持したまま新たな冒険を描いて欲しいものです。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-01-17 18:59 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
<MCU>の4作品目。
「アイアンマン2」はコールソンがムジョルニアを発見するシーンで終っているが、そのシーンはこの作品の中盤で再現され、ソーがオーディンによってミッドガルド(地球)へと追放されたのが「アイアンマン2」のクライマックスと同時期だったことがわかる。この辺りから<MCU>は複雑なパズルの様相を呈してくる。

この作品の舞台はアスガルドやヨトゥンヘイムといった異世界が中心になっているので、それだけでこれまでの作品群とは違いが瞭然。元ネタはもちろん北欧神話だが、それをストレートに投影しているのではない、新解釈の”世界樹”に支えられた世界を描いている。
ただ”神々”が登場する一方で、ソーたちの地球での行動範囲は限定的なのでそれほど大掛りな作品という印象は受けない。このことが「アイアンマン」や「インクレディブル・ハルク」と地続きの世界だということを再認識させてくれている。

e0033570_20131687.jpgそしてエージェント・コールソンがユニバースとしての橋渡しをしてくれているが、他にもシットウェルというエージェントが登場するなどシールドの存在感が大きくなってきている。
デストロイヤーを初めて見た時の「スタークのマシーンか?」「トニーからは何も聞いていない」というやり取りも、画面には出てこなくてもこの作品世界の中に間違いなくトニー・スタークがいることを思い出せてくれる。

そういえばセルヴィグの台詞に「知り合いのガンマ線研究者が、シールドと接触してから行方不明」というのがあり、これは明らかにブルース・バナーのことを指していると思っていたのだが、考えてみるとバナーは軍に追われて姿を消したのであって、少なくても表立ってシールドとは接触していない筈だし、その後の作品でバナーとセルヴィグが親しそうに言葉を交わすシーンもない。これは別人と見るべきか。

物語の最後にはニック・フューリーが現れてセルヴィグに四次元キューブの研究を委ね、ロキに操られたセルヴィグがそれを承諾するというシーンがあるが、これが次回作への伏線となる。
また作品中に登場した最初の”インフニティ・ストーン”でもある。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-01-10 19:54 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
<東宝チャンピオンまつり>で上映された第1話「ミラーマン誕生」の劇場公開版。
といっても未だパッケージ化されてはいないので、ちょっとズルをしてそのまま1話を再見。

e0033570_10342119.jpg「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の後を継ぐウルトラシリーズは同時期の「帰ってきたウルトラマン」とそれに続く「ウルトラマンA」だが、ウルトラシリーズという括りではなく円谷プロの挑むヒーロー物としての流れはこの「ミラーマン」の方により色濃く出ているように思う。
言葉は悪いが安定路線に入った「帰ってきたウルトラマン」と違い、チャレンジ精神を受け継いでいるのはこちら。
もしこの作品に「ウルトラ」の名を冠して発表していたら、今日まで続くシリーズ化は果たせなかったと思うものの、ユニークな作品を生み出すプロダクションとして円谷プロも今とは違った評価を受けていただろう。

【ひとりごと】
ただ「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の続きとしての「ミラーマン」はありだが、これを「ウルトラQ」から始まり「マン」「セブン」そして「怪奇大作戦」という流れで捉えると、この「ミラーマン」の裏番組である「シルバー仮面」の方がよりシリーズの一本っぽく見えるのだが。

<過去記事>



by odin2099 | 2018-12-16 10:39 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
「未知との遭遇」を見直したので「特別編」の方も、と思っていたのですが、先延ばしになっちゃいました。
そういや去年の今ごろも「未知との遭遇」を見ていたことに気付いたんですが、特に意味はありません。去年はこのタイミングでテレビ放送があったのでチェックしていたんですけれどね。

で、「特別編」。
最大の売りは、ロイ・ニアリーがマザーシップに乗船した後。その内部はさてどうなっているのでしょうか?でした。
実はそれ以外にも細かく手が入れられ、削除されたシーン、復活したシーン、新規に撮影したシーンと入り乱れているのですが、おそらく大半の観客はその違いに気付かないでしょう。
ニアリー一家の描き方が幾分ドライになっていて、ロイの孤立感が多少際立ってるように感じられますが、気付くとすれば「あれ、そういえば砂漠でタンカーが発見されるシーンって前にもあったっけ?」ぐらいでしょうかね。

e0033570_19014880.jpg肝心のマザーシップ内部も特筆すべきものではありません。
ガランとした船内には乗組員の姿もなく、生活感というか生物がいたという雰囲気もない無機質なものです。囚われていた人々はこんな空間でワラワラ生活していたんでしょうか。
スピルバーグ自身もこのシークエンスは気に入らなかったらしく、後に作られた<ファイナルカット版>では綺麗さっぱりなくなっています。やはりここは観客のイマジネーションに委ねる方が得策かと。

今回見直していてちょっと気になったのが、政府なのかどこか別にバックとなる組織なりがあるのかわかりませんけれど、ラコーム博士が率いるプロジェクトのことです。
最初に砂漠で第二次大戦中の戦闘機群が発見され、次はインドで音楽採集です。そしてマザーシップから送られてきている謎の信号が特定の場所を示しているとわかると、すぐに大掛りな施設を建設し、エボラ熱が蔓延していると偽の情報を流して住民を排除します。また同時にマザーシップへ代表を乗り込ませる算段をし、候補者をリストアップ。一体どういう組織なんでしょうね。

ちなみにマザーシップに招かれたのはロイだけ?
他の選抜メンバー(どういう基準でどういうキャリアの人が名を連ねているのやら)は歓迎されたんでしょうか、拒絶されたのでしょうか。
またラコーム氏らは残されたロイの家族(別居しただけでまだ離婚してないでしょうから)に、きちんと状況を説明したのでしょうか。まあ奥さんのロニーは、いくら説明されても理解できないというか理解したがらないでしょうけれどねえ。

<過去記事>



by odin2099 | 2018-12-12 19:05 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
ハウルの動く城」、「ゲド戦記」、「借りぐらしのアリエッティ」、「思い出のマーニー」と続いたスタジオジブリの英米児童文学映像化シリーズのいわば番外編。
自他共に認める(?)ジブリの後継者スタジオポノックの第1回作品が、「アリエッティ」と「マーニー」を手がけた米林宏昌監督のこの「メアリと魔女の花」というワケ。
「アリエッティ」と「マーニー」は舞台を日本に移した翻案だったが、こちらは原作通り?

e0033570_10132305.jpg主人公のメアリは悪い子じゃないんだけど、色々なものに興味を持って首を突っ込み、その都度失敗したり事態を悪化させたりするメイワクな存在。
すぐ反省する素直な性格なのはわかるけれど、この物語だって極論を言えば、自分でトラブルを招き寄せ、そして悪い方へ悪い方へと引っ張って大騒ぎになっただけ、とも言える。共感は出来ないなあ。

キーパーソンとなる先代魔女も肝心な時の助けにはならないし、悪役となるマダムとドクターも、本来なら「憎めない悪役」か「実は善い人」ポジションを担いそうなところがどっちつかず。これならいっそ「憎まれ役」に徹していれば良かったのでは?と思ってしまう。
ピーターも「最初は嫌な奴」でも徐々に好いムードになり「最後は王子様」キャラとして作られているんだろうけど、掘り下げが足りない。結局のところどのキャラにも感情移入できないのが残念。

スタジオポノックの次回作(長編作品)はまだ発表されていないが、この作品に続く新たな英米児童文学クラッシュ…ぢゃない映像化シリーズの立ち上げなるか、興味津々。
それとも本家スタジオジブリの方でシリーズ復活するかな?

<過去記事>



by odin2099 | 2018-11-24 10:16 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
<東映まんがまつり>上映の「マジンガーZ」第3弾。

実はTV版第57話「Dr.ヘル日本占領」の改題・ブローアップ版ですが、当時の自分はそのことを知らずいそいそと劇場へ足を運んだものでした。
ちなみにこれが<東映まんがまつり>初体験。
上映が始まってしばらく経って「あれ?このお話見たことある」と気付いたものの、後の祭り。
ただ不思議と「騙された」というマイナスの感情はあまりなく、「マジンガーZ」の映画を見た、という満足感の方が勝っていたような…。
e0033570_17004167.jpg
まあそれだけ元のお話がイベント性が高く、スケールも大きくて面白かったということですが、このタイトル、今年公開された新作映画「マジンガーZ/INFINITY」にこそ相応しかったなあ。
なんだかんだでTV版の続編として作られたあの映画、タイトルも往年の<まんがまつり>風に「マジンガーZ対○○」だったら、より当時のファンにアピールしたろうに。

<過去記事>



by odin2099 | 2018-10-14 17:06 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
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