【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ: 映画感想<ヤ行>( 23 )

エドガー・アラン・ポーの作品を、3人の監督が撮ったオムニバス映画。

e0033570_6392466.jpg最初のエピソードはロジェ・ヴァディム、パスカル・カズン、ダニエル・ブーランジェの3人が脚本を書き、ロジェ・ヴァディムが当時の妻ジェーン・フォンダとその弟ピーター・フォンダを主演に据えて監督した「黒馬の哭く館」
我儘な伯爵令嬢フレデリックが、自分を袖にした遠縁の貴族の若者に復讐しようと彼の住む屋敷の馬小屋に放火するが、馬を助けようとした青年貴族は焼死。その後彼女は、自分の城に飛び込んできた黒馬に魅せられるようになり、ある日、落雷によって火事の起きた草原を馬に跨り駈けてゆく・・・。

奥さんのジェーン・フォンダのエロティックな肢体を前面に押しだす演出も然ることながら、その惹かれる相手に実弟のピーター・フォンダをキャスティングするというのも倒錯的。
ただラストシーンが今一つ綺麗に決まらないのと、全体的にだれるのが残念。

第二エピソードは脚本ルイ・マル、クレマン・ビドル・ウッド、ダニエル・ブーランジェ、監督がルイ・マルの「影を殺した男」。主演はアラン・ドロンブリジット・バルドー
冷酷で残虐な男ウィリアム・ウィルソンが悪事を働こうとする度、彼と同姓同名の男が現れ、それを邪魔しようとするということが子どもの頃から何度か起こっていた。そして今日も賭場で美しい女を負かし、その肉体を手に入れようとした所へまたも現れ、彼のイカサマを暴露する。そこでウィルソンはもう一人のウィルソンを短剣で刺し殺すが、その時奇妙な言葉を残す・・・。

善悪二人のウィルソンは理性と欲望が分離した姿なのだろうか。ドッペルゲンガーを扱っていて、オチも分かりやすくて三部作中一番のまとまりを見せる。
成長してからのウィルソンはドロンの一人二役だが、子ども時代の二人は似てるようには見えないのは御愛嬌?

第三エピソードの「悪魔の首飾り」フェデリコ・フェリーニの脚本・監督、共同脚本がベルナルディーノ・ザッポーニ、主演はテレンス・スタンプ
アルコール中毒で落ち目の英国俳優が、報酬のフェラーリの新車に釣られ久しぶりの映画出演でイタリアを訪問。TV番組のインタビューを受け、映画祭の授賞式にゲストとして出席するものの、夢とも現実ともつかぬ世界をさまよい続けた揚句、フェラーリに乗って市内を爆走、出口の見えない袋小路に彷徨いこむ・・・。

一般的には一番受けが良いのがこのフェリーニのパートなのだが、観念的すぎて内容がどうも見えてこない。
平たく言えば何が何やらサッパリで、その良さがちっともわからないのはまだまだ映画の見方が甘いということだろうか。
20年位前に一度観ているのだが、上記2作品は比較的覚えていたものの(黒馬に取り憑かれたかのようなジェーン・フォンダの表情や、半裸のブリジット・バルドーを鞭打ちするアラン・ドロンのサディスティックな表情など)、この作品では辛うじて車で市内を暴走するショットを記憶しているだけだった。
ラストの後味の悪さは三作中随一。

ということでこのオムニバス映画、個性的な監督が集っているだけに面白い映画にはなっているのだろうが、各人が個性的すぎてパートがバラバラ、一本の映画として見るとまとまりを欠いているのはこの手の映画の宿命だろう。諸刃の剣である。
以前観た際もトータルでは”凡作”だなあと思ったものだが、20年経っても自分にはちっとも進歩が見られなかったのはちょっと口惜しい。
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by odin2099 | 2010-10-07 06:39 |  映画感想<ヤ行> | Trackback | Comments(2)
ヤマトの国に双子の王子が誕生した。だがそれは不吉な兆しであるとの祈祷師ツキノワの進言を入れ、オオキミは弟のオウスを廃しようとするのだが、アマテラスオオミカミの使いであるアマノシラトリに助けられ、叔母であるヤマトヒメの元で育てられることとなる。

ある日オウスは、洞窟の中で「お前はやがて三つの光を手に入れることになる」という不思議な声を聞くのだった。
成長したオウスは許されて帰参するが、間もなく母が病死し、それを弟オウスが呪い殺したのだと誤解した兄との口論のさなか、弾みで兄を殺してしまう。激昂したオオキミはオウスに、強大な敵クマソ征伐を命じ、それを果たすまでは帰るなと厳命する。

旅の途中でオウスは、妖術を使う巫女のオトタチバナと出会う。二人はまだ知らなかったが、これは運命に結び付けられていたものだった。
オトタチバナの協力もあって首尾よくクマソを征伐したオウスは、クマソタケルより”ヤマトタケル”の名を贈られ凱旋するが、父であるオオキミはオウスを許そうとはしなかった。

そんな頃、オウスはヤマトヒメの頼みで宮中からアマノムラクモノツルギを運び出そうとしていた。かつてアマテラスやスサノオに反旗を翻し、父であるイザナギ神によって宇宙の彼方に追放されていたツクヨミが再び戻ってくることを察知したヤマトヒメは、その力の源であるツルギを隔離しようとしたのだが、それと気付いたツキノワがオウスを襲う。
ツキノワはかつてツクヨミが変身したヤマタノオロチの分身だったのだ・・・。

e0033570_23575240.jpgお正月の「ゴジラ」映画が定着してきたので、もう一つ特撮映画を、ということで夏休みに公開された作品。それにハリウッド版「ゴジラ」にバトンタッチする際の、柱としても期待されていた。
そこで平成「ゴジラ」シリーズのスタッフがそのまま移行し、TVアニメとのメディアミックスなども展開。
主演に高嶋政宏と沢口靖子、その脇にベンガル、石橋雅史、麿赤児、篠田三郎、杜けあき、目黒祐樹、阿部寛、藤岡弘、宮本信子らを配し、シリーズ化も念頭に置いた意欲作だったのだが、興行的には思わしくなかったようだ。公開二日目に観に行っているが、満員だったという記憶はない。

殆ど期待しないで観たのだが、これは面白かった。「古事記」が題材であっても、他の、例えばギリシャ神話の要素を取り入れ、それをRPG風の味付けをする。元々RPGはヒロイック・ファンタジーを素材にしたものが多く、またそもそもこの”剣と魔法の物語”は人工の(という表現は変だが)神話とも言うべきものなのだから、正しくこれは換骨奪胎、本歌取り、じゃないな、原点回帰とでも言うべきものか。良い意味で日本神話らしくないストーリーとなった。
ヤマタノオロチなどはいるが、ゴジラ等と違って特別のキャラクターのいない人間ドラマとやらが、はたして子供受けするかどうかは別にして。

その人間ドラマ部分でも欠点はいくつか見受けられる。特にオトタチバナの設定。
神話におけるタケルの妻であっても、所詮は脇役。これをヒロインに昇華させるにあたって色々な要素を付け加えているのだが、それでもまだ重さがない。ただ、ヒロインとしては良く描かれている方だろう。沢口靖子が初めて美人に見えたものだ。
役者陣は総じて好演。
スサノオの目黒祐樹にやや貫禄がないが(ここは一つ、『日本誕生』とのダブルイメージで三船敏郎はどうだろうか)、藤岡弘の重量感など良し。阿部寛の出番が少なく、高嶋政宏との対決など物足りなさはあるが、そこは続編での再登場に期待しよう。


e0033570_23564111.jpg当時のメモを引っ張ってきたが、思いのほか(?)気に入っていたことがわかる。
他人に読ませようという文章ではないので、全体を通すと意味不明だが、その分”生”に近い心情が綴られているんじゃないかと思う。
・・・という好印象を持ちながら今回観直してみたのだが、何だかガッカリ。
もっと面白いんだと思っていたのだがなぁ・・・。

沢口靖子が儚げで可愛く見える、というのは良いのだが、高嶋政宏の一本調子の演技は、自分とリズムが合わないのか見ていて辛い。そういえば『ガンヘッド』も『ZIPANG』も『ゴジラVSメカゴジラ』もそうだったなぁ。
あと、スケールの大きなアクション大作のはずなのに、何故か画面がせせこましい。
ロケ撮影があまりなく、セットが小さい(そう見えるだけなのか、実際にスタジオが狭いのかはわからないが)。そのため、大冒険活劇に相応しい解放感が全く感じられないのだ。
それに音楽が、テーマ曲など非常に格好良く、当時のTV番組などでかなり流用されていた記憶があるのだが、画面に全くと言って良いほど合ってない。
○か×か、ならば間違いなく○なんだけれども、他人に勧められる映画かというと、「NO!」・・・だろうなぁ、やっぱり。
色々と惜しい作品ではあるんだな。
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by odin2099 | 2009-07-23 23:55 |  映画感想<ヤ行> | Trackback(1) | Comments(3)
e0033570_23313439.jpg『タイムボカン』シリーズ第2作の『ヤッターマン』は、今から30年ぐらい前に放送していたTVアニメ。最初っからではなかったけれど、毎週毎週観てました。その後も『ゼンダマン』や『オタスケマン』、『逆転イッパツマン』等々とシリーズは続きますが、最大の特徴は主役変われど悪役変わらず。”三悪”と呼ばれる主人公の敵役である三人組だけがスライドし続けている点でしょう。古今東西問わず、そういったシリーズ物って他にあるんでしょうかね。
また、ストーリー展開の基本フォーマットを作ったのは、この『ヤッターマン』。実はこのシリーズ、<タイムボカンシリーズ>と呼ぶよりも<ヤッターマンシリーズ>と呼ぶのが相応しいくらい、パターンはこの作品で出尽くしてます。

その『ヤッターマン』が昨年TVアニメとして復活。”三悪”がオリジナルキャストなのが嬉しい限りですが、ただ毎週観たいとまで思わせるものはないですねー、残念ながら。しかも放送が変則なのも玉に瑕。月に一回も放送されないこともあったはず。
そんな『ヤッターマン』が、今度は実写で映画化。早速誰がどの役をやるのかで話題沸騰、そして期待と不安というよりも、不安だらけの中で公開を迎えましたが、意外や意外、これが結構好評のようなのですね。

ということで観てきましたが・・・・・・ダメ。
他の皆さんがベタボメしてるので、辛口の意見があっても・・・良いですよね?
なんというか、バラエティ番組でタレントさんが、似てない物真似を披露しながらパロディドラマを演じてるような、そんな寒い気持ちになってしまいました。

e0033570_23315611.jpg

確かに一つ一つのパーツを取ってみれば、悪くないと思うんですよ。
デザイン、ポーズ、カット割など、アニメーションの再現度合いもなかなかのもの。
ただそれを一つにまとめて繋いでみると、ギャグはすべりまくってるし、テンポが悪くてミョーに間延びした作品になっちゃってるのです。
逆に、ノレない自分が口惜しいんですけどね。こうまで感覚合わないかなあ、と。

あと、最後にオマケ映像として「次回予告」が流れますが、そこまでやるならオープニングとエンディングもキッチリと再現して、TVシリーズの1エピソードの拡大版、としてやって欲しかった。それならもっと点数が甘くなったかも。
ま、続編は兎も角、主役は変えて、三悪のキャストだけそのまんまで、『ヤットデタマン』とか『イタダキマン』とか次々にシリーズを作るのも面白いかなぁ、なんて考えてみたりもしたけれど、多分、ヒットはしないだろうな・・・。
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by odin2099 | 2009-03-17 23:32 |  映画感想<ヤ行> | Trackback(29) | Comments(6)
1920年代の半ば、東京市のとある下宿館。そこに住む郷田三郎は、退屈な日々に倦んでいた。
「こんな世の中に生き永らえるよりは、いっそ死んでしまった方がまし」と考える彼だったが、ある日偶然に押入れから屋根裏へ出ることが出来ることに気付く。
屋根裏を徘徊し、他人の生活を覗き見ることに楽しみを見出すようになった郷田はふと、無防備に寝ている住人の口に毒薬を垂らせば、誰にも知られることなく死に至らしめる、密室での完全犯罪が可能なのではないかとの思いに取り付かれるようになるのだが・・・。

e0033570_2252533.jpg江戸川乱歩の短編小説を映画化したもので、過去にも何度か映像化されているのだそうです。
データを見ると製作は1992年となっていますが、実際に映画館で上映されたのは1994年になってからのことで、しかも映倫の指示でカットされてしまった<R指定版>での公開になってしまいました。
しかしながらその後、削除されたシーンを復元した<インターナショナル・バージョン>も公開され、どちらもビデオでリリース、自分もそれぞれビデオで一度ずつ観ています。
今回は<完全版>と銘打たれたDVDを購入しての再鑑賞なのですが、これは<インターナショナル・バージョン>と同じものでした。どうせならばDVDの特性を活かし、両ヴァージョンを見比べることが出来れば良かったのですが。

主演は三上博史。
他に宮崎ますみ、加賀恵子、六平直政、清水ひとみ、鈴木奈緒、寺田農、堀内正美らが出演しています。
この物語にはお馴染みのシリーズ・キャラクターである明智小五郎が出てきますので、三上博史は明智役かと思いきやタイトルロールの”屋根裏の散歩者”の方で、明智小五郎を演じているのは何と嶋田久作です。
原作小説を読んでいないので何とも言えませんが、これはかなり意外性のあるキャスティングではないでしょうか。

<R指定版>より長くなったとはいえ、上映時間は77分。物語も淡々と進んでいきます。
「鬼才・実相寺昭雄が、江戸川乱歩の耽美世界を完全映像化」と表現される作品ですが、興味深くは思えるものの、”江戸川乱歩”も”実相寺昭雄”も、自分にはあまり合わない世界のよう。
といって決して嫌いな訳ではないので、非常に口惜しい思いに囚われています。
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by odin2099 | 2008-10-24 23:00 |  映画感想<ヤ行> | Trackback(1) | Comments(0)
e0033570_15414291.jpg直木賞受賞のベストセラー小説の映画化、というよりも、素直に<探偵ガリレオ>シリーズ第3弾にして初の長編作品の映画版である。
東野圭吾という作家には以前から少なからず興味を持っていたが、なかなか切っ掛けが掴めずにそのまんまになっていたのだけれども、今回の映画化が気になって、先ずは第一短編集の『探偵ガリレオ』を手にとり、そのまま第二短編集『予知夢』に取り掛かり、とうとう勢いでこの原作版『容疑者xの献身』まで読破してしまった。
そして映画を観る前に、とTVシリーズ『ガリレオ』(二冊の短編集を元にした「月9」枠のドラマ)の再放送をチェックして、ようやく映画版にまで辿り着いた(本家サイト内の「お茶の間」にて感想文アップ中)。

映画を観終わっての感想は、「実に面白い」

勿論、先ずはストーリー自体が非常に「面白い」。
如何にして「完全犯罪」を成立させることが出来るのか。そして今度はその「完全犯罪」を崩すことが可能なのか。
天才物理学者と天才数学者、二人の丁々発止のやりとりが、観客の知的好奇心を刺激して止まないだろう。
そしてもう一つ「面白い」点は、この映画が原作小説のかなり忠実な映画化でありながら、なおかつTVシリーズ『ガリレオ』の続編としても成立していること。

ご承知の通り、TVドラマは原作とはかなり趣きの違う作品だ。
作者が佐野史郎をイメージして作り上げたという湯川学というキャラクターは、福山雅治という肉体を得ることで頭脳明晰なだけでなく、容姿端麗でスポーツ万能というスーパーマン・キャラに成り代わってしまっている。
コンビを組むのも、湯川の大学時代からの友人・草薙ではなく、その後輩に当たる熱血新人刑事・内海に代わり、性別も男性から女性へと変更されてしまっている。
そして各エピソードもかなり大胆に脚色され、時には全く原作から離れたオリジナル・ストーリーに改変されてもいるのだ。
それでいながらこの映画版は、原作の映画化でありながら、ドラマ『ガリレオ』の新しいエピソードに成り果せている。
これは「実に興味深い」

e0033570_9473331.jpg映画を観る前に唯一の懸案事項だった、天才物理学者・石神のキャラクター造型も、映画を観た後では納得である。
この人物、湯川をして「真の天才」と呼ばせたほどの才の持ち主だが、数学以外のことに関心を持たず、人付き合いが苦手で風采も上がらないという、かなりヲタクなキャラクターである。
原作では「ずんぐりした体型で、顔も丸く、大きい。そのくせ目は糸のように細い。頭髪は短くて薄く、そのせいで五十歳近くに見えるが、実際はもっと若いのかもしれない。身なりは気にしないたちらしく、いつも同じような服ばかり着ている。」と描写されている。この人物を堤真一が演じるというのだから、不安を感じるのも当然だろう。湯川を福山雅治が演じる以上、それに釣りあいの取れる役者ということからの抜擢だろうが、結果的にこの配役は当たりだった。湯川と互角の存在感、そして不気味さ、怪しさ、どちらも見事に表現していた。
そして彼が想いを寄せる女性の松雪泰子。高飛車なお嬢様キャラのイメージが未だに残っていたのだが、やや人生に疲れながらも、まだまだ女性としての輝きを失っていない中年女性をこれまた好演。彼女の存在に説得力があるからこそ、石神の想いが観る者にも伝わってこようというものだ。

TVドラマ版のコミカルな要素を期待している人には、この作品の重さ、暗さ、切なさは違和感があるかも知れない。
しかしシリーズ全体を通して『ガリレオ』が好きだった人ならば、初めて内面と向き合う湯川の姿は新鮮に映り、今までと違った面が見えることに満足するのではなかろうか。
そして原作を既に読んでいて、トリックも全て知っている人でも、この映画版には泣かされるかも知れない。
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by odin2099 | 2008-10-05 15:43 |  映画感想<ヤ行> | Trackback(58) | Comments(6)
大きさは地球の四分の三でありながら、質量はなんと6000倍という赤色巨星ゴラスが太陽系に侵入。このままでは地球と衝突の危険性があることが明らかになった。ゴラスを爆破するか、それとも地球の軌道を変えて難を避けるか、選択肢は二つに一つ。
調査の結果、6200倍もの質量に増加していたゴラスの爆破は不可能と判断され、人類は南極に巨大なロケットエンジンを設置し、地球を移動させる計画を進める。しかし計画の決定に時間が掛かったことや、事故や巨大怪獣の出現によって工事は遅れる。果たして人類は未曾有の危機を乗り越えることが出来るのか?!

1951年に製作されたアメリカ映画『地球最後の日』でも同様のシチュエーションが描かれているが、あちらでは”ノアの箱舟”よろしく人類を脱出させ、すれ違う天体に新天地を求めているし、後の『メテオ』『ディープ・インパクト』『アルマゲドン』ではひたすら爆破計画が推し進められていくが、この作品での「地球そのものを動かす」という発想は大胆かつ斬新。最初に観たのは小学生の頃TVで、その時はあまりのバカバカしさに呆れたものだったが、見直す度に新発見があり、今ではお気に入りの一本。

e0033570_022286.jpg上映時間は1時間半に満たないが、兎に角密度が濃い
物語内の時間経過は2年余りだが、その中で最初にゴラスに遭遇する人類初の木星探査ロケットとその乗組員のドラマがあり(ゴラスの引力圏に捕らえられ、脱出叶わず地球へ貴重なデータを送信し、万歳三唱で玉砕!)、そのロケットの単独行動が命令違反か否かで揺れる政府首脳たちを描いた政争劇があり、事故でフィアンセを喪ったヒロインとその彼女に想いを寄せるパイロットのドラマがあり、ロケットの艇長だった父を亡くしながら祖父と共に南極計画に賭ける科学者を支えるもう一人のヒロインあり・・・と、実に様々なエピソードが詰め込まれている。

そして豪華な出演陣。
主人公となる科学者とその恩師には池部良、上原謙といった特撮作品には珍しい配役がなされ、物語の事実上のヒーローであるパイロットを久保明が演じ、その彼らを志村喬や平田昭彦、佐原健二といった御馴染みの顔触れが支え、そして水野久美と白川由美の二人が彩りを添えている(ちょっとしたお色気シーンもあり、子ども向けには作られていない)。
更に田崎潤クラスを冒頭部分のみで使い切り、西村晃、小沢栄太郎、佐々木孝丸、河津清三郎あたりが脇をガッチリ固めるという贅沢さ。若手では二瓶正典(二瓶正也)が目立っており、後の『ウルトラマン』イデ隊員を髣髴とさせる活躍ぶり。そういえば『ウルトラマン』科学特捜隊のジェットビートル機は、この作品で使われたミニチュアを流用したものだ。

天変地異の描写はあるものの、一般人のパニックシーンは殆どなく(というより地球の危機を危惧しているのは科学者ら専門家のみで、一般人だけでなく政治家たちもどこか他人事のように受け止めているという秀逸さ)、地球を救うべく様々な方法を検討し、陣頭指揮を執る科学者たちと、実際に前線に赴く宇宙パイロットたちに焦点を絞ったドラマ作りは、ともすれば退屈なディスカッションドラマになりかねないが、微妙な匙加減でそれを回避。もっともっと掘り下げて欲しいキャラクターや個々のエピソードもあるものの、これでもかこれでもかとたたみ込む展開は非常に盛りあがる。これが黄金期の日本映画の実力なのだろう。今では叶わぬ夢か。
夢といえば、作品の時代設定は80年代初頭。製作時より30年先の未来を想定していたのだが、現実はまだまだ追いつかず、人類は未だ恒久的に宇宙を生活の場にはしていないのはどこか寂しい。

音楽の石井歓は、伊福部昭のピンチヒッターだったと聞いたことがあるが、この作品への起用は大成功だろう。「ゴラスのテーマ」が師匠である伊福部昭の「ゴジラのテーマ」にチラっと似ているのはご愛嬌。また劇中に何度も流れる挿入歌「おいら宇宙のパイロット」は、今なお根強いファンを持つ東宝特撮ファンの愛唱歌となっている。

難を言えば、父が、恋人が人類初の偉業に旅立とうとする時に、二人のヒロインが夜の湖へ泳ぎに出掛けようとするのが不自然に感じられるのと、工事の妨害をする怪獣マグマの出現が著しく世界観を損ねている等々の問題点がないではないが、まず東宝特撮黄金期の実力を如実に示す一本。宇宙を題材にしたSFモノ、怪獣モノ、それにどことなく戦記モノを感じさせる作品内容も東宝特撮集大成の趣き。
本多猪四郎監督といえば『ゴジラ』の名前が先ず第一に挙がるだろうが、個人的には本多監督の最高傑作はこの作品だと思っている。
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by odin2099 | 2007-12-18 06:23 |  映画感想<ヤ行> | Trackback(5) | Comments(2)
二つの勢力の縄張り争いの結果、すっかり寂れてしまった関八州の小さな宿場町。
そこに流れてきた一人の浪人は、両勢力を天秤にかけ、用心棒として自らの腕を売り込み、同士討ちをさせて一掃を目論むのだが・・・。

e0033570_2254756.jpg三船敏郎が凄腕の浪人・桑畑三十郎を演じた黒澤明監督の時代劇。
ダシール・ハメットの『血の収穫』が元ネタだそうだが、海外で西部劇やギャングの抗争劇にも翻案され、最近では国内でもリメイク企画が発表されるなど、その影響力は凄まじい。
また三船演じる三十郎が人気となったため姉妹編の『椿三十郎』も作られ、その後も三船は三十郎的キャラクターを何度か演じている。

三十郎を手助けすることになる頑固者の飯屋の主人・東野英治郎、ピストルを持ったニヒルな悪役・仲代達矢、力自慢だがオツムは少々弱い加東大介ら脇役陣も完璧に近く、隙のない傑作。
それにしても三船敏郎の立ち回りの素早さは圧巻だ。
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by odin2099 | 2007-12-03 22:07 |  映画感想<ヤ行> | Trackback(7) | Comments(2)
一年に一度、全校生徒が一昼夜かけて80キロを歩き通す「歩行祭」という伝統行事。この高校生活最大のイベントでは、友人同士でバカ話をしたり、悩みを相談したり、好きな人に告白したりと思い思いの一夜を過ごす。
3年生の甲田貴子はその「歩行祭」で密かに一つの賭けをしていた。それは3年間で一度も話すことのなかったクラスメイトの西脇融に話しかけること。実は貴子と融は異母兄妹だったのだ。今日話せなければ、この先一生話すことなく終ってしまうかもしれない。しかし貴子はなかなか融に話しかけることが出来ずにいた。一方の融も貴子を意識しながらも、やはり彼女を避けてしまうのだった。そんな二人を見つめる友人たちは、二人の秘密を知らないので互いに好き合っているのだろうと誤解し、何とか二人をくっつけようとお節介を焼き始める。折り返し地点を過ぎ、徐々にゴールが近付いてくる。はたして貴子の願いは叶うのだろうか。

e0033570_6201833.jpg第2回本屋大賞に輝く恩田陸のベストセラーを映画化した作品で、約2時間の上映時間中、生徒たちはひたすら歩いているだけ。とりたてて劇的なドラマが起こるわけではなく、登場人物たちの会話のみで進んでいくというだけの物語なのだが、それでもグっとくるものがある。
ただ願わくば、自分が中高生の頃に出会いたかったものだ。現役の中高生ならば是非見ておいて損はないだろう。
勿論、かつて中高生だった人も、この作品を見ている間は中高生に戻れることと思う。懐かしさと、それとちょっぴり気恥ずかしさを味わうことの出来る甘い作品である。
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by odin2099 | 2006-10-02 06:20 |  映画感想<ヤ行> | Trackback(33) | Comments(14)
ウルトラマン誕生30周年を記念した<ウルトラマンワンダフルワールド>の一本。

e0033570_1130305.jpgゼットンに敗れて以降、精彩を欠くウルトラマン。出現した怪獣たちは、全て科学特捜隊の手によって退治されていた。そんな時、ハヤタは怪獣軍団復活の予知夢を見てしまう。はたしてウルトラマンは、この危機に立ち向かえるのか?!

ゼットンの前に倒れたウルトラマンは、光の国の使いゾフィに伴われて故郷であるM78星雲へ帰ってゆく――『ウルトラマン』の最終回はこうして幕を下ろすが、この映画は「そのままウルトラマンが地球に留まり続けたら・・・?」という「if」の世界を、TVシリーズ全39話の中から円谷一監督作品を中心に映像を抜き出し、一部新撮映像を交えながら再構成して作り上げた、いわば第40話とも言うべき作品に仕上げたもの。科特隊メンバーを演じた俳優を再招集して台詞を取り直して差し替えるなど、再編集版とはいえかなり手間隙かけて作られている。内容には賛否あるだろうが、試みとしては面白い。

また、同時上映の『ウルトラマンゼアス』にも科特隊メンバーのゲスト出演があるが、この後でムラマツ・キャップ役の小林昭二が亡くなったこともあって、全員が顔を揃えたのはこれが最後になってしまった。

なお、この作品において、フジ・アキコ隊員を除く全てのメンバーのフルネームが決定された(ムラマツ・トシオ、イデ・ミツヒロ、アラシ・ダイスケ、そしてハヤタ・シン)が、その後定着した様子はない。
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by odin2099 | 2006-05-13 00:18 |  映画感想<ヤ行> | Trackback | Comments(4)
e0033570_11465862.jpg毎回毎回<まんがまつり>に相応しい出し物を用意してくれていた「マジンガー」シリーズ。だがこの作品だけは、手抜きという訳では決してないのだけれども、<まつり>というには些か寂しいものになってしまった。リアルタイムで見た時の印象が殆ど残っていないのも、その証拠だろう。
何度か見直しているので、作品そのものへの評価は上がってはいるものの、この思いは最後まで続くのだろうなぁ。

  * * * * * *

「しねま宝島」より転載
劇場用<マジンガー>シリーズの5作目(除『宇宙円盤大戦争』)で、春の<東映まんがまつり>目玉の一本。
TVシリーズのレギュラー悪・ベガ星連合軍はそのままに、ゲストキャラのバレンドス親衛隊長がロボット博物館からグレート・マジンガーを奪い、グレンダイザーに挑むという内容。そのため、「対」で結ばれたヒーロー同士が実際に対決するシリーズ唯一の作品ともなっている。

兜甲児の乗るTFOが破壊されるなど映画オリジナルのシチュエーションはあるものの、時間的にもそのままTVの一挿話として放送してもおかしくない反面、イベント性は一番低い。
というのも、この作品が公開される前に石川賢が『グレンダイザー対ダブルマジンガー』という作品を発表しており、そちらではベガ星連合軍に操られた甲児と剣鉄也がマジンガーZとグレートを駆ってグレンダイザーを倒そうとするものだったからだ。
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それに比べれば、並べて展示してあったZには目もくれず、バレンドスが操縦するグレート一体だけというのはあまりにも弱過ぎる。またクライマックスでは甲児がグレートに乗るが、これはこれで違和感がありすぎ。
また石川賢は直接この作品のコミカライズも手掛けているが、そちらではバレンドスがデューク・フリードと因縁浅からぬ人物に設定され、残酷描写も増していて子供にはトラウマ必至の力作に仕上げているだけに尚更だ。

相変らず足手まといぶりを発揮する甲児、苦しめられた割りにグレートを過少評価するデューク、エネルギー満タン状態(?)でグレートを展示するロボット博物館の危機管理能力のなさ、何故か甲児の回想シーンで胸の放熱板を投げつけているZ(グレートブーメランじゃないんだから)等々ツッコミどころも満載。
また当時の気分として、今度映画でグレンダイザーと競演するのは鋼鉄ジーグだろう、という予想と期待があっただけに、余計にガッカリしたことを覚えている。

もっとも『グレンダイザー対鋼鉄ジーグ』、実際に企画は立てられていたようで以前ストーリーが紹介されたことがあったが、その段階で既にTVシリーズをベースにしたこじんまりしたものになっていた。
しかし二大ヒーローの共闘という「画」は、それを補うだけの魅力を有している。何故それが実現しなかったのか、非常に残念でならない。
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子供心に大きく失望したのだが、既に次回作として『グレンダイザー・ゲッターロボG・グレートマジンガー 決戦!大海獣』の製作が告知されていたので、こちらには大いなる期待を抱いて映画館を後にしたものだった。

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by odin2099 | 2006-03-31 05:55 |  映画感想<ヤ行> | Trackback | Comments(0)

by Excalibur
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