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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

カテゴリ:史跡( 93 )

10年ぶり二度目の登城。
(前回の登城記はここ
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前回来たときは本丸御殿が修復工事中だったため、今回がリベンジ。
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うーん、日本家屋、落ち着くなあ。
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反対に今度は、富士見櫓跡地が一部立ち入り禁止。
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以前は上まで登れたのに、どうやら危険だと判断されたらしい。
川越市では2022年までに整備するとしているらしいが、次に来るときはまた入れるようになっているかな。
天守のなかった川越城では天守代用とされたものだけに、観光目的のためにもきちんと整備して欲しい。
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中ノ門堀跡も以前来てるはずだけど、整備が進んだ?
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by odin2099 | 2020-09-21 13:03 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
ペリー提督の黒船来航。
その再来航に備え、幕府が築いた人工島、それが台場。
砲台、塹壕、陣屋、火薬庫なども設置されています。
第一と第三、続いて第五と第六台場が作られましたが、残りは財政難などで中止。
今は第三と第六が残っており、第三台場跡が台場公園となっています。
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続日本100名城」の一つにも選出されているんですが、これ、お城と呼んでいいのかなあ???
確かに防御用の施設ではありますが、砦というか櫓(見張り台)というか…。
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周辺は「お台場海浜公園(おだいばビーチ)」ですが、遊泳禁止。
といってもこれはコロナ禍の影響というより、東京オリンピックのため利用休止になってるんですね。
砂浜で遊んだり、日焼けを楽しんでいる人はチラホラ見かけましたけれど。
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by odin2099 | 2020-09-13 07:25 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
かつては京王線利用者だったくせに、沿線のお城は殆ど行ったことがない。
ここもその一つ。
なーんにもないんだろう、と思っていたのですが、やっぱり何もありません。

ここは武蔵七党の一族である平山氏の居城の跡地。
築城したのは平山直季と伝えられている。
といっても居館は駅の近くにあり、この公園一帯には見張り所があったとされているというだけで、特別に遺構らしきものはなし。
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直季の子・季重の墓と木像がある宗印寺や、季重を祀った季重神社があるものの、途中でコースアウトしちゃった関係でスルー。
どうやら神社のあたりが比定地らしいのだが…。
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何せ案内板やスマホのナビに頼ってると目的地に全然着かない。
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民家の中へ出ちゃって行き止まりになったり、田んぼや畑にぶつかったり。
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挙句の果てにはいつの間にか公園の外へ出てしまい、帰る際にはえらく遠回りをさせられてしまった。
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これといって目的物(例えば本丸の跡とか、土塁とか、あるいは”城址”と記した石碑とか)がない中での散策はモチベーションを維持するのが大変だ。
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ただ平山季重というのはなかなか興味深い人物で、最初は源義朝に従ったもののその敗死後は平家に従い、源頼朝が挙兵すると今度はそれに従って義経配下として平氏滅亡へ貢献。
しかし無断で任官したため頼朝の怒りを買ったのだが、その後も更に戦功を挙げたことで鎌倉幕府の元老として取り立てられた、という経歴の持ち主。

源氏→平氏→源氏と主を替え、しかも義経と一緒に処罰されてもおかしくなさそうなのに、結局一族は戦国時代まで存続したのだ(その後は後北条氏に従い、小田原で一族は滅亡)。
よっぽど卓越した能力の持ち主だったのだろうか。
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by odin2099 | 2020-09-08 22:11 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
「日本100名城」の一つ、小峰城へ行ってきました。
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元々は結城氏の城で、その後に蒲生氏や上杉氏が城主となり、織田家の宿老として、そして信長の死後は秀吉に仕えた丹羽長秀の息子・長重が入って今見るような形になったようです。
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歴代城主の中では「寛政の改革」の松平定信が有名でしょうか。

平成期に入って木造で天守を復興するブームが起きましたが、ここがその先駆け。
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もっともこの城の場合天守ではなく「御三階櫓」なんですが、幕府を憚った代用の、実質的な天守ですから、そちらにカウントしても良いと思います。
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以前から行きたい行きたいと思っていたのですが、大震災によって石垣や曲輪が崩壊し立ち入り禁止状態に。
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ようやく数年前に入城可能となり、遂に今春8年がかりで石垣の修復が完了。
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ということでようやく登城が実現しました。
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福島県というとウチからは結構遠いイメージがあるんですが、実際の距離はともかく新幹線のお陰で千葉県や長野県、山梨県あたりへ出るよりは早いんですよね。松本城や高島城、上田城、甲府城などよりも楽に行けます。

新幹線で新白河まで出て、そこから東北本線で一駅の白河駅下車。すぐ裏手が城山公園です。
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というか線路は思いっきり城の敷地内を通ってます。アクセスは便利、といいたいところですが、東北本線って1時間に1本くらいしかないのが玉に瑕…。
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この日は生憎の雨模様。
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青空に映える天守の姿を収めようとしたんですがダメでした。
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帰る頃は土砂降りで、しかも雷まで鳴っていたし。
どちらかというと”晴れ男”なんですがねえ。
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by odin2099 | 2019-08-21 19:57 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
先週、松本へ行ってきました。
目的地は勿論”国宝・松本城”、今年初めての登城です。
松本もやはり暑かったのですが、東京に比べるとまだ湿度が低い気がしますね。
同じ暑さでも、東京ほど「空気が重い」とは感じませんでした。

さて、松本城を訪れるのは今回が二度目。
前回は2010年の2月、松本城は雪景色でした。
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この時は寒かったなあ。
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今回は、ほれ、ご覧の通り。
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そして旧開智学校へも足を延ばします。
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お城のすぐ裏手にありますので、セットで回るには丁度良いですね。
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これが松本駅。
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お城口と西口とでは随分と雰囲気が違います。
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また違う季節に来てみたいなあ。
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<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/12106042/
https://odin2099.exblog.jp/12247320/


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by odin2099 | 2018-08-04 18:33 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
休み中、最後の登城は小田原城。
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去年の夏にも行ってますので一年ぶりです。
幾つかお城を見て回りましたが、土塁や空堀のお城ばかりだと、やはり例え鉄筋コンクリート製であっても堂々たる天守を拝みたくなります。
ただ今回はまっすぐお城を目指すのではなく、駅の反対側へ出てみました。
城山公園というところへ行こうとしたのですが、アレレレレ…?
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とりあえず上を目指してみます。
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やっと天守が…見えた!
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今度は山を下って、いわば裏手からお城へ。
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懐かしいロマンスカー!
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門、工事中でございました。
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発掘調査も終ったようですね。
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天守には登らず、下から眺めるのみ。
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意外に近くじゃないと天守って見えないんですよねえ、ここ。
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小田急線、二階建て車両あったのね。
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by odin2099 | 2017-09-01 19:52 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
佐倉城址を後にして向かったのはこちら。
佐倉藩最後の藩主堀田正倫の邸宅として明治時代に建てられ、今は国の重要文化財。
お殿様のお住まいだから平地にあるのかと思いきや、実は丘の上。
JRの佐倉駅からも京成の佐倉駅からも歩いて20分ぐらいの距離にあるんですが、なかなかキツイです。
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こちらが門。
そしてこちらが玄関。
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ん?どっかで見たような…?
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そう、これです!
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ここ、「侍戦隊シンケンジャー」の志葉家の屋敷として撮影に使われていたんですな。
前から行きたい行きたいと思っていて、今回やっと訪れることが出来ました。このシーンに近いアングルを求めて庭園を彷徨います。
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このあたり?
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以前は「シンケンジャー」出演者の色紙も飾られていたようですが、流石に放送終了から7年半も経てば片づけられてしまったようで…。
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もっと早く行けば良かったよ~。
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「志葉」という表札が掲げられてたのはここね。
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他にも「坂の上の雲」「JIN―仁―」「TRICK」などでも使われてるようです。
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ああ、今回は武家屋敷へ行けなかったなあ。今度また来ようっと。
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by odin2099 | 2017-08-29 08:09 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
この日は京成線に乗って佐倉へやってきました。
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お目当ては二カ所あって(いや、ホントはもう何か所かあったんだけどグロッキーしてリタイヤ)、まず向かったのは佐倉城址公園。
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駅から遠い方へ先へ行って段々と駅へ戻ってこようと思ったんですけど、着いたのが予定よりかなり早くて(そのお蔭で電車は空いていたけれど)、開いているのがこっちしかなかったから…。
それでも開館前だったから歴史民俗博物館へは寄れなかったんですけどね。
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ここは石垣のないお城。
遺構として残っているのは土塁と空堀、水堀です。
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石垣のない天守跡というのもなんか微妙…。
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櫓とか門とかが残ってないので、知らない人からすると「ここお城?」という感じかもしれませんが、なかなか良い感じ。
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しかし起伏に富んでいるので足に来ます。
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それにしても長閑でした。
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by odin2099 | 2017-08-27 11:12 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
躑躅ヶ崎館は甲府駅の北側にありますが、この城は南側。
以前中央本線に乗っていて、こんな線路際にお城があるのか?!と驚いて以来、ずっと気になっている場所でした。
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住宅案内のチラシ風に言えば、駅歩0分ってとこですね。
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駅の南側には武田信玄の像があるんですが、この城は武田氏関係ないですね。
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武田氏滅亡後に躑躅ヶ崎館に代わって建てられたのがこのお城ということになるはずです。
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立派な天守台があり今は天守の復元計画も進められているようですが、実は甲府城に天守があったという決め手がない。
ということでなかなか進展しないようです。
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今は昔と違って簡単にトンデモ天守を建てることが出来ないんですよね。
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また駅歩0分はいいんですが、ぶっちゃけ城跡を線路が分断しちゃってます。
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だから北側に舞鶴城公園とは別に歴史公園というのを設けて門を復元したりしてます。
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苦労の後は窺えますが、なんだかガッカリですねえ…。
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by odin2099 | 2017-08-26 19:49 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
今度は手軽な場所、ではなくちょっと足を延ばして甲府までやってきました。
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人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり
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――で、武田氏にはお城がなかった、なんて誤ったことを教わった気もするなあ、遠い昔に……
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さて、ここは信虎、晴信、勝頼の三代に亘った武田家の本拠地です。
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ただ城址としてよりも、地元ではやはり武田神社として認識されてるような気がします。
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案内板の表示も「武田神社」となっていて、それが国指定史跡「躑躅ヶ崎館跡」にある、ということのようです。
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武田氏館跡」という呼び名もあって、「日本100名城」へはその名前で登録になっています。
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さて、甲府駅から北へ一本道、距離2.2km、というので楽勝だと思ったのですが、然にあらず。
ずーっと緩やかな登りになっていて、しかも目的地が見えないので自分がどのくらい歩いたのかがわからないのです。
通りには色々案内が出てるんですよね、ここは誰それの屋敷跡だとか。
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でも肝心の城跡(武田神社)まであとどれくらい、とかは書いてなくてひたすら真っ直ぐ進みます。
途中で山梨大学が左右に現れ、やれやれあともう少し、と思ったのですが、その後も結構ありました。
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目的地に着くと神社はほぼスルーして境内の外へ。
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発掘調査された大手門東史跡公園を堪能。
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ぐるっと周囲を廻ってみましたが、思っていたよりも広い範囲が確保されてるみたいですね。
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そうはいっても周辺は殆どが民家でしたけど。
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あまり「お城を見た」という気分にはならないところかも知れないです。
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はてさて、これはなんじゃろう???
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by odin2099 | 2017-08-25 08:55 | 史跡 | Trackback | Comments(0)
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