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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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読書好きの友人たちは当然のように学生時代に読んでいたが、僕は映画を見た後で興味を持ちながらも、結局長い間手に取ることはなかった。
そして不思議に思ったものだ。何故映画は原作の半分までしか描いていないと言われているのか。ファンタージェンから少しだけ成長して戻ってきたバスチアン、これはこれできちんと完結しているのではないか(その後続編が作られるが)。
それに物語を充分に楽しめたという思いもある。その答えを知るには読むしかない。というわけで文庫化を機にようやっと手に取る気になった(実はハードカバーも持っている・・・)。
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で、読んで納得。何のことはない、映画は原作の前半部分に独自の結末を付けただけだったのだ。これでは作者がクレームを付けたくなるのもわかる。むしろ映画では省かれた後半部分こそ、作者が訴えたかったことではなかったのか(残念ながらその後映画化された後半部分は、大筋をなぞるだけに終始してしまっていたのだが)。

しかし映画を楽しんでしまった僕には、これを持って映画を「否」とは出来ない。例え原作信奉者には許し難い出来映えだったとしても、作品の認知度の上昇と新たなファンの獲得は果されたという「功」の部分もあると思うからだ。そして映画を気に入った人には、次なるステップとして原作小説を手にとってもらえば良い。現に自分がそうだったし、結果的にはどちらも楽しめたのだから。

ちなみに原作で描写されるバスチアンは「十か十一くらいの背の低い太った少年」。そのままでは流石に映画化は難しかったのだろうが、原作ファンはこの時点で拒絶反応があるのだろう。
by odin2099 | 2004-12-12 15:54 | | Trackback | Comments(0)
映画を見てから改めて読みなおしてみたのだが、最初は大して面白くもないと思われたこの小説が、なんだか凄く面白く感じられるようになっていた。それだけ映画が魅力薄だということだろう。

まず魔法で老婆に姿を変えられたソフィー。
長女だから何をやってもダメだと諦めていた彼女だったが、立場が変わればモノの見方も変わってくる、自分で作ってしまった殻を自ら破ることで大きく成長していき、秘められた自分の力(魔法が使える!)にも目覚めていくというキャラクターなわけだが、映画版では外見のみ変わっても内面の変化は殆どなし
老婆に変わったままの原作とは違い、映画では少女と老婆を行ったり来たりしているので尚更だ。
多少引っ込み思案なところはあるものの、最初から芯の強さを持った典型的な宮崎ヒロインに堕しているので、その「変身」が全く活きてこない。原作では妹が二人おり(末妹は後妻の子だが仲は良い)、この二人との対比でキャラが成り立っている面が多分にあるが、映画では一人だけ、それもその他大勢扱いなのでソフィーに与える影響も皆無に近い。

e0033570_1651559.jpg荒地の魔女の設定も酷い。本来は徹頭徹尾怖い悪役だが、映画では最初こそ恐ろしげではあるものの途中からコメディ・リリーフと化し、最後はこれまた宮崎作品に顕著な、敵側から味方側へと転じるキャラ、頑固だけど憎めない老人のパターンを踏襲してしまう。
原作ではハウルもソフィーも最終的な目的は荒地の魔女との対決で、共通の目的があるからこそ二人は接近していくのだが、映画ではその部分が欠落しているのでただ何となく一緒にいるだけなので不自然だ。

そしてハウル。自惚れ屋でお調子者、我侭でいい加減、見栄っ張りで女好き、このまんまキムタクにやらせりゃ良かったんだろうが、映画では何やら内なる使命を秘め、表面上はC調を装っているだけの2枚目キャラという、非常につまらない存在になっている。
つまり、極端なことを言えば原作の良さを全て殺ぎ落としたのが映画版ということになる。映画の出来には満足している、というおざなりな原作者のコメントが紹介されていたが、本心だろうか?
ちなみに映画と原作との相違点は数知れないが、キャラクターに関していくつか挙げると、王室付魔法使いのサリマンは原作では男性で、しかもハウルとは面識がない。後にソフィーの妹と結婚する。ハウルの先生はペンテスモン夫人で、彼女は途中で魔女の毒牙にかかって生命を落す。映画では唐突に描かれる案山子の正体だが、原作ではもっと複雑で、しかもそれにはソフィーの妹たちが密接に絡んでくる。ハウルの弟子マイクルは、原作では15歳の少年で名前はマイケル、といった具合。原作にはない戦時下などという設定を施すより、もっと原作の面白さを引き出すような映画作りは出来なかったものだろうか。
by odin2099 | 2004-12-12 15:51 | | Trackback | Comments(0)
東京国際フォーラムでのコンサートへ出掛けた。8月にやったコンサートの再演。

行って驚いたのは「2階のB、C席のチケットをお持ちの方はこちらへ」と入場前に呼止められ、何事かと思っていると「1階席がご用意できましたので」とチケットを取りかえられちゃったこと。
こちらは2階のB席、真ん中最後尾を持っていたのが、何と1階席真ん中の後ろの方、S席へとグレードアップ。
あまりの客入りの悪さに主催者側が慌てたんだろうな。

どうやら2階席は完全に閉鎖してしまったようだったが、それでも1階席はガラガラと言っても差し支えないだろう。
普通のコンサート会場ならかなり埋まる人数だろうが、何せキャパがでか過ぎる。他の回の公演がどうだったのかも非常に気になる。
演奏内容はサイトの方で後刻改めて。
ただ、手放しで褒められたものではなかったことだけは一言添えておく。

それにしても何で演奏会当日にTVで『二つの塔』を放送するんだろう(フジテレビ系「プレミアムステージ」)。
これじゃ夜の回に参加したファンは見られないじゃないか。
まぁ前回はフジテレビ主催だったが今回はテレビ朝日。ライバル潰しか?

   ×  ×  ×  ×

下記「ボクのわたしの 見て歩る記」より転載
ジョン・マウチェリーの指揮の下、ソロヴォーカルにノルウェーの歌姫シセル迎え、インターナショナルLOTRオーケストラの演奏で8月末に行われた『ロード・オブ・ザ・リング ザ・コンサート~オーケストラ、コーラス、ソリストによる交響曲6楽章~』の再演です。
映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の音楽はかなりのお気に入りでして、その為に作られた音楽の中から、作曲したハワード・ショアが直接選曲して夫々の作品を二楽章ずつ、計六楽章形式で編んだ交響曲となれば興味が湧かないわけがありません。前回は平日のみ(しかも月末!)の公演だったので行きたくても行かれませんでしたが、今回は土日、しかもショア自身が来日して直接指揮するとあって喜んで出掛けてきました。
オーケストラと混成合唱団、少年合唱団合せて200名以上がステージに立つ姿は正に圧巻。そして第一部(第一楽章と第二楽章)、第二部(第三楽章から第六楽章まで)それぞれが一時間程度で、間に休憩を挟んでトータル三時間弱と、かなりハイ・ボリュームの演奏会となりました。

さてこの交響曲版、映画が大好きで繰り返し繰り返し見たという人は、演奏を聴きながら夫々のシーンを思い浮かべて涙する、ということもあるでしょう。
しかし普通に映画を楽しみました程度の人、クラシックなどの演奏会に不慣れな人には些か辛い構成かと思います。元々ショアのメロディーは、誰もが口ずさめるような強烈な個性には乏しく、どちらかというと観客を作品世界に埋没させる手助けをしてくれるような存在でしょう。そうなると細切れに流れてくる色々なテーマ(メロディー)の断片、音楽的色合いの違いは楽しめるかもしれませんが、それが直接具体的な映画のシーンを思い起こさせてくれるかというと、なかなか難しいのではないかと思います。つまり、ただボーっと聴いているだけ→眠気を誘う、という状態になります。
僕のようにある程度サントラ盤を聴き込んでいる人間にとっては、各楽章の副題(基本的にメロディーを引用した箇所のあるサントラの曲名になっています)を見るだけで「ああ、あの曲か」という判断は付きますが、一般のファンではそこまでいかないでしょうし。
では独立した音楽作品として楽しめるのかというと、前述したように強烈なインパクトには欠けるために広くアピールするまでには至りそうもありません。あくまでもサントラのダイジェスト、映画版を追体験するためのツールでしかないのです。またサントラ・マニアの立場からしても、交響曲としての独自性を出すために改変されたスコアには違和感を覚えることは必至です(テンポやタイミングの違い、演奏者の解釈の違いなどなど、結構気になるものなんです、これが)。となると、残念ながらかなりコアなファン限定のイベントとしてしか成立し得ないのが今回のコンサートなのかなぁ、とちょっと寂しい気持ちにもなります。勿論そんな難しいことは考えずに、素直に楽しんじゃったよ、という人の方が大多数だとは思いますが(というか、そう願います)。

そして演奏。前回夏の公演の時はオーケストラについての酷評が目立ちましたが、色々覗いてみると今回は比較的好意的意見が多いみたいです。しかし僕には、音響面では決して褒められた会場ではないことを差し引いても、かなり厳しいものに感じられました(特に前半)。これで「良かった」と言うことは、前回はどれほど酷かったのでしょうか。前回参加された観客の方に同情してしまいそうです。
コーラスもまた然りでして、特にソリストを含めた少年合唱団には終始ハラハラさせられっぱなしでした。小学生に多くを求めるのは酷だとはわかってはいるのですが、これは学芸会ではないのです。決して安いとは言えない料金を取るコンサートなのですから。

ということで、期待していたのに全体的にはかなり寒いコンサートになってしまいました。
寒いといえば観客席もガラガラ。前回はこのキャパ5000人という会場が満席になったそうですが、今回はどれくらいいたんでしょうか。何せ二階席の中央最後尾、B席のチケットを持っていた僕らが入場前の受付けで呼び止められ、その場で一階席の真ん中後方のS席チケットへ差替えられたくらいです(こんなことならC席買っておけば良かったです。そうなれば半額だったのに・・・!)。二階席は全面的に閉鎖していたみたいですが、それでも一階席は2/3埋まっていたかどうかという有様。せっかく来日してくれたショア氏が気の毒になってしまいました。もう二度と来日してはくれないかもしれませんね。最後には取って付けたようなスタンディング・オベレーションもありましたが(前のほうからバラバラと立ちあがったが中央辺りでストップ。僕らは立ちませんでした)、気を悪くしていないことを祈ります。気を悪くといえば、マナーの悪い観客も目立ちましたね。演奏会慣れしていないのかもしれませんが、演奏中に私語するとは言語道断。非常識も甚だしいです。それに一部二部通してずーっと咳き込んでいる人。貴方が苦しいのはわかりますが、廻りの人が迷惑です。

ところで前回は主催者にフジテレビの名前があったのですが、今回はテレビ朝日になっています。そのせいなんでしょうかね、演奏会夜の部にぶつけるように『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』の地上派初のオンエアーを持ってきたのは。前後どちらかの週にずらせば相乗効果も望めたかもしれませんが、これでは厭味以外の何物でもありません。

by odin2099 | 2004-12-11 22:58 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
今季は暖かいです。
流石にスーツとワイシャツの間にはチョッキを着込んではいますが、例年ならとっくに着用しているはずのコートにもまだ袖を通していません。
寒いのは苦手なのでこれは有り難いのですが、その一方で冬は寒くなくちゃ、という矛盾した気持ちも持っています。
そして打撃を受けているのが各地のスキー場。雪不足の影響でオープン延期が相次ぎ、またオープンしたものの一時閉鎖に追い込まれるなど散々。
やはりどこかで何かが狂っているとしか思えません・・・。
by odin2099 | 2004-12-08 21:15 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
1939年、ニューヨークを突如謎の巨大ロボット軍団が襲った。その危機に立ちあがったのは、スカイキャプテン! おりしも科学者の連続失踪事件を追っていた元恋人の新聞記者と再会した彼は、両事件に関連ありと睨み調査を開始する。はたして”敵”の目的は何か?その正体は?!

古めかしくも新しい、レトロ・フューチャー感覚に溢れた快作で、主演二人の端正な、どちらかというと古風な顔立ちも作品にマッチしている。

e0033570_19373165.jpgこの作品の特徴はセットを作ったりロケを行わず、役者にはスタジオのブルースクリーンの前で演技させ、それを最新テクノロジーを駆使してコンピューターの絵と合成しているということ。『スター・ウォーズ』の<新三部作>でも同様のテクニックは使われているが、全篇これで押し通したのは初めてだろう。その分撮影日数は短くて済み、予算もかなり抑えられてたようだ。聞けばこの監督は、たった一人で一台のパソコンを使い、4年もの歳月をかけてコツコツと作り上げた6分間の映像が認められ今回メジャー・デビューを果したというから、筋金入りの”ヲタク”。こういう作品を見せられると、遠からずたった一人で長編大作映画を作ってしまう才能が必ず現れるだろう、と確信してしまう。

ハイテクといえば、故ローレンス・オリビエの若き日の映像を、遺族の許可を得て大胆に使用しているのにも驚く。

この監督の次回作はエドガー・ライス・バローズの『火星のプリンセス』に決まったようだが、その次には是非ともこの作品の続編を望みたい。
by odin2099 | 2004-12-07 21:20 |  映画感想<サ行> | Trackback(3) | Comments(4)
e0033570_10471412.jpg引退を余儀なくされ、一般市民の暮しを送っている元スーパーヒーローのお父さんが、ある事件をきっかけに悶々とした日々から解放される、というお話。
・・・ではあるのだが、それだけではない。
同じくスーパーレディだった奥さんは、過去の栄光を忘れられない夫と、やはりスーパーパワーを持ってしまった子供たちのことでフラストレーションを抱え、子供たちは子供たちで自分たちの力に戸惑いを覚えている。そんな家族がこの一件で危機を乗り越え、また人間的にも大きく成長するというお話でもあるのだ。

監督のブラッド・バードは、『アイアン・ジャイアント』でも子供向けといいつつ、実は子供の心を残した大人向けの秀作ドラマを描いて見せたが、今回もそれと同じで、よりエンターテインメントに徹した娯楽作品に昇華せしめた。これを見ると、家族って良いものだなァと思わずにはいられなくなるだろう。

e0033570_10473385.jpg最後に見事家族の絆を取り戻し、ヒーローとしても復権した一家の次なる活躍も見たいが、もし作るとなると契約の関係上ピクサー社抜きとなりそうなので、変に紛い物を見せられそうなのが不安・・・。

それにしても、『アイアン・ジャイアント』でも主人公のお母さんがチャーミングだったが、今回も元イラスティガールだったヘレンが魅力的
どちらも他に正ヒロインと呼べる存在がいないということもあるのだが、これも監督の持ち味なのだろうか。
by odin2099 | 2004-12-07 21:16 |  映画感想<マ行> | Trackback(5) | Comments(4)
映画版の『ポーラー・エクスプレス』も公開中なので、その原作本(絵本)をご紹介。
映画を見た後でこの本を読み返すと物語があっさりしすぎていて物足りなくも思うが、映画を見たときはシンプルな物語をうす~く引き伸ばして、さらにゴテゴテと思いっきりデコレーションを施した印象が強かった。
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また映画版の主人公はサンタクロースを信じられなくなっている少年だが、原作版では「サンタなんかいない」と友達が言ってもそれを信じられない、つまりサンタを信じている少年だという違いがある。夢をなくしかけた少年が、再び夢を取り戻す。クリスマスの奇跡が起こる、という映画版の展開の方がよりドラマティック、即ちハリウッド的になってはいるのだが、個人的には原作のシンプルさの方が好みかな。
翻訳は村上春樹で、現在出ているのはその改訳版。
by odin2099 | 2004-12-07 21:13 | | Trackback(1) | Comments(0)
12月に台風上陸か?と騒がれた27号は昨日温帯低気圧に変わったが、ヘンな天気が続いてますね。
昨晩から今朝にかけては台風並みの大雨と強風。
その後は気温が上がり、都心で24.8度!
あわや「夏日」になるところで、これは12月としては観測史上最高の気温だそうな。
この時期にシャツ一枚で町中を歩けるとは思わなかった。
しかし一方で北海道では大雪や猛吹雪に警戒が必要だというんだから、ホントにおかしいよ。
by odin2099 | 2004-12-05 20:51 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
e0033570_8231429.jpg『デビルマン』級とか『デビルマン』を凌ぐと言われている最新作にして最終作
さっそく初日に見て参りました。

詳しくはサイト内の「しねま宝島」にコメントしてありますが、結果的には『ゴジラ』>『ハウルの動く城』だと思います。
バカバカしくも楽しめました。ただ、万人向けじゃあないけど(苦笑)。

『ハウル』といえば今原作を読み返しているんですが、見事にキャラクターが違っちゃってますなあ。
どっちが良い、とも言えないんだけどね・・・。


以下、「しねま宝島」から転載
”これが最後”という触込みの、シリーズ通算28作目にして誕生50周年の記念作
ということで早くからファンの注目を集めたが、灰汁の強い監督起用に喧喧諤諤。それでも『デビルマン』よりマシだろうというのが大方の意見(希望的観測ともいう)だったが、いざ試写会が始ってみると”『デビルマン』級”だとか”『デビルマン』より酷い!”と非難囂々。不安だらけで劇場へ足を運んだのだが、結果的には充分楽しめた(それにしても既に基準値となっている『デビルマン』の存在って・・・? もう一つ、『CASSHERN』という基準もあるのだが)。
「こんなゴジラが見たかった!」とは思わないが、「こんなゴジラもありだよな」という肯定派。
冒頭の東宝マークに往年の”TOHO SCOPE”のものを使っているのが「この映画は総集編的セルフパロディ映画なんですよ」という一つのサインで、これを素直に受け止めさえすれば二時間だれずに(人によっては大笑いしながら)楽しむことが出来るのだ。

登場する怪獣はゴジラ以外にモスラ、ラドン、アンギラス、ミニラ、マンダ、キングシーサー、クモンガ、エビラ、カマキラス、ヘドラ、ジラ(ハリウッド版『GODZILLA』モドキ)、ガイガン、モンスターX、そしてモンスターXの実体であるカイザーギドラ(キングギドラより凄い?!新怪獣)と錚々たる顔触れ。それに加えて地球防衛軍の主力戦艦はあの『海底軍艦』轟天号だし、攻めてくる宇宙人はX星人、地球に接近する天体は妖星ゴラス、と東宝特撮映画のアイテムてんこ盛り。もう最初から最後まで見せ場の連続で見終わった後はどっしりとした疲労感。でも不思議とゴジラ映画を見た、という気にはならないんだよなあ・・・。

というのも結局は人間ドラマというか人間アクションに主眼が置かれているからで、松岡昌宏とケイン・コスギのぶつかり合いとか、松岡昌宏と北村一輝の激突とか殆ど『マトリックス』状態のアクション・シーンばっか印象に残ってるからだ。
出てくる怪獣にしたってごく一部を除けば秒殺・瞬殺の嵐だし・・・って、これはギャグなんでしょうね、きっと。
また人間の出番が多いからといって人間ドラマがきちんと描けているってこともなく、表情に乏しい菊川怜や脚線美を見せるだけの水野真紀などなどキャラの掘り下げも殆どなし。まあヘンに説教臭いドラマをやらかされるよりは、テンション下がんない分遥かにマシなんですがね。

そんな中で出色なのは、X星人北村一輝の怪演。完全にイっちゃってて実に頼もしい
そして轟天号の艦長ダグラス・ゴードン大佐を演じた総合格闘技のドン・フライ。そんじょそこらの俳優さんよりも演技が上手いというか、存在感があるというか。あ、でも声を吹き替えた玄田哲章の巧さでもあるのかな。実質的にはこの二人が主役といっても過言ではなく、だからメチャクチャ強いはずのゴジラの存在感が霞んでるんだなあ。

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ただこの映画、音楽だけはまるでダメ!なんで今更キース・エマーソンなんか引っ張り出したのかわからないけど、全篇に渡って流れっぱなしのロック・サウンドは、耳に残るメロディーは皆無で五月蝿いだけ。
別に御大・伊福部昭を呼んで来いとは言わないけど、これだけ色んなキャラが出てくる作品なら伊福部メロディーが必要でしょ。せめて轟天出撃シーンくらいは。
その代り(?)劇中曲扱いなのか、佐藤勝版”メカゴジラのテーマ”が唐突に流れてきたりするのはなんなんだか。

そしてもう一つ、ラスト・シーン。ここまでお祭り騒ぎやらかしといて、これはないんじゃないの?
個人的にミニラが大っ嫌いってこともあるけど、最後の最後で緊張感の糸がぷっつり切れたかのような虚脱感に襲われました、ハイ。
この二点がなけりゃ、冒険作として結構な点を付けても良かったのになあ。もっともシリーズの最後でこうまで弾けた作品作っちゃうと、なんか勿体無いね。どうせ数年後か十数年後には甦ってくるんだろうけど、とりあえずの大トリを飾る作品としては許せない部分もあるなあ。というか、これで最後の『ゴジラ』です、とは認めたくないというか。

追伸。
エンドクレジットには、本編では使われなかったカットが随分使われてるので、最後まで席を立たないこと。

   ×  ×  ×

興行的にはかなり厳しいという話なので、もう一回見に行ってしまいました。これで当分スクリーンで『ゴジラ』とおさらばかと思うと、感慨深いものがあります。

それにしても、のっけから見せ場満載、ツッコミどころ満載の映画はなかなかないですねえ。
冒頭のゴジラ対海底軍艦の一戦、金子監督が『GMK』のクライマックスで実現出来なかったことをあっさりとやってのけてしまったわけですが、この初代轟天号の指揮を執っているのが中尾彬・上田耕一コンビなのが<平成シリーズ>をずっと見ている人にはニヤリだし、続いて新・轟天号が戦う相手がマンダなのは必然? 
しかもこの新・轟天のデザインが、二代目海底軍艦とでも呼ぶべき『惑星大戦争』版の轟天号のイメージに近いのも遊び心が出ています。

回想シーンで暴れている過去の怪獣たちが、バラン、バラゴン、ガイラ、ゲゾラ、それにチタノザウルスというセレクトなのも渋いです。でもどうせならメガロとかゴロザウルスとか他にもバンバン映して欲しかった怪獣はいますし、一体も選ばれていない平成怪獣群の中からも、例えばビオランテとかデスギドラとかダガーラとかオルガとか出して欲しかった気もしますね(あれ、メガギラスはいたんでしたっけ?)。

ゴジラ対GODZILLA実現!のジラ戦、あっけなくやられちゃうジラは拍手もので、「やっぱマグロ食ってるヤツはダメだな」という北村一輝の台詞も大笑いだし、アンギラス・ラドン・キングシーサーとの変則マッチが何故かサッカー映画風演出なのも子供には受けていたようです。
あっという間に出てきて消えるヘドラや、エビラに止めを刺す際の「悪いな、エビは嫌いなんだ」というケイン・コスギの台詞などは評判悪いようですが、まぁそんなに目くじら立てるほどのことではないでしょう(そんなことよりもドン・フライ同様、ケインの台詞も吹き替えにした方が・・・)。

そうそう、「これでも昔は”百発百中”と呼ばれた男だよ」という宝田明の台詞に、場内でただ一人反応してクスクス笑っていたのは私です(知らんだろうなぁ、その昔の宝田明の主演映画に『100発100中』というのがあって・・・・・・といっても見たことありませんが)。
南極にあるエリアGの隊員さんコンビの名前がニックとグレンだってことに反応したのも私だけだったかなぁ(これは、『怪獣大戦争』にニック・アダムスが出演した時の役名が、”グレン”だったことに引っ掛けたお遊びですな)。

かように古くからのファンはお遊びにニヤリ、これまで『ゴジラ』なんか見たことない!と仰る新参者にも敷居は低いのが本作の特徴でしょうね。その分、マニア、フリークの皆様方の中には強烈に拒絶反応を示していらっしゃる方もおりますが、これは仕方ないでしょうね。いわばこれまでのシリーズ全作品を、ある意味否定しまくっているわけですから。

しかしこうなると、次に『ゴジラ』を復活させる時は大変そうです(”最終作”と銘打ってはいますが、数年、十数年後にはまず間違いなく甦ってくるでしょうから)。これほど破天荒で能天気なオールスター映画を作られてしまうと、単純な対決モノでは小粒過ぎますし、かといってその対戦相手がリバイバル怪獣では新鮮味に乏し過ぎます。さりとて一作目に倣った単独の”恐怖ゴジラ”が上手く行くかというと難しいでしょうねえ。
禁じ手としてはその一作目のリメイクという選択肢もありますが、それはやらないでしょうし、うーん。ここはやっぱりガメラと対決させるしかないんじゃありませんか?

by odin2099 | 2004-12-04 22:05 |  映画感想<カ行> | Trackback(3) | Comments(4)
<ナルニア国ものがたり>の3作目。
今回はお馴染みペベンシー家の四兄弟のうち、年少組(?)のエドマンドとルーシィのみが登場し、更にニューフェイスとしてその従兄弟のユースチスが加わる。
このユースチスというにはかなりの嫌な奴として現れるが、冒険の中で段々と人間的に成長していくというのが一方のテーマ。丁度1作目『ライオンの魔女』でエドマンドが辿ったのと同じような道だ。e0033570_9595595.jpg

現実世界(ペベンシー兄弟にとっての)とナルニア国では時間の流れ方が違うが、この物語では前作『カスピアン王子のつのぶえ』からエドマンドとルーシィにとっては一年後、ナルニアでは三年後という設定で、前作同様カスピアン王子が中心になっている。
数百年の開きがあった1作目と2作目に比べるとストレートな続編と言って良く、物語世界にはより入り込みやすい。ただカスピアン王はあれから色々あったのか、ユースチスが更正していくのと反比例して(?)徐々に傲慢になっていくのが対照的で面白い。
by odin2099 | 2004-12-03 22:50 | | Trackback(1) | Comments(0)
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