【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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<ハリー・ポッター>の3作目。前2作でメガホンを取ったクリス・コロンバスはプロデュースに回り、新監督にはアルフォンソ・キュアロン。
2作目は1作目が公開される前から製作がスタートしていたが、2作目と3作目の間にはインターバルが。
監督が交代したこともあるし、子役たちが成長したこともあるけれど、前2作とはかなり雰囲気が異なるものに。

比較的小説版に忠実に作られてきたこれまでとは違い、この3作目は原作小説をかなり大胆に刈り込み、「あれがない」「これもない」は今まで以上に増えた。ただその分映画としての独自色が強く出るようになり、以後小説は小説、映画は映画とそれぞれ別の道を歩むことになる。
公開当時は物足りなさや違和感の方が大きく、ぶっちゃけ前2作に比べると不満度も高かったのだが、映画が全8作で完結した今ではこの作品が一番好きかもしれない。

e0033570_20590902.jpgこれまでは根底にどんなに暗く重たいお話があろうとも、表面的には明るく楽しい学園生活を強調してきたが、今回は冒頭から暗鬱なムードに。両親を侮辱されブチ切れるハリーのダークサイドを見せ、凶悪な殺人鬼の脱獄、監視下に置かれるホグワーツ、ともはや日常は安全でも何でもないことが明らかになる。
ただ今回はヴォルデモードは実は直接関わってこない。確かにヴォルデモードに起因する因縁話の上での事件だが、まだハリーたちは外からの直接的な脅威には晒されていないのだ。シリウス・ブラックの脱獄は裏切り者ピーター・ペティグリューへの復讐の為だし、リーマス・ルーピンが暴れることになってしまうのはその習性と性癖の故だ。ヴォルデモードは一切関知しない。ハリーたちが大いなる脅威に脅かされるのは、まだ先の話である。

今まで鬱屈した生活を送ってきたからか、ダーズリー一家に対しハリーは初めて生の怒りの感情をぶつける。ダンブルドアが何故幼いハリーをダーズリー一家に託したかは後の作品で明らかになるが、ハリーの育ち方を見るとそれで本当に良かったのかな、という気がしないでもない(余談だが、生まれてすぐラーズ夫妻に密かに預けられ育てられたルーク・スカイウォーカーとの共通点を感じる)。

リチャード・ハリスが逝去したため、本作からダンブルドアの配役がマイケル・ガンボンに交代。後任候補にはイアン・マッケランも上がっていたが諸事情で実現しなかったが、もしマッケランだったら流石にガンダルフと被ってしまう。ただハリスとガンボンは面差しがまるで違うので、まだマッケランの方がイメージを踏襲できたかもしれない、とは思う。

また配役のことをいえば、ルーピンはユアン・マグレガーに演じて欲しかった。ファンからの要望も多かったようだが、個人的にはデヴィッド・シューリスにはどうも悪役のイメージしかないもので。
同様にシリウスの個人的なイメージキャストはヴィゴ・モーテンセンだったが、こちらはヴィゴがイギリス人ではないので無理な話か。

【ひとこと】
人狼ということでいわれなき迫害を受けてきたルーピン。差別問題が騒がれる昨今、この作品も様々な視点から再評価されるべきかと思う。

【おまけ】
ルーピン」のスペルは”Lupin”、しかし日本ではこの名前、一般的には「ルパン」という表記の方が馴染み深そう。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/10648257/



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by odin2099 | 2018-07-31 21:02 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
石器時代を舞台にした「紀元前百万年」を、レイ・ハリーハウゼンのダイナメーション(パペットアニメ)を用いてリメイクした、イギリスはハマー・プロの作品。

未だきちんとした言語を持たず、文明の曙の頃の我々のご先祖様と、それよりも時代を遥かに遡った太古の時代に地球上を闊歩したと思しき恐竜さんたちが共存しているという図は、一般的には「ありえねー」の一言で片付けられてしまうだろうけれど、それを示唆するオーパーツも存在することだし、これは”定説”の方が間違ってるんじゃないの? 少なくてもスクリーンの中では、そうじゃなくちゃつまらない。ということで楽しく鑑賞。

e0033570_22383528.jpgちっちゃい頃にTVで放送されたやつを何度か観ていると思うけれど、ちゃんとした形(?)で観るのは今回が2度目か3度目。実は最初の方は結構だるいのだけれども、映画が始まって三分の一ぐらいが経った頃にラクエル・ウェルチが登場すると一気に目が覚める。
この映画、確かに見せ場はハリーハウゼンの魔法の手によって生き生きと描き出される恐竜さんたちにあることは間違いないのだけれども、全編通して楽しめるのは、半裸で動き回るラクエル・ウェルチのグラマラス・ボディ。”20世紀最高のグラマー”とは良く言ったものだ。
前作「ミクロの決死圏」では助演扱いだった彼女も、この作品ではビリング・トップの堂々たる主演女優。出世したもんである。

というわけで、恐竜大好きな良い子のみんなにも、恐竜好きなフリをしてるだけの悪い子のみんなにも、等しくお勧めの一本。
ただ、あまりにも邦題から過剰な期待をしてしまうと、恐竜さんたちはそれほど出番が多くはないのでガッカリしてしまうかも…?

――というのが10年くらい前にこのブログに書いた記事なんだけど、今回も同じ感想。
ちょっと違うのは、お話が単調なので途中でだれてしまったことくらいかな。

お話は「紀元前百万年」と殆ど同じ。多少前後したりシチュエーションが変わったりというのはあるけれど、見覚えのあるシーンが色々出てくる。
違うのはトゥマクの部族の風習やキャラクターたちが細かく描かれてる点。それにロアナが翼竜に浚われるシーンから始まるクライマックスが異なる展開を迎えること。旧作は二つの部族が協力して恐竜を倒してメデタシメデタシだったが、本作では火山の噴火で容赦なく犠牲者が続出し、最後に生き残った人たちが呆然と変わり果てた大地を見つめるところでエンド。なんだかドライだ。

カラーになり、トカゲ恐竜も勿論、ストップモーションで命を吹き込まれた恐竜たちもパワーアップしてるけれど、一番パワーアップしてるのは両部族の女性キャラたち。皆格段に露出度がアップ。
そしてなんといってもヒロインのロアナがボリュームアップ。やっぱりこの映画、ラクウェル・ウェルチを見るためのものだよなあ。

<過去記事>


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by odin2099 | 2018-07-30 22:44 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「魔法使いハウルと火の悪魔」を原作としたジブリの長篇アニメーション映画。
当初は細田守の監督作品として進められていたものの、諸事情で降板した後に宮崎駿監督作品として仕切り直されたのはご存知の通り。
この頃に世代交代に成功していたら、ジブリも今と違っていたかもしれない。

e0033570_20592620.jpgオープニングから流れる久石譲の音楽は素晴らしいが、お話は序盤こそ原作に沿ってはいるものの中盤以降は完全にオリジナル展開。キャラクターもまるで別人で、それでも原作寄り面白くなっているならともかく、更につまらなくしているようにしか感じられない。そしてキャラクターの作画の不統一さも気になる。今回見直すのは公開以来なのだが、その印象は変わらなかった。

倍賞千恵子、木村拓哉、美輪明宏、我修院達也、神木隆之介、加藤治子…というキャストでも、合格点を上げられるのはせいぜい我修院達也と神木隆之介くらい。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズは元々ジブリのファンだったそうで、この映画も好意的に受け止めていたようだが、果たしてそれは本心だったのだろうか。

この作品以降、ジブリとジブリフォロワーによる英米児童文学のアニメ化は続いていく…

【ひとこと】
「ハウルの動く城」ってそういう意味で「動く」んじゃないんじゃないの?
まるで機械仕掛けのでっかい虫で気持ちが悪い。

<過去記事>




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by odin2099 | 2018-07-29 21:09 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
この映画は2016年7月29日に公開されているので、気が付くともう2年前の作品になってますね。
まだまだ色褪せない「同時代性」を保ち続けてる作品ではありますが、庵野監督の話題は先ごろ発表された2020年公開予定の「エヴァンゲリオン」新作(完結編)の方へ行っちゃってますが。

e0033570_07245966.jpg怪獣映画としてだけでなく、ポリティカル・フィクションとしても楽しめますが、その一方でギャグ映画でもありますな。エゴ剥き出しで右往左往する官僚たちの姿は滑稽です。
しかし政治家が徹頭徹尾カリカチュアライズされてますが、実は貶める意図は全くなく、限りなくリアルな描写なのかも知れないなあと、3・11だけじゃなく最近の政局を見ても感じますね。それとも製作陣の壮大な嫌味でしょうか。

主人公である矢口が、スクリーンを通してではなく自分の目でゴジラを見るのは、ようやく映画が半分まで差し掛かった頃で、しかも遠目でチラっと見るだけ。
最終決戦の際には矢口も現場に出ますが、それでもかなり距離はあり、直接対峙することはありません。
「ゴジラ」シリーズで主人公がゴジラと対面せずに終わるというのは、かなり珍しいケースでしょう。

ファンかそうでないかを問わず、広く受け入れられた「シン・ゴジラ」。
その後の「ゴジラ」はというと、レジェンダリー・ピクチャーズ版は次回作でラドン、モスラ、ギドラを投入、その後の作品でキングコングとの対戦を用意し怪獣バトルを前面に押し出す戦略のようで、一方の国内版はアニメで三部作を展開中と変化球勝負に出ています。
この一本でハードルがかなり上がってしまった感があり、国内で正当な(?)「ゴジラ」を復活させるのは当分先になりそうなのがもどかしいですね。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/24561344/
https://odin2099.exblog.jp/25157234/



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by odin2099 | 2018-07-29 07:29 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
落下した隕石から発見された微生物によって、一つの街が全滅するというバイオハザード物で、原作はマイクル・クライトンの「アンドロメダ病原体」。当時としては一種のパニック物という扱いだったのだろうか、それともサスペンス物という認識だったのか。
その微生物が宇宙由来ということでSFに分類されてはいるものの、エボラ出血熱などの騒動を経てみれば絵空事ではない身近な題材。そのボーダーレスぶりは流石にクライトンである。

e0033570_19185407.jpg映画の大半は、隔離された秘密の研究施設内で繰り広げられる密室劇で、主要な登場人物も四人だけ、と地味な印象を与える。施設のセットも今日の目で見れば古臭くも感じるが、当時としては最先端技術を導入してのものだったのだろう。
その中で最後まで緊迫感を保った画面作りをしたロバート・ワイズ監督の手腕はもっと評価されるべき。「スター・トレック」のような超大作SFよりも、こういった緻密なSFの方が合っていたのかも知れない。

今回はTV放映された際に録画した短縮版での観賞。
オリジナルは130分あるが、放送枠の関係からおそらく90数分に切り詰められていると思われるが、微生物の分析、生存者の謎解き、そしてクライマックスの施設内の感染…それらのシークエンスでの舌足らずさはあるものの、逆にお話の全体像はわかりやすくなっているという利点もある。
初見でなければ、TV放送時の編集版もまんざらバカにしたものではない。

<過去記事>



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by odin2099 | 2018-07-28 19:25 |  映画感想<ア行> | Trackback(1) | Comments(2)
謎の美女と一夜を共にした少年だったが、教えられた電話番号は偽りのものだった。彼女を忘れられない少年は、必死になって街中を探し回るが……

というお話だと思いきや、むしろ主人公はこの謎の美女の方だった。

断片的に自分語りが入るものの、それはやや一貫性を欠き、それがまた彼女の謎めいた魅力となっているが、総合すると彼女には結婚には至らなかった恋人がいたか、もしくは既に別れた夫がいて、子供もいるようだが一緒には住んでおらず、夜ごと街へ繰り出しては本能の赴くままに若い男を求めている、ということらしい。

e0033570_19055648.jpg最初はこの二人が別々に描写され、いつの間にか一緒に寝るシーンへと移ってしまうので、どういう関係なのか、どうやって知り合ったのかがサッパリ。おまけに本筋とはあまり関係ない(この二人とも直接絡まない)ような脇のキャラクターが多く、これまた断片的に描かれるだけなので全体としてのストーリーも頭に入ってこないのも気になる。

監督はアウレリオ・グリマルディ、脚本はグリマルディとミケーレ・ロ・フィッコの共同。出演はロレダーナ・カナータ、アルトゥーロ・バグリア、パスカル・ペルシアーノ、フランチェスコ・ディ・レーヴァ、ジャンルーカ・クオーモら。

主演のロレダーナ・カナータは妖艶なだけでなく知的な感じも漂わせる美女だが、せっかくの彼女の肢体も全体的に画面が暗く十二分に拝めないのが残念。またそんな暗い画面にも容赦なくモザイクがかけられ、その部分だけボーっと淡く光って見えてしまうのはかえって猥雑だ(ちなみにネット上では無修正の映像が出回っているが、画面は総じて明るい。日本版だけ見えにくいように画像調整をしているのだろうか)。


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by odin2099 | 2018-07-28 19:16 |  映画感想<タ行> | Trackback | Comments(0)
タワーリング・インフェルノ」や「ナイル殺人事件」を手掛けたジョン・ギラーミンの監督作品。
という以上に、ディノ・デ・ラウレンティスのプロデュース作品という文脈で語られることの多い作品で、賛否両論というより「否」の烙印を押されがち。それでもこのコンビは10年後に続編を作ってます。
斯様にキングコングというのは多くの人を魅了する存在なのでしょうか。

時期的には「大空港」、「ポセイドン・アドベンチャー」、「タワーリング・インフェルノ」などのパニック物の流れを汲み、かつポスト「ジョーズ」を目論んだ作品だろうと思いますが、ジェフ・ブリッジス、チャールズ・グローディン、ルネ・オーベルジョノワ、ジョン・ランドレクら出演者は、超大作映画としてはかなり小粒。これは大物俳優を起用してコントロール不全を起こすことを製作側が嫌ったからだとか。
しかし全てはヒロイン役の新人女優ジェシカ・ラングを際立たせるため、というのは深読みのし過ぎ?

e0033570_08481237.jpg初登場シーンでの彼女は漂流中の救命ボートで気を失っています。着ているのは胸元がザックリ開いたドレスで、おまけにびしょ濡れ。乳首がくっきりと浮き上がってます。彼女の診察シーンには船員たちがワッと群がりますが、気持ちはわかりますね。

そして救助された船には男の船員しか乗っていないので、彼女は男物の服を間に合わせで着ることになりますが、彼シャツじゃないですがタンクトップとも呼べないチビTみたいなシャツにショートパンツ姿だったりで、こんな格好で周囲をうろつき廻られたら、船員には目の毒すぎます。

カーテン越しのシャワーシーンもあったり、他にも船内では露出の多い格好を披露してくれますが、本人にはあまりセクシーな格好をしてるという自覚がなさそうなのが困りもの。ファムファタールで小悪魔系、これでよく船内で彼女を巡ってもめ事が起らなかったなあと乗組員の節度に感心します。
それによくよく考えると彼女は常にノーブラ・ノーパンでいたってことかしらん?それも凄いシチュエーションです。

島民に誘拐されてからは原住民仕様の薄物を纏わされますが、コングに捕まり追いかけられ、泥だらけになると滝のシャワーを浴びせられ(コングは息を吹きかけて彼女を乾かそうとしますが、その時の彼女が段々と官能的な表情に変わっていくのが意味深)、挙句には指で体中をイタズラされ、ドサクサ紛れで服をずらされおっぽいポロン。1933年版も2005年版も、ヒロインにここまでエロティックな描写はありません。
結局この映画は、お話がどうのこうのとか、コングがどうこうという以前に、ジェシカ・ラングのPVとして成立しているということでしょう。

子供の頃にエンパイア・ステートビルに上って以来「高所恐怖症」になったと語るヒロインですが、これは一種のセルフパロディ? 
1933年版のクライマックスで有名なエンパイア・ステートビルはこの1976年版では登場せず、代わりに出てくるのがコングの故郷に似た風景(と無理矢理関連付けられた)のツインタワービル。この変更は当時相当叩かれたようですが、今となっては亡きワールドトレードセンターが舞台というのは感慨深いものがありますね。2005年版では再びエンパイア・ステートビルが舞台になりますが、これは1933年のオリジナル版と同じ時代設定とされたためです。

<過去記事>
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by odin2099 | 2018-07-28 08:58 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
ロード・オブ・ザ・リング(旅の仲間)」、「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」と続いた旅もいよいよ終わり。この「王の帰還」が三部作の終章となる。

前作のラストから直接引き継がないのは前作「二つの塔」のオープニングと同じだが、一気に過去へと戻し、まだスメアゴルと呼ばれていた頃のゴラムが、”ひとつの指輪”を手に入れ如何に変貌していったかを描いたのには正直驚いた。「旅の仲間」でビルボがゴラムから指輪を奪った経緯は描かれていたが、それ以上の描写はないだろうと思っていたからだ。
結果的にここでゴラムの回想を挟むことで、ゴラムの指輪に対する執着や自身の葛藤へ繋げるのだから、なかなか計算されたシナリオ、演出だったと言える。

e0033570_06121414.jpg「旅の仲間」のラストで一行は離散し、「二つの塔」ではフロドとサムのパート、アラゴルンとギムリ、レゴラスのパート、メリーとピピンのパートに分かれ、それに復活したガンダルフが絡むという形になったが、「王の帰還」の冒頭ではアラゴルンたちとメリーたちが合流。然る後にガンダルフとピピン、アラゴルン、レゴラス、ギムリ、そしてメリーのパートの三分割に。それに相変わらずフロドとサムはゴラムを伴い別ルートを行く、という形で進行する。

主人公たちが幾つかに分かれてしまうと、その分ドラマは複雑に。おまけに重たい話が続き、しかも上映時間は三部作中最長の201分。ということで注視する根気、集中力がもはや自分にはない。三部作のイッキミなどをしていたのは遠い昔のことだ。
それに短期間にかなりのハイペースで見直しをしていたので、お話が重たいと感じるだけでなく、多少飽いた面も。

かくして指輪を巡る壮大な旅は終わりを告げたが、物語は終わらない。時を遡り、指輪の因縁が新たに語られるもう一つの三部作が幕を開けるのであった。

またAmazonはネット配信ドラマとして、この映画の前日譚にあたるオリジナルの物語の製作を発表。詳細が不明なのでスタッフやキャストがこれら劇場版と共通するのか、それとも全くの別物として作られるのかはわからないが、「中つ国」の冒険がまだまだ続くことは間違いない。本作でガンダルフを演じたイアン・マッケランは、新作ドラマでの続投に意欲的のようだが。

【ひとこと】
エンドクレジットにショーン・ビーンの名前があるのが嬉しい。ボロミアは「旅の仲間」で命を落とし、本作ではフッテージ流用による回想シーンのみの出演だが(実際には出演シーンの撮影はされたが最終的にカットされた。<エクステンデッド・エディション>ではその雄姿を見ることが出来る)、彼も立派な#旅の仲間”。大事にされ、愛されてる感が端的に伝わってくる。

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by odin2099 | 2018-07-27 06:17 |  映画感想<ラ行> | Trackback | Comments(0)
一般的には「UFOロボ グレンダイザー」のパイロット版とされるこの作品だが、初めからこの作品をベースに「グレンダイザー」が企画されていたわけではない。
当初「グレートマジンガー」の後番組として予定されていたのは、兜甲児を主人公とする「ゴッドマジンガー」だったが(このタイトルは「グレート」の仮題にも使われ、後にシリーズとは無関係の別作品として発表された)、諸事情で企画変更され「グレンダイザー」が誕生したとのこと。
「グレンダイザー」で兜甲児がレギュラー入りしたのは、この「ゴッドマジンガー」企画の名残かもしれない。

この映画の凄いところは30分という尺のなかで、様々な要素を盛り込み、そして消化している点。
ロボットアニメブームと折からのUFO=空飛ぶ円盤ブームの融合によるアクション物としての新機軸。
デューク・フリード=宇門大介に織り込まれた変身ヒーロー物のテイスト。
戦火の中で繰り広げられる「ロミオとジュリエット」ばりの悲恋、そして戦争の哀しさ、虚しさ。味付け程度ではあるが、核兵器への警鐘も含まれている。
そして男女間だけではなく、家族間の”愛”にも触れられており、それでいてそのメッセージ性は押しつけがましくはない。
演出(監督と同義)の芹川有吾の持ち味が全開になっている奇跡のような一篇だ。
勿論後に数々の作品に流用されることになる菊池俊輔の音楽の素晴らしさは言うに及ばず。
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ということで本作の主役メカはマジンガー系とは一味変わったデザイン。
ロボット形態のロボイザー、円盤形態のスペイザー(この名前は「グレンダイザー」にも踏襲)、その両者が合体したガッタイガーは、マジンガーの流れを汲むグレンダイザーの洗練された美しさとは対極に武骨で精悍なもの。TVシリーズの主役を張るには(オモチャを売るには)些か厳しいかもしれないが、これはこれでアリ。TV版と違い、熱血漢の主人公デューク・フリード=宇門大介も好きだ。

この大介が女心がまるでわからない朴念仁。
わざわざ地球まで追いかけてきたテロンナの恋心になんか思い至らないようだし、明らかに自分を慕ってくれている牧野ひかるも友達か妹くらいにしか思ってない様子。テロンナはあからさまにひかるに対して嫉妬心を抱いているし、ひかるもテロンナと大介の間の何らかの関係を察して張り合おうとする意識が見える。話をややこしくしてるのは大介なのだ。罪深い男だな。

この映画の公開日は昭和50年7月26日、つまり今日で43年になるそうな。
単独でソフト化されたり、TV等での放送、劇場等での再上映の機会に恵まれず、気軽に見られる状況にないのが残念でならない。

【ひとこと】
完全変形するガッタイガーの玩具も欲しいが、それよりもスターカーをどなたか商品化してくれないものか。
大介からデュークへの変身アイテムにして、光線を発射したり剣にもなるというデュークの武器でもあり、そしてガッタイガーのコントロールユニットでもある優れもの。デザインも好きなんだけどなあ。

<過去記事>
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by odin2099 | 2018-07-26 18:09 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
トム・クルーズ主演、IMFの凄腕スパイ、イーサン・ハントが活躍するシリーズ第4弾。
今回の監督は「アイアン・ジャイアント」「Mr.インクレディブル」ブラッド・バードで、実写映画の監督はこれが初めてながら、大抜擢に見事応える仕事ぶりを披露した。

イーサンのチームはまたメンバー一新。前作から登場したベンジーが晴れて現場要員に昇格し、正式にメンバー入り。他には紅一点のエージェント・カーター、それに成り行きで(?)行動を共にすることになったIMF分析官のブラント、という顔触れ。
皆勤賞のルーサーが遂に降板かと思いきや、ラストにノンクレジットでカメオ出演。スケジュールの関係か?

e0033570_08265636.jpg前作でジュリアと結婚したイーサンだったが、本作では表向きは離婚したことになっているが、実は死別。その彼女の護衛の任務に就いていたのがブラントで、その責任を取って現場を離れ分析官に転じた、となかなか複雑な設定になっている。
しかしこの役をジェレミー・レナーが演じてるので、どうしてもホークアイの影がチラついてしまう(この作品は「アベンジャーズ」より先に公開されているが)。

ところがこれまたラストに、ジュリア役のミシェル・モナハンがノンクレジットのカメオ出演。
彼女の身を案じたイーサンがその死を偽装して匿い、それと引き換えに新たなミッションに従事していたということが明らかになる。ジェームズ・ボンドは愛妻を亡くし次回作の冒頭では復讐鬼と化していたが、イーサンはそうはならず本作の謎解きに深みを与えた。まあお話は更にややこしくなったが。

毎回女性キャラが微妙なこのシリーズ、一応のヒロインはIMFのエージェントであるジェーン・カーター(演:ポーラ・パットン)。
優秀だが序盤の事件で仲間(恋人?)のエージェント・ハナウェイ(演じてるジョシュ・ホロウェイはなかなかのイケメン。もっとブレイクしても良さそうだが)を殺され、半ば私怨交じりで任務にあたってるという点で危うさがあるが、アクションシーンは決まってるし、ドレス姿もセクシーだ(その後の車内での着替えシーンも)。

ただ暗殺者サビーヌ・モローの方が、短い出番ながらも印象に残る。冒頭の化粧っ気のない無表情のまま平然と人を殺すシーンもいいが、取引の場にドレス姿で現れ、胸の谷間全開で艶然と微笑むなど観客を悩殺するシーンも捨てがたい。
演じたのは若手注目株だったレア・セドゥで、以後の活躍は周知の通り。最新作のボンド・ガール(ではなくボンド・アクトレスと呼ぶべきか)でもある。

回を重ねる毎にエスカレートするトム・クルーズのアクションだが、今回の目玉はドバイの超高層ビルの壁面を移動する決死のスタント。高所恐怖症の人は正視できないだろう。いつかスタント中に死ぬぞ、トムクル。

だが、シリーズはまだまだ続く――。

<過去記事>
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by odin2099 | 2018-07-26 08:39 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)

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