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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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『アーヤと魔女』 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ_e0033570_10462216.jpg孤児院で暮らすアーヤは、ここでの生活がお気に入り。
だから里親希望の人が来るときは、いつも選ばれないようにしている。
ところがこの日やってきたのは魔女だった。
引き取られ、そこで魔法を教えてもらえると喜んだアーヤだったが、毎日こき使われてばかり。
そこで魔女の飼い猫トーマスの手助けで、魔女に呪文をかけることにする。

これがダイナア・ウィン・ジョーンズの遺作なのだそう。
「ハウルの動く城」をアニメ化したスタジオジブリが、今度はこの作品をアニメ化するというのでとりあえず購入。
120ページほどの小品なので、30分ほどであっという間に読み終えてしまって些か拍子抜け。

鼻っ柱が強い女の子が主人公で、魔女と暮らす不気味で不思議な謎の男マンドレークがいて、使い魔として黒猫が飼われていて、そして魔女ベラ・ヤーガの家は外観と中身が大違いで…と上げていくと、なるほど”彼の御仁”が好きそうな要素がいっぱい。

ところがお話はなんだか中途半端。
アーヤが魔女をぎゃふんと言わせ(死語か?)、優位に立ったところでメデタシメデタシで終わってしまうのだけれども、ベラ・ヤーガがこのままアーヤにやり込められっぱなしではない気がするし、それよりも何よりもアーヤの出生の秘密が全く明らかにされていないまんま。

アーヤは、仲間の魔女に追われているという書き置きを残し孤児院の前に捨てられていたのだから、アーヤの母は魔女で、アーヤ自身も魔女の可能性があるのに、そのことには全く触れられていないからだ。
最初のうちはベラ・ヤーガとアーヤの母親との間に因縁があるのかと思っていたのだけれども、そんなこともなし。
本来はシリーズ化を予定していた、その一作目だったんじゃないのかなあ。

さてこの作品を、原作クラッシャーのジブリはどう映像化したのか。
恐ろしくもあり、愉しみでもあり…。

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by odin2099 | 2020-12-31 10:49 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
宮崎駿のナルシストぶりが鼻につく怪作(苦笑)。

この作品だけ見るのならば駄作ということもないのだが、ずっと作品を見つづけていると偉大なる宮崎パターンの枠にはめられているのが気になって素直に愉しめない。

その象徴がフィオナの存在で、一見すると守られるべきヒロイン風でありながらも、実は男勝りの行動派というのは確かに魅力的ではあっても、それまでのヒロイン像を重ね合わせるとまたか、というところ。
またフィオナ以上にジーナがこの典型的キャラクターで、結局は何もしないのね、彼女。
ホントの象徴としての存在ということで。

要は、愉しむ愉しまないは、趣味剥き出しの世界にのめり込めるか辟易するかの差でしかないのだが。

ところで作品中では、マルコが何故豚になったのかは一切語られていないし、その後どうなったのかにも触れていないのは、画竜点睛を欠くというかサービス心が足りないというか…。
それをしも「余韻」と言い切ってしまうのは贔屓の引き倒しだろうし。

以上、「しねま宝島」からの転載。

なんか久しぶりに見てみようという気になったのだけれども、思ってたよりも愉しめた。
自分が年喰った証拠なのかな。

『紅の豚』(1992)_e0033570_19245670.jpg空も海も蒼く澄んでいるし、物語の構造上の悪役はいるものの根っからの悪人はいないし、適度な湿り気はあるものの相対的には軽妙で爽快感が感じられるし、上映時間も1時間半と手頃。
話があっちゃこっちゃにとっちらかったりもしていないので、見やすい映画であることは間違いない。
感動の押し付けもないし。

気になると言えば、30代半ばという設定のポルコ(=マルコ)の声が森山周一郎なこと。
ポルコとしてならまだしも、マルコの声だと考えるとどうも…。
マダム・ジーナ役の加藤登紀子はまだ違和感ないのだけれども。

そういえば加藤登紀子って、ある世代には憧れというか特別な思い入れがあるようで。
松本センセも「ダークィーンの声は加藤登紀子」と明言していた(けれど、作品が実現しなかった)し、実際に実写映画「元祖大四畳半大物語」とCG映画「キャプテン・ハーロック」の主題歌は加藤登紀子に依頼してるしなあ。

【ひとこと】
宮崎駿はこの作品だけは「続編を作りたい」という趣旨の発言をしていたけれど、未だ実現していない。
ジーナの賭けがどうなったかを明らかにすることになるかもしれないのだけれども、本気でやるつもりはあったのかな。


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by odin2099 | 2020-10-30 19:26 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
劇場用第一作「ルパンVSクローン」に続き、第二作「カリオストロの城」も鑑賞。
この2本、かなりテイストが違うので出来れば別日に見たかったのだけれども、個人的なスケジュールの都合でハシゴと相成った。

『ルパン三世/カリオストロの城』_e0033570_1044454.jpg宮崎駿の劇場監督デビュー作だが、結局この作品を超える”漫画映画”は作れていないんじゃないかな、という思いが年々強くなってきた。
初期の作品はヒットに恵まれず、ようやくヒットしたと思ったら今度は”国民的映画監督”扱いされたり、”エコの神様”に祭り上げられたりで、娯楽映画よりもテーマやメッセージ性が重視され、否が応でも周囲からの期待を意識せざるを得なくなり、何だか間違った道をかけ続けるようになった、そんな気がするのである。
まあご本人は、好きなものを好きなように作ってるんだから文句言うな、と仰るかもだけど。

で、この作品には問答無用で老若男女が愉しめる要素が一杯詰まっている。
少年と少女、ではなく中年オヤジと少女が主人公の冒険活劇で、少女はとにかく純情可憐な美少女で問答無用で守ってあげたくなる存在。
悪い奴は徹底的に卑怯でずる賢くて悪い。
そして主人公の目的は少女の解放とお宝さがし。

唯一の欠点は、メインキャラクターがルパン三世とその一味という手垢のついた存在で、これがルパン抜きの完全オリジナル作品だったらどんなに良かっただろう。
まあそれを一歩進めたのが「天空の城ラピュタ」ってことになるのだけれど。

それにしてもこの作品はあまりにも出来過ぎた。
この作品以降の長編「ルパン三世」は、殆どこの「カリストロの城」の呪縛から無縁ではいられなかった。
「カリオストロの城」的なもの、あるいは「カリオストロの城」的ではないもの、いずれにせよこの作品が一つの尺度になってしまったのだ。

その呪縛を解くためにはこの作品をリメイクするか、あるいは禁断の”続編”に手を染めるしかないのではなかろうか。
どちらにせよその作品はかなりの非難を浴びるだろう。
だがそこまで思い切ったことをしなければ、その壁は超えられそうもない。
既にこの作品が作られてから40年以上の歳月が過ぎているのだから。

<過去記事>




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by odin2099 | 2020-08-30 20:51 |  映画感想<ラ行> | Trackback | Comments(2)
コロナ禍の中でスタジオジブリ製作のアニメ4本がリバイバル公開(1本だけジブリ誕生前だけど、それは置いといて)。
何れも新作を差し置いて興行ランキングの上位を占めているのだけれど、その中で唯一低迷しているのがこの作品。
そんなこんなで結局この作品も見に行って来ちゃいました。

『ゲド戦記』_e0033570_15213.jpg改めて見ると映像は綺麗だし、音楽も良いですな。
久石譲とは違った、欧米産ファンタジー大作映画に相応しい魅力があります。
ただシーン事にキャラが随分と変わって見えちゃうことと、お話がちっとも「ゲド戦記」じゃないのが問題かと。
ゲドもテナーもただのオジサンとオバサンだし。

アレンの父殺しとか、世界の均衡が崩れた原因をクモのせいにしたりとか、訳わかんない部分も多く、ル=グィン女史が文句言いたくなったのも頷ける。
原作ファンからはそっぽを向かれ、監督が”アニメの素人”で”宮崎駿の息子”ということからジブリファンにも素直に受け入れられてはいないようで、その点はちょっと可哀想。
これで出来上がった映画が独創的、とまでは言わないものの単純に面白かったなら違ったのだろうけど、親父の作品の劣化コピーみたいだと疎まれてしまったようで。

さて残るは「千と千尋の神隠し」なんですが、これはやっぱり見る気が起きないなあ。
それよりもこの際、ジブリ第2弾をやって欲しいもんです。
今回「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」を外したのは絶対に第2弾、第3弾のために温存したんだと思ったんだけどな。

「トトロ」は先日「金ロー」で放送しちゃったから、やるとすれば「ラピュタ」と、後は”中の人”が最近ブレイクした「耳をすませば」なんかどうだろう?
他には「魔女の宅急便」か「紅の豚」、それか「ハウルの動く城」や「平成狸合戦ぽんぽこ」あたりかな。

そういや亡くなる直前にル=グィン女史が許可したという実写版、その後はニュースが流れてこないけどどうなったんだろう?
映画ではなくTVのミニシリーズで製作されることになったようだけど。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/3896677/
https://odin2099.exblog.jp/27465929/


by odin2099 | 2020-08-23 16:58 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
こっちでは「とーあに!これくしょん」で見ることが出来なかった「太陽の王子ホルスの大冒険」。
この作品を含めた1968年夏の<東映まんがまつり>ならぬ、この時は<東映まんがパレード>だった4本立てを一気に鑑賞。
同時上映は「ゲゲゲの鬼太郎」「ウルトラセブン」「魔法使いサリー」それぞれのブローアップ版。

『復刻!東映まんがまつり 1968年夏』_e0033570_21201461.jpg「ホルス」はやっぱりジブリ作品の原点の一つ。
「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」の間にしれっと混ぜても違和感はさほどないだろう。
擬人化された動物キャラがメインで出てくるのは時代を感じさせるが。

また題名ほどホルスは大冒険しないし、中盤以降はヒルダが実質的な主人公になっちゃうけど、ホルスが苦悩するタイプのキャラじゃない分、善と悪の狭間で葛藤するヒルダがドラマを引っ張ってゆく。
彼女も”萌え系”、いや”ツンデレ”美少女キャラの元祖格だよなあ。

公開当時はあまりウケが良くなかったと聞くが、色々な意味で時代を先取りした作品と言えそう。

ゲゲゲの鬼太郎」は白黒版の第5話、第6話「大海獣」前後編を一気に上映したもの(だよね?)。

鬼太郎に嫉妬した天才科学者の策略で大海獣の血液を注射されてしまい、自らが巨大な怪物と化してしまった鬼太郎。
何とか日本に帰ってきたものの、目玉オヤジやねずみ男ですらその正体に気づかず攻撃されてしまう。
果たして鬼太郎は元の姿に戻れるのか?というお話。

45分という尺なので見応えは十分。
鬼太郎が可哀想というより、天才科学者山田の下衆っぷりが強烈。
最後には改心するのが甘すぎるが、当時の子供番組のレベルを考えると致し方ないところかな。

ウルトラセブン」は第18話「空間X脱出」がセレクトされているが、そもそも何故「ウルトラセブン」がこの番組に選ばれたのかはギモン。
当時の円谷プロは東宝の子会社だったから、<東宝チャンピオンまつり>の方ならわかるんだけどなあ(実はまだこの時は<チャンピオンまつり>はスタートしてない)。
一説には「ジャイアントロボ」の代打とも言われてるけど、それならそれで何故「ロボ」が没で「セブン」になったのかは気になる気になる。

魔法使いサリー」は第77話「小さな魔法使い」を上映。
魔法の国からいたずらっ子のポロンがやってきてレギュラー入り。
実のところ自分勝手で我が儘で、人の言うコトを全く聞かないキャラというのが昔っから大っ嫌いなもので、ポロンちゃんが可愛いとか思う間もなく終始腹立ってイライラしっぱなしの一篇。
また周囲の人たちは、何故にこの手のキャラに対して大甘なんだろう?というのも毎度腑に落ちないもので、あー、思い出しただけでムカムカしてくる。

――てな4本立て、トータルのランニングタイムは177分、3時間弱。
今じゃこういう長時間の子供向け番組ってなかなか組みにくいだろうなあ。シネコンが一般的になり、全席指定の入替制が定着したこともあるし。
この頃は好きな作品から入って見て、気に入ったならそのまんま2回3回見るということも出来たけどね。
そんな古き良き時代を追体験したいので、この「復刻!東映まんがまつり」シリーズはじゃんじゃんリシースして欲しいところだけど、権利関係とかなかなか難しそうで後が続かなかった…!

【ひとこと】
「鬼太郎」と「サリー」はどちらも演出が設楽博。偶然なんだろうけどね。
また「サリー」の作監は奥山玲子で、原画マンには小田部羊一や宮崎駿の名前が並ぶ。

<過去記事>
「太陽の王子 ホルスの大冒険」
https://odin2099.exblog.jp/27189306/

「ウルトラセブン」
https://odin2099.exblog.jp/23792045/
https://odin2099.exblog.jp/25711550/



by odin2099 | 2020-07-09 21:10 | 映画雑記 | Trackback | Comments(0)
『風の谷のナウシカ』_e0033570_21243455.jpg
今回のスタジオジブリ作品の特別上映、当初は見るつもりがなかった「もののけ姫」に続き、今度は本命の「風の谷のナウシカ」を。
これも公開当時以来の劇場での鑑賞。
どうせなら当時の気分を味わわせるため「名探偵ホームズ」をオマケにつけてくれれば良かったのに…。なんてね。

「もののけ姫」と続けて見ると、やや古さが気になる。
「もののけ姫」にはあんまり古さを感じないのだけれども、ひと昔どころかふた昔前の作品みたいに感じるのは、この作品が寄せ集めの混成チームで作られたから、というのもあるんだろう。

これまで宮崎駿と一緒に仕事をしたことのないスタッフも多く(というか大半?)、宮崎駿調ではない絵が全編に散りばめられているからだ。
これがテレコム(東京ムービー)や日本アニメーションで作られていたなら、きっとこの統一感のなさは払拭されていただろう。現にこの作品より5年近く前に作られた「ルパン三世/カリオストロの城」は未だに色褪せないのだから。

そして「もののけ」と「ナウシカ」を続けて見ると、クシャナ殿下とエボシ御前がゴッチャになってしまう…。
この二つの作品はテーマ的にもストーリー的にも似通っていて、以前どっかで書いたと思うけど「ナウシカ」のリメイクが「もののけ」と言ってもいいんじゃないかと思ってる。
で、両作品で似たような立ち位置にいるのがクシャナとエボシ。エボシ御前の声が榊原良子でも良かったよなあ。

で、古臭いとか作画が荒れてるとか色々書いたけれど、ナウシカが王蟲の大群の前に降り立つシークエンスからラストシーンまで、今回はボロ泣きしてしまいましたとさ。

今回のジブリ作品の特別上映で選ばれたのは他に「千と千尋の神隠し」「ゲド戦記」の都合4本だけど、これは絶対に第二弾、第三弾を見越したセレクトだろうな。
天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」がないのは解せないし、お盆シーズンに「火垂るの墓」は鉄板だし、中の人(高橋一生)がブレイクした今となっては「耳をすませば」の需要は大きいだろうし、「魔女の宅急便」や「ハウルの動く城」も人気が高いし…。
今回の上映で手応えを感じてるだろうから、このままコロナ禍が続くようならそろそろ”次”の発表がありそう。

【ひとりごと】
上映中に、もし「ナウシカ」の再映画化があった場合に、家弓家正亡き後クロトワを演じられるのは誰かなあとふと考えてしまったのだが、そこで思いついた名前が藤原啓治だった。
合掌……。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/7885588/



by odin2099 | 2020-07-06 21:44 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
今回のジブリ作品の特別上映は完全にスルーするつもりでいたんだけど、Twitterのフォロワーさんが結構見に行っているもんで、その反響を見ていったら段々と気になってきたので結局劇場へ。

映画館で見るのはもちろん公開当時以来。
公開初日の朝っぱら劇場へ出かけたものの、開場前に大行列が出来ていたので断念。
その一週間後にリベンジで見た思い出がある。

あの頃は全席指定の入れ替え制なんてものは一般的じゃなく(指定席券は高かったし)、先売りなんてものもなかったので、良い席で見たいとなれば早朝から並ぶっきゃなかったワケで。
その前のアニメブーム勃興期は、前日から徹夜で並ぶのも当たり前なんて時代だったけど、流石にこの頃はもうそこまでのパワーはなかったものの、ちょうどこの作品の頃からスタジオジブリが一般作品として認知されてきてたので、客足は好調だった、というコト。

しかしこのお話って、結局のところアシタカがイケメンだから成り立ってるんだなあ。

『もののけ姫』_e0033570_16132262.jpgイケメンだからタタラ場の女性たちにすんなり受け入れられ(男性陣は当初かなり胡散臭い目で見てたのに対し)、サンを庇ってエボシと対立し、事実上の裏切り行為を働いたに等しい形で去って行った後でも、危機を知らせに戻るとエボシへの伝言を頼むくらい信用して貰えてる。

サンだって、シシ神さまが生かそうとしたんだからとなんだかんだ理屈をつけたものの、アシタカを好ましく思ったからこそ剥き出しの敵意を封じて救ったのだ。
じゃなきゃいくら弱ってるからといって、口移しで食べ物を与えるような献身的な態度を取るものだろうか。

エボシだって、仲間を助けてもらったからという純粋な感謝の気持ちだけでアシタカを迎え入れたのかどうか。

その当のアシタカにはその自覚は全くない。天性のたらしだから始末に悪い。
故郷を後にする際に妹(兄様と呼んでるものの、どうやら事実上の許嫁のような存在らしい)から託された形見の品を、惜しげもなくサンに渡してしまうなんて、うっかりとかいうレベルではない。

映画のラストでアシタカは別れ際に「自分はタタラ場で暮らす」そして「時々会いに行く」とサンに告げるのだが、これはタタラ場の人たちが自分を快く受け入れてくれるということと、サンが自分を待ってくれていることという二つの条件が成立していることが前提なのだが、どちらか一つもしくは両方が成立しない可能性は考えもしていない。

あれだけ大掛かりな騒動があれば森は以前の森ではなく、タタラ場も以前のタタラ場ではないはずで、両者が共存とは言わないまでも、中立を保って、あるいは不干渉という形であの場所で暮らしていくのは難しいのではないかと思われるのだが、その理想主義が単なる絵空事に思えないハッピーエンドに感じさせてくれるのが、おそるべきアシタカのイケメンパワーなんだろう。

【ひとこと】
当時から気になってたけれど、この作品の豪華な出演陣、”声の芝居”としては相当酷いなあ。
おまけにエフェクトかかってる場面も多く、台詞が碌に聞き取れないことも。
やはり餅は餅屋ということで。

<過去記事>



by odin2099 | 2020-07-06 20:37 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
まずは「しねま宝島」からの転載――

『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)_e0033570_20095267.jpgはじめにお断りしておきます。私は「となりの山田くん」の大ファンです。
「朝日新聞」の連載も読んでますし、単行本も全部揃えています。
元々いしいひさいちファンでもなんでもなかったのですが、この作品と出会ってから少しずつ読むようになりました。

そんな「山田くん」がなんとスタジオ・ジブリでアニメ映画化!と聞いたときは正直唖然としました。
天下の「朝日」に連載とはいえ、「山田くん」がメジャーで通用するのか? 
それにジブリと「山田くん」? どーにも結びつきません。
ジブリといえば「ナウシカ」「トトロ」に「もののけ姫」でしょ?

また、ジブリといえば徳間書店に日本テレビ。
と、くりゃバックにいるのは「読売新聞」! 
「朝日」と「読売」がこんなとこで繋がるとは……クラクラしてきました。

更にそれに輪をかけたのがウォルト・ディズニー社の参戦! 
あの大「ディズニー」が「山田くん」!? 
全米で「山田くん」公開?! 
うわーっ、やめてくれぇ!

あ、いや、なにも「山田くん」のアニメ化そのものを否定する気はありません。
例えば、深夜枠で帯番組…ふんふん、これなら落ち着いて見てられます。
こじんまりと公開する映画、これでも納得です。
しかししかしの大「ディズニー」! 
日本じゃそのブランドはヒットの「保証」にはならないけれど、それでも全世界に燦然と輝くビッグ・ネーム! 
いくらジブリと提携したからといって「山田くん」に資本提供なんかしなくたっていいのに…。
「山田くん」って、ン十億もかけて全世界マーケットで勝負するような”超大作”なのかー?!

やがて配給が松竹に決まったとのニュースが流れました。
今までジブリ作品は東映か東宝の配給でした。
「もののけ姫」を大ヒットさせた実績のある東宝の社長は、「何か自分たちに落ち度があるのか?」と詰め寄ったとか。
それに対して徳間の社長は、ヒットのない松竹へのプレゼントだ、と発言。
松竹幹部は大感激! 
松竹系列で一番でかい映画館を用意し、またかつてない大規模の劇場での公開を明言したのです。

なにかが違う…。
「内容からして東宝向きじゃあないし、大ヒットするとも思えない。松竹に配給を任せたのは、そのリスクを考えたからだ」とは、そのニュースを知った当時の私のメモ。

「『スター・ウォーズ』に対抗!」とか「配収60億!」とか景気の良い話が聞こえるのも気になりました。どこかで、なにかが、決定的に間違っている……。

そして公開。フタをあけて見ると、関係者の思惑がドンドン外れていきます。
配収は6億程度、とか(60億なんてとてもとても)。
1200人ぐらい入れる劇場に、観客100人足らず。
これは全く予測できなかったことでしょうか? 
それともジブリ・ブランドならどんな映画でも当たると思ったのでしょうか? 
トトロやネコバス、ジジのぬいぐるみを集めるような若い女性が、喜んで「山田くん」グッズを買い漁るとでも……。

余談ですけれども、題名に「ホーホケキョ」なんぞと付いたのも、どーにも気に入りません。
なんでも「高畑監督の作品は『ほ』の字がついてなきゃいかん」と宮崎駿プロデューサーが強く主張、一時はタイトルを「ぽっぽちゃん」にしよう、とまで言ったそうな。
いくらなんでもそれでは全くの別物ですよ。

「太陽の王子ホルスの大冒険」「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」…
確かに高畑作品には「ほ」の字が入ってますけれどね。結局はその「ジンクス」も何の支えにもなりませんでしたが。

ではでは、この映画はつまらないんでしょうか?
私はそうは思いません。ヘンだな、と思う箇所はいくつかあります。

例えば出演者。
ジブリ作品では著名人、有名俳優・タレントを出演させる傾向が強いですが、その成功例はあくまで脇役としてのもの。メインがみんなそれでは、ちと困りものです。
声を聞いた時、画面の向こうにその人の顔が浮かんでくる、というのはアニメにとって決してプラスには作用しません。

また、歌謡曲(流行歌)の挿入も、その時代性を演出するための一つの手段ではありますが、この作品はノスタルジーに浸るタイプの作品でしょうか?時代性を演出する必要のある作品ですか?

或いはCGなど新しい技術を用いての画期的な画面作り…素晴らしいの一語です! 
しかし、観客の中にその凄さに気づく人がどのくらいいるでしょうか?……などなど。

『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)_e0033570_20101313.jpgそれでも面白いんです。原作に忠実な部分は。
膨らませたり、付け加えたエピソードは完全に浮いちゃってますけど、それでも面白いんです。
映画館にも笑い声が響きます。

でも、その「笑い」は家族揃って、という類のものとはちょっと違うみたいなんですね。
子供は飽きます、泣きます、走り回ります……子供を引きつける派手さはありませんから。
ただ付き添いのお父さんお母さんは思わずうなずいたり、ニヤニヤしたりします…つまりは子供が読まない漫画、大人だけが読む漫画、ようするに新聞連載漫画の面白さなんです。

ですから、やるのならば大人をターゲットにした深夜枠、或いは小さな劇場でゆったりのんびり、これなんです。
最初から、そもそもの始めから、なにかが違っていたんです。

ところで、劇場でこの作品のパンフを購入された方は、裏表紙を見てください。
そこには表の題名以上の大きな字で、こう書かれています。
「トホホケキョ となりの山田くん」と。

――以上が転載部分で、これは公開当時に見たときの感想なんですが、久々に見直してもそのまんまでした。

お話は驚くほど覚えており、如何にそのころ原作漫画を繰り返し繰り返し読んだか、という証明なんですが、一本のアニメ映画としてはどうにもこうにも面白くありません。

ラフに見えて技術的凄い(んだろう)とか、花札とか俳句を取り入れた演出もオシャレといえばオシャレとか、愛すべき作品だとは思うのですがどうも…。

余談ですがこのあと、東映アニメーションの製作で「ののちゃん」というタイトルでTVアニメ化されたんですが、単純に言えばそっちの方が面白かったです。
まあ深みはなかったので、”芸術点”で評価すればこちらの作品に軍配が上がるのでしょうが、ストレートな原作のアニメ化で肩ひじ張らずに気楽に見られるということならば、アニメ版「ののちゃん」の方を推したいですね。

【ひとりごと】
以前友人が指摘してましたけど、この作品は本当に季節感がないですね。
春なら春、秋なら秋のエピソードをまとめ、一年の移り変わりを表現してくれた方が見てる方は混乱しにくいと思いますがね。

そしてテレビ放送される度に高視聴率を稼ぐことで知られるジブリ作品ですが、この作品は確かまだ一回しか放送してなかったはずです。


by odin2099 | 2020-05-06 20:17 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
今度は宮崎駿の「ホームズ」。
といってもホームズ繋がりにするつもりは全くなく、たまたまですが。

『名探偵ホームズ』_e0033570_21232028.jpgイタリアとの合作で「ホームズ」を、TVシリーズとして製作中だったものの製作が中断。
そのまんまお蔵入りは惜しいということで、完成していたフィルムの中から宮崎駿が監督した作品を2本(「青い紅玉(ルビー)の巻」「海底の財宝の巻」)選び「風の谷のナウシカ」のオマケとして上映したもので、まさに<宮崎駿まんがまつり>。
両作品の製作会社が違うというのも<まつり>らしかったりします。

割と重たいテーマに全編貫かれた「ナウシカ」と違い、こちらは肩ひじ張らずに楽しめるドタバタ活劇。
宮崎監督の作品はどんどんメッセージ性の強いものばかりになっていきますが、本当はもっとこういう”漫画映画”を作って欲しいんですけどねえ。

「ホームズ」のTV版は、後に宮崎監督が離脱した後で製作が再開。
そしてこの2つのエピソードも含めて放送されたが、その際にはキャラクター名が改められ、新キャストによる再アフレコや別の作曲家による音楽が付けられているので、結局2ヴァージョンあるということ。
見比べてみるのも一興ですね。

ちなみに予告編のナレーションは広川太一郎
ダジャレかましまくりのお馴染み広川節が堪能できますが、後にTV版のホームズ役にキャスティングされてるのも不思議な縁です(この劇場版は柴田侊彦)。
併映の「ナウシカ」はしっとりした池田昌子のナレーションなので、その落差が激しいですなあ。

【ひとりごと】
権利関係でゴタゴタがあったようで、
 「この映画は コナン・ドイル
  の著作物に 基づくものでは
  ありません。

というテロップが最後に出てきます。

なのでハドソン夫人がエリソン夫人に、モリアーティ教授がモロアッチ教授に、レストレード警部がレストラント警部になったりしてますが、TV版ではコナン・ドイルの原作クレジットが入り、名前も原作準拠になってます。

<過去記事>


by odin2099 | 2020-04-21 21:27 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
今度の宮崎駿のクレジットは「脚本・美術設定・画面構成」。
これ、実質的に「原作・脚本・作画監督・演出」ってことじゃなかろうか?
――という「パンダコパンダ」の第2弾。

『パンダコパンダ/雨ふりサーカスの巻』_e0033570_19533394.jpg前作は動物園から逃げ出してきたパンダ親子が中心だったけど、今度はサーカスを抜け出したトラの子どもがゲスト。
今のご時世じゃ、動物園やサーカスが”夢の世界”にはなかなかなりづらいだろうから、こういう設定のお話は成立しないのかも。ちょっと寂しいですが。

お話はだいたい三つに分かれていて、最初はトラちゃんがミミ子やパパンダ、パンちゃんと仲良くなるお話で、続いてトラちゃんがサーカスの一員だということがわかり、ミミ子たちが団員や他の動物たちと知り合うという展開。
そして最後はいよいよサーカスが始まる日、その前夜からの大雨でサーカス団のいる街が水没してしまい、ミミ子たちが助けに行くお話、となる。

サブタイトルの「雨ふりサーカス」は物語全体の半分くらいにしか当てはまらないけど、作品全体の雰囲気はよく表している。
色々な事件は起きるものの悪人は一人も登場せず、出てくる人たち皆これ善意の塊。
絵空事ではあるけれど、どうせなら気持ち良く絵空事を愉しみたいもんですね。

<過去記事>




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by odin2099 | 2019-12-21 20:03 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
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