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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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e0033570_21353485.jpgこの作品を映画館に見に行き、「エピソード7」という文字を画面で目にした瞬間は、ある意味で「エピソード1」を最初に見た時以上の感慨に包まれた。

「エピソード1」は「いつになったら作られるんだ」というモヤモヤの中でも、「いつか見られるだろう」という楽観的な気持ちもあったのだけれども、公式に、大々的に「エピソード3で完結」宣言が出されちゃった以上、もう見ることは出来ないタイトルだろうと諦めていたからだ。

まあ実際は心の底のどこかで、シリーズ再開の可能性はゼロではないなという願望というか、強い信念みたいなものは燻り続けていたのだが、それでも本当に現実のものとなるとは。

しかし再三書いてきたように、世間一般では評判の悪い「エピソード1」以上に、自分にとってしっくりこなかったのがこの「エピソード7」だった。

まるで底の浅いシリーズのダイジェストを見せられた気分、とまでは流石に言わないまでも、目新しさは殆どなし。
映画館で久しぶりにスター・ウォーズが見られる!――という感激が薄れると、物足りなさばかりが目に付くようになってしまう。

続く「エピソード8」はシリーズの掟破り的な展開も見せ確かに”目新しさ”は感じ取れたが、我儘なものでそうなると今度は「スター・ウォーズの新作」としては拒絶反応が募るという泥沼状態。
正直言うと今度公開される”完結編”たる「エピソード9」へは不安しかないのだが、そんな戯言を払拭してくれるような堂々たる骨太の作品を見せて欲しいものである。

【ひとりごと】
この新たな三部作の存在意義は、ルーク、レイア、ハンといったかつてのヒーローたちを再び銀幕に呼び戻してくれたことのみ、と言ったら言い過ぎか?

<過去記事>



by odin2099 | 2019-11-03 08:02 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
<スカイウォーカー・サーガ>の完結編となる「スカイウォーカーの夜明け」公開まで、あと2カ月とちょっと。そろそろサーガの見直しも佳境へ入ってきました。
今回は、一時は<スター・ウォーズ・サーガ>の完結編の重責を担っていたエピソード6です。

最初にC-3POとR2-D2をジャバの元に送り込み、次いでレイアとチューバッカ、そして最後に自らが乗り込むなど着々と布石を打ってる我らがルーク。
まあ本人が最後に現れるのは、成長したルークの姿を観客にアピールしたかったからでしょうが、はたしてそれは成功したのかどうか。なんか行き当たりばったりの結果オーライな気がするのですが、どこまでルークは計算していたのでしょうね。

e0033570_19434028.jpgその後のダース・ベイダーや皇帝パルパティーンとの対決を見るにつけ、喧伝ほどルークは成長してるようにも見えませんし、フォースの能力の現れ方もマチマチなのも気になります(ランカーに止めを刺した扉のスイッチはフォースで押せなかったのかとか、イウォークの罠にかかった時に素早くライトセーバーを取り出せなかったのかとか)。
色々ありましたが、まあ基礎はオビ=ワンやヨーダが教えたものの殆ど独習に近かったであろうことを考えれば、ルークは凄かったのでしょう(「最後のジェダイ」を見る限り、やっぱり大した成長はしてないように見えますけどね)。

行き当たりばったりの結果オーライのルークをフォローしたのは、ハンやレイア、ランド、それに反乱同盟軍の仲間たち。これはチームワークの勝利ですね。
あとは不確定因子だったイウォーク族の存在。さしものパルパティーンも彼らの存在は知らなかったか、知っていても気にも留めなかったようですが、やっぱり偶然に偶然が重なった勝利だっただったのかしらん?
そして「策士策に溺れる」を正に地で行ったパルパティーンの自滅っぷり。
えーと、ルークの貢献度ってどのくらいだったんでしょうか。段々と可哀想になってきました。

それにしても本作のルーク(というかマーク・ハミル)の顔、安定してませんねえ。場面によって全然違う顔に見えます。
序盤だけ見ても、ジャバに対するメッセージ映像と、直後にジャバの宮殿に現れたルークの顔って別人じゃありませんか?

<過去記事>




by odin2099 | 2019-10-08 22:00 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
サーガも佳境に入ってきました。エピソード5「帝国の逆襲」です。
前作「新たなる希望」で文字通り”新たなる希望”になったルークですが、一部隊のリーダーにはなったっぽいもののまだまだ成長したとは言い難く、のっけから”年上の相棒”ハン・ソロのお世話になってばかりです。

e0033570_20202171.jpgまた前作ではルークがいてレイアがいて、そして出番少な目ながらも美味しいところを持って行く役回りだったハンがれっきとした主役チームの一員に。
3人組の中ではハリソン・フォードが誰よりもブレイクしましたね。

そして今回からもう一人、第四の男(?)ランド・カルリジアンが登場。
ここでは匂わせる程度だったハンとの因縁は、スピンオフ作品「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」で明らかになったわけですが、もしこの時以来の再会だったとしたら、ランドの塩対応も頷けるもの。世の中には色々と知らない方が良かったということがあるもんです。

そういえばこの作品、ヘルメットを取った状態のベイダー卿の姿がチラっと映るカットがあります。
後の「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」ではもう少しハッキリした描写がありましたが、師であるオビ=ワンとの対決がどのような結果をもたらしたのか、当時は色々と想像を膨らませたものでした。

今後の伏線になるのかなと思ったのが、ホスで雪原に倒れたルークがオビ=ワンの幻を見た後、それにオーバーラップするかのようにハンが現れたシーン。
オビ=ワンとハンに何らかの繋がりがあるのかなと邪推したのですが(一時はオビ=ワンの子供がハンだ、と推測してる人もいましたが)、結局何の関係もありませんでしたね。

あとダゴバの洞窟でルークが幻のベイダーと対決するシーン。
ルークが切り落としたベイダーの首のヘルメットの中から出て来たのはルークの顔だった、というのはいずれルークもベイダーのように暗黒面に囚われてしまうかもしれないという暗示なんでしょうが、実はこの意味が最初はわかりませんでした。
というのもベイダーのヘルメットから覗く顔がルークに見えなかったから、というのがその理由。
「え、これ誰の顔?」と劇場で首を捻ったものです。

ともあれルークの本当の父は誰か?
炭素冷凍されたハンの運命は?
レイアはルークとハン、どちらを選ぶのか?
様々な「?」を残しながら、次回作へと続くのでありました。

<過去記事>




by odin2099 | 2019-09-01 00:03 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
サーガ完結編とされる「スカイウォーカーの夜明け」の公開まで、あと4カ月ちょっととなりました。
これで勇退と言われている音楽担当のジョン・ウィリアムズはこの結末を評価しているようですし、現在録音作業中の劇伴では「レイアのテーマ」や「ダース・ベイダーのテーマ」、「ヨーダのテーマ」をはじめシリーズお馴染みのメロディが使われるとのことで、不安も大きいですが期待も高まってきています。

e0033570_23470415.jpgということでシリーズ見直しも続行です。
これまで<プリークエル・トリロジー>とスピンオフ3本を見てきましたので、後半戦突入です(一応今回は「イウォーク・アドベンチャー」と「エンドア/魔空の妖精」は見ない予定)。
我らがルーク・スカイウォーカーもようやく登場。
40年以上も前の作品だけあってテンポやリズムという点では古さを感じないでもないですが、やはり娯楽映画の王道を行く内容ですねえ。

そして<プリークエル・トリロジー>から続けて見ていると、色々気になる矛盾点の数々。
なんでルーカス御大はきちんとしなかったのでしょう。<クラシック・トリロジー>は執拗に手を入れ続けたのに。

ルークとレイアの母親の記憶、オビ=ワンがルークに語る父アナキンとオーウェンとの諍い、オビ=ワンという名を捨てベンと名乗るようになった経緯等々、整合性を取ろうと思えばどうにでもなったはずなのですが。

それとも<プリークエル・トリロジー>に合わせて<クラシック・トリロジー>を更に改訂しようという魂胆があったんでしょうか。あるいは今度は<プリークエル・トリロジー>にも「特別編」の構想があったりして。

まさか今度の<シークエル・トリロジー>で盛大に辻褄合わせをしたりはしないですよね、JJ?

<過去記事>



by odin2099 | 2019-08-13 20:14 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
時系列的にシリーズを見直している「スター・ウォーズ」、今回はスピンオフ第1弾の「ローグ・ワン」。
製作途中での監督交代劇や、それに伴う撮り直しなど負の情報も色々と流れてきたものの、出来上がった作品はかなり好評をもって迎えられた。中にはシリーズ中の最高傑作という声も。「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」とはえらい違いだ。

似ても似つかぬハンやランドが登場する「ハン・ソロ」と違い、こちらに出てくるターキンもレイアも本物ソックリ。まあ本人に似せるべくCG処理しているワケで、少々”不気味の谷”を越えかけてやり過ぎの嫌いも無きにしも非ずだが、エピソード4「新たなる希望」の”前編”の役割も担っているだけに、よりトーンをすり合わせる必要もあったのだろうから、これはこれで良いと思う。

e0033570_21071592.jpgお話も、”一つの結末”に向けて困難なミッションに挑む精鋭チームを描いているだけに、ごくごく普通に戦争映画好きにもアピールしたっぽい。ミッションに成功したものの全員玉砕というのも、いかにも第二次大戦あたりを舞台にしたアクション物にありそう。
元々は色々な娯楽映画の要素を詰め込んで、SFでありながら「どこかで見たような世界」を描いてきた「スター・ウォーズ」だけに、これはある意味で原点回帰とも言える。煩型のファンも黙らせたのは納得。

とはいうものの、自分にとってはやはり”外伝”、「スター・ウォーズ」世界のお話ではあっても、「スター・ウォーズ」と認めるには些か、いやかなりの抵抗が。
そこは割り切って愉しんでいるものの、スピンオフ作品が正編と常に交互で製作されたりと幅を利かせるようになると、それは違うんじゃないの?という気持ちにもなってくる。贅沢な悩みなんだろうけどなあ。

それにしてもソウ・ゲレラ、なんであんなに拗らせキャラになっちゃった?
この人に決死の覚悟で極秘情報渡したり、味方に引き入れようと必死になって出かけていったのに、結局何の役にも立ってない。結果オーライでお話が進んでいくから、何か如何にも凄いことやった大物っぽくも思えるが、どっちかというと周囲に迷惑かけただけだよね。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-07-09 22:18 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
「スター・ウォーズ」のスピンオフシリーズ第2弾。
「スター・ウォーズ/エピソードn 〇〇~」というタイトルになる正編とは違い、こちらは「△□/スター・ウォーズ・ストーリー」というタイトルになるのがお約束らしい。

といってもスピンオフシリーズは2本で打ち止め?小休止?
よくはわからないが今後の公開予定スケジュールからは削除され、今は今度公開される完結編となる「エピソード9」の後に短いインターバルを挟み新たな三部作を立ち上げるようなので、少なくても当面これから十年ぐらいは新作スピンオフは見られないのかも。

e0033570_20384174.jpgそれもこれも作品内容及び興行成績がどちらも芳しくなかったからで、斯く言う自分も「ファントム・メナス」以降の作品は皆3~4回は劇場へ足を運んできたが、この作品は1回だけだ。

何度も書いてるけれど、もう少しハリソン・フォード似あるいはビリー・ディー・ウィリアムズ似とまではいかないまでも、「ああ、ハン・ソロだ、ランド・カルリジアンだ」と納得出来るキャスティングは出来なかったものか。
せっかくチューバッカが出てきて一緒にミレニアム・ファルコンに乗り込むシチュエーションがあるのに、誰だコイツ?と思ってしまうものなあ。

ハンの幸運のお守りのダイス、「最後のジェダイ」ではルークからレイアへと(幻だったけど)手渡された重要アイテムだったけど、一時はキーラが大事に持ってたってことは元カノとの思い出の品?
ケッセルのスパイス鉱山でのベケットの変装は「ジェダイの帰還」のランドの、ハンの扮装は同じくレイアを彷彿とさせるけど、そんなアイテムで旧作ファンを釣ろうとしてもねえ。

それよりも他の作品とのリンクを張るならば、ノベライズ版のようにジーン・アーソやソウ・ゲレラを登場させた方が、なんかロマンが広がるような気がするんだけど、やっぱり気のせいかな?

【ひとりごと】
これが去年のディズニー映画ワースト3の内のその2。
マーベル・スタジオも実は色々とゴタゴタがありながら結果オーライで来てる感じだけど、それに比べるとルーカス・フィルムはゴタゴタが表面化して、しかもあまり好ましくない方へ来てるように思える。

またマーベル・スタジオ作品は、いわば創造主であるスタン・リーへのリスペクトが見てる側に十二分に伝わってきてるが、ルーカス・フィルム作品は御大ジョージ・ルーカスへのリスペクトが伝わらないどころか、むしろ蔑ろにしてるんじゃないの?という気さえしてしまうのだけれども、その差はどこから出てくるのだろうか。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-05-31 20:43 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
「スター・ウォーズ」がヒットし続編の製作が発表された時に驚いたのが、それがいわゆる「スター・ウォーズ2」じゃなく「エピソード5(第5話)」だと明言されたこと。
第4話から6話までの三部作を作ったら、時代を遡って第1話から3話まで作り、その後に7話から9話を作って完結させる、という話にワクワクしたもんである。

e0033570_20171392.jpg余談だが、同じジョージ・ルーカスのもう一つの人気シリーズも、実は同じ構成。
1作目の「レイダース/失われた≪聖櫃≫」は1936年の話で、2作目の「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」はその前年の1935年、そして完結編の「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」は1938年が舞台、という具合。
ルーカスの好みなのだろう。

実際はここで終わらずに1957年を舞台にした「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」が作られ、今は更なる続編が準備中。
公開予定日は度重なる延期の末、現在は2021年7月9日とのこと。
パラマウント・ピクチャーズのロゴと実景の山とがオーバーラップして始まるのがシリーズのお約束だったが、ディズニーからのリリースでさてどうなるか?

閑話休題。

ところが第6話にあたる「ジェダイの復讐(帰還)」が公開されたものの、その後の製作に関しては一向に音沙汰なし。やっと第1話の「ファントム・メナス」が公開されたのは、なんと16年後だった。
そして今度は「全9作なんて言ってない。全6作でオシマイだ」というルーカスの発言に二度ビックリ。

というワケでこの「シスの復讐」が公開された時は、「スター・ウォーズが完結する」という安堵感と同時に、「もう二度と劇場で新作を見ることは出来ないんだな」という言い知れぬ寂寥感を味わったものである。
最近、「アベンジャーズ/エンドゲーム」を見た際にも同じような感慨にとらわれたっけ。

さて、旧三部作(第4話から第6話)を見ている時のイメージは、ジェダイ=正義、シス=絶対悪であり、帝国の圧政は民を苦しめ、共和国は平和な理想的な世界というものだったのだが、新三部作(第1話から3話)を見てると必ずしもそうも思えなくなってくる。

ジェダイは保守的というよりも、旧態依然で閉鎖的で時に独善的。
シスの方は必ずしも享楽的ではなくむしろジェダイ以上に禁欲的な面も。そして考え方も柔軟。

例えば愛する人が死を迎えようとしているとき、何とかしてその死を回避する方法を見つけようとするのがシス。
一方その死を平然と受け入れられるように、悲しみを感じないように心を鍛えよというのがジェダイの教えだ。
どちらが凡人にとって納得しやすいか。少なくてもシスの考え方の方が人間臭い。

という感情面で押していけばアナキンも、「ジェダイの裏切り者」「幼い子供をも手にかけた虐殺者」とはならず、すんなりとシスへ転向していたかもしれないが、そこがこの作品のドラマ面の弱さ。
というかそこまでを求めるレベルにこの作品はなく、もっとわかりやすさや単純さを強調しているだけなのだろうが。

結局のところアナキンはシスの教えに同調したわけではなく、ただパドメを救う力を欲しただけで、その結果パルパティーン、いやダース・シディアスに取り込まれてしまった己の弱さや短慮を誤魔化すために、ジェダイの教えが間違ってるだの、自分の成長を妨げるだの屁理屈をこねて自己正当化し、逆ギレして師であるオビ=ワンに対して「あんたが憎い!」と八つ当たりする始末。ガキだね。
シディアスも、ダース・モールやダース・ティラナス(ドゥークー伯爵)より御しやすいと踏んだんだろう。

暗黒面に堕ちシスと化したアナキン=ダース・ベイダーは、最終話(この時点での)である第6話でフォースのダークサイドからライトサイドへ”帰還”を果たし、見事に「フォースにバランスをもたらした」ことで予言を成就し、メデタシメデタシで幕を閉じたのだが、近年になってシリーズが再開されたことで再びバランスは崩れた。

今度こそ最終話になるらしい(といっても別の物語はすぐ始まるようだが)第9話で、はたして真にフォースにバランスはもたらされるのか。そしてそれは誰の役目なのか。
ここまで行き当たりばったりで作ってきてるようなのが非常に気にはなるのだが、どんなオチを付けてくれるのか、シリーズのお浚いを続け乍ら待つとしよう。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-05-17 22:31 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
実写ではなくCGアニメで描かれる<スター・ウォーズ・サーガ>の正史。
初めて20世紀FOXロゴの流れない「スター・ウォーズ」で、リリースはワーナーから。
今はルーカス・フィルムがディズニー傘下に入り、また今度は20世紀FOXそのものがディズニー入りしてしまったので、今後は権利関係が益々複雑になりそう。
今は正史(カノン)扱いだが、そのうちレジェンス(外伝)に降格される日が来たりして…?

e0033570_22370408.jpgともあれ劇場公開作品であり、かつテレビシリーズのパイロット版でもある本作は、シリーズがこんな感じになるよというお披露目も兼ねている。
アナキン・スカイウォーカーにオビ=ワン・ケノービ、ヨーダ、メイス・ウィンドゥ、それに新しくアナキンのパダワンになるアソーカ・タノという少女ジェダイ、C-3POとR2-D2、クローン・トゥルーパーたちやパルパティーン最高議長にパドメ・アミダラ議員、そして敵側に目を転ずるとダース・シディアス、ドゥークー伯爵、アサージ・ベントレスと敵味方ともレギュラーメンバーが一通り顔を揃えている。

その分物語の展開が多少入り組んでいる感は否めないが、シリーズ完結、もう新作映画は見られないとファンが思っていた時期に公開された意義は大きいだろう。例えアニメーションであっても。
原語でもC-3PO、ドゥークー、メイス・ウィンドゥはオリジナルキャストだが、日本語吹替版は更に基本的に全キャストがオリジナル。ということで絵柄の好き嫌いに目を瞑れば「スター・ウォーズ」気分に十分に浸れる。

オビ=ワンとアナキンの名コンビぶりも良い。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-05-02 08:20 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
とうとうエピソード9の正式タイトルが発表されました。
”The Rise Of Skywalker”、邦題はどうなるのでしょう?
「スカイウォーカーの台頭」、「スカイウォーカーの誕生」、「スカイウォーカーの復活」…
それとも単純にカタカナ化した「ライズ・オブ・スカイウォーカー」も考えられますね。
一応自分ならちょっと捻って「スカイウォーカーの継承」とか「スカイウォーカーの伝説」、「スカイウォーカーの系譜」なんて付けるかも。
まあ近々アナウンスされるものと思われますが。

e0033570_19164013.jpgその”スカイウォーカーの血筋”の物語の重要なパートになるのがこのエピソード2です。
前作でアナキン・スカイウォーカーは運命の女パドメ・アミダラと出会いますが、その時の二人は9歳と14歳。これでは恋愛は進展しません。
その十年後、19歳と24歳になったアナキンとパドメは再会し、そこから二人の間に愛が芽生え、ラストシーンでは遂に結ばれます。

この流れ、何度も書いてるのですが、ちょっと不自然というか無理矢理というか。
前作でアナキンはパドメに一目惚れ。その後もずっと淡い想いを抱き続け、再会を機に一気にその想いが噴出し暴走することになります。
でもパドメはどうだったんでしょう?
いきなり年下のイケメンに告白され、悪い気はしないなあと思ったかもしれませんけれど、アナキンの強引さに負けてというわけでもないようなので、その決め手はなんだったのか。

まあいずれにせよこの結果、次回作のラストで二人の間にルークとレイアの双子が生まれ、更に”スカイウォーカーの血筋”は続いて行くのですから、重ねて書きますけれど重要なパートです。それを受け継いだのが例え中二病のカイロ・レンことベン・ソロ君だったとしても。

それともエピソード8で否定されたものの、やっぱりレイもスカイウォーカーの血筋なんでしょうか。だとしてもルークにしろレイアにしろ、エピソード7でも8でもレイとの関係性を感じさせる反応は何もなかったので、どちらかの子供というのも今更な感がありますがね。
あるいはどうやらエピソード9で復活してきそうなパルパティーン絡み?
そういやアナキンは、パルパティーンがフォースを操って(?)誕生させた子供だという設定もあるようですが。

ともあれアナキンとパドメ、この二人の再会が「悲劇の始まり」であり、かつ「希望の誕生」でもある訳です。ここから<スター・ウォーズ>の物語は大きくうねってゆくのです。

【ひとりごと】
アナキンに対し、「いつかお前に殺される気がする」というオビ=ワン。これはジョークや皮肉なのか、それとも未来予知なんでしょうか。
そういやアナキンに対するオビ=ワンの皮肉と言えば、「グッジョブ!」という表現を知ったのはこの作品だったっけ。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-04-15 19:23 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
今年は”スカイウォーカー・サーガ”(?)の完結編とも言われているエピソード9が公開される予定。
未だにサブタイトルも伏せられてますが(「フォースの均衡(バランス)」との噂もあるようですが)、例によって新作公開に合わせ、夏か秋ごろからまたおさらいをはじめようかなと考えていたのですが、思いの外「スター・ウォーズ」ロスが大きかったので、前倒しで始めることにしました。

e0033570_21293878.jpg今のところシリーズ唯一のオールカタカナの副題ですが、やはり意味は分かりづらいですね。
じゃあ例えば「見えざる脅威」というような邦題にしたところで、そうか、そうだったのか、とはならないでしょうが、これはパルパティーンのことだと解するのが自然のように思えます。
もっとも、アナキン・スカイウォーカーのことを指してる、と解釈することも出来そうですけれどね。

そのアナキンの出番は物語の半ばからで、それまでの物語はクワイ=ガン・ジンとオビ=ワン・ケノービ、それにパドメ・アミダラが引っ張っていきます。
本作に限って言えばアナキンは重要な脇役で、主人公はオビ=ワンと言えそうですが、何故エピソード1がこの時点から語られているかと言えば、パルパティーンの野望の第一歩が記されていることもありますが、アナキンからすれば後の自分の運命に大きく関わってくる人々――クワイ=ガン、オビ=ワン、パドメの総てに会った、ターニングポイントだったからということになります。

なので批判は多いですが自分は納得――というようなことを以前書いたのですが、一度は作らないと言ったはずのエピソード7が、しかもジョージ・ルーカス抜きで作られている現在ではこれが最善だったのかどうかわからなくなりました。
以前なら「スター・ウォーズ」はアナキンの物語、もしくはアナキンとルーク父子の物語と断定できたのですが、今作られている三部作がどういう着地を見せるかによってはこのエピソード1の立ち位置も大きく変わってきそうです。エピソード9でアナキンが物語に大きく関わってくるようなら良いのですが、さてどうなりますことやら。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-04-04 20:41 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
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