【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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悪ガキ集団”グーニーズ”は、ある日屋根裏部屋で古地図を発見。それは海賊”片目のウィリー”が残した宝の地図だった。
早速宝探しの冒険へと乗り出すグーニーズたち。しかしそこは悪名高いギャング”フラッテリー一家”の隠れ家でもあったのだ。

e0033570_20003663.jpgスティーブン・スピルバーグのアイディアを元にクリス・コロンバスが脚本を手掛け、リチャード・ドナーが監督したアクション・アドベンチャー。
ショーン・アスティン、コリー・フェルドマン、ジョシュ・ブローリン、ロバート・デヴィら、今となっては錚々たる顔ぶれが集まっている。

見るのは劇場公開時以来だが、何ともやかましくて騒々しい映画だった。
その当時も期待外れで愉しめなかったという記憶があったが、今回も同じ。宝探しに乗り出す過程や、宝の隠し場所があっさりしすぎで、どうにもこうにものれない。ご近所に都合よくお宝満載の海賊船が隠れているなんて…!

唐突に「スーパーマンのテーマ」が流れたり、「水をかけると限りなくドンドン増える小さな悪魔」がどーたらこーたらといった楽屋落ちネタもしらけるばかり。今なら違った感想になるかなと淡い期待を抱いてみたものの、自分とはとことん相性が悪いらしい。

以前から何度か続編――グーニーズの子供たちの冒険譚?――の噂が出ては消え、なのだが、そんなにパワーのある作品なんだろうか?

  ×× ×× ××

ところでここのところ続けて見てきた「サンタクロース」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「コクーン」そして「グーニーズ」の4本にはちょっとした因縁がある。

「サンタクロース」は製作がイリヤ・サルキンドとピエール・スペングラーで、監督はヤノット・シュワルツ。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は製作総指揮がスティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディとフランク・マーシャル、監督はロバート・ゼメキス。
「コクーン」は製作がリチャード・D・ザナック、デイヴィッド・ブラウン、リリー・フィニー・ザナックで、監督はロン・ハワード。
そして「グーニーズ」は製作総指揮スティーヴン・スピルバーグ、フランク・マーシャル、キャスリーン・ケネディで監督がリチャード・ドナー。

本国では6/7に「グーニーズ」、6/25に「コクーン」、7/3に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、そして「サンタクロース」は11/27に公開とバラバラだったが、日本では「サンタクロース」と「グーニーズ」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が1985/12/7、「コクーン」は12/14に公開と、1986年のお正月映画として鎬を削った仲なのだ。

で、まず気付くのが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と「グーニーズ」がどちらもスピルバーグのプロデュース作ということだが、そのスピルバーグの出世作となった「ジョーズ」のプロデューサーはリチャード・D・ザナックデイヴィッド・ブラウンである。
そして続編「ジョーズ2」をスピルバーグに断られた彼らが代わりに抜擢したのがヤノット・シュワルツだったりする。

また「コクーン」は当初ロバート・ゼメキスの監督作品として進んでいたが、スケジュールの都合でロン・ハワードに交代したという経緯があるし、「サンタクローズ」も元々はリチャード・ドナーが監督候補だった。
ドナーに断られた製作陣は、腹いせなのか作品中に出てくる一番出来の悪いトナカイに「ドナー」と名付けたとかいう噂も。

偶然といえば偶然なのかもしれないし因縁とはちと大げさだったが、タイミングがちょっとずれていたらスタッフがシャッフルされ、今見ているのとは違った雰囲気の作品が出来上がっていたのかもしれないと考えるのもなかなか愉しい。



by odin2099 | 2018-12-26 20:14 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_19094119.jpg「スピルバーグがまたやった!」なんていうコピーが付けられていたもんだから、この作品をスピルバーグの監督作品だと勘違いしていた人も少なくないとか。
ボブ・ゲイルとロバート・ゼメキス、”ふたりのボブ”のシナリオを気に入ったスピルバーグがプロデュースを買って出、ゼメキスが監督を務めたという作品なので厳密には「スピルバーグ印」とは言えない。
まあこの頃のスピルバーグは「出せば当たる」と持て囃されていたから、ネームバリューは抜群。宣伝効果は大きかったとは思うけれど。

ドクの発明したタイムマシンで30年前の世界へ飛んでしまったマーフィ。そこで自分の両親となるはずのジョージとロレインと会うのだが、この二人の出会いを邪魔してしまったために将来自分が生まれなくなってしまう可能性が。
なんとか二人をくっ付けようとする一方で、30年前のドクにタイムマシンを修理させ何とか元の世界へ戻ろうと悪戦苦闘するというお話は広く受け入れられ、続編も作られることに。

ちょっとした小道具、繰り返しのギャグ(しかも過去と未来とに跨った)、そしてタイムパラドックスの使い方も絶妙で、タイムトラベル物にありがちな不自然さは(少なくても見ている間は)気にならない。
主演のマイケル・J・フォックスは撮影当時23歳くらいだが、17歳の高校生役としても自然。そしてドク・ブラウン役のクリストファー・ロイドは、年齢を超越した魅力を見せている。



by odin2099 | 2018-12-24 19:15 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
「未知との遭遇」を見直したので「特別編」の方も、と思っていたのですが、先延ばしになっちゃいました。
そういや去年の今ごろも「未知との遭遇」を見ていたことに気付いたんですが、特に意味はありません。去年はこのタイミングでテレビ放送があったのでチェックしていたんですけれどね。

で、「特別編」。
最大の売りは、ロイ・ニアリーがマザーシップに乗船した後。その内部はさてどうなっているのでしょうか?でした。
実はそれ以外にも細かく手が入れられ、削除されたシーン、復活したシーン、新規に撮影したシーンと入り乱れているのですが、おそらく大半の観客はその違いに気付かないでしょう。
ニアリー一家の描き方が幾分ドライになっていて、ロイの孤立感が多少際立ってるように感じられますが、気付くとすれば「あれ、そういえば砂漠でタンカーが発見されるシーンって前にもあったっけ?」ぐらいでしょうかね。

e0033570_19014880.jpg肝心のマザーシップ内部も特筆すべきものではありません。
ガランとした船内には乗組員の姿もなく、生活感というか生物がいたという雰囲気もない無機質なものです。囚われていた人々はこんな空間でワラワラ生活していたんでしょうか。
スピルバーグ自身もこのシークエンスは気に入らなかったらしく、後に作られた<ファイナルカット版>では綺麗さっぱりなくなっています。やはりここは観客のイマジネーションに委ねる方が得策かと。

今回見直していてちょっと気になったのが、政府なのかどこか別にバックとなる組織なりがあるのかわかりませんけれど、ラコーム博士が率いるプロジェクトのことです。
最初に砂漠で第二次大戦中の戦闘機群が発見され、次はインドで音楽採集です。そしてマザーシップから送られてきている謎の信号が特定の場所を示しているとわかると、すぐに大掛りな施設を建設し、エボラ熱が蔓延していると偽の情報を流して住民を排除します。また同時にマザーシップへ代表を乗り込ませる算段をし、候補者をリストアップ。一体どういう組織なんでしょうね。

ちなみにマザーシップに招かれたのはロイだけ?
他の選抜メンバー(どういう基準でどういうキャリアの人が名を連ねているのやら)は歓迎されたんでしょうか、拒絶されたのでしょうか。
またラコーム氏らは残されたロイの家族(別居しただけでまだ離婚してないでしょうから)に、きちんと状況を説明したのでしょうか。まあ奥さんのロニーは、いくら説明されても理解できないというか理解したがらないでしょうけれどねえ。

<過去記事>



by odin2099 | 2018-12-12 19:05 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_19520330.jpg両親を事故で亡くしたルイスは、伯父のジョナサンが住む屋敷に引き取られる。そこでルイスは不思議な体験をするが、実はジョナサンも隣人のツィマーマン夫人も魔法使いだった。そしてこの屋敷には秘められた謎があるらしい。
伯父から魔法を学ぶことになったルイスだったが、ある日禁じられた扉を開けてしまう。そこに収められていた一冊の書物。ルイスはそれを紐解き、恐るべき災いを呼び覚ましてしまう。

ジョン・ベレアーズの同名小説を、スティーブン・スピルバーグが主催するアンブリン・エンターテインメントが映画化。
監督はイーライ・ロス、出演はジャック・ブラック、ケイト・ブランシェット、オーウェン・ヴァカーロ、レネー・エリス・ゴールズベリー、サニー・スリッチ、コリーン・キャンプ、ロレンツァ・イッツォ、ヴァネッサ・アン・ウィリアムズ、カイル・マクラクラン。

原作小説が「ハリー・ポッターの原点」などと紹介されていたので(翻訳本を出してるのも同じ静山社だ)、もっと魔法を前面に押し出したファンタジー物なのかと思っていたが、どちらかというとお化け屋敷を題材にしたホラー物で、ディズニーの「ホーンテッドマンション」にちょっと近い雰囲気だった。
ジャック・ブラックも好演だし、ケイト・ブランシェットは人ならざる役柄が実に嵌る。話が大掛りになり過ぎていないのも好印象。
原作はシリーズ物だそうだが、作品の評価も興行収入もまずまずとなると映画版も続編が作られるのだろうか。

佐藤二朗、宮沢りえ、高山みなみ、原康義、浅野まゆみ、松本梨香、矢島晶子、くじら、本名陽子らが配役された吹替版の方がメインのようだが、トータルでは微妙な出来栄え。本職であれ、本職以外の抜擢であれ、適材適所というのはやはり難しい。



by odin2099 | 2018-11-04 19:56 |  映画感想<ラ行> | Trackback | Comments(0)
インディアナ・ジョーンズ教授の大冒険第二弾。
しかしながら前作「レイダース/失われた<聖櫃>」の一年前、1935年のお話。
第三弾はまた未来へと飛ぶので、時系列順に並べると2→1→3となるのは、実はジョージ・ルーカスが生み出したもう一つの冒険物語、<スター・ウォーズ・サーガ>と同じ。あちらは最初にEP4からEP6までの三部作が作られ、次に時代を遡ってEP1~3、そして今はEP7~9までを製作中だ。

e0033570_16235835.jpg今回も「金曜ロードショー」版の吹替で鑑賞。インディの村井国夫は安心感がある。
ウィリー・スコットの藤田淑子、ショート・ラウンドの田中真弓はどちらも騒がしいキャラクターではあるが、ちょっと落ち着いた感じがあって良い。ソフト版だと吉田理保子と野沢雅子なので、やかましさ倍増(^^;

特にウィリーは空気を読まない、高飛車でヒステリーばかり起こすヒロイン。無理矢理事件に巻き込まれた境遇を考えれば同情の余地はあるものの、コメディリリーフの役割も担っている所為かドジを踏んだりで終始イライラさせられる。インディは彼女のどこに惹かれたんだろう?

演じているケイト・キャプショーも大味な美人といったところで、ノーブラのシャツ一枚でいるところを象に水をひっかけられ、おっぽいが丸見えになるくらいしか見どころがない。
この作品が縁で監督のスピルバーグと結婚したんだから、それなりに魅力があったのだろうが。

肝心のお話も、暗くて重くて個人的にはシリーズ中のワースト(いや、アレといい勝負だな)。
前作のアークはまだなんとなくわかるんだが、サンカラストーンってそんなに凄いものなの?

<過去記事>



by odin2099 | 2018-10-08 16:29 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
** ネタバレ注意 **

e0033570_21182404.jpg「ジュラシック・ワールド」の続編で、<ジュラシック・パーク>シリーズの5作目。シリーズで初めて前作のストレートな続編になっている。
もはや”恐竜映画”ではなく、完全なる”怪獣映画”だ。

あれから3年、イスラ・ヌブラル島の火山が活発な活動を始めたため、島に残った恐竜たちの絶滅が危惧されていた。
クレアは恐竜保護団体を設立し恐竜を救い出そうとしていたが、上院の特別委員会の緊急討議の席上では保護しないとの結論が出された。そんな時クレアはロックウェル財団から恐竜保護の申し出を受ける。
かつてのハモンドのパートナーだった富豪ロックウェルは、自身の持つ広大な土地に恐竜の保護施設を準備していたが、島の施設にアクセスできるクレアの助力が必要だったのだ。
そして恐竜救出の適任者として渋るオーウェンを説得し島へと向かうが、実はロックウェル財団の経営者ミルズの思惑は別にあった。彼は恐竜を密売し、巨額の富を得ようとしていたのだ。それに気づいたオーウェンとクレアは、何とかそれを防ごうとするのだが…。

ジェフ・ゴールドブラムの復帰が大々的に扱われていたが、マルコムは映画の最初と最後に出てきてテーマを投げかけるだけで、主要なキャラクターとは誰も絡まない。一種のブックエンドみたいなものだった。

e0033570_21192310.jpg前作ラストで良いムードだったオーウェンとクレアは長続きしなかったようだが、再会すればすぐに前のように息の合ったコンビネーションを見せる。結局のところ二人は似た者同士であり、そして互いに欠けてる部分を補完し合える最良のパートナー同士なのかも知れない。

その一方で新しく登場するキャラクターたち、クレアと旧知の間柄というロックウェル財団のミルズ、警護役の傭兵ウィートリー、武器商人のエヴァーソルらは相も変わらずテクノロジーを過信し、私利私欲に走る人物で、この世界の住人たちは過去の事件から何も学ばないのか、と呆れるやら悲しくなるやら。それでもなお抗えない魅力を、この人工恐竜たちは持っているのか。
まあその中でも学ばない最たる人はヘンリー・ウー博士だろうが。

ロックウェル財団の創始者ベンジャミン・ロックウッドは、故ジョン・ハモンドの元ビジネスパートナーだったが、とある理由で袂を分かった人物。ミルズに利用されていただけ、ということで免罪符が与えられてはいるものの、ハモンドと訣別した原因が人体のクローン化にあったとあれば「白」と断言出来かねる人物だろう。

しかしここでクローン恐竜だけでなく、クローン人間まで登場させてしまったのは物語内のハードルをかなり上げてしまった気がするのだが、次回作でどのようにけりをつけるのか。
どうやらオーウェンとクレアは彼女メイジーの親代わりとなる決意を固めたようだが、次が三部作の最終作となる模様。市街地に解き放たれた恐竜たちと人類にどのような未来が待っているのか。2021年の夏を静かに待とう。

【ひとりごと】
髪型が変わったせいか、クレア役のブライス・ダラス・ハワードが前作以上に魅力的。それに心なしか胸元を強調するショットも増えたようで、なんだかドキドキ。
しかし相変わらず吹替キャストは難ありだな。


by odin2099 | 2018-07-17 21:22 |  映画感想<サ行> | Trackback(8) | Comments(4)
今日は「海の日」かあ。
では”海”に因んだ作品をば。

ピーター・ベンチリーのベストセラー小説を映画化したスピルバーグの出世作品。
Blu-rayには懐かしの「水曜ロードショー」放送時の吹替版が収録されていたので、そちらで再見。
この作品を初めて見たのは後継番組「金曜ロードショー」でのオンエア時だったので、ブロディ、クイント、フーパーの声は滝田裕介、北村和夫、樋浦勉がしっくりくる。

e0033570_07561576.jpgブロディ署長を中心に据えた2時間の映画で、前半は人食い鮫の出現に危機感を募らせるものの、島の貴重な収入源である観光客誘致を優先する市長との対立から第二第三の被害者が出てしまい、その責めを負って対応に苦慮する姿をミステリー・サスペンス物やホラー物の風味を交えて描き、後半は一転して鮫退治の名人の荒くれ漁師クイント、鮫の専門家で海洋学者のフーパーと共に海へ乗り出していく姿を海洋冒険物のテイストで描いており、作品の雰囲気はかなり変わる。

尊大で下品で鼻持ちならないクイント。しかしいざという時には頼りになるかと思いきやあっけない最期を遂げ、フーパーも専門家の観点から作戦を立案し幾つかの装備を持ち込みながらも実行段階で失敗に終わり、結局は海嫌いでボヤいてばかりの素人同然のブロディがケリをつける、というのも意外性があって良い。

またなかなか姿を見せずに恐怖心を煽るスピルバーグの演出もさることながら、それを盛り上げるジョン・ウィリアムズの音楽の効果!
今ではすっかり有名になった鮫のモティーフだが、あれは真に鮫が現れる場面にしか流れない。
例えカメラに映っていなくてもあの曲が流れたらその場に鮫がいるし、逆に登場人物たちがどんなに「鮫がいた」「捕まえた」と叫んでも、そのメロディ抜きならば鮫の仕業じゃないか、少なくても対象となる巨大なホオジロザメではないということなのだ。

冒頭で描かれる最初の犠牲者は、オールヌードで泳ぐ若い美女だが見えそうで見えない。
その後もビーチのシーンは度々出てくるが、ビキニ姿の若くてセクシーな美女がバンバン出てくる、ということもない。
「ジョーズ」のフォロワー作品は数多いが、そのあたりの節度がA級映画とB級映画の境界線なのかもしれない。

それにしても最後の方、鮫がボロボロだ。
まだまだ技術的に稚拙なロボット鮫ではあったろうが、過酷な撮影が続いていた証拠かもしれない。

<過去記事>



by odin2099 | 2018-07-16 08:06 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
<ジュラシック・パーク>シリーズの第4弾。
以前にも書いた通り、第1作(「ジュラシック・パーク」)と同じ島が舞台になっているのはこの4作目が初。
2作目(「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」)3作目(「ジュラシック・パークIII」)とは舞台も違うしお話も直接繋がっていないので、このシリーズは2~4作目の全てが1作目の続編という珍しい構成になっている。

序盤からジョン・ウィリアムズ作曲のテーマ曲のモティーフが流れ、気分はすぐにジュラシック・パーク改めジュラシック・ワールドへ。
遂に実現したのか、という思いと、とうとうやってしまったな、という思いが錯綜する。

そういえばすんなりとパーク(ワールド)に入るのは本作が初めて。
これまでの作品では出かけるまでに一波乱あったり、なかなか目的地に辿り着けなかったりだったけど、今回はあっけないくらい簡単に”観光客”として到着。

e0033570_20241476.jpgしかしそこからトラブル続出なのはシリーズのお約束。
マスラニCEOは一応の責任感は持ってるようだが、前線にのこのこ出かけて行って憤死するという役立たずぶりを発揮。
ホスキンスやウー博士などドラマ上の悪役ポジのキャラもいるものの、正ヒロインだから見逃されてるけれどクレアも相当酷いヤツ。もしかすると1作目のハモンド翁よりも性質が悪いかも。

クレア役のブライス・ダラス・ハワードは絶世の美女でもセクシーだとも思わないが、後半でタンクトップ姿も勇ましくサバイバルする姿はグッとくる。
オーウェンを演じたクリス・プラットは、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のスターロードとは打って変わっておちゃらけは封印。終始キリっとした二枚目役を通しており、これまた格好良い。

この人の助手で、甥のザックとグレイのお守りを押し付けられるザラは本当に気の毒な女性で、兄弟の自分勝手な行動に振り回され、挙句にプテラノドンに捕食され…たかと思いきや最後はモササウルスの餌食に。
友人相手と思われる電話の内容からすると、近々結婚を控えていたらしいのに……。

今回も吹替で鑑賞。
オーウェンの玉木宏、クレアの木村佳乃、グレイの松岡茉優は何度聴いても酷いもんだ。
玉木宏は声は良いけど喋り方が気取りすぎてて(特に洋画の)アフレコ向きじゃないし、松岡茉優はまず「男の子」の演技が出来てないし、木村佳乃はTOPを弁えない常に全力発声演技(「パディントン」はまあまあだったけど)。
公開時からかなり叩かれていたはずなのに、諸事情あれども続編でも玉木&木村コンビが続投なのは解せない。

ついでに昨夏「金曜ロードSHOW!」で放送された<新吹替版>も見てみたが、こちらも山本耕史のオーウェンはガサツな田舎者に聞こえるし、仲間由紀恵のクレアは上品な感じはあるものの、感情の起伏の表現が要求される場面に技術が伴っていない。
クレアは説明台詞が多いし、中盤以降は甥のこともあって半狂乱になったりするので気の毒ではあるのだが、ならばこそ何故プロに任せなかったのかと憤りを禁じ得ない。

ちなみに「新吹き替え版初放送」と大々的に銘打った昨夏の放送だったが、今夏同じく「金ロー」で続編公開に合わせて二度目の放送が予定されているものの、こちらは劇場公開&ソフト収録のオフィシャル版がオンエアーされるようなので、初回放送版はレア吹替のお宝化が確定の模様。
いずれ続編がTV放映される際には、また新たな吹替版が作られるのだろうか。

【ひとこと】
クライマックスに登場するT-REXは1作目からの生き残りらしいが、寿命は何年ぐらいあるんだ?

<過去記事>



by odin2099 | 2018-07-01 20:38 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
日本にハロウィーンと宅配ピザが定着したのは「E.T.」のおかげ、という説があるそうな。
BMXの自転車も流行りましたねえ、あまりブームは長続きしなかったけれど。
でも個人的に一番カルチャーショックだったのは、エリオットが仮病を使ってる時に口に咥えてる体温計。体温計って腋に挟むタイプのものしか知らなかった…。
そんなこんなも懐かしい不朽の名作、もう36年も前の作品になります。

e0033570_04462530.jpg同時期にスピルバーグはプロデユース作として「ポルターガイスト」も手掛けていたことは、先に「ポルターガイスト」の項で書いたけれど、どうやらロケ地も同じ場所だったのだそうで。
なのでよく見ると見慣れた街並みが…と言いたいとこですが、アングルが違うせいか「あ、あの家だ」とはなかなかならない。でもわかる人にはわかるのでしょうね。

あちらは夫婦円満、こちらは母子家庭という違いはあれど、共に郊外に暮らす子供たちを中心にした、いわば姉妹編。「未知との遭遇」から生まれた双子と言っても良いかもしれません。
「ポルターガイスト」は「未知との遭遇」のリメイク的要素がありますし、「E.T.」は「未知との遭遇」の形を変えた続編と呼べそうです。

物語の展開は意外に早く、開始15分でエリオットとE.T.は出会い、30分でマイケル、ガーティの兄妹とも仲良しに。そしてエリオットとE.T.のシンクロは進み、学校での大騒動からE.T.が言葉を覚える件があり、通信機を組み立てようとするあたりでちょうど半分の60分が経過します。

ハロウィーンで外出するあたりから後半戦で、ここでE.T.を乗せたエリオットの自転車が空を飛ぶロマンティックなシーンが登場。ただ急転直下、行方不明のエリオットに半狂乱になる母親、病気のエリオットとE.T.、それにE.T.を探していた政府の人間の登場、と畳みかけるような怒涛の展開となります。

そしてE.T.との哀しい別れ。
――と思いきや、奇跡が起こり、少年たちの反乱が始まるこの高揚感。感動の涙が歓喜の涙に変わります。
この後の流れも、何度見てもグッとくるんだなあ。
続編を求められてもスピルバーグは首を縦に振らなかったようですが、これは正解。
基本「続編大好き、シリーズ化大好き」人間なんだけど、この作品にはいらないな。

そういや続編小説は刊行されたことがあったけど、なんだか微妙な作品だったっけ…。
e0033570_04465810.png
ところで数年前、母親役のディー・ウォーレスはスピルバーグからヌードシーンを求められていたことを明らかにし、一躍話題になったことがありました。
その記事によれば、ヌードを要求されたのはエリオットが撒いたチョコレートに釣られたE.T.が家に来るまでのシーンで、それに対し「それは違うと思う」と抗議し、結局ベッドにうつ伏せになるという現行のバージョンに落ち着いたのだということなんですけど、ベッドにうつ伏せになるシーンなんてあったかなあ???

まあ何れにせよヌードシーンがあったら、少なくても親たちが子供たちを映画館へ連れて行くのをためらっただろうし、ここまで空前の大ヒットを飛ばすことはなかったでしょうね。
その反動(?)からなのか、「ポルターガイスト」の方では同じく母親役のジョベス・ウィリアムズには入浴シーンと、それに続くベッドで髪を乾かす場面で、騒霊によってシャツを捲りあげられパンティー姿を披露するシチュエーションが用意されている……。

<過去記事>




by odin2099 | 2018-06-30 04:54 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
スピルバーグ監督の手によって映画化された「レディ・プレイヤー1」の原作小説。

最初に粗筋を聞いたり、レオパルドンにミネルバX、ライディーンにガンダムにウルトラマンや機龍(メカゴジラ)が出てくると言われた時は、一体全体どんな話なんだろうかと見当もつかなかったが、先に映画を見て、それから小説を読みだしたら「なるほどそういうことか」と得心がいった。
e0033570_21560929.jpg
作中に引用されてるサブカルチャーのウンチク話は映画以上。ただある程度ジャンルが偏っているので、ビジュアル面で多彩なキャラクターを取り揃えた映画版とは甲乙つけがたい。
お話は小説の方が映画より殺伐としていて、メイン格のキャラクターの生死もしっかりと描かれているし、<オアシス>内のアバターとリアルな世界での当人たちとのギャップも、より強調されている。

映画版は結局のところ、アバターも美男美女で現実世界でも美男美女で、こうしないとなかなか観客は感情移入しにくいだろうという配慮だろうけど、その点小説の方がリアルなヲタク像と言えるかも。


by odin2099 | 2018-06-28 21:57 | | Trackback | Comments(0)
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