【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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1979年春、ということはTVシリーズ放送開始から一年近く経った時期に公開された劇場版。
TVの方はそろそろ大団円へ向けての幕引きを図ろうかという頃だ。

「スタージンガー」そのものは、「マジンガーZ」以来の東映動画製作、フジテレビ日曜夜7時台放送の番組で、「マジンガーZ対デビルマン」以降<東映まんがまつり>の看板を背負ってきたが、原作者が永井豪から松本零士にバトンタッチしてからは主力の座を他作品に譲るようになり、遂にこの作品が打ち止めとなった。

e0033570_21243401.jpg放送枠としてはこの後も「SF西遊記スタージンガーII」、「円卓の騎士物語燃えろアーサー」と続くものの、それも「燃えろアーサー白馬の王子」を最後に消滅してしまう。
この作品には石丸博也、冨田耕世、富山敬、杉山佳寿子といったレギュラーメンバーに加え、ゲストとして神谷明が出演しているが、このように”日曜7時フジ”所縁のキャストが揃っていると、作品内容以上に感傷的な気分になる。

ただ東映動画製作の松本零士原作作品としては、「惑星ロボ ダンガードA」、「宇宙海賊キャプテンハーロック」、「銀河鉄道999」、そしてこの作品と一通り劇場版が製作されているので、<まんがまつり>の歴史にはしっかと爪痕を残している(残念ながら後続の「新竹取物語1000年女王」や「わが青春のアルカディア 無限軌道SSX」では劇場版が作られていないが、単に人気の低下ということではなく<まんがまつり>自体の性格の変化も一因だろう)。

TVアニメとしての企画が先行し、ある意味”雇われ原作者”というスタンスで関わったためか、「ダンガードA」と「スタージンガー」は長らく松本アニメとしては継子扱いされてきたが、近年では「銀河鉄道999」と融合。陰ながら鉄郎とメーテルの護衛を務めるなど、晴れて<松本零士ユニバース>の住人になったようである。

<過去記事>



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by odin2099 | 2018-11-30 21:26 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
「宇宙戦艦ヤマト」から始まり、東映洋画・東急系で上映されたアニメ映画をポツポツと拾いながら再見してきましたけど、それも「オーディーン/光子帆船スターライト」でひとまず終わり。
一気に時代は下りまして、やってきました1999年――「999」の年。
……の前年に公開された劇場版「銀河鉄道999」第三弾(<東映まんがまつり>版を除く)へ辿り着きました。

e0033570_21244581.jpgTVアニメ版でもなく劇場アニメ版でもなく、再開した原作漫画の続編シリーズの忠実な映像化作品。
絵は綺麗だし、音楽も良いし、物語も上手くまとまっているんですが、如何せん上映時間が1時間弱。
それでも翌年、即ち「999」の年には、この作品を序章とした2時間クラスの超大作として続編製作が予定されていたものの、興行的失敗から立ち消えに。
みんな、なんで映画館に行かなかったんだよお…。

この時期、降って湧いたかのような松本零士ブームが起り、続々とアニメ化は決まるわ、コンサートは開かれるわで往年のファンとしては大喜びしていたのですが、結局は懐古趣味に囚われた一部のファンが騒いでいただけだったんですかねえ。
この作品がヒットしていたら、今日のアニメ界の勢力図が塗り替えられていた?!
――などとほざくつもりはないですが、この段階で「999」だけじゃなく「キャプテンハーロック」や「宇宙戦艦ヤマト」も復活していたら、やはり今とは少なからず違う景色だったでしょうね。
残念……!

<過去記事>



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by odin2099 | 2018-10-23 21:34 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
遂に「宇宙戦艦ヤマト」も完結編。
いや、直後からプロデューサーは新作の構想語ってたから、これで「最後」だと思ってた人は少数派だったろうけど、諸事情により”本当に”「最後」になってしまう可能性はあったわけで…
リメイクではあるものの、今でも新作が作られてる現状は正直想像できない期間は長かった。

e0033570_21253941.jpg今回のヤマトは本編始まると既に航海中。発進シーンなしなのは「宇宙戦艦ヤマト2」以来か?
またこの時に雪はヤマトに乗り込んでいない。古代なのか長官なのか、どうやって説得したのか知らないが、よく大人しくお留守番を承知したな。
でもストレスが溜まっていたのかもしれない。古代が死んだ?と思った時に衝動的に自殺を図る…?! 雪ってそんなに弱い女性だったっけ? 沖田艦長も「古代がいなければ、雪だけが生き残っても彼女は幸せになれない」なんて言ってるけどねえ。

そのヤマトの航海の目的はガルマンガミラスへの様子窺い。壊滅的打撃を被ったことが語られるのみで、デスラーの生死は不明。ボラー連邦についても言及されるが、ここはベムラーゼ首相が死んだだけで、連邦国家自体はそのままだったんだね。ヤマトと敵対して殲滅されなかったのはボラーだけ?しかしその後の運命は杳として知れず…。

ガルマンガミラス本星から無差別ワープで辿り着いたディンギルの母星。結構近いところにあったってことだよね(無差別で長距離の大ワープを敢行してたとしたら、古代艦長・島副長の指揮判断能力を疑うぞ)。よくガルマンとボラーの政争に巻き込まれなかったこと。じっと身を潜めていたのかしらん。

「やまとニハいのちガアルノカ…」というアナライザーの台詞で簡単に片づけられているけれど、ご都合主義の最たるもの、ヤマトは自動操縦で地球へ帰還。そんなのあり?
その時点でアクエリアスの地球接近までそんなに日数ないんだけど、早期に復帰するヤマト乗組員たち。一時は死亡?とまで思われた古代も無事に復活(この技術が沖田艦長復活の鍵だったんだろうな、とは思うものの触れられず。勿体ない)。「新たなる旅立ち」の時よりみんな退院早いじゃん。医学の進歩は目覚ましいのお。それにスペースコロニーに避難?いつの間にどこに作ったんだ?

今回のヤマトには「ヤマトよ永遠に」以来の艦首と船腹の錨マークがない。確かプロデューサーは「パート1に直結させるため」「パート1にはなかったから」削ったと宣ていたが、「宇宙戦艦ヤマトIII」までのドラマを無視できない設定なのに何を言う。
またそれなら何故砲塔に付けた参戦章は削らなかったのか?という疑問が出てくる。あれは対ガミラス戦、対白色彗星戦、そして対自動惑星ゴルバ戦への参戦ということで3本引かれているのだけど、もう1~2本増えてなきゃおかしいなあ。

ディンギルの少年はどうやってヤマトに密航したのか。病院から佐渡先生にくっついちゃってきたのか、それとも地球帰還後に忘れ去られ、ずっと艦内に取り残されていた?
クイーン・オブ・アクエリアスが、「この星にディンギル星人はいない」といった傍から接近する敵艦隊とか、負傷の島に代わって真田に操艦させようとする沖田艦長。そのための太田だろうに…とかツッコミどころはまだまだありますが、良いところも勿論沢山あるから、敢えて色々言いたくなる、ということで。

クライマックスが殆ど音楽と絵だけというSFアクションアニメは、今後「ヤマト」以外では出てこないかもなあ。

【ひとりごと】
爆雷波動砲ってなーんだ?

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by odin2099 | 2018-10-16 21:34 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
「銀河鉄道999」('79)、「さよなら銀河鉄道999」('81)、「1000年女王」('82)と続いた松本零士の<宇宙の海四部作>の最終作。
もっともこの時点では5作目として翌83年夏に「クイーン・エメラルダス」が予定されていたものの、この作品の興行的不振と続編TVシリーズ「わが青春のアルカディア 無限軌道SSX」の低視聴率により中止。
その後にインターバルをおいて「コスモロード0」(85年予定)や「銀河鉄道999/透明宮への旅」(87年予定)の製作を発表したものの、どちらも実現していない。

「キャプテンハーロック」の劇場アニメ化という話が最初に出たのはいつ頃だったろう。遅くとも80年の夏頃には、翌81年夏公開予定として製作中との情報はアニメ誌などに流れていたはずだ。
次いで「宇宙海賊キャプテンハーロック」の再アニメ化ではなく、「ハーロック」の前奏曲的なオリジナルストーリーになるともアナウンスされて、未知なる作品へ期待が膨らんだものだ。

e0033570_19514710.jpgいつの間にかそれが82年夏公開へと延期になり(81年夏には春公開の予定だった「さよなら銀河鉄道999」がスライド)、タイトルが「わが青春のアルカディア」であると明らかになったのはそれからしばらくしてからだが、既に同名作品が存在していることもあり一瞬狐につままれたような気分になったが、紛れもなく宇宙海賊であるハーロックの物語と聞き安堵したものだった。

四部作と謳いながらも他の作品とのリンクが明確ではない「1000年女王」と違い、この作品はハーロックとトチロー、それにエメラルダスだけでなくメーテルも登場。黒騎士ファウストも出てくるのでは?という噂も一部ではあり、松本アニメの集大成として期待は弥が上にも高まったのだったが……。
出来上がった作品は期待を満たしてくれるものではなかったのは既に何度か書いている通り。

ならばTVシリーズ「無限軌道SSX」に期待したいところだったが、途中で打ち切られたこともあって当初に想定されていたであろう展開は見られず仕舞い。今度こそメーテルが登場するとか(1話にシルエットは映っているが)、ラ・ミーメと交替して姉のミーメがアルカディア号に乗り込むとか、ファウストになる前の鉄郎の父親や、メーテルの父ドクター・バンが出てくるとか(ドクター蛮というキャラクターは出てくるが、この人物がメーテルの父親かどうかは定かではない)、期待された他作品とのリンク部分は全て切り捨てられてしまった。逆に有紀螢のアルカディア号乗組員となる経緯や、トチローが最期を迎える過程など矛盾点が増えてしまう有様で大いに失望させられた。

それもこれもこの映画が大ヒットしていれば問題なかったのだろうが、あれもこれもと詰め込んでまとまりを欠いたお話もさることながら、やはり最初の劇場版「宇宙戦艦ヤマト」から5年、TVと劇場を席巻した「松本零士作品」は飽きられてしまったのだろう。前年には劇場に「機動戦士ガンダム」が掛ってブームになるなど、時代は確実に移り変わっていたのだ。

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by odin2099 | 2018-10-10 19:56 |  映画感想<ワ行> | Trackback | Comments(0)
銀河鉄道999から1000年女王へ」というコピーは好きじゃなかったなあ。
「999の次は1000」と単純に受け取られちゃうだけだと思ったから。
その方がわかりやすいのは確かだけど、やっぱり実際は「ふーん」「へー」でそのままスルーされて終わっちゃったような…。

で、「さよなら銀河鉄道999」の次は劇場版「1000年女王」。
原作漫画やTVシリーズとは違って「新竹取物語」の冠はナシ。ラーメン屋さん(と同時に雪野弥生の養父母)の設定がなくなったからなんだろうけど、メディアミックスの先駆け「1000年女王」はヴァリエーションがあり過ぎて、そのことで差別化を図ろうとしたのだとしたら失敗だ。

e0033570_15270269.jpgまた「999から1000年女王へ」は両作品に密接な関係があることを踏まえたものだが、完成作からその繋がりを読み解くことは難しい。キーワードは「プロメシューム」、そして「ラーメタル」だが、そのことに気付く人がどのくらいいたことやら。
結局のところ、ヒロインである雪野弥生が最後に死んでしまうので、そこで物語は断絶してしまうのだ。

この作品の公開前後では「1000年女王」、「わが青春のアルカディア」「銀河鉄道999」、「さよなら銀河鉄道999」は<宇宙の海の物語>を形作る四部作という触れ込みだったが、「999」の正続二篇を除けばストーリーの連続性は感じ取れない。
弥生がメーテルであれ、メーテルの母プロメシュームであれ(雑誌連載スタート時には「弥生=プロメシューム」と明言されていたが、映画公開時には「弥生=メーテル」と断言され、後に再び「弥生=プロメシューム」に設定変更された)、劇中では明らかにされず、宣伝文句などで煽っておきながらファンが深読みするレベルで終始してしまったのには落胆させられた。

まあそれでも喜多朗の音楽を背景に、終盤の感動の押し売りにはまんまと乗せられ、見直す度に涙腺が緩んでしまう。
セレンの死、女王の正体バレ(原作やTVと違い、弥生が1000年女王であることは伏せられたままドラマは進行していく)から夜森の死、ミライの犠牲から歴代女王の復活、そしてラーレラと弥生の対決、ファラの自己犠牲…とこれでもか、これでもかと畳みかけるエモーショナルの大波に、すっかり翻弄されてしまうのだ。

不満は数あれど(いや、だからこそ?)、この作品は「まい・ふぇいばりっと・むーびー」の一本であり続けるのだ。

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by odin2099 | 2018-09-22 15:27 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
「銀河鉄道999」から2年後に作られた続編にして「完結編」。

ヒットしたから続編を、というのはもちろんわかるのだが、原作漫画(及びTVアニメ)に先駆けての「最終回先行公開」を謳い文句にしていただけに、続編製作の報を聞いた時は驚いたものだ。
その第一報を聞いたのはいつ頃だっただろうか。少なくても公開の一年前、1980年の夏には「翌年春公開予定」という情報はアニメ誌などにも掲載されていた。

結局続編は春から夏へと公開が延期されたが、当初81年の夏映画として準備が進められていたのは後に「わが青春のアルカディア」となる作品。順当に行けば一年早く「年に二本の松本アニメ公開」が実現していたことになるが、「アルカディア」の製作は難航したようだ。
「999」を春興行とするよりも夏へ持って行った方が集客が望めるとして変更になったのか、それとも夏興行の目玉として予定していた「アルカディア」が遅れたので「999」を代打にしたのか、真相はどちらだろうか。

ちなみにこの作品は、最終的には公開日が一週間繰り上がっている。
元々は8月8日公開と告知されていて、一部地域(確か北海道だったと記憶している)のみ夏休みが短いという理由で先行公開されるということだったのだが、結局8月1日に全国一斉公開と改められた。もし現在だったら「早く見たい」というファンが大挙して北海道に押しかけていたかもしれない。
もっとも個人的には「期待して裏切られた」という思いが強い作品なのは、これまでに何度か書き留めた。

e0033570_21500501.jpg続編ではあるが、その作風は前作とは大きく異なる。
あの当時は音楽担当者が青木望から東海林修に交代になったことに不満を覚えていたが、今考えると青木望のテイストではこの作品に合わなかったかもしれない。
もっともその東海林修の音楽が、ジョン・ウィリアムズの諸作品を意識しすぎなのかこれまた「松本零士世界」に対して距離があり過ぎるのも気にはなったのだが。

キャスティングに対しても一言。
鉄郎、メーテル、車掌、ハーロック、エメラルダス、プロメシュームとメインキャラクターは前作からスライドなのは当然だが、新登場キャラクターに多くの前作キャストが続投している。

ミーメの小原乃梨子(前作のリューズ役)は元々TVシリーズ「宇宙海賊キャプテンハーロック」での持ち役であるから問題はない。しかしメタルメナの麻上洋子(前作のクレア)、ミャウダーの富山敬(前作と本作のトチロー)、機関車役の柴田秀勝(前作の機械伯爵)あたりは果たしてキャラクターに相応しい選択だったのか。チームワークを重んじたのだろうか疑問が残る配役ではあった

そして黒騎士ファウスト役の江守徹
当時30代後半だった江守徹の抜擢は誰の発案だったのだろう。吹替やナレーションの経験はあるとはいえ、アニメは初挑戦。ネームバリューの点でもそれほどアピールするとは思えない。それに声質に重みがなく、作品全体のキーパーソンとしては些か荷が勝ちすぎたのではないか。
もっとも監督のりん・たろうはその演技を気に入ったのだろう、次回作の「幻魔大戦」にも引き続きキャスティングしている。

斯様に自分にとっては得心がいかない作品なのだが、年月を経るにつれ次第にわだかまりのようなものは薄れつつある。この作品を大好きだとか、傑作だという機会は今後もおそらくないだろうが、マイナス評価からプラス評価へとは変わりつつある。

【ひとりごと】
それにしてもこの時期、TVでは「新竹取物語1000年女王」を放送中で、更に翌春には劇場版「1000年女王」の公開も控えているというタイミングで、何故ラーメタル星の設定を統一しようという声が出なかったのか。両作品に登場するラーメタルが同一の星とは、画面を見る限りどうしても思えない。

<過去記事>



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by odin2099 | 2018-09-18 21:55 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
8月4日は「銀河鉄道999」の公開日。
そして今年2018年は公開時の1979年とカレンダーが同じ。
今日見ると、公開初日に見た気分を味わえます……?

これは多分初めて公開初日に見に行った映画。
6時台だったか7時台だったかに劇場に着いた時、既に1回目の上映は始まっていて、同じ建物にある別の映画館が緊急に代打上映を敢行。そちらに滑り込んだので気持ち良く鑑賞できました。
セル画は無理だったけれども先着プレゼントとしてロビーカードは貰えたし、鑑賞予定の映画館よりも代打上映館の方が大きくて広かったし、それに徹夜組を捌いた後だったので、劇場内はゆったりしてかえって得した気分でした。

e0033570_23020478.jpgメーテルは鉄郎の亡き母に生き写し。これは最後の方で、鉄郎の母の若い頃の姿を模したものとメーテル自身の口から説明がありますが、平たく言えばクローン体にメーテルの意識を移植しているということなんでしょうね。
では冥王星の氷の下に眠っているらしいメーテルの本当の姿はどんなものだったのでしょう?
もっとも近年の作品を見る限り、この設定は忘れ去られているような??? 子供の頃からメーテル、その格好してますし。

また初めからメーテルが鉄郎をターゲットにしていたかはわかりませんが、母親そっくりだったのが結果的には幸いしたことになります。
いくら美人でも見ず知らずの相手に鉄郎がひょこひょこ付いて行くとも思えませんので、母親そっくりという親近感、安心感が作用したであろうことは想像に難くありません。そこまでメーテル(とドクター・バンも?)が考えていたかはわかりませんが。

そして鉄郎はメーテルに対して憧れ、恋心を抱くようになります。思春期の少年が年上の魅力的な女性に惹かれる、そのこと自体は不自然なことではないですし、それをテーマにした作品はゴマンとあるはずですが、問題なのはそのメーテルが母親に瓜二つな点。
男の子の初恋の相手は自分の母親だ、というのも良く聞く話ではありますが、鉄郎はティーンエイジャーですし、単純にマザコンとして片付けるにはちょっと生々しすぎる気もします。
鉄郎に母子相姦の願望があった?! その論点で書かれた文章って読んだことがないような…。

さて、自分の生涯のベスト1に推すかどうかは兎も角として、ベスト10からは外れることがないだろうなあと思っている作品ではありますが、それでも気になること、ヘンだなと思うことは幾つもあります。

「ヤマトよ永遠に」の時にも同じようなことを書きましたが、やはり時間と距離のことは気になります。
勿論上映時間が限られた中でドラマを展開するのですから、省略も大切です。
地球を飛び立った999号は土星の衛星タイタン、次いで冥王星に停車します。原作漫画以上に停車駅をすっ飛ばす超特急の999号ですが、太陽系内は比較的ゆったりと移動しているようです。

しかし太陽系を離脱すると、食堂車内でのガラスのクレアとのエピソードを挟みつつも、エメラルダスとの邂逅、そして惑星ヘビーメルダーまで一気に飛んでしまいます。
またヘビーメルダーを発車すると、今度はいきなり終着駅である機械化母星メーテルです。地球からアンドロメダ星雲まで何日? 
いくらなんでも近すぎ・早すぎだと思うのですが…。

ちなみにTVシリーズだと冥王星が第5話、ヘビーメルダーが79話、そして終着駅が112話です。単純に比較することは出来ませんが、それなりの時間経過があったはず。ちょっとした台詞や場面転換シーンなどを用いて、もう少し999号の旅が長く、その間に鉄郎も成長した(そしてメーテルへの想いも募っていった)という描写があればなあ、と思わないではいられません。

ドラマ作りをスムーズにするための省略ということでは、機械伯爵のいる時間城の行方を何故エメラルダスだけが知っているのか、ということもあげられます。
エメラルダスから時間城がヘビーメルダーへやって来ることを教えられた鉄郎は、今度はそこでトチローと出会い、それが今夜真夜中だと知ります。トチローが時間城の動向を知っている理由も明らかにされません。
いずれにせよこの二人しか時間城の居場所を知らないはずなのですが、アンタレスは潜伏していますね…。

そしてクライマックス。機械化母星の真相が明らかになります。
目的を秘する必要があったメーテルは兎も角として、車掌も、そしてひょっとするとクレアも終着駅たる機械化母星の正体を知ってたはずです。それを鉄郎によく隠し通していたものですね。
これは謎とか矛盾点とは違うレベルですが、(映画版では今一つとはいえ)鉄郎と友情で結ばれていたような車掌や、最後には自らの命を投げ出すほど鉄郎が好きだったクレアとしてはちょっと薄情な気もします。

クライマックスは二転三転、身近な存在がラスボスか?と思わせたメーテルですが、彼女の真の目的が明らかになります。機械化母星の崩壊、それにハーロックとエメラルダスも手を貸します。
しかしこれまで彼らは何故機械化母星へ手を出さなかったのでしょう、明らかに二人は反機械化人の行動を起こしています。これはメーテルの真の目的を知っていたが故にタイミングを見計らっていた、と解釈すべきでしょうか。

等々、色々あげてみましたが、この作品がアニメブーム期を代表する傑作であることに異論はありません。
そして40年近く前の作品ではありますが、今なお色褪せない魅力に包まれた作品であることも間違いありません。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/2911908/




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by odin2099 | 2018-08-04 07:12 |  映画感想<カ行> | Trackback | Comments(0)
8月2日は「ヤマトよ永遠に」の公開日。
前日から映画館に徹夜で並んで見たのは、後にも先にもこの作品だけ。
前日の3時か4時頃だったか、新宿の映画館に友人たちと一緒に様子を見に行ったら、その時点でかなりの列が出来ていたので友人たちは即座に並び、自分はいったん帰宅。
「ゴールデン洋画劇場」で放送された「宇宙戦艦ヤマト/新たなる旅立ち」の再放送を見てから、深夜に改めて出撃。
館内で一夜を明かし(持参したラジカセで「西崎義展のオールナイトニッポン」を聴きながら)、そして早朝からの観賞と相成った。
5時だったか6時だったか、まだ外は暗かった記憶があるが…。

シリーズで初めての「原作」クレジットは松本零士と西崎義展の連名
といっても序列をハッキリさせないためか、併記になっていたのは気になったし、最後にデカデカと「製作・総指揮」が一枚でデン!と出た時はガッカリしたものだけれども、まあそういうものなんだろうな、と自分を納得させたのを覚えている。

e0033570_22065155.jpg映画そのものは「さらば宇宙戦艦ヤマト」ほどじゃなかったけれど、事前に仕入れていた情報(ノベライズや6月に放送された「オールナイトニッポン」4時間生ドラマ版)との差異に違和感を感じつつ、ハラハラドキドキワクワクしながら鑑賞終了。
ワープディメンションは、見ていて何が起ったのかわからなかった(散々宣伝していた筈だが、「ワープディメンション」なる単語には全く反応していなかったので)。

毎度書いてるように、この作品にはツッコミどころが満載。
首都が完全制圧されてる状況下で、郊外とはとてもいえない英雄の丘にメインクルーたちが集まれるのかとか、大統領緊急避難用の高速艇を勝手に使っていいのか(それに既に破壊されてるか、敵方に抑えられてる可能性に考えが及ばないのか)とか、デザリウム星の偵察行の人選に問題あり(万が一を考えたら古代と南部が一緒に艦を離れるのは問題あり)とか、考える人のレプリカの不自然さや指紋のあるなしが偽地球の判断理由になるのかとか…。

そんな中でも一番の問題は時間と距離だろう。
地球を出発したヤマトは、デザリウム星まで何日かけて到達したのか。
劇中描写から判断すると、数日からせいぜい数週間しかなさそう。途中で数々の戦闘・妨害があったとはいえ、29万6千光年の行程に一年近くを費やしたヤマトが、大改造の末に連続ワープが可能になったとはいえ、40万光年先へ辿り着くのには数カ月でも早すぎる!

そして40万光年離れていても、即時通話が可能な最新技術。
途中でリレー衛星でも放出し続けたのだろうか。まあこのあたりを否定してしまうと、そもそもこの物語が成立しなくなるのであるが。
暗黒星団帝国がわざわざ母星を地球ソックリに偽装し、未来の地球を名乗る必然性も感じられないし(何故デザリウム星に招く?)、シリーズで一番の穴ぼこだらけのプロットだろう。

それでもエンターテインメントとしての「宇宙戦艦ヤマト」としては、ある意味でこの作品がシリーズの頂点。
全てのマイナスをプラスに転じるだけのパワーが、アニメブームの絶頂期に作られたこの作品にはあるのだ、と信じたい。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/3073385/
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by odin2099 | 2018-08-02 06:22 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
この物語は白色彗星帝国との戦いの一カ月後から始まる
――と冒頭のナレーションで説明されるが、西崎Pは「重症の患者が退院するには些か早すぎる」と反省の弁。
しかしそれよりも気になったのが、2201年10月に始まった「宇宙戦艦ヤマト2」のドラマの終了から一カ月経つと、もう2202年になってしまうのではないか?ということ。
途中で停止したりスピードアップしたりもしたものの、白色彗星が地球に到達するまで60日とかいう台詞がなかったか。

そんな細かいことを気にしてはいけない「宇宙戦艦ヤマト」の新作。
映画「さらば宇宙戦艦ヤマト/愛の戦士たち」ではなく、分岐したTVシリーズ「宇宙戦艦ヤマト2」の時間軸上の世界で、初めてのTVスペシャルとして作られ夏休みに放送された。

e0033570_19541890.jpg西崎Pの当時の発言からすると年末からお正月にかけて劇場公開も念頭にあったようだが、元々そういう構想があったのか、それともTVスペシャルの製作が先に決まって「それならば」と色気を出したものなのか、今となっては詳細不明?
また時間枠をオーバーしてしまったために20分程度切り詰めたものが放送されたのだが、劇場公開は全長版を予定していたようなので、これが実現しなかったのは残念。どうやらその後、フィルムは散逸してしまったようだが…。

物語は「ヤマト」の新作ではあるが、どちらかというとデスラーを主役にしたスピンオフの印象が強い。
新乗組員を迎えてワチャワチャやってる楽しさはあるものの、ドラマ部分の比重の大半はデスラーに置かれている。こういった作品作りが後続の作品群に与えた有形無形の影響はかなり大きいのではないかと思う。
一方で安易なキャラクター人気に頼った作品の濫造に一役買った面は否定できないし、せっかくのヤマト側に用意されていた新乗組員の成長のドラマも今一つ描き切れていない部分が。

そして、そのドラマ部分に酔ってしまうので思考停止に追い込まれてしまうのだが、実は今回のヤマト=古代の行動はかなり危険。イスカンダル(に介入したデスラー)の救援要請を受けての出動、という形になってはいるものの、暗黒星団帝国とガミラス、イスカンダルとの紛争に、宣戦布告もなく奇襲攻撃の形で軍事介入しているからだ。

ガミラス、イスカンダル共に地球と軍事同盟を結んでいるわけでもなく、地球=ヤマトは全くの第三者であるにも関わらずだ。また暗黒星団帝国の目的がイスカンダリウムとガミラシウムという宇宙間戦争に必要なエネルギー源となる鉱石の採掘だと知ると、戦争のためのエネルギー入手は許せない、と古代は断罪する。
だがこれも暗黒星団帝国側の事情をまるで分からない状態で判断して良いものかどうか。例えばこれがパート1の時の地球のように滅亡の危機に瀕していて、起死回生の一打を放つために必要不可欠なものだったとしたらどうなのだろう?それでも「許せない」と言い切ることが出来るのだろうか。
久しぶりに、しかも「斜めに」見ていたら、こういったことが色々と気になるようになってしまった。

まあ一番すごいのは暗黒星団帝国の情報収集力の高さだろう。
遭遇してすぐに「ヤマト」という艦名とその所属する母星の位置、また艦首波動砲の存在などを知っているのだから恐るべし。
その一方で、デスラーたちガミラス残存艦隊の正体には最後まで気付いていなかったように見えるその落差は一体…?

【ひとりごと】
イスカンダルの女王は「スターシャ」と書いて「スターシア」と読む。
リメイク版の「2199」以降に感じる違和感はこれが原因だが、何故か今回、古代守だけは終始「スターシャ!」と呼んでいる。なぜアフレコの際にリテイクださなかったのか。

<過去記事>
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by odin2099 | 2018-06-28 19:55 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
大ヒットした「宇宙戦艦ヤマト」に続く、シリーズの2作目にして完結編。

TVシリーズ26話分を2時間強でまとめたパート1と違い、こちらは最初から2時間半の劇場版として作られているので、作劇上の破綻が目立つパート1よりも起承転結はしっかりしている。
以後の「ヤマト」はTVシリーズよりも劇場版やTVスペシャルなどの単発モノが中心になるので、基本的にはパート1ではなく「さらば」の作劇パターンが踏襲されていく。
作画のクオリティも含め、「ヤマト」の一つの基準点となった作品だ。

e0033570_18294847.jpg作画といえば、公開のスケジュールに合わせるために東映動画という大きな組織を活用できたのも大きい。
その分パート1にあった個性的なアニメーターによる粗削りな魅力は薄れてしまった面もあるものの、場面によって同じキャラクターなのに顔が全然違う、といった弊害は少ない。
好みが分かれるところではあろうが、個人的には「罪」よりは「功」の部分の方が多いと思う。

スケジュールといえば、パート1の劇場版が公開されたのは8月で、続編の「さらば」はその翌年の8月。
パート1のパンフレットには既に続編が準備中である旨の記述があるが、実際に動き始めたのはその年の暮れから年明けにかけてらしく、更に本格的な作業に入ったのは春を過ぎた頃のようで、それから何とか公開予定に間に合わせたのは、前述の通り大きな組織の中で作ったということが大きいだろう。

ただそこで気になるのは、当時の書籍などで紹介されたシナリオの決定稿やそれを元にしたと思しき各種ノベライズ作品と、完成した作品との差異。
復興した今の地球を見て「あのヤマトの大航海は一体何だったのだろうか」と疑問を抱く古代、救出された土方がヤマトの艦長に就任する経緯、アナライザーの最期等々、シチュエーションや台詞の違いは多岐に亘る。

実写作品であれば現場処理でシーン丸ごと差し替えになったりすることは珍しくないだろうが、アニメーション作品の場合いきなり現場で変更というのも考えにくく、アフレコ以前の作画の段階で既に変更されていた筈だが、となると一体どのタイミングで公表されている決定稿から変更が施されたのか、という点。
スケジュールから逆算するとかなり早い段階で変更されていたと推測出来るのだが、それならば公表されていたのは決定稿ではなく準備稿だと考えるのが妥当なのだが…。

【ひとりごと】
挙式の三日前になって出席の返事をする長官。
記念式典で貴賓席、招待席、関係者席ではなく、一般席と思しき場所に座っている長官とその秘書。
長官秘書だけれど長官と並んで座らず、おまけに私服な雪。
挙式の三日前になって、新居にどういう家具を置くか悩む新婦と、上の空の新郎。
沖田艦長のレリーフ、艦長室から第一艦橋への昇降機をふさいでるけど、邪魔。
ラストシーン、艦長席に補助席が…。

【ひとこと】
最近公開されたリメイク作品「宇宙戦艦ヤマト2202/愛の戦士たち」ではいよいよガトランティスの本拠地――都市帝国が出てきたが、あのデザインはないだろ。
ちなみにオリジナルデザインの方、「未知との遭遇」のマザーシップを意識してるんじゃないのかと思ってるけどどうだろ?

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/2794886/
https://odin2099.exblog.jp/17402009/




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by odin2099 | 2018-06-20 18:33 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
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