
ちなみに神戸市は別に出てくるし、浪速府には”風雲児”と呼ばれる府知事がいて…ということはモデルは大阪なのだろう。
前半は浪速診療所の開業医親子を主人公に、彼らを取り巻く周囲の住人たちの細かい描写に費やされているのだが、途中からは東京地検特捜部から浪速地検特捜部へ派遣されてきた鎌形副部長がメインとなって浪速に改革をもたらそうとする話にすり変わり、最終的には村雨知事とそのフィクサーとして暗躍する”スカラムーシュ”彦根が中心に座り、それに斑鳩や白鳥などのお馴染みの人物も顔を出すという構成なので、実際は連作短編に近い。
作者はよく「どの作品から読んでもらっても大丈夫」という趣旨の発言をしているのだが、流石にいきなりこれを読んでもわからないだろう。
逆に他の作品を読みこんでいる人ならば、こことここはこう繋がるんだとか、あの時のあの人が今はこんな立場になってるんだといった愉しみが出来るのも確か。
しかしそろそろ詳細な人物事典、用語辞典、年表や人物相関関係図を網羅したガイドブックが欲しいところだ。

強制的に5年間の眠りに就かせたため、肉体年齢と精神年齢が乖離しているというちょっと苦しい展開で、しかも医学モノというより多分にSF寄りなのはちょっと引っ掛かる。しかしお馴染みのキャラクターが多数登場するという点でも、ファンならば必読と呼べる一篇。
東城大関係では高階病院長をはじめ田口公平と如月翔子が重要な役回りで登場。「コールドスリープ」法を成立させる提言を行い、涼子にとって仮想敵でもあり指針ともなるのが曾根崎伸一郎。更に少女時代の涼子に強烈なインパクトを与えた医務官はおそらく渡海征司郎だろうし、涼子がスーパーですれ違うのは曾根崎薫と山咲みどりで間違いなかろう。斯様に作品を読めば読むほどその世界にドップリとはまるのが<海堂ワールド>で、今回もまんまと著者の手練手管の罠に・・・。

その一方でエーアイセンター運営連絡会議は続けられ、一癖も二癖もある連中が集められていた。その最中に第二の事件が。メンバーの一人、元警察庁の刑事局局長だった北山が銃殺され、あろうことか犯人として高階病院長が逮捕されてしまったのだ・・・。
物語前半は、「北の土蜘蛛」南雲忠義やら警察関係者やらをメンバーに送り込まれた田口センター長の奮闘ぶりがなかなか笑えます。助っ人として白鳥や彦根を呼んだものの、更に振り回されてしまう悲喜劇。ちょっとだけ、強者集結のワクワク感もありますが。
ところが後半は、一転して突如起こった殺人事件。病院を大スキャンダルから守るため、タイムリミットの迫る中で獅子奮迅の活躍を見せる白鳥、というサスペンス物の妙味。
振り幅が広いのはこの作者の特徴でしょう。
作者の特徴といえば、もう一つ忘れてならないのは他作品とのリンク。
便利屋として再登場してきた城崎と牧村瑞人、殆ど「通行人A」扱いながら気付いた人はニヤリの”50代後半の妊婦”とか、よくもまあ混乱もせずに、と毎度のことながら感心してしまいます。
ともあれ、展開が早いのと皆さんキャラが立っているのでグイグイ引き込まれて読み終えちゃいましたが、これまた恐ろしいお話でした。司法と医療の対立、邪魔者がいれば警察はこれを手段を選ばずに排除する等々、現実であって欲しくはないですがねえ。
人間ドックの待ち時間に病院で読んでいたんですが、妙な臨場感を味わいました。

ところでこのシリーズ、来月発売の『ケルベロスの肖像』で完結だとか。田口も白鳥も他の作品には出てくるんだろうけど、コンビ解散は寂しいですなあ。

『ブラックペアン1988』とは直接繋がってはいないので、前作を未読でも概ねOKでしょう。続けて読めば高階、佐伯、黒崎といった重鎮たちの危うい関係が楽しめたりもしますが、渡海征司郎がどうなったかは語られていません。
また桐生恭一がチラっと出てきたりして後の時代へのリンクが貼られていますが、この物語に関して言えば天城という新キャラクターが散々掻きまわしたところで終わっています。
考えてみればこの翌年に”城東デパート火災”が起こり、速水晃一が「ジェネラル・ルージュ」の称号を得るに至るのですから、世良や天城がこの後どうなっていくのか、非常に興味がありますね。またこの頃は世良と良い雰囲気だった花房美和が、如何に速水に接近して行くのかも。
そういえば<田口・白鳥シリーズ>の方は、来月刊行される6作目で終了するそうですが、<海堂ワールド>そのものも収斂に向かっていくのでしょうか。
単行本は映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』公開に合わせて出版されたと記憶しているが、その為に短編3作は何れも速水が主人公。
「伝説―1991―」は城東デパート火災に直面した速水の、”ジェネラル・ルージュ”伝説始まりの物語。
「疾風―2006―」は『ジェネラル・ルージュの凱旋』のアナザー・ストーリー。三船事務長の視点で、コンビナート爆発事故後の東城大病院の様子を描いている。
そして「残照―2007―」は、速水が去った後の救急救命センターの物語。

登場人物たちの相関関係や過去話を、一体どの段階で思いついていたのだろうか。
しかし最早この本に収録されているリストや用語解説では足りなくなってきているので、丸ごと一冊大辞典、みたいなものをそろそろ作る時期に来ていると思う。
というか、出してくれぇ。
段々と「あれ?この人誰だっけ?」というのが増えてきた。
・・・まあ、無理だろうけど。
それはさておきこの作品、これまでとはちょっと趣が違います。
というのも実はこの『マドンナ・ヴェルデ』は、『ジーン・ワルツ』のアナザー・ストーリー。
「クール・ウィッチ」曾根崎理恵の実母で”代理母”となる山咲みどりの視点で同じストーリーを描き、相互補完しているのです。

”北”で起きた医療事故やマリア・クリニックの因縁話は前面には出ず、その代わりに理恵の葛藤や、母親の前でしか見せない娘としての顔、夫・伸一郎との出会いなどの過去話の比重が大きくなり、「クール・ウィッチ」とは違った彼女の一面が窺えるようになっています。
『ナイチンゲールの沈黙』と『ジェネラル・ルージュの凱旋』も同時並行の話でしたが、それともまた違った構成で、作者の中でも曾根崎理恵の存在が大きいのだろうなあと感じさせてくれます。
そういえば『ジーン・ワルツ』は映画化されましたが、こちらはNHKでTVドラマ版を放送してましたね。
どんな出来になっているのかは気になりますが、映画版の菅野美穂、そしてTV版の国仲涼子、どちらも自分が思う「クール・ウィッチ」のイメージではないんだなあ・・・。
ところで、『医学のたまご』に出てくる曾根崎薫クンの面倒を見てる「家政婦の山咲さん」って・・・? えっ?そういうことだったのか。

教授への昇進を確実視されている清川吾郎は、そんな彼女を複雑な想いで見つめている。彼はかつては理恵と共にマリアクリニックで働いた仲なのだが、院長の三枝茉莉亜が癌で倒れ、一人息子の久広が医療過誤で逮捕されてからというもの、二人の距離はどんどん隔たって行ったのである。
そんな時、日本では認められていない代理母出産に、理恵が手を染めているのではないかとの疑惑の声が清川に届き、彼は理恵に接近し、かつマリアクリニックをも調べ始める。
今マリアクリニックに通院している患者は4人。胎児が無脳症だと判明しても産みたいと願う甘利みね子、27歳、長年に亘る不妊治療の末にやっと妊娠した39歳の荒木浩子、安易に中絶を望んでいる20歳の未婚女性青井ユミ、そして55歳ながら双子を身ごもっている山咲みどり。更にクリニックには謎のジャーナリストの姿までも・・・。
はたして理恵は何をしようとしているのか――?
原作は海堂尊の8作目の長編小説『ジーン・ワルツ』で、脚本は林民夫、監督は大谷健太郎。
出演は菅野美穂、田辺誠一、大森南朋、白石美帆、音尾琢真、片瀬那奈、桐谷美玲、須賀貴匡、濱田マリ、西村雅彦、南果歩、大杉漣、風吹ジュン、浅丘ルリ子。
海堂作品の映画化としては『チーム・バチスタの栄光』、『ジェネラル・ルージュの凱旋』に続く3本目だが、今回初めて製作・配給が東宝から東映へと変わっていることもあるが、映画化の報を最初に聞いたのは一昨年の秋で、その時点で撮影は既に終了し、公開は昨年の秋と発表されていたにも関わらず、何故か延期となったことで、もしやお蔵入りやビデオスルーの可能性もチラと頭をよぎったりもしたのだが、今月になってようやく公開の運びとなった。

桐谷美玲がキーポイントとなるキャラクターを印象的に演じ、院長役の浅丘ルリ子は流石の貫禄を見せている。
ヒロインの理恵を演じた菅野美穂は個人的にはイメージとは程遠いが(『リング』の頃の松嶋奈々子を勝手にイメージしていたもので)、原作の”クール・ウィッチ”とは違った人間臭いヒロイン像としては悪くなく、清川役の田辺誠一も原作よりも好青年ぶりが強調されたキャラクターになっていることもあって、作品中ではさほど違和感はない(余談だが、それでも田辺誠一と堺雅人が剣道で対決する場面はまるで想像出来ないが)。
ミステリー要素が弱められ、その分”母娘”のドラマに比重がシフトしてしまったのは残念な部分ではあるが、原作や作者の他の作品群とのリンクを知らない一般観客には受け入れられやすい内容になってはいるだろう。上手くまとめたものである。
これで他の作品も映画化され、横断的に各々のキャラクターが行き来するようにでもなれば、映画独自の更なる楽しみも増すのだが、次回作はあるのだろうか。
何となく本筋に対する外伝というか、ブリッジのような感じの内容ではありますが、<海堂ワールド>を埋める大事なピースの一つということなんでしょう。

とはいっても姫宮は出てくるし、チラッとだけど速水も登場。清川は最後の方で一席ぶつし、最後の最後に出てくるのはなんと世良雅志! 随分と印象の異なる再登場でビックリ。
名前だけ出てくるのは曽根崎理恵。また名前は出てきませんが、当然のように田口と白鳥の存在も語られます。
ただ掻きまわすだけ掻きまわした姫宮が、あっさり退場しちゃうのは残念だけど、これも次回作への布石、かな。
それにしても、とんでもない市民病院の実体が明らかになったり、これってホントにフィクションなの?と目を覆いたくなる惨状・・・。
幸い自分はまだ大病を患うに至ってはいませんが、これがフィクションの枠を超えているのなら・・・
考えるだに恐ろしいです。
おまけに短編『東京二十三区内外殺人事件』を組み込んだ全面改稿版、ということでちょっと悩んだんですが、まあこちらが決定版だろうと文庫版でチャレンジ。
最近こういう作家の方が増えてきてますね。
単行本買った(読んだ)人でも楽しめるという配慮、両方買わせようという戦略でもありますが、未読の人はどっちを手にとっていいか迷うのも事実。
映画でも<劇場公開版>と<ディレクターズ・カット版>、<エクステンデッド・エディション>等々色々あるのと同じですが、作品は生き物だからアップ・トゥ・デートする必要があるのも確かだし、完成度を高めるために手を入れ続けたいクリエイターの希望もわかりますが、一度発表された時点で完成版とすべきで、不完全版を提供した段階でプロのクリエイターとして失格、という気もします。

それはさておき、今回田口センセイは白鳥圭輔の策略で、医療事故調査委員会に参加させられ、桜宮市から上京し、東京は霞が関の厚生労働省へ乗り込む羽目になります。
多少の事件は起こるものの、その殆どは会議の描写。ミステリー物でもサスペンス物でもありません。これ、シリーズの一作でなければ許されないでしょうね。
またシリーズ物でなければ許されないと言えば、本編には出て来ない姫宮の存在。名前だけは頻繁に出てきて、別任務に携わっていることも語られるものの、この作品自体には全く関係なし。他作品への伏線を張るだけに終わっているので、これだけ読んだ人にはサッパリ。でも、これが<海堂ワールド>なんですよね(苦笑)。
そして個性的なレギュラー、準レギュラーに加えて、今回も新たなキャラクターが続々出てきますが、これがまた次回作以降で活躍するということなんでしょうね。
今まで名前だけしか出て来なかった田口の後輩・彦根が、現在の医療現場や医療制度に対して過激な論戦を張る人物として本格的にデビュー。かなりのレベルで作者をストレートに代弁するキャラクターだとお見受けしましたが、フィクションの世界の中だけでも医療を取り巻く環境は変わって行くのでしょうか?
単行本買って積読状態だったら、ありゃりゃ文庫本が出てしまいました、とさ。

一人は桜宮・東城大学医学部剣道部の速水晃一、もう一人は東京・帝華大医学部剣道部の清川吾郎。
対照的な二人は其々<猛虎>、<伏龍>と並び称され、互いに鎬を削っていた・・・。
医学生の青春を描いたストーリーですが、やはりこれもメディカル・エンターテインメントではなくスポ根物だと思った方が戸惑いは少ないでしょう。
同時代を描いた『ブラックペアン1988』ともリンクしてますが、勿論『ジェネラル・ルージュの凱旋』の速水と『ジーン・ワルツ』の清川の学生時代の話なので、これらの作品をお読みの方は、二人がどういう学生だったかとか、どんな接点があったのかといったことも楽しめます。
世良や渡海、田口や島津といったお馴染みのキャラクターも出てきますし、キーパーソンとなるのはやはりこの方、高階権太! 相変わらずのタヌキ親父ぶりを発揮してますが、何故か憎めないですねえ。