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【徒然なるままに・・・】

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「きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写してたれにか見せん」(森鴎外『舞姫』) HNは”Excalibur(エクスカリバー)”

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DC映画最新作「ジョーカー」公開に合わせて「金曜ロードSHOW!」 で放送というので、リアルタイムではないけれど恐る恐る視聴。

なんで「恐る恐る」かというと、その放送時間。
21:00~23:09の129分枠なのだが、本編時間は152分!放送時間の方がずーっと短い。
オマケにCMが入るのだから正味は…100分か110分くらい?
っつーことは40分以上カット?!

e0033570_21495759.jpgところがこれが意外にイケる。
序盤のロイス・レーンの入浴シーンが丸ごとじゃないけどかなりカットされちゃったり、アクアマンやフラッシュ、サイボーグらワンダーウーマン以外のメタヒューマンに関する件がバッサリ削られちゃったりとか色々あったものの、本筋は大きく損なってはいない。
これ、「アベンジャーズ」初放送並みの”神編集”なんじゃない?!

……ま、如何にこの作品がダラダラモタモタしてるシーンが多いかってことでもあるんだけど。

それにしても「ジョーカー」の前人気を煽るための作品が、なんでジョーカーの出てこないこの作品なんだか。
ヒース・レジャーがジョーカーを熱演した「ダークナイト」はフジテレビに取られちゃったし、ジャック・ニコルソンが怪演した「バットマン」じゃ古すぎるというのもあったのかな?

ならば「スーサイド・スクワッド」でも良かったんじゃない?――と思ったけど、来春には「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒/Birds of Prey」が公開されるから、そのために温存したかったのかなあ。

【ひとりごと】
ベン・アフレックのブルース・ウェイン、結構気に入っていたので降板は返す返すも残念。
そして意外に悪役顔のヘンリー・カビルもスーパーマン役から退くという話もあり、DC作品の先行きは相変わらず不安がいっぱいだ。

<過去記事>




by odin2099 | 2019-10-06 08:07 |  映画感想<ハ行> | Trackback(1) | Comments(0)
** ネタバレあり **

但し今回はオープニングに<ユニバース>専用のタイトルロゴが流れない。軌道修正を図り今後は「ゆるやかな繋がり」を目指すということだったが、これもその方針変更の一貫か。

e0033570_21552381.jpgとはいうものの、ジャスティス・リーグがいる世界と地続きのようである。
主人公ビリーと義兄弟かつ親友となるフレディは「スーパーマンの跳ね返した弾丸」やレプリカとはいえバットラングをコレクションしてるし、ラストシーンにはスーパーマンがカメオ出演。

これ、当初はヘンリー・カビル呼んでくるつもりがスケジュールの都合でボツ。
ならば、とスタントマンに衣装を着せ、首から下だけ映すことで乗り切ったという話だけど、ちゃんとジョン・ウィリアムズのテーマ曲も流れるから、本物って解釈で良いんだろう。
しかしヘンリー・カビルには降板の噂が出てるだけに微妙な扱いだなあ。同じように降板の噂があったバットマンのベン・アフレックは実際に降りちゃったし。

ともあれジャスティス・リーグの護った世界と、アクアマンが活躍する世界がちょっと違って見えちゃったように、このシャザムのいる世界もちょいと、いやかなーり違う雰囲気。こちらのビリーのスーパーな能力は魔術師から与えられるのだ。「シャザム!」と唱えることで、魔術師シャザムの能力を受け継ぎ、ついでに姿かたちも大変身。「見た目はオトナ、中身はコドモ」というキャッチコピーの意味はここにある。

この魔術師、かつては”七つの大罪”と呼ばれる魔物を封印した偉大な能力者だったようだが、仲間を失い自らの能力も衰え後継者探しに躍起。焦ったのか人選を誤り、結果的にヴィランを生み出してしまったのだからウッカリにもほどがある。その代わりに選んだビリーにしたって里親の元を脱走し続ける悪ガキだから、その適性ってなんだろう?

正義感があって純粋な心の持ち主で、というのが条件らしいのだが、スーパーパワーを使ってフレディと一緒に悪ふざけしてたり、かと思えば嫉妬やら何やらでケンカ別れし、とヒーローらしいとこは何もない。一応は凄いパワーを持ってるものの、同等かそれ以上のパワーを持つドクター・シヴァナには終始やられっぱなしで逃げ回ってばかりで頼りないこと夥しい。

まあ最後には成長して仲直りし、奇跡の大逆転を見せる(まさか義兄弟たるグループホームの孤児たち全員がシャザムの力を得てスーパーヒーロー軍団を結成するとは…!)から、「ホントのビリーは良い子なんだよ」アピールが功を奏してメデタシメデタシという気分にさせられるけれど、実際のとこは「魔術師の目に狂いはない」のではなく結果オーライなんじゃないのかね。

それでも終始コメディタッチかと思っていたら、要所要所はシリアスに締めているし、ここまでガラっと変身するアメコミヒーロー映画というのも珍しいし、これで<DCフィルム・ユニバース>に新風を吹き込んでくれたのだから、こちらも結果オーライかな。早くも続編製作決定というのもメデタイ。「ジャスティス・リーグ2」に参戦もありうる?!

ところで今回も何かと物議を醸している吹替版を見てきたが、豪華声優陣は良いとして、やはり肝心の主役が大問題。まあ決して下手じゃないんだけど、キャラに合ってるとは言えないし、他のメンバーから明らかに浮いてる。もういい加減作品の価値を著しく貶める<日本語吹替版>を作るのは止めて欲しいのだが、こうやってあーだこーだ言われるのも込みで宣伝効果あり、と考えてる輩が後を絶たないんだろうなあ。



by odin2099 | 2019-04-22 22:00 |  映画感想<サ行> | Trackback(6) | Comments(0)
「LEGOムービー」の続編で、なんと前作のラストシーン直結で幕開け。
おしごと大王から世界を救ったものの、再び世界に危機が…! それから数年、街は荒廃し人々は変わってしまったものの、ただ一人全く変わらないエメット。
そこにシスター星雲のわがまま女王の使者が現れ、ルーシーたちを浚ってしまう。
仲間たちを助けるため、エメットは宇宙へ――!

e0033570_20303557.jpg今回も思いっきりメタ展開だけど、謎解きシーンで唖然茫然とした前作に比べると、同じ手は二度と食うもんか、とまでは思わないけど先の展開がかなり読める。
前作はパパと仲直りした男の子が一緒にレゴで遊び始めるところで終ってるけれども、そうそうこの子には妹がいたんだよね。で今度は兄妹ゲンカが始まっちゃう。そこにママのカミナリが落ちて、というのが今回の世界の危機の真相。もちろん最後は兄妹で仲良くレゴで遊ぶシーンでEND、というのは予定調和。

悪そうなヤツがそうでもなく、逆に…というあたりが今回の捻ってる部分で、後はとあるキャラクターの素性というか正体に意外性を持たせているのがポイントかな。このキャラ、言語版同様に吹替版でもある人が二役で演じてるんだけど、どのくらいの声優ファンが気付くのやら。
その結果、ちょっぴり湿っぽいシーンもあったりなんかしちゃったりしてるけど、前回同様「すべてはサイコー!!」なフィナーレを迎える。

でも、自分には合わなかった…。

【ひとこと】
途中でレゴ版のブルース・ウィリスが出てくるのだが、あれは本人がちゃんと声を当ててるんだとか。
吹替じゃわからんよなあ。



by odin2099 | 2019-03-30 20:30 |  映画感想<ラ行> | Trackback | Comments(0)
e0033570_22344325.jpgアクアマンことアーサー・カリーの異父弟にしてアトランティスの王オームが、地上世界の制圧を目論んでいた。同盟国ゼベルの王女メラは地上に赴き、アーサーに協力を求める。
灯台守とアトランティスの女王との間に生まれたアーサーこそ二つの世界の架け橋となるべき人物で、この戦いを止めるには彼が真の王となるしかない。初めは拒んでいたアーサーも、彼女の熱意に絆され海底へと向かう。だがそこにはオームの魔の手が待ち構えていた。

<DCFU>の第6弾。しかし今回パンフレットやチラシのどこにも<DCFU>の文字はない。結局またもや定着しないままに終わってしまったのだろうか。
物語は一応「ジャスティス・リーグ」の一年後ということになっていて、アクアマンは地上世界ではヒーローとして認知されていて、その評判は海底世界にも届いている、という設定。

しかしアーサーがメラの名前を知らなかったり、アーサーの両親の扱いなど「バットマンVSスーパーマン/ジャスティスの誕生」や前作「ジャスティス・リーグ」で描かれていたアクアマン像とは若干のずれが生じているようだが、随所にオリジン・ストーリーを挟みながらも王道のヒーロー映画路線を突き進んでいる。

e0033570_22345390.jpg”海の「スター・ウォーズ」”という評も見かけたが、従来であればスローモーになりがちな海中アクションを、CG技術などによりスピーディーかつ派手な色彩に彩られたものに昇華。
それでいて「アーサー王と円卓の騎士」のような中世の騎士物語や神話・伝承の香りも漂う一級の娯楽品。これまでの<DCFU>作品の中では文句なしに愉しめる一篇である。

ジェイソン・モモアの一見こわもて風でいて実は天然なアクアマンも良いが、身体のラインがピッチリと出て胸元ザックリのコスチュームに身を包んだアンバー・ハードのメラが、アクアマンと対等に戦うヒロインを好演しているのも良い。
しかし恋人がアンバー・ハードで母親がニコール・キッドマンとはアクアマン、どんだけリア充なんだ? 
ちなみにお父さんはジャンゴ・フェットだけど。

海底と地上、未曾有の戦争が始まろうという時にスーパーマンもバットマンも何やってんだ?と思わないでもないけれど、DCコミックの映画化作品では久々の大ヒット。続編の製作も決まったというのはメデタイ。これで益々<DCFU>そのものは混沌としそうだけど。
ただせっかくドルフ・ラングレン出てるのに吹替が大塚明夫じゃないのでわかりづらい。それにジュリー・アンドリュースのキャラの日本語吹替が磯辺万沙子なのは何故だろー(怪物の役だから?)。

さて、次は「シャザム!」だ。



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by odin2099 | 2019-02-18 22:39 |  映画感想<ア行> | Trackback | Comments(0)
<DCFU>の第5弾。
スーパーマン亡き後、地球の危機を憂えるバットマンは、ワンダーウーマンの協力を得て特別な能力を持つ”メタヒューマン”を探し出し、チームを結成しようとしているというところから始まる。

e0033570_23211934.jpg選ばれたのはレックス・ルーサーのデータに記されていたアクアマン、フラッシュ、サイボーグの3人。
フラッシュはあっさりとスカウトを承諾するものの、アクアマンとサイボーグには断られる。しかしながらバットマンたちの危機には颯爽と駆けつける、というお約束の展開はやはり燃える。

ただ物語の構成はあまり上手くなく、最初の方にスーパーマンの死を悼むシーンがあったり、バットマンやワンダーウーマンの活躍シーンを織り込み「何かが起ろうとしている」感を醸しだそうとしているのだが、いっそのこといきなりステッペンウルフがアマゾン族の島(セミッシラ)を襲撃してマザーボックスを盗むシーンから始め、「既に戦いは始まってる」という段階から進めても良かったんじゃなかろうかと思う。

時間配分も、2時間の映画でバットマン、ワンダーウーマン、フラッシュの元へサイボーグが駆けつけ、最後にアクアマンが加わるまでが丁度半分の1時間後、そして待望のスーパーマンが復活し仲間に加わるのがラストの20分というのも、バランス面を考えるとあまり上手い組み立てとは思えない。

それでもこれまでの<DCFU>の中では一番コンパクトな上映時間、そして娯楽に徹した作風は大いに楽しめた。
相も変わらずの製作中のゴタゴタ、そして公開後のあまり芳しくない反響は色々と聞こえてくるものの、現段階では<DCFU>のマイベストである。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-02-08 21:59 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
<DCFU>の第4弾。
「スーサイド・スクワッド」との前後関係は不明だが「バットマンVSスーパーマン/ジャスティスの誕生」以降の物語で、作品中でルーサーが収集したダイアナのデータの中にあった古写真の原版を入手したブルース・ウェインが、それをダイアナに贈ったところから物語は始まる。
そこに写っていたのはダイアナとスティーブ・トレバー、そして行動を共にした仲間たちの姿だった。

e0033570_22140234.jpg――というところから時代は遡り、幼少期のダイアナの生活ぶりから第一次大戦時へと一気に飛ぶ。
初の本格的な女性のスーパーヒーロー物だが、先行するライバルのマーベル作品で言うと「マイティ・ソー」「キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー」に少し似た雰囲気がある。
「ソー」は北欧神話でこちらはギリシャ神話がベース、「キャプテン・アメリカ」は第二次大戦時のお話でこちらは第一次大戦の最中という違いはあるが、神様の争いが人間界に干渉してくるところと、どちらも”悪いドイツ人”が出てくるところは共通。

これまでの<DCFU>は賛否両論、どちらかというと「否」の意見の方が目立つかな、という受け止め方をされていたが、本作は圧倒的に「賛」の声が大きかった様子。ダイアナ役にガル・ガドットという逸材を得、女性目線(監督が女性)で描かれた女性ヒーロー物ということも評価されたのだろう。
その分男性視点では些か物足りなさを感じる部分もないではないが、これは”そういう”物語ではないのだということは肝に銘じておくべき。

ところで現在、来年6月公開を目指し続編の”Wonder Woman 1984”を製作中だが、この作品にはクリス・パインがスティーブ・トレバー役で出演していることで話題になっている。
名誉の戦死を遂げた筈のスティーブが、殆ど変わらぬ姿で67年後の世界にいるのは何故なのか。かつてのTVドラマ版では親子二代のスティーブ・トレバーが登場したが、<DCFU>の世界ではどうなるか。
またそれに続く第3弾も予定されているとのことで愉しみである。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-02-04 19:41 |  映画感想<ワ行> | Trackback | Comments(0)
<DCFU>の第3弾。
スーパーマンの葬儀シーンが挿入されたり、バットマンやフラッシュの活躍シーンが盛り込まれたり、と連続性というか関連性は謳われているものの、「スーパーマンの死」以降の世界を舞台にしているだけで、お話にはそれほどの連続性はない。
まあカメオで出てくるブルース・ウェインがチーム作りに奔走しているのはわかるけれど。

e0033570_21531560.jpgそして映画のトーンも、シリアスで重苦しい前2作と違い、かなりカラフルでポップなものに。
その一方で前2作にはなかったある種の残虐性、残酷性、エログロな部分が強調され、言ってみればかなり悪趣味な作品になっているのも事実。

そもそもが悪役が主役という時点でかなりの異色作なのだが、その悪役陣が揃いも揃って好い奴ばかり(ま、例外はありますが)。それを率いる”正義側”の方がよっぽど問題児ばかりで、はたして誰に感情移入して良いのやら戸惑うので、鑑賞後の後味はすこぶる良くない。これは好みの問題でもあるが。

そんな中でもマーゴット・ロビー扮するハーレイ・クインはたちまち人気キャラに。彼女を中心に女性キャラの活躍を描く”Birds of Prey (And The Fantabulous Emancipation of One Harley Quinn)”の撮影も始まった(米国公開は来年2月の予定)。
更にキャラとキャストの大半を一新した「スーサイド・スクワッド」の第2弾”The Suicide Squad”は再来年の8月公開と伝えられている。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-02-02 19:31 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
「マン・オブ・スティール」に続く<DCFU>第2弾。
前作終盤でのスーパーマンの戦いっぷりはちょいとやり過ぎの感がありましたが、そのシーンを反芻してネガティヴに描いた序盤はなかなか新鮮です。
スーパーマンを否定とまではいかないまでもその存在に疑問符を付けたのですから、従来のスーパーマン像とは大きく隔たった新しい姿と言えます。

e0033570_19575954.jpgしかし再三書いてますけど、この映画の最大の難は二大ヒーローの対決が盛り上がらないこと。
両雄が激突するのは実はレックス・ルーサーの策略でした、というのはいいのですが、劇中でのバットマンの存在があまり大きなものではないので(あまり有名なようには描かれてません)、単にコスプレ男が二人で殴り合ってるようにしか見えません。スーパーヒーローのはずなんですけどね。
そしてこの二大ヒーローは揃ってマザコン? 
対決から共闘への流れが拍子抜けするくらいあっけないです。

そのかわりアクションシークエンスを掻っ攫っていくのがワンダーウーマン。彼女がこの映画全体を救ってくれてますねえ。変身前のダイアナ・プリンスの時もなかなか魅力的ですけど、やっぱり戦っている姿がカッチョいいです。
ダイアナの時は背中バッサリ、胸元ザックリと開いたなかなかセクシーなドレスを身に纏っているシーンが多いのですが、おっぱいが小ぶりなのであまりエロさは感じさせません。

このあたりは正ヒロインのロイス・レインと好対照ですね。
ロイスは基本的に露出を押さえた服装ですが、序盤には大胆な入浴シーンが。
ファミリーピクチャーですから肝心なところはギリギリで見えませんが、それでもおっぱいがプルンプルン揺れているのは子供には目の毒?
何度でも見たいですし、何ならもっと長くてもいいのに、と思うシーンでした。

さて、この作品ではバットマン、スーパーマン、ワンダーウーマン以外にもメタヒューマンとしてフラッシュ、アクアマン、サイボーグが紹介されますが、その活躍は持ち越しです。ただその「次への興味を持たせる戦略」が必ずしも上手くいっていないのが残念ではありますが。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-01-28 21:46 |  映画感想<ハ行> | Trackback | Comments(0)
昨年は日本では一本も作品が公開されなかった<DCFU>ですが、今年は何本か見られそうなので、それに備えてこちらもお浚いです。
しかし今でも<DCFU>の呼び名は有効なんでしょうか。<DCフィルムズ>という呼称も定着しませんでしたしねえ。

またこの作品、ワーナー・ブラザースとレジェンダリー・ピクチャーズとの最後の提携作品です。
かつて<ダークナイト・トリロジー>などのヒット作を生み出しましたが、その後関係が悪化したとのこと。
レジェンダリーは今ではゴジラやキングコングを使って<モンスター・バース>を構築してますので、もしかするとその選択の方が正しかったかも知れませんね。

e0033570_23151643.jpgさて「スーパーマン」をリブートした本作は、従来のスーパーマン像とは些か趣きを異にする英雄譚となりました。コスチュームの色合いもそうですが、スーパーマンらしからぬ地味さ。そして苦悩する人間臭いスーパーマンです。

また「スーパーマン=カル・エル=クラーク・ケント」の境界線が曖昧というか、その区別がほぼない、というのも斬新です。
ロイスはまだスーパーマンとして覚醒する前にクラークに出会っていますし、クラークの旧友たちも彼が只者ではないことを知っています。
軍やデイリー・プラネット社の人間は兎も角、メイン格のキャラクターは皆この関係性を知っているか、薄々気付いているというのは珍しいでしょう。

クラークの養父ジョナサンは、極力秘密を守るように言い残していましたが、結局のところこの苦労は無駄に終わったことになります。
勿論不用意に周囲に漏らすことはなかったでしょうが、結果的にクラークは孤独ではなく、これがあくまでもクリプトンの同胞たちを蘇らせることに固執したゾッド将軍に同調しなかった理由なのかも知れません。
そのためにクラークはゾッド将軍を自らの手で殺めるという、これまた従来のスーパーマンでは考えられない行動に出ますが、それも自分を受け入れてくれた地球人を愛するが故の決断です。

そんな新しいスーパーマンの物語に最初は戸惑いましたが、何度か見直す度に新たな魅力に気付いて行きましたが、作品全体を覆う重苦しいトーン、これは逆にどんどん気になりだしました。やはりスーパーマンには明るさや爽快感が欲しいですね。結局このあたりの判断ミスというか方向性の選択が、その後の<DCFU>の迷走ぶりを決定づけてしまったと言えそうです。

「マン・オブ・スティール2」の企画も持ち上がっていたようですが、その後は音沙汰も無し。
それどころかエイミー・アダムスやローレンス・フィッシュバーンらメインキャストのネガティヴな発言や、降って湧いたようなヘンリー・カビルの降板の噂。
少なくても当分の間スーパーマンの登場する映画は作られないという話や、スタッフ・キャストを一新して再リブートするという話などチラホラ聞こえてきますが、個人的に現行キャストは気に入っていますので、何とか体制を維持したまま新たな冒険を描いて欲しいものです。

<過去記事>



by odin2099 | 2019-01-17 18:59 |  映画感想<マ行> | Trackback | Comments(0)
劇場の幕が開き、スタンダードサイズのスクリーンにはデイリープラネットを紹介するニュース映像。
そこからテロップが飛び出してワイドスクリーン一杯に広がり、そして映し出される「スーパーマン」のタイトル。このオープニングは好き。
観客を物語世界へ一気に誘う効果がある。

e0033570_20170167.jpg日本では公開が半年遅れの79年の夏になったので、前年78年の夏に(これまた一年遅れで)公開された「スター・ウォーズ」に次ぐSF超大作、という印象が強い。
「スーパーマン」はワーナー・ブラザースの作品なので、「スター・ウォーズ」を送り出した20世紀FOXにしてみれば、ポスト「スター・ウォーズ」は同じ79年夏公開の「エイリアン」だったかもしれないが、ちょっと毛色の違う「エイリアン」よりは、コミックブックを抜け出してきたかのような「スター・ウォーズ」と「スーパーマン」の方により親和性を感じてしまう。
音楽が同じジョン・ウィリアムスということも大きいだろうし。

「スター・ウォーズ」といえば、主演のマーク・ハミル、本作のクリストファー・リーブ、それに「フラッシュ・ゴードン」のサム・ジョーンズまとめて「SF三大大根役者」なんて評してる記事を見たことがあるが、ハミルは才人だし、リーブは演技派である。
また「スター・ウォーズ」のキャリー・フィッシャー、本作のマーゴット・キダー、やはり「フラッシュ・ゴードン」のメロディ・アンダーソンとまとめてルックスが揶揄されたりしていたっけ。

ミスキャスト、ミスキャスト騒がれていたロイス・レイン役のマーゴット・キダーも、先月お亡くなりに。
3作目では出番を思いっきり減らされて先行きが危ぶまれていたが、製作体制が一新された4作目では見事に正ヒロインに返り咲き。誰もが目を見張る美人ではなかったかもしれないし、私生活面では色々とお騒がせしていたかもしれないが、なかなかチャーミングなロイスだったと思う。
多少ガサツで蓮っ葉な印象を与えたかもしれないが。

それにしてもゆったりした映画だった。
最初の三分の一くらいはリーブではなくジェフ・イーストが演じる若きクラーク・ケントがメインで出ていて、スーパーマンの誕生物語をじっくり描き、その後でロイスをはじめとするデイリープラネット社のメンバーやヴィランとなるレックス・ルーサーの紹介にかなりの時間を割き、最初のスーパーマンの活躍まで焦らす焦らす。
その後のスーパーマンとロイスの空中デートのシーンなんぞ、今ならこれだけの時間をかけられないだろう。
最近の若い人には、冗漫で退屈な映画だと受け取られやしないかと多少心配になるくらいだ。最新版のスーパーマンである「マン・オブ・スティール」なんか、この作品と比べるとどれだけ忙しなく殺伐としていることか。

<過去記事>
https://odin2099.exblog.jp/2923872/




by odin2099 | 2018-06-29 20:30 |  映画感想<サ行> | Trackback | Comments(0)
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